違和感
ちょっと長めです。
かつての俺が勉強は嫌なものだと思ったのはいつぐらいのときだろうか。
小学生の頃は少なくとも、さほどつまづくようなことはなかったと思う。
中学に入ってから英語とかめんどくせえなって思えてきて、高校ではむしろ全部めんどくせえなという結論に達した。
大学は…あんま関係ないか、心理学部に行ったもんな。
ただ卒業後にほぼ学歴とは関係ない仕事を転々としたから果たして学んだ意味はあったかどうか。
今現在、異世界において学んでおけばよかったと思うことは、ウォ〇ュレットがついてるトイレの作り方か、お好み焼きにかけるソースの原材料とかだな。
焼きそば食いてえな…と今朝唐突にウンコしながら思ったのが主な原因だ。
便所で食べ物のこと考えるとかどうかしてるかもしれない。
「先生!これでどうっすか!」
変なことを考えていたらトニーの声で現実に戻された。
どうやら俺が出した割り算の問題が全て解けたみたいだ。
さて正解率のほうはどうかな…
20問ほど黒板にかかれた問題の答えをチェックしていく。
「…トニー全問正解、もう小数点以下の数字も完全に理解してるじゃないか」
「へへっ、1より小さいって意味が最初はさっぱりでしたっすけど、ディーナ姉ちゃんが自分のパンを千切って隠してたのを見てなんとなく意味がわかったっす!」
フレンチトーストの味を覚えて以来、ディーナはたまにパンをどこからか持ってくることがあった。
夕食とかで出された分を残していたのか…そうまでして食いたかったのか。
わざわざ隠し持つところが小賢しい、トニーにばればれだから何の意味もないようだけど。
その小賢しいやつは現在、机に突っ伏して爆睡している。
昨日の疲れが残っているのだろう…今日だけはそっとしておいてやることにした。
まあディーナの相手をしない分トニーの勉強が思ったより進んだからよしとする。
「これでトニーは四則演算…ああ、基本的な4つの計算ができるようになったわけだが…」
「はい!先生のおかげっす!」
「トニーが頑張ったからだよ、それで…ここでひとつ聞きたいことがある」
「勉強を続けるかどうかっすね?親父からも考えとけって言われてたっす」
「なら話は早いな、トニーは今後どうする?俺はまだ他にも教えられることはあるが」
トニーはうーんとひとつ唸ったあと、きっぱりと言った。
「親父の仕事の手伝いに専念するっす」
「そうか、まあ今日まで学んだことがあれば十分役にたてるだろう」
「先生には本当に感謝してるっす、欲を言えばもっと色々勉強したかったっす」
あれ?そうなのか?もしかしたら勉強は嫌になったかと思ったんだが。
「でもオレっち、馬の世話もやろうと思ってるっすよ」
「ん?それはディーナの仕事じゃないのか?」
「そうっすけど、冒険者の訓練が大変なんっすよね?ディーナ姉ちゃんこんなになってるっすから…」
「今日ほとんど何もせずに寝てるな」
「それと、先生には親父のアレのことを手伝ってあげてほしいんっすよ」
「アレというと魔動車か、今まで時間がなくてちゃんと調べられてないんだよな、でもトニーはアレがまた動くのは嫌なんじゃないのか?」
「乗りたくはないっすけどね、でも親父の夢だから、応援はしたいっすよ」
なんと、そこまで考えていたのか。
つまりトニーは自分以外の皆の負担を減らすために授業をここで終わりにする気なのだ。
なんて立派な若者だ、もしここが日本だったらいずれ選挙に立候補してほしかった、絶対投票するのに。
「トニーの気持ちはよくわかった、授業はこれで終わりにしよう」
「先生今まで本当にありがとうございましたっす!」
「はは、まあそうかしこまるな、何かわからないことがあればまた聞きにくればいい」
「はい!あ、でも夜とかに来るのはやめたほうがいいっすよね?」
「ん?なんでだ?」
「いやだってディーナ姉ちゃんと一緒に住みはじめたから…」
「子供が変な気を遣うんじゃない!」
ともかくトニーはこれで一旦…なんだろ、卒業かな?卒業となった。
昼が来て家を出ていくときはちょっと涙ぐんでいたように見えた。
実に感動的なシーンだったのにディーナは結局それでも寝ていた。
何かウサギとカメの話を思い出したが、よく考えたらトニーは昼寝しないウサギだったから全然違うわ。
………………
………
昼飯の材料を買ってきて料理していたら匂いにつられてディーナが目覚めた。
二人で昼食をとった後、俺はタックスさんに話をしてくるからもしマーくんが来たら先に訓練しててくれとディーナに伝えた。
ディーナは「なるべく早く戻ってきて」と必死な顔で言ってきたが、どうせ訓練は俺はもうあまりやることないので俺がいようといまいがたぶんディーナの訓練時間はあまり変わらない。
言うとショックで気絶するので言わないでおいた。
俺は店の方へ行き、タックスさんにトニーの勉強が今日で終わったことを報告した。
昼飯のときに本人からも聞いたようだが、まあ一応ね、報告も仕事なんで。
それでちょっと気になってたのが俺の給料はどうなるんだろう、ということでそれについて尋ねたら、なぜか給料は増えた、授業終わったのに。
「いやすいません、ディーナの生活費のことを忘れてましたからな、その分上乗せですよ」
しかしこれではもう、ただ金貰ってお世話になってるだけの気がしたので、魔動車の修理の件で本格的に手伝いたいと申し出た。
「おお本当ですか!実は内心では気になっておりましてな、しかし昨日、訓練の様子を少し見たところ、かなり厳しいようだったので言いだしにくかったのです」
「あれはまあほとんどディーナのための訓練ですから、俺は平気ですよ」
「でしたら今からでも是非!」
うわ、よっぽど早くなおしたかったんだな。
マーくん来るかもしれないけど…まあいいか、断りにくいし。
「あ、ああじゃあ今から倉庫のほうへ行ってみましょうか」
「そうしましょう!トニー、店番頼むぞ!」
トニーに店番を任せて俺とタックスさんは魔動車がある倉庫へ行った。
早速、布をかぶせてあるのをとっぱらって改めてその巨体を見る。
やっぱタイヤでけえな、ゴム製…?いや、なんか手触りが違うな、この世界独特の素材だろうか。
「ちょっと中見せてもらっていいですか?運転するところ」
「ええ、どうぞ、あ、そのドアはその取っ手を手前に握ったまま…」
「ああ、こうですね、わかりました」
ドアは地球産の車と同じようにグッと握ってから引っ張るタイプだった。
車高が結構あるので俺はタイヤに足をかけてのぼるように座席に乗り込んだ。
座席は二つ、シートベルトはない、つけたほうがいいだろ絶対…
鉄っぽいハンドルがついてる運転席の足元にはアクセルとブレーキと思われる鉄のペダルがある。
クラッチもなければシフトレバーもない、オートマチックすぎないこれ?
そして運転席正面にメーターがひとつ、時速を表すものだけがついている。
最大値に300と書いてあるのを見つけて不安が高まった。
バックミラーはあるけどサイドミラーはないな。
助手席は…特に何もない、ダッシュボードも存在しない、乗るための椅子をつけただけか。
気になるのが…メーターの横についている謎のボタン、3つある。
左から試しに押してみる、車の前が明るくなった、これはライトか。
真ん中はなんだ?これも試しに押してみたが反応がない、壊れてるからかな。
続いて一番右端も押してみたがこれも無反応だった。
それ以上に気になるものが見当たらないので俺はドアを開けて車を降りた。
あのボタンは何だよ、ちゃんと説明書に書いとけ!
わからないのでタックスさんに聞いてみた。
「真ん中のやつを押すと以前は動き出したんですよ、右端はわからないですな、今まで押しても何かあったことはありません」
真ん中がエンジンキーみたいなものか。
右端はずっと故障中ってことかな、なんだろ、クラクションか…ああ窓開かなかったから窓開けるためのボタンとか?
「次は…赤鉄を入れる部分を見てみたいのですが」
「ああそれはこっち、ここですな」
車の真後ろまで回り込むとタックスさんは下のほうにある取っ手をひっぱった。
ガラッと机の引き出しを開けるみたいな感じだ、予想外すぎる。
あと後ろはこれ普通の車みたいに上に開くみたいだな、荷物いれるためか。
「ここに赤鉄を詰め込むんですよ」
赤鉄は一つの大きさが例えるなら…ティッシュの箱くらいある。
俺がコンロとして使ってる赤鉄板にはそれを一つ使うだけで作動する。
この引き出しいっぱいとなると…10個くらいはいるぞ?
乾電池いっぱい必要な電化製品みたいだ。
「ここを綺麗に掃除しろってことですかねえ」
俺は引き出しに近づいてよく観察してみた。
お…取り外しできるみたいだ、俺はそのまま引っ張って引き出しを全部外してみた。
ちょっと重い。
「その部分は、大人が二人がかりでないと持てなかったほど重かったはずですが…」
「何とか持てます、床にちょっと置きますよ」
取り出した引き出しをゆっくり床に置いた。
この鉄の引き出しの内部は単なる鉄板かと思ったが、目を凝らしてみるとものすごく細かい模様みたいなのが彫りこまれていて、電子回路のようにも見える。
それが底だけじゃなくて側面にもびっしり同じように彫ってある事に気づいた。
しかしその溝の大部分が、なんか…タールみたいな黒いベタっとしたものが詰まっていてたぶんこれが汚れなんだと思う。
あーだから高圧洗浄機とかで洗えっていってんのか。
試しに指でこすってみたが剥がれない、細くて固い物でガリガリやると取れるかもしれないが傷がつきそうだ。
「この黒いのなんでしょうか、溝に詰まってるこれです」
「わかりませんな…元々こういうものだと思ってあまり気にしていませんでしたので…」
「たぶんこの彫ってある溝を傷つけないように、黒いのだけ取る必要があるんだと思いますよ」
「なるほど…」
タックスさんも触って確かめたりしていたが、どうやって掃除するかについて悩んでいるようだ。
一番の問題は傷がつかないようにすることだろう。
「ふむ…水よ、我が呼び掛けに応じ力となれ<ウォーターボール>」
タックスさんがそう言うと小さい水の球が出現した。
いや、えええええ!?タックスさん魔法つかえたの!?
「水魔法が使えたのですか!?」
「たはは、使えるといってもこの<ウォーターボール>だけでしてな、攻撃に使えるほど威力もないので恥ずかしいから内緒にしていたのですよ」
そしてその水を引き出しの内部にあてて破裂させた、水洗いする気か。
タックスさんは手で軽くこすってみたが汚れはおちなかった。
水浸しにしとくのもなんなので俺は引き出しを傾けて水を捨てる。
「高圧洗浄機とやらがあればこれがとれるんですかなあ」
「かもしれないですね、まあまだお湯で試したりしたら落ちる可能性もありますけど」
「ふむ、なら傷つけない方法を考えて色々試してみましょう」
「そうですね…しかし驚きましたよ、急に魔法を使うなんて」
「たはは、いやヴォルガーさんのような魔法に長けた方に見せるのはなんとも恥ずかしいものです、できれば秘密にしておいてください、他に知ってるのはトニーだけなんですよ」
はあ、じゃあ秘密にしとくかぁ…
人は見かけによらないよなぁ、本当に…見かけ通りなのディーナくらいじゃ…
と、そこで俺はあることを思い出した。
いや思い出したというか気が付いた、昨日マーくんと喋ってて感じた違和感の原因だ。
それは俺とディーナが冒険者ギルドに行って、ラルフォイと話をしたときのこと。
あいつはディーナが冒険者登録をすると言ったとき俺と同じ反応をした。
何言ってんだこいつ、頭は大丈夫か?という反応だ。
これは、ディーナのことをよく知ってるから俺はそう思ったんだ。
ディーナの馬鹿さ加減をしらなきゃそういう反応はしないはず。
だってディーナはその後普通に、下の受付の人に話しかけて登録したんだから。
ラルフォイはやっぱり何か…変だぞ。
もしかしたら…これはまた会って確かめた方がいいかもしれない。
今日は訓練中止だ、冒険者ギルドに行かなきゃ。