石化病
動く石像にはならない。
石化病…肌の一部が石のように変化する病気で、症状は手や足先から徐々に全身に広がって最後には全身が石となって死ぬ。
また、患者の石の部分に素肌が触れると感染する。
俺たち全員を建物の外へ連れ出したマーくんはそんな感じで石化病の説明をしてくれた。
めちゃめちゃ危険な病気じゃねえか、まあ危険じゃないと隔離はしないと思うんだけど。
「石の肌に触れると感染するというのは嘘ですよ」
「そんなわけがあるか!石化病のやつに触れて同じく石になった者を我は見たことがある!」
マーくんはかなり怒っている、そりゃまあマーくんの言う通りなら俺たちは死ぬかもしれないようなところに何の説明もなしに連れて来られたことになるからな。
「なぜ黙ってこんなところに連れてきた!」
ほらやっぱりそうなる。
「だって言ったら着いて来てくれないじゃないですか?」
「当たり前だ!!」
俺と…たぶんディーナも石化病についてよく知らなかったから言われても着いてきたかも…
とりあえず、マーくんがブチ切れる前になんとかしよう。
俺も怒っていい立場だと思うんだが物凄い怒ってる人が近くにいると逆に冷静になるな。
「まあまあ…えーと、ラルフォイはここの人たちの石化病を治してくれってことなんだろ?じゃあちょっと行ってすぐ治してくるから、マーくんも喧嘩しないで待ってて、ディーナがおろおろしてるから」
俺はそう言ってまた建物の中に入った。
入口付近にいた足が石になってる男のそばにいく。
そいつの髪はボサボサでヒゲも伸び放題、意識があるのか無いのか不明だが虚ろな目をしてぼーっとしている。
ともかく早めに何とかしたほうが良さそうだ。
「<キュア・オール>」
俺の信頼度ナンバーワンをキープし続けるいつもの魔法をかける。
いやあ石になる病気とか言われたらもはや病気というか怪奇現象なのではと思うが、ゲームとかじゃ石化って結構あるからなあ、ほわオンも当然のようにあったし。
「我の話を聞いてなかったのか!」
待っててと言ったのにマーくんも中に入ってきた。
ラルフォイとディーナまで結局来てしまっている。
その二人は<キュア・オール>の光を見て立ち止まってしまったが。
光が消えて、男の足を見るとそこには元の肌が…あれ、石だな、治ってないな。
まさか安心と信頼の実績を持つ<キュア・オール>さんが負けたのか!
「どうしよ、この魔法じゃ治らないみたいだ」
「そんな簡単に治るか!これは不治の病と言われているのだぞ!」
うーん、治らない原因はなんだろ…ちょっとほわオンの記憶を思い出してみよう。
「…まあ僕も、そこまでの期待はしていたわけじゃないですけどね…」
ラルフォイがあからさまに落胆した表情を見せる。
俺はちょっとカチンときた、てめーおい、治そうと思って人のこと連れてきといてなんだよぉ!
今のは本気だしてないだけ!準備運動してただけだよ!
1回ミスっただけでそこまでガッカリ感出さなくてもいいだろ!!
「おいヴォルガー、あまり近づくな、一旦外へ」
「あーちょっと黙っててマーくん!今これ治す魔法思い出してるから!」
俺は一生懸命考えた。
かつてほわオンでレベル1の時から、かいわれとパーティーを組んで、敵を倒してもらって経験値を分けてもらうという寄生行為をし、ヒールを覚えてからは歩くポーション扱いされ、支援魔法が一通り揃うと誰かがレベル上げをするときに必ず連行された。
攻撃役の交代要員はいても回復役の交代要員がいなかったあの頃。
もう無理ですと言っても、俺だけ街に帰らせてもらえなかったあの頃。
…なんで俺はあんなゲームやってたんだ?
おっとそうじゃなかった、過去の自分の頭を心配してる場合ではない。
<キュア・オール>で治らなかった状態異常のことを考えてるんだった。
毒、麻痺、気絶、混乱、沈黙、火傷、凍結、石化…は問題なく治ったんだよな、ゲームの中じゃ。
麻痺、気絶、凍結、石化なんか結局どれも行動不能になるんだからこんなにいっぱい状態異常作るなよなとか思ったもんだ。
で、それ以外の状態異常で…あ、呪いがあったな。
これがまた『呪い』という一つの状態異常ではなくて『呪いの毒』みたいなそれぞれの状態異常を呪いで強化したような感じで、<キュア〇〇>系の魔法では回復不能だった。
そういう呪い系の状態異常を使うのはかなり高レベルのプレイヤーか、一部のボスモンスターくらいだったけど…
「この病気の原因はなんだ?」
俺はラルフォイに尋ねてみた。
「あ、え、ええとですね、タイラントバジリスクという名の魔物がいるんですが、それの吐くブレスにやられると体がこのように…」
「なるほど、バジリスクか」
ほわオンにもいたよそいつ、タイラントとついてるのはボスで、でかいトカゲみたいなやつだった。
それにサイズの小さい普通のバジリスクが取り巻きとしていっぱいくっついてたな。
ならこれはたぶん呪いの石化だ。
何やら俺の背後でマーくんが「馬鹿な!」とか騒いでるが原因はわかったので俺は治療に専念しよう。
「<ホーリー・ライト・ブレッシング>」
足が石化している男を中心に、魔法陣が地面に広がった。
そこから上に向けて真っ白な光がたちのぼる。
それはやがて勢いを弱め薄くなっていき、最後にはキラキラと光る粒子のような物となって消えた。
これは三節の光魔法で呪いを回復できる魔法だ。
しかしアイテム系で聖なる〇〇ってついてるものがあればそれでも呪いを治せたんだけど。
聖なる毒消し、とかね。
でもこの魔法なら呪いの毒だろうが呪いの石化だろうが全部これで治る!
いろいろアイテム持ち歩かなくて便利!
だから覚えさせられた!色んなゴリラたちに!
俺は改めて足が石化していた男の様子を見る。
はい、肌色!治ったー治りましたー!
「タイラントバジリスクのブレスは単なる石化じゃない、呪いの石化だ。これは直接ブレスを受けた人間以外は普通石化はしないんだが、同時に毒も受けてると石化毒という特殊な状態になって、触れた者にも感染するようになる」
俺はほわオンの知識をここぞとばかりに披露してやった。
もしゲームと違っていたらめちゃ恥ずかしいが、ラルフォイにドヤァってどうしてもやりたかった。
「いや…え…?」
「ヴォルガー…?」
説明してやったのにラルフォイとマーくんは全然聞いてませんでしたみたいな顔をしていた。
「あーっ!この人の足治ってる!ヴォルるんすごい!」
ディーナの言葉を聞いてラルフォイとマーくんは顔を見合わせ、二人同時に石化が治った男に駆け寄った。
そして二人してまじまじと男の足を観察している、変な絵面だな。
「じゃあ後そこら辺で寝てる人たちも治すから」
俺は早速、<ホーリー・ライト・ブレッシング>を連発して他の患者にかけて回った。
………
「やべえ…ちょっと疲れた…」
最後の一人の石化を治した後、さすがに魔力を使いすぎたのか疲れを感じた。
なんだかんだでこれ三節の魔法だからそこそこ消費があるんだな。
全部で20人くらいいたと思う、ちゃんと数えてなかった。
俺が魔法をかけた人々は最初全員死んだような目をしてほとんど無反応だったんだが、石化が治ったことを自覚しはじめると、泣いて喜びだした。
彼ら…いや女もいたんだけど、全員が大体10代後半から30代くらいで、子供や老人はいなかった。
石化は治ったけど体力自体はかなり低下していたようで、まだほとんど動けそうにない。
「ここの人たちは皆、誰も看病してくれる人などおらず、ただ静かに死んでいくのを待つだけだったんですよ」
建物の壁にもたれかかって座っている俺の元へ、ラルフォイがやってきてそう言った。
さっきまで皆に何か色々説明してまわり、忙しそうにしていたが一段落ついたのか。
マーくんとディーナは水や食べ物を調達に行ってくれている。
「なんでアイシャ教の神官は治してくれなかったんだ?」
「これを治せる人など今までいなかったんですよ!マグナさんも不治の病だと言ってたでしょう。僕だって正直、こんなことになるなんて思ってませんでしたよ」
「え…じゃあなんで俺を連れてきたの…」
ラルフォイははぁーとため息をつくと、何をするつもりだったのか説明してくれた。
「あのですね、元々はここの様子をヴォルガーさんに見せて同情を誘い、新たな犠牲者を出さないため、タイラントバジリスク討伐に参加してくれと頼むつもりだったんです。それがこの有様ですよ!予定が無茶苦茶です!」
「ええ…いや治ったんだから予定と違っても別にいいだろ」
「はいはいそうですね、ああ凄い凄い、本当凄いなー」
「何かバカにしてない?」
「してますよ?考えなしになんてことをしてくれたのかと、これからのことを思うと頭が痛いです」
せっかく助けたのに何が悪いんだ。
「ただそれ以上に、感謝もしています」
「そうか、じゃあいい」
ラルフォイは、また皆の様子を見てきますと言った。
そのときの笑顔はいつもより心がこもっているように見えたのは気のせいだろうか。
「まあついでだし、タイラントバジリスクも討伐するか」
また犠牲者が出たら困るし、街の近くにいるなら倒しといたほうがいいよな。
そう思って後ろからラルフォイに声をかけたら、やつはなぜか何もないところでこけた。




