全力全開
戦闘訓練とか詳しくないんだ。
「つまりヴォルガーは防御や回復などの、仲間の支援に特化した魔法のみ使えるのか?」
「そういうこと、だからこっちからは手を出してないだろ?」
傷ついて帰ろうとするマーくんに俺は自分の能力を説明して引き留めた。
「それで…一応攻撃も試したいんだけど、たぶん普通にやったんじゃ絶対マーくんに当たらないから、俺の攻撃を避けないで受けてほしいんだ」
「実戦でそんなことを聞いてくれる馬鹿がいるわけないだろう」
「いや!それはまったくそのとおりなんだけど!一回軽く殴るだけだから、それでわかることがあるんだ、防御してくれてもいいから頼むよ」
マーくんは俺が何を言ってるのか理解してなかったようだが、軽く左腕をあげて手のひらを俺に見えるようにして自分の胸の前に持ってきた。
「ここに拳をうちこんでみろ」
意味わからないのに俺の言うことを聞いてくれた、優しさを感じる、いささか殴りにくい。
「よ、よし、ありがとう、じゃあいくぞ…!」
しかし、これを試さないとどうにもならないので俺は拳を握ると、マーくんの掲げた手のひらにそこそこの力を込めたつもりでうちこんだ。
ペチ。
「…寸止めするつもりだったのか?」
「いや違う、今のは真面目に殴ったんだ!」
「ふざけているのか?全く何の力もこもっていない、もう一度真面目にやれ」
そう言われて俺はもう一度、さっきよりはかなり本気でパンチを繰り出した。
ペチ。
さっきと同じ情けない音がした。
つまり威力は蚊に刺されたほど…もあるかどうかわからないレベル。
「…話にならん、いや、その勢いで殴ってこの威力に抑えるなど…なにか技の一種なのか?」
「違うんだ…本気で殴ってもそれなんだ…最近気づいたんだが、俺は何をやっても相手を傷つけることはできない体なんだよ」
「意味がわからん」
まあはい、意味は分からんと思います。
だがなんとか理解してもらわねばこの先困るので、どうしたもんかと思い、そうだ、生物以外はどうなるだろうと思って
「ちょっと待っててくれ!あの剣とってくるから!」
俺はそう言って急いで家に戻り、マーくんの持ってきた荷物から木剣を1本取り出して持っていった。
「いいか?よく見ててくれ、ふざけて力を抜いてるとかじゃないんだ、<ウェイク・パワー>」
俺は念のために自分に筋力強化の魔法をかけて木剣を両手でもつと、中央からバキッとへし折った。
「む、それはそう簡単に折れるような物ではない」
「今俺は自分の力を強くする魔法をかけた、もしかしたら無くても折れたかもしれないが、まあこれで力があるのはわかるだろ?」
「ああ…おいまさか、その状態でもう一度殴る気か?」
さすがに嫌な予感でもしたのか、マーくんは手を構えてくれなかった。
「頼む、最後だから、こんなことマーくんにしか頼めないんだ!」
万が一、ということもあるので、強い人に頼むしか試しようがなかった。
この<ウェイク・パワー>をかけた状態のパンチが、現状では恐らく俺の最大の攻撃になる。
俺はふわふわにくまんとかいうバカなクラスを認めない!
そんな運命はこのパンチで打ち破ってみせる!
「…最後にもう一度だけ殴ってみろ」
マーくんは手を構えてくれた、感動した。
…ありがとう、もし手の骨が折れたりしても絶対治すから許してくれ!
「よし…いくぞ、はああああああっ!」
俺は意を決して全力のパンチを繰り出した。
ペチ。
何も変わらなかった。
はい、俺の運命終わり。
一生ふわふわにくまんで生きていくことになりそうです。
「さっきと同じだ、どうやらヴォルガーのいう事は本当らしいな」
「ああ…残念ながら…これは恐らくどんなに鍛えても一生このままだ、武器を使っても同じだろう、そういう呪いみたいなもんが俺にはかかっていると思ってくれ」
「…それはあまり人に知られないほうがよさそうだな」
「ああ、秘密にしておいてくれ」
ふわふわにくまんというクラス名を知られるのは恥ずかしい。
俺の内心はそれでいっぱいだった、一生隠していきたい。
マーくんはとりあえず俺との手合わせをこれで完全に終了としたようだった。
もしかしたら予定していた訓練とか台無しにしてしまったかもしれない。
だから、これからどうすんのかな、と思っていたらマーくんは「じゃあ次はディーナの相手だ」と言うので、俺はそういえばディーナいたのを忘れていたことに気づいた。
ディーナは俺たちからかなり離れた場所に立ってこっちを見ていて、声が聞こえてないようなので大きな声で「ディーナ!こっちへ来い!」と俺は叫んだ。
なんかプルプル震えながらこっちへ歩いてくると「えっと…なに…?」と、私に何か用事ですか?みたいな感じで聞いてきた。
「俺の相手は終わったから次はディーナの番だってさ」
「うむ、まあ気軽に来い、手加減してやる」
そう伝えたんだがディーナはノーリアクションだった。
「おいヴォルガー、この女…だめそうだぞ」
「どうした?何が…ああ…これは…」
「うむ、立ったまま気絶している、器用な女だ」
白目を向いてディーナは意識を失っていた。
どうやら自分の番と聞いたあたりでこうなったようだな…
「あーもう起きろ!<キュア・オール>!」
強引に起こすために魔法を使った、きくかな?
「これは?回復魔法の一種か?」
「まあそんなところ、立ったまま気絶したやつに試すのは初めてだな」
そうこう言ってるうちにディーナを包む光は消えた。
「…はっ、私は…ああああ、私にあんなの無理よおおお!死ぬ!絶対死ぬ!」
どうやら状況を理解したようだ。
俺とマーくんの戦いの様子を思い出しているのだろう。
また気絶されても困るので、とりあえずそれはもうしなくていいから、と言って落ち着かせた。
「マーくんどうだろう、ディーナはもっと基礎的なことからやったほうがいいんじゃないかと…」
「どうやらそのようだな、もしかしてこやつも何か隠しているのかと思ったが…」
「いやいや見たらわかるだろ?強そうに見える?」
「見えないな、だが、ヴォルガーだって見た目からは想像できない強さだったぞ」
ああ、うーん、まあそう言われたら俺だって見た目普通のおっさんだもんなあ。
魔法があるから別に鍛えてなさそうなやつでも油断はならないってこと…ん…?
「じゃあディーナはまずこの敷地内を壁にそって走れ、どれくらい体力があるのか見てやる」
「え…それってどれくらい走れば…」
「我がいいと言うまでだ」
「死んじゃう…」
「嫌なら我と組み手でも構わん」
「走りまーす!!」
ディーナは元気よく走っていった、マーくんも後をついて行くようだ。
あれ、俺も一緒に走るべきだったのかな…?
ついて行こうかとも考えたが、さっきマーくんとしたやり取りが心の中で引っかかっていた。
でもそれが何なのかハッキリわからなくてもやもやしている。
あーなんだっけ、何か変だなという気がしたのにー。
いくら考えてもわからなかったので結局俺も走ることにした。
走っていればとりあえずスッキリする気がしたので。




