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ふわふわにくまん

ふんわりマシュマロと悩んだ

「え?何言ってんの?水ならまだ半分くらい残ってるだろ?」


 俺はディーナのグラスを見ながらそう言った。

はははまったくいやしいやつめ、あんまり冷たいものばっかり飲んでると腹を壊すぞ。


「お水はもういいの!私にも冒険者登録をする紙をくださいって言ったのよ!」


 …なるほどなるほど…水をくださいではなかったか…


「それでラルフォイ、この書類『ギルドの取り決めに従い冒険者になることを誓う』という一文があるが、肝心の取り決めの内容は書いてないんだが」

「え?ああそれは基本的に口頭で説明するからです、勿論今から言おうと思っていたところです」

「ねえ、私の分の紙は?」

「じゃあ説明してくれ」

「あ…はい…まず冒険者は各街にある冒険者ギルドが定めた仲介料を報酬から支払う事。これはこのコムラードだと5%と言いましたが…」

「ねえ?だから私にも…」

「こらディーナ!今大事なお話中だから邪魔しないで大人しくしていなさいっ」


 俺に怒られたディーナは目を丸くして数秒固まった後、ソファーから立ち上がって


「ふんっ!」


 鼻息を荒くしながら部屋を出て行った。


「あの、彼女出ていきましたけどいいんですか…」

「いい、気にしないで続けてくれ、いじけただけだ」


 どうせ下でうろうろしてるだろう、帰り道がわからんのだから。

というか何をあいつは考えてんだ、冒険者になるつもりだったのか?

一人で街も歩けないのに無理に決まってるだろ。


「では気を取り直して…」


 ラルフォイは冒険者のルールについて説明した。

まず仲介料、または罰金としてギルドに支払う金額だが、これは街によって違い、多いところでは10%のところもあるとのこと。

この値段の違いは冒険者ギルドの提供しているサービス内容に関わる。


 コムラードは依頼の仲介以上のことは特にやらないので5%としているが、このリンデン王国でもっとも人口が多い王都リンデンなどでは新人のための戦闘に関する講義や訓練をしたり、資料の閲覧できる図書館などを無料で解放しているためその分、手数料として上乗せされる。

熟練の冒険者にはおそらく大半があまり必要ないサービスになってくるのだろうが、人が多い分仕事も多いので、街から離れる冒険者が多いわけでもない。

新人の戦闘訓練をギルドから依頼される、というようなこともある。


 なので街による仲介料の違いにまず文句をつけないというのが最初のルール。


 それから後は簡潔に言うと、何かあって依頼の遂行中に死んでも自己責任ということ、有事の際はギルドの指示に従うといったことだ。


「質問いいか、有事の際というのは具体的にどんなときだ?」

「そうですね、例えば災害、火事や大雨で街が大規模な被害を受けたとしましょう、そういう場合の復興支援に協力するよう緊急依頼として要請する場合があります」

「人手がいるような状況?」

「そういう状況が多いですね、過去には戦争の際に住民の避難誘導を手伝う場合もありましたし」


 えぇ…戦争あるの…嫌な事実発覚。


「ただリンデン王国は現在他国と戦争はしていないですから、その心配はひとまずないですよ」


 俺の内心を察したのかラルフォイはそう続けた。


「この国の軍、兵士はそういう作業はしないのか?」

「勿論しますが、街が混乱しているときは治安維持で犯罪者を取り締まるのに精一杯といった感じですね」


 頼りにならねえ軍だな…と思ったけど武器が普通に売ってて、さらに魔法がある世界なので仕方ないのかもしれない。

日本で言えば警察以外に普通の人も平然と武装している状態だよな。

特に魔法なんか武器と違って取り締まれないだろうし…


「ファンタジーポリスも大変だなあ」

「え?どういう意味ですか?」

「いやなんでもない、独り言だ、それより聞きたいことは聞いたから後はこれに名前を書けばいいのか?」

「ええ、そこの…そう、その部分です」


 俺は書類の下部分にある位置に『ヴォルガー』と書いた。

カタカナで。

ちなみにこの書類全部ひらがなで書いてある。

『ぎるどのとりきめにしたがい…』といった感じなので読んでいると緊張感に欠ける。

いやこの世界の人にとってはこれが普通なんだろうけど、俺としちゃ読みにくいんだよなあ。


「これだけ?もう終わりか?」

「最後に下で冒険者カードを用意しますので、すいませんが僕に着いてきてくれます?」


 免許証みたいなものかな、と思いつつ俺は立ち上がり、ラルフォイの後について部屋を出た。


………


 ギルド1階の受付カウンター奥に行くとラルフォイは受付の女の子を呼んだ。


「ニーアさん、こちらの方にカードを用意してください、説明はしてあるのでそこは飛ばして結構です」

「はーい、ヴォルガーさんね、すぐ用意するからーカウンターの前でまっててねー」


 ピンク髪の子はニーアというのか、俺はわかりましたといってカウンターの前へ移動した。

ラルフォイはついてこなかった、移動する前に「それでは良い冒険者生活を」とだけ言った。

え、こいつもう何もしてこないの?まじでそれで終わり?


 拍子抜けしたがラルフォイはカウンターの奥から無言で笑顔でこちらに手をひらひら振ると、また階段を上って行き、すぐに姿は見えなくなった。

ここからが本題じゃないのか…?


 呆然としていたらニーアがいつのまにか戻ってきていた。


「ここに手をついてー」


 ラルフォイの脅しはなんだったのか…


「はいー、もういいよー、えーとなになに、男性で…種族は…不明?あれ、クラスまであるなー珍しい」


 うーん…人前に出るのが嫌だったからとりあえず帰ったのか?


「あのー、ヴォルガーさんって人族よねー?」


 わからん…


「あのー!もしもーし!」

「あ?ええ?なんですか?聞いてませんでした」

「ヴォルガーさん人族よねー?」


 ひとぞく…人間のことだろうか。


「種族が不明って出るんだけど…」


 言われて俺は自分が何をしているかようやく気付いた。

右手を白い岩みたいな物体についていて…これどっかで見たことあるぞ。

ニーアはその岩の下に敷いてある黒い板を眺めている。


「この岩、もしかして白露水晶じゃ」

「ハクロスイショウ?これは精神クリスタルって言ってーヴォルガーさんの情報を教えてくれるものなんだよー?」


 いや白露水晶だよこれ、アイシャの家にあったやつだ、ソフトボールくらいのサイズになっちゃってるが。


「え、ちょっと待って俺の情報…ですか?」

「初めて登録する人は性別と、種族名がこの黒い板に表示されるのー、だけどヴォルガーさんの種族が不明になってて…壊れちゃったのかなー?」


 げっ、どうしよう、人造人間だからかな?


「や、やだなー人に決まってるじゃないですか、どう見ても人でしょ?」

「そうなんだよねー…そもそも不明って出たことなんかないしー…まあいっか、人族に直しておくねー」

「あ、簡単に直せるんだ、じゃあお願いします」


 ニーアは黒い板のほうに変わったペンで何か書き込んでいた。

上からそっと覗くと、白い文字で『ヴォルガー』はカタカナ、それから『男、人族』と漢字で書いてあるのがみえた。

よかったーこの子が適当な性格で!


「あとねー、普通は本人の希望を聞いてから書き込む『クラス』っていうのがあるんだけどー」

「なんですかそれ?」

「職業みたいなものだねー、例えば剣が得意な人なら剣士だとかー、それに加えて火魔法が使えるなら火の魔法剣士とかー、パーティーを組む際などに他人にわかりやすく説明するためのものだよー」


 なるほど、ほわオンで言うと…称号かな?

ほわオンは後半のレベルになるほど取得している特技が増えて複雑化するので、職業がない代わりに称号を付けるというシステムが途中で導入された。


 称号は主に自分がとっている特技やスキルで勝手に追加されていく。

ニーアが言ったみたいに『剣』『火魔法』を1ずつとると『見習い火炎剣士』という称号が追加されたはずだ。

それを設定して自分のステータスに着けると、他人からは名前と称号が見えるようになり、称号にあった追加ボーナスが得られた。

見習い火炎剣士は剣と火魔法のスキルの威力がちょっとだけ上がる。

高レベル帯のパーティーメンバーを探すのが不便すぎという理由で確かユーザーから文句があって追加されたシステムなんだよな。

実装された時は、何千という称号が存在していて、ユーザーにはおおむね好評だったんだが…


「ヴォルガーさん、クラスが『ふわふわにくまん』って書いてるねー、これどんなのかなー?」


 ぐわあああああ!

まさかここにきてほわオン時代の俺に苦しめられることになるとは。

ほわオンはその『ほわほわオンライン』というふざけたタイトルからわかるように、ネーミングセンスが致命的におかしい人材がトップの中にいた。

そいつは顔こそ表に出してなかったが開発スタッフの一人で、たまにそいつが関わったんだろうなと思う部分がゲーム内に出てきた。


 剣の名前がロングソードとかバスタードソードとかいかにもゲームっぽいのが武器屋にならんでいると思ったら、ボスから入手したレア剣が『すぱすぱソード』だったりとか。


 そのひどいセンスは称号の中にも存在した。

俺の設定してた『ふわふわにくまん』もその一つだった。


 俺は別に好き好んでこんなの名乗りたかったわけじゃない!

いや、ゲームじゃ確かに一発ネタとして面白いかなとか思ったりしたことはあるけど!


 『ふわふわにくまん』は自力で敵を1匹も倒さずにレベル250になると取得できるレア称号で、つけると何をやって攻撃しても敵に1ダメージしか入らなくなり、なおかつトドメもさせなくなる。

このひどいデメリットを得る対価として回復魔法の威力が倍になるというメリットがあった。

なぜそれが『ふわふわにくまん』になるのかは誰にもわからなかった。


 俺はどのみち攻撃しない役割だったからその称号をつけて支援係を頑張っていた。

それがまだこの世界で続いていたなんて…


「それ、直せませんかね?俺は光魔法が使えるのでそれっぽいのにしてほしいんですけど…」

「んー…これ変えれないみたいー、光魔法使い、と試しに書いたらまたふわふわにくまんに勝手に戻るねー、たぶん虚偽申請として扱われてるんじゃないかなー」

「えぇ…嘘はついてないですよ」

「他に相応しいクラスが無いんじゃないかなー?たまにいるからねー生まれつき女神様の加護があって最初からクラスが決まってる人、ただこれは初めて見るなー」


 俺は一生ふわふわにくまんで生きていかねばならんのか…

誰かとパーティー組む時なんと言えばいいんだ…


 俺が絶望している中、隣の受付から聞き覚えのある声がした。


「よーし、これで私も冒険者ね?」

「はい、登録は以上ですよ、メンディーナさん」


 あいつ…!いじけてどっかいったと思ってたらやりやがった…!


 俺はさらに頭を抱えることになってしまった。 

ニーアの口調を自分で書いて忘れてたので直しました

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