ちびってないもん
漏らすよりちびるのほうが卑猥な気がして
ひとまずタックスさんに借りてる家を出ていく心配がなくなった俺は内心かなりホッとした。
冒険者と家庭教師掛け持ちってダメだよなあと思い込んでいたので、辞めなくていいと言われたときは、え、そういうのいいんだ、よかったぁあと思うのと同時に、いやでも何か迷惑かけるかもしれんし本当にいいんかなと迷う気持ちもあった。
しかし今この街で俺が頼れる相手はタックスさんだけなので、好意に甘えることにした。
ディーナも困ったら相談してと言ってくれたが…まあ気持ちだけ有難くもらっておこう。
あいつを頼って悩みを打ち明けている場面を想像したら人として俺は大丈夫かと思えてしまったので。
まあともかく気分的には大分落ち着いたので、よし授業やるか、と家を訪れたトニーとディーナに今日も算数を教えていたところなのだが。
「トニー、また間違ってるぞ、6を2で割ったら3だ、九九を覚えたんだからこういうのは2に何をかけたら6になるか…おい、トニー?聞いてるのか?」
「…はっ、す、すいません先生!ちゃんと聞いてなかったっす!」
いつもは真面目に授業を受けているトニーが今日は随分ミスが多い、見るからに集中できていない。
「…あれだろ、モモのこと考えてただろ」
「はい…はぁー、モモちゃん次はいつ来てくれるっすかねえ?」
「一日で大層な色ボケぶりだな」
「だってしょうがないじゃないっすか!あんな可愛い子リンデンにもいなかったっす!」
そういや前にトニーたちがいた街じゃロリ…背の小さい子が人気なんだったか。
トニーの狂いぶりを見る限り本当にそうっぽい。
やべえよこのリンデンって国…おまわりさん的なのちゃんといるんだろうな。
「念のために聞きたいんだけど、リンデンの人たちはまだ幼い子供が好きとかいうやつじゃないよな。単純に背の高さで判断しているだけだよな?」
「当たり前っすよ!背は小さくても胸は大きい、理想的じゃないっすか!」
どうやら最悪の事態ではないようだ、業が深いだけだな。
「よしトニーの性癖はよくわかった、モモのことを考えるのも別に構わん。ただ、このままだといずれディーナに抜かれるかもしれんぞ」
「わ、わかったっす…真面目に勉強するっす」
それだけは嫌なのかトニーは自分の有様を反省したようだった。
一方このやり取りを横から見ていたディーナは…
「ふふ…トニー、いつまでも私が体が大きいだけの馬鹿だと思っていたら大間違いよ」
「何だその自信満々な態度は、お前は今日からようやく九九をやるところだぞ」
「聞いてヴォルるん!サザンがキュウ!」
「なんだとっ!?」
ディーナがなぜ唐突に九九の3×3を言ったのかわからなかったが、そんなことより答えがあってることに俺は驚愕した。
「サンシジュウニ!サンゴジュウゴ!」
「う、うわあああ!ディーナ姉ちゃんが九九を言えるなんておかしいっす!」
「サブゥゥロクゥゥゥ…ジュウハチィィィィ!」
必殺技みたいに言うな。
いやでも言い方はともかくいつの間に覚えたんだ?
「ディーナどうした?自分で勉強したのか?」
「ふふふ…タックスおじさんに土下座して九九の表を借りてこっそり勉強したのよ…それにいつもトニーが言ってたからなんとなく聞いて覚えたのもあるわ」
「土下座までしたのか…」
言えば作ってやったのに…
「とどめよっトニー!サンシチィィィニジュウサンンンン!!」
「間違ってるぞ」
「間違ってるっす」
「…サンパァァァニジュウサンンンン!」
「おい三の段に23が出てくるところはねえよ、23から離れろ、お前の年齢を主張するな」
「ああああ23の何が悪いのよぉおおお!」
なにか触れてはいけない過去が蘇ったのかディーナは狂った。
とどめを刺されたのはディーナ自身であった。
………………
………
その後、おかしくなったディーナを落ち着かせていたら、昼飯時になってしまったので授業はそこまでにした。
ちなみに23だとリンデンではいきおくれと言われて近所の子供たちに馬鹿にされた過去があるらしい。
俺なんか30歳という設定で独身なのに、怖くてリンデン行けんな。
現代の日本人には優しくない街だ。
授業が終わるとトニーは壊れたディーナの相手を俺に放り投げて、さっさと逃げた。
俺の一言が原因だったのでまあ仕方ないが一人で面倒を見ることにした。
なにか食わせれば大人しくなるだろうと思い、昼飯にフレンチトーストを作った。
昨日、ギルドの帰りがけに卵を見つけたのが幸いした。
本当は昨日の夕飯で卵を使うつもりだったけど、一日くらいたってもたぶん平気…だよな?
牛乳はなかったんだがココナというココナッツに似た実が売ってて、それの中のジュースで代用した。
普通ココナッツは中身が透明な液体だけど、ココナは最初からココナッツミルクみたいに白い液体が入っていたからもしかしてココナッツミルクとして使えるんではと思って買った。
普通に飲んだら味は結構さっぱりしていた、どちらかというと豆乳っぽい。
それに砂糖を多めに入れて甘くしておいた。
「パンが柔らかくてあまーい!これは…とにかく美味しい!」
表現力が乏しいのでディーナは毎回美味しいくらいしか言わないんだが、今日はやや違った。
昼に甘いものとかどうかと思ったがやはりそこは女なのか、甘いものを食べた瞬間機嫌がなおった。
「あー美味しかった!」
「そうか、ところで腹が痛いとかはないか?」
「ないよ?なんで?」
「な、ならいい…気にするな」
いつもの様にあっという間に食べ切ったディーナは俺の皿に残っている分を物欲しそうに見つめていた。
うっとおしいので一切れくれてやったら礼を言ってそれをゆっくり食べ始めた。
「明日もこれ食べたいなぁ」
「いや明日は昼飯作らないから…授業終わったら出かける」
「…それって冒険者の登録をしに行くの?」
「そうだ、タックスさんに聞いたのか?」
「うん、昨日ヴォルるん変だったから朝から気になってて…」
ディーナはそう言うとまた少し元気がなくなった。
「なに、別に冒険者登録をしたからってここを出ていくわけじゃない、そんなに今と変わらんさ」
「でも冒険者って危ない仕事もあるでしょ?魔物と戦ったりとか」
「いきなり登録したての新人にそんな仕事はやらせないんじゃないか…それに仕事を選ぶのは基本的に冒険者側だって言ってたし」
「昔、リンデンの街に魔物がいっぱい来た時は、兵士も冒険者も皆戦いに参加したって聞いたよ」
ああ…そういうのはやっぱあるのかな…
うーん緊急依頼というやつになるんだろうか。
「もしこの街でそんなことがあったら…まあ、俺も参加することになるんだろうな」
「ダメよ!!その時も人がたくさん死んだんだから!」
「心配するな、俺はこれでも一応かなりの光魔法が使えるんだぞ?言ってなかったか?」
「え、そ、そうなの…?知らなかった…でもヴォルるんがわざわざ行かなくても…」
「いや、もしそうなったらやっぱり俺は行くよ」
「なんで!!」
「街が壊れたらディーナはまたおしっこちびりながら逃げ出すはめになるだろ?それはかわいそうだなと思ったからさ」
俺がそう言うとディーナは顔を赤くして「ちびってないもん…」と小さく言った。




