押し売り
あれ、気が付いたら思ってた話と全然違うこと書いてた。
「おはようございます、ヴォルガーさん」
「あ、ど、ども…おはようございます」
朝、井戸で顔を洗っていたら、マリンダさんに声をかけられた。
「今日は随分遅いお目覚めのようですね」
「いやーちょっと寝坊してしまって」
昨晩はなかなか寝付けなかったものですから。
「そうですか…ところでメンディーナさんを見かけてはいませんか、部屋にも馬小屋にも姿が見えないので、朝食を用意していいかどうか迷っているのです」
「ええと…朝食は必要ない…と思います、俺の家にいますので…」
「…………………そうですか」
相変わらず無表情なんだけど、なんだろーその間、気になるなー。
マリンダさんに迷惑かけるわけにはいかないと思って正直に話したのに。
「では、失礼します」
「あ、はい」
そう言って何事もなかったかのようにマリンダさんはその場を立ち去ろうとして
「今後も、メンディーナさんの食事は全てヴォルガーさんが用意してくれるということですね?かしこまりました」
「えっ!!」
最後にそう言残すと、俺に反論する隙を与えず歩いて行ってしまった。
全てってどういうことなんですかね?
朝食だけじゃなくて三食俺のところで飯を食うと思われてるってことですよね。
ははは、あれー今ので何もかもバレてるような感じがするのは気のせいかな。
複雑な想いと水を汲んだ桶を抱えて家に戻り、寝室をのぞくと、ディーナがひどい寝相で寝ていた。
布団からはみ出てるいろんなところにモザイクをかけなきゃいけないような有様、簡潔に言って全裸であった。
いや違うんだ、仕方なかったんだ。
元々そんな気はなかったんだけどほら、俺も生物学上では男という生き物であるからして、裸の美女に迫られるとジュニアが勝手に、よっしゃ!父ちゃんにいいとこみせたるねん!とかいう感じで勝手にバッターボックスに向かうとホームラン予告をやりだすものですから。
「うーん…ふあ…ヴォルるん…?あれここどこ…?」
はっ、何の言い訳を誰に考えているんだ俺は。
ディーナの目覚めた声で我に返った。
「とりあえず、水汲んできたから…起きて体を拭いて綺麗にしとけ」
「えっ…あ、そうだったわ、うん、そうする」
自分が今どういう状態で昨晩なにをしたのかわかったようだ。
ディーナは慌てて布団から出た、前を隠す素振りはゼロである。
「…俺は朝飯作るから」
「はーい、あの甘いパンにしてっ!」
はいはい、と要求に答えて俺はフレンチトーストを作り始めた。
………
朝食をとると、服を着替えてくると言ってディーナは一旦店のほうへ戻った。
それから少しして、今度はトニーと一緒に授業を受けに俺の家に来た。
「先生!ディーナ姉ちゃんとやっちゃったっすか!」
おいぃ、表現がストレートすぎるんだよォ!
来て早々何聞いてんだ!ディーナもニヤニヤすんな!
「えー授業に関する質問以外は受付ておりません」
「これからはディーナ姉ちゃんとここで一緒に住むって本当っすか!」
「初耳だよ!なんだその話は!」
「私はそれでもかまわないわ」
「俺が構うよ!?」
ごちゃごちゃしつこいので授業に集中しないなら、モモにはここへは来るなと伝える、ディーナにはもう飯を出さない、と言って二人を黙らせた。
それは一応授業の終わりまで効果を発揮して、二人とも真面目に勉強した。
昼が来て二人の授業を終え、昼飯を作ってディーナと食べた後、タックスさんに報告のため俺は一人で店に向かった。
「授業は順調で、トニーはそろそろ割り算ができるようになりそう、ですか」
「ええ、特に問題なければあと2、3日もすれば一通り基本的な計算はできるようになるでしょう」
「それは喜ばしいですな」
「そうなった後はどうしましょう?まだ勉強を続けますか?」
「まだ他にも何か役にたつような学問をご存知なのですか?」
俺はちょっと考えてから、必要あるかはわからないがそれ以上の算数、例として面積だとか体積の求め方について簡単に説明したり、読み書きなら漢字について教えることもできるとも言った。
理科…いや化学かなぁ、その辺は魔法があるから地球と同じ理屈が通用するのか心配なので保留。
「仕事がなければ、私が教わりたいくらいですなあ」
「まあ覚えて実際に使う機会があるかどうかはわからないようなものもありますけどね」
タックスさんはしばらく考えた後「その時が来たらトニーにどうしたいか聞いてみましょう」と言った。
確かに本人の意思が大事だな、俺もその意見に賛成した。
「後は…ああそうだ、魔動車関係のことですが高圧洗浄機ってご存知ですか?掃除道具の一種なんですけど」
「コウアツセンジョウキ?いえ…どういうものですか?」
「水を…えーと、水に圧力をかけて勢いよく噴射して水圧で汚れを飛ばすようなものなんですが」
「そんなものは見たことが…いや、過去にそういう水魔法を使ってた人を見たことはありますな」
「魔法であるんですね…それを再現できる道具があれば修理に役立つかもしれません」
「おお!でしたらそれは私のほうで探してみましょう!」
タックスさんは修理に光明が差したのか嬉しそうだった。
ふうよし、えーと…マーくんのことは昨日言ったし、あともう報告はないな。
「では報告は以上で…」
「ああヴォルガーさん、ディーナのことなんですが」
はい、まあそれ聞きますよね、知ってた。
「ヴォルガーさんが貰ってくれるなら私は何も心配しておりません」
「えーと…そこまでのことは考えてなかったんですが…」
「たはは、まあそれは話が急すぎますが、結婚はしなくとも嫌でなければディーナと一緒に暮らしてやってほしいのですよ」
「俺の今借りてる家で、ということですか?」
「はい…昨日ディーナから色々話をされましてね、思ったんですよ、あの子がこんなに真剣に話をしてきたことが今まであっただろうかと」
タックスさんはディーナが昨晩、俺に何を話に行ったのか知っているようだった。
「正直に申しますと、ディーナには娼婦をするくらいしか道がないと思っておりました」
「…俺はそうは思いませんが」
「ええ、私が見誤っておりました、ヴォルガーさんのおっしゃる通りです」
あれ?一瞬で手のひら返し?
「ディーナは昔ウチで預かっていたことは聞いたでしょう?それから娼婦になって出て行ったことも」
「聞きました…タックスさんの手伝いをしても失敗ばかりしていたからそうしたと」
「はい、その頃私は妻を亡くして…恥ずかしながら気が滅入っておったようで、ディーナとトニーを比べて、なんでトニーができることがお前はできないんだ!等と怒鳴りつけたりもしましてな」
トニーはまだだいぶ小さかったはずだよな…
子供と比べて叱られるのは相当きつかったはずだ。
ディーナの自信のなさはその辺が原因かもしれない。
「それがいつからか街に出て金を稼いでくるようになり、本人は何をしているのか私には黙って金だけを渡してくるのですが、私は噂でディーナが娼婦をしていることを知りました」
「それでどうしたんです?」
「特に何もしませんでした、私は黙って金を受け取り、やがてディーナが家から姿を消したときも男ができて出て行ったなと思って終わりです」
悲しいな、仕方なかったことなんだろうが。
「ですが…月日がたって私もようやく落ち着いた頃、トニーが家でよく絵を見て過ごしていることに気が付きましてな、その絵はどうしたんだ?と聞くと、ディーナが以前描いたものだと言うのです」
「そう言えば、絵が得意でTシャツの絵を描いて説明したとか言ってましたね」
「はい、それで思い出したんですよ、妻が生きていた頃は二人でよく一緒に絵を描いて楽しそうに過ごしていたことを。それで私はそれまでのことを悔やんだのです」
それからタックスさんはディーナのことを探した。
居場所はすぐわかった、トニーが知っていたからだ。
トニーはディーナが出て行った後も、こっそり街でディーナと会って話をしていたらしい。
そしてもうタックスさんのところで世話にならなくても大丈夫だから、とそれとなく帰る気がないことを伝えられていたそうだ。
だけど、アイシャの神託があって事情が変わった。
タックスさんを頼るしかディーナには方法が思いつかなかったから。
結果は上手くいって、タックスさんは大金をディーナは豪華な生活を手に入れたが…
「ディーナはもう、昔のように、心から笑うことはなかったんですよ」
それがタックスさんがずっと気になって悔やんで…諦めていたことだった。
「ですが…ヴォルガーさんに会ってから、ディーナは少しずつ失くしてしまったものを取り戻せたようです、最近はよく楽しそうにしているのを見かけますからな」
「そうであればいいのですが」
「間違いありません、私にはできなかったことです、そして出来ることならばこれからも傍でディーナを見てやってほしいのです」
「はあ、いやでも冒険者になっちゃってるんですよ?それはいいんですか?」
「おや、ヴォルガーさんはディーナには娼婦以外の道もあると考えてるのでしょう?ならばできますよ」
うっ、汚いぞ、だから最初にあんな聞き方したんだな。
「…まあ、わかりましたよ、俺も別にディーナのこと嫌いじゃないですから」
「ではディーナのことをよろしくお願いします、ああ、返品はできませんので」
全くとんでもねえもんを押し売りされた気分だ。
タックスさんはやっぱり冒険者より商人の才能があるんだな。