我参上
これで勝つる。
ラルフォイの部屋で俺に怒られたディーナはいじけていたのではなく、ギルドの1階に戻り、ニーアではないもう一人の受付の子に話しかけ、冒険者登録をしていた。
普通はそういうやり方で登録するんだろう、ギルドマスターが出てきていちいち説明はしないと思う。
部屋を出ていったときは、後で食べ物でも買って与えれば機嫌治るくらいだろうとしか考えていなかった。
「あのー、それでふわふわにくまんってなにかなー?」
「…それは…仲間の支援だけに特化した人で、攻撃は一切できない人のことです…」
「はぁー?そもそもにくまんってなんだろー?」
「わ、わかりません、いやもうそれはそのままでいいですから早く登録してください」
ニーアはまだ首をかしげていたが俺にせかされて作業を再開した。
手にもった万年筆みたいなペンで黒い板に何か書き込んだ後、その板の横から飛び出した免許証くらいのカードを確認して見ている。
なんかその板だけ微妙にハイテクだ。
精神クリスタルとか言われてたミニ白露水晶がついてるし、またよくわからん魔法系の道具なのだろう。
「はいこれがヴォルガーさんの冒険者カードねー、依頼を受けるときや報告するとき、あと別の街のギルドに行ったときも最初に見せる必要があるのでーなくさないようにしてねー」
「わかりました!ありがとうございます!」
俺は薄い金属製のような銀色のカードを受け取ると急いで受付を離れた。
隣の受付の方を見るとディーナはもういなかった、
あいつ今度はどこ行った?
建物内を探すと依頼を張ってあると思われるスペースで、壁に貼られた紙を眺めて立っているディーナの姿があった。
俺は慌ててそっちへ行く。
「おいディーナ!何やってんだ」
肩に手をかけてディーナを呼ぶ。
「あっ、ヴォルるん!ふふふ…見て!私冒険者になったの!」
自慢しているのか自分の冒険者カードを俺に見せてきた。
そこには『コムラード冒険者ギルド所属、メンディーナ、人族、女、6級、クラスなし』と字が彫ってあった。
「ばか、何勝手に冒険者登録してるんだよ」
「私がしたっていいでしょ、ヴォルるんだってしてるんだから」
「ここにある仕事は馬の世話をやるのとは違うんだぞ、普通の人ができないからここに依頼として回ってきてるんだ、要は楽な仕事はないってことだぞ」
ああーもう冒険者登録って取り消せないのかな。
何か街が危険なときにはディーナも呼び出される可能性があるんだろうし…
逃げる側にいなくちゃいけない人間が逃がす側に回ってどうするんだ。
「そうそうネエちゃん、冒険者はウェイトレスとは違うんだぜぇ」
俺たちの後ろから男の声がした。
振り向くと、2メートルくらいありそうな大男がいてギョッとした。
筋肉モリモリでスキンヘッドの…なんで上半身裸なんだこいつは。
頭つるつるの大男はニヤニヤ笑いながら俺とディーナを見下ろしている。
汗臭いな…あまりお知り合いになりたくない感じだ。
「な、なによ…私だって頑張ればできることくらいあるわ」
ディーナは男に言い返したが既に腰が引けていた。
いや言い返しただけ結構頑張ったと思う。
「おうおう、じゃあ先輩冒険者としておれがネエちゃんにもできるオススメの依頼を教えてやるよ」
あれ、見かけによらずいいやつなのか?
わざわざ新人にアドバイスをくれに来たのか。
「な、なに?オススメって」
「それはな、一晩おれの相手をすることだ、銀貨1枚くらいは払ってやるぞ」
男はそう言ってディーナの尻をぐいっと掴んだ。
全然いいやつじゃなかった、見かけによってた。
「きゃあ!なにするのよ!?触らないで!」
「へへ、なかなかいいケツしてるじゃ…」
「おいやめろ」
セクハラで訴えるぞ、というのは通用しない世界なので俺は男とディーナの間に割って入った。
「なんだおっさん、邪魔だ、引っ込んでろ」
「いきなり女の尻を触るとか何考えてんだ、嫌がってるだろ」
「ああ?うるせえな、痛い目にあいてえのか」
男は俺の胸倉をつかんで凄んできた。
チンピラとほぼ一緒じゃねえか…こんなのでも冒険者になれるのか。
「や、やめてよ、ひどいことしないで」
「はははひどい事なんかしねえさ、先輩冒険者として忠告してやるだけだ」
とか言って暴力的なことをするのは間違いない。
もしコイツが殴りかかってきたらこの距離で防御魔法使えるかな。
<ディバイン・オーラ>なら相手の攻撃行動に勝手に反応するからいけると思うが…
問題はディーナも近くにいすぎて発動した瞬間一緒に弾き飛ばされそうだなこれ。
「ディーナ、ちょっと離れてて」
「いや、やめてよもう!ヴォルるんをはなして!」
「ああいいぞ、コイツにもひとつアドバイスをやった後でな!」
男はそう言って俺を掴んでいるのとは逆の手を振りかぶった。
やべ、ちょ、ちょっと待って、はよディーナ離れて。
「おい、邪魔だどけ、でくのぼう」
殴られる、と思った瞬間誰かがそう言った。
「なんだとぉ!誰に向かって…あ…ま、マグナさん…」
ハゲ男が急に勢いを失ったので、え?誰?と思って俺も声がした方を見る。
「我はその男に用がある、その手を放してさっさと失せろ」
「はは、いやマグナさんのツレでしたか…こりゃすいません…」
あっさりとそのハゲ男は俺から手を離すと、逃げるように慌てて走っていった。
なんかカッコいい感じで登場して俺を助けてくれた人物は
「マーくん!」
前にここで会った冒険者のマーくんだった。
そういえばそうだ、マーくんの本名マグナなんちゃらって名前だったわ!
「フッ、また会ったなヴォルガー」
相変わらずフードをつけてマントもしていて暑くないんだろうかと思わせるいでたちのマーくん。
「だ、だれ…?ヴォルるんの知ってる人?」
「ん?ああ、友達のマーくんだ、前にここに来たときに会った」
ディーナに聞かれたので教えてやった。
友達、と言ったあたりでマーくんはちょっとそわそわしはじめた。
「いやー助かったよ、マーくんすごいんだな!あのハゲがビビって逃げたし!」
「たいしたことではない、それに、とっ、友達をたしゅけるのは当然のことだ」
噛んだ。
相変わらず癒し効果があるなマーくんは。
ディーナもマーくんに「ありがとう」と礼を言って、自己紹介をした後、俺たちは近くのテーブル席に座った。
どうにもマーくんは俺を探していたらしいので、その理由を聞くためだ。
「それで、何で俺を探してたんだ?例の光と闇の…あれならまだ…」
「そのことではない、我は昨日ギルドマスターから依頼を受けた、ヴォルガーが冒険者になったら面倒をみてくれといった内容のな」
ラルフォイから…?なんでわざわざマーくんが…
「え?いや、それは有難いことだけど…なんで?」
「知らん、だが我も今はちょうど手が空いていたのでその依頼を受けた、ヴォルガーが4級になれるまで頼むと言っていたな」
「4級?俺はまだ登録したての6級なんだけど」
「クク…凄まじい実力を秘めているのだろう?隠していても我にはわかるぞ!4級などすぐだ!」
あれこれ俺もラルフォイと同じ絡まれ方してない…?
「…ときに、そっちのメンディーナという女はなんだ、ヴォルガーの仲間なのか」
「私?私はヴォルるんの生徒よっ、いつかは奥さんに…」
「ああこいつのことはディーナでいいよ、たまにゲロを吐く変な生き物だ」
「ゲロを吐くのか」
「ひどいっ!なんでそんな言い方するのっ!?」
ディーナがごちゃごちゃうるさいので一応ちゃんと説明した。
俺と一緒にタックス商会に世話になっていて、普段はその商会にいるトニーという男の子と一緒に俺に計算の仕方を教わったり、馬の世話をしたりして過ごしている女だと。
ついでに実力は隠してないし単なるクソ雑魚だとも言っておいた。
「ヴォルガーはそこで計算の仕方を教えているのか、頭がいいのだな」
「ああ、それが一応俺の仕事なんだ、だからラルフォイに言われなきゃ冒険者として活動するつもりはなかったんだよ」
「ふむ、しかしそれは一時的な仕事なのだろう?なら冒険者になっておいても損はないはずだ」
まあ確かに…元々はトニーに教えることが一区切りついたら冒険者のことも考えるつもりだった。
それが早まっただけと言えなくもない。
「まあね、でもひとまずはまだ授業を続けるつもりだよ」
「それは一日中しているのか?」
「いや、朝だけだな、昼からは予定はない、トニーって子が商会の仕事もあるから」
「なら明日の昼から我がそこへ行こう、冒険者として訓練をするぞ」
「おう…わざわざ来てくれるのか、ありがとな」
マーくんは、冒険者は朝からギルドに来るのが基本とか、まずは俺の腕を見極めてからだとか色々いってたけど、照れてるのをごまかしてるだけなんだろうなぁ。
俺は店の場所などをマーくんに詳しく説明した後、雇い主に報告するから今日はそろそろ帰ると伝えた。
「じゃあまた明日よろしくな、マーくん」
「ああ、わかった、それと…女、ディーナと言ったな」
「うん?なあに?」
「お前もヴォルガーと一緒にみてやる、やる気があるならな」
ええ、おいおいディーナはどうだろ…
「マーくん、悪いけどコイツは…」
「我も冒険者になってすぐはこんなガキにできるわけがないと馬鹿にされた。だが10年たっても、こうして冒険者として生きている。だから我は自分の目で確かめたものしか信じない」
マーくんはそう言って席を立つと「ではな」とだけ言って去っていった。
「マーくんて、ちょっと怖い人かと思ったけど、いい子だね?」
お前もすでにマーくん呼びかよと思いつつも「そうなんだよ」と同意しておいた。
マーくんのディーナを見捨てないという気持ちは嬉しかった。
だが、今日は俺だけが冒険者になる予定だったのであって、こいつが冒険者になる予定はなかったわけで。
これから帰ってタックスさんになんと報告するつもりなのかディーナは考えて…ないんだろうなあ。
本当にどうする気なんだよ。