いけしゃあしゃあ
ってなんだろなとふと思う。
「話って言ってもあまりいうことはないんだけど」
昼食を食べ終えるとミュセがそう切り出した。
ようやく俺をたずねて来た理由を教えてくれるようである。
「冒険者ギルドのマスターが、アンタに会いたいから連れてきてほしいって言うのよ」
なんで?
俺はまだ一度も冒険者ギルドに行ったことは無い。
だからそのマスターにも面識はない。
疑問に思う俺にミュセが話を続けてくれた。
どうやらモモが俺のことをそのギルドマスターに話したらしい。
それで興味を持ったので会いたいんだと。
「ご、ごめんなさいっ!ついうっかりヴォルガーさんのこと自慢しちゃって」
「別に秘密にしろとも言ってないからいいんだけどさ、俺もここで回復魔法を使って稼いでるわけじゃないし」
特にやましいことはしてないから問題はない…はず。
「だから会うのは別に構わないよ」
一回その冒険者ギルドも見てみたかったからなー。
いかにもって感じのファンタジー要素に少しわくわくしないこともない。
「そう、なら早速行きましょ」
「え、今から?」
「午後は暇なんでしょ?ならいいじゃない」
有無を言わさない感じでミュセは席を立ち、案内すると言うので仕方ないなと俺も後に続いた。
家を出ようとするとディーナが「冒険者になるの?ここやめてどこか行くの?」と服の袖にしがみついてきて心配そうに言うので
「話をしてくるだけだ、タックスさんに黙って勝手にそんなことできるわけないだろう」
そう返すと、ディーナは安心したのかまた椅子に座って「わかった…行ってらっしゃい」と言った。
俺は「ああ」とだけ返してから、店のほうへ行きトニーに一言伝えてから街に出かけた。
そのままミュセとモモの案内でしばらく歩いていたら
「ねえ、あの変わった格好した、ディーナ…いえ、メンディーナさんだっけ?彼女とあの家で一緒に住んでるの?」
ミュセが小声でそう聞いてきた。
「あれは俺がタックスさんに借りてる家だ、ディーナは店の二階で寝泊まりしてるから住んでるのは俺だけだぞ?」
「そうなの?てっきり『そういう』関係なのかと思ったけど」
「どういう…ああ、違う、何を勘違いしてるんだ、変なことを言うな」
「だって彼女、私たちが出かけた後も普通にあの家に残ってたじゃない」
はっ。
言われて気が付いた。
ごく自然に行ってらっしゃいとか見送られたもんだからそのまま来てしまった。
「一回家帰っていい?ディーナ追い出して鍵してくるから」
「ここまで来て今更何を言ってるのよ、もうすぐギルドに着くんだからダメよ」
くそっ…ディーナの巧妙な心理トリックに引っかかってしまった。
おそらく本人は素で言ってただけだろうけども。
俺がむなしく悔やんでいると「もーなんでそんなところで立ち止まってるんですか」と先をちょこちょこ小走りで歩いていたモモが俺の方へ戻ってきて「そこが冒険者ギルドですよ」と先にある建物を指さして教えてくれた。
どうやら目的地に着いてしまったようだ。
………………
………
冒険者ギルドは大きな酒場のような石造りの建物で、入り口のドアはあの…西部劇に出てくるようなやつ、なんだ正式名称、両開きで押すとグイーンて開いて勝手にギイギイ戻るやつだった。
この名前のよくわからないドア何の意味あるんだろな、中丸見えだし。
ドアの存在意義に疑問を感じながら中へ入ると、長い受付カウンターがあってカウンターの向こう側に2人女の子が座っていた。
薄紫色の長い髪をした女の子は革鎧を着た青年と何か話をしていて、もう一人の淡いピンク色でショートヘアの子は眠そうに両肘をカウンターについていた。
他には壁に貼られた紙を眺める人や、テーブル席で仲間だろうか?数人で集まって話をするグループなどがいた。
あ、一人でテーブル席に座っているぼっちみたいなのもいる。
俺が色々と観察している間にミュセとモモがカウンターで眠そうにしてた女の子に話しかけていて、俺はちょっと離れてぼけっとしていたんだが、ミュセが早く来いと言った感じで手招きするのでそっちへ歩いて行った。
「貴方がヴォルガーさん?」
受付の子に確認された、とりあえず「はい、そうです」と言っておいた。
「じゃ私に着いてきてー二階のギルドマスターの部屋へ案内するからねー」
そう言われた瞬間、近くにいた何人かの人が俺のことを見た気がする。
いや隣の受付の子と話していた男なんか明らかに凝視していた、こっちみんな。
「それじゃ頼まれた用件は果たしたし、買い物でも行きましょモモ」
「ヴォルガーさん、また家のほうに遊びに行きますねっ」
「え?あ、うん」
いや、あれ?二人は俺と一緒にギルドマスターと会ってくれないのか?
全然知らないところで誰も知り合いがいない状態とか心細くなるんだけど、とは情けないので言えるわけもなく、じゃあまた、と俺は二人に別れを告げるしかなかった。
そういうわけで、俺は一人でピンク髪の受付嬢に案内されてギルドマスターの部屋まで来たのだ。
「はじめましてヴォルガーさん、コムラード冒険者ギルドのマスターをやらせていただいているラルフォイと申します」
強そうなおっさんが出てくるのかと思っていたが、全然違った。
俺を出迎えた男はパリっとしたスーツのような服を着ていて、20代くらいにしか見えない青年だった。
そして、俺と同じく黒い髪をしており、短く清潔な感じに整えられていた。
一見どこぞの有名企業にでも務めていそうなエリート社員といった感じだ。
「あ、どうもご丁寧に、ヴォルガーと申します」
反射的に会社に勤めていた頃の記憶がよみがえり、名刺を取り出そうと思ったが、そんなもん持ってなかったわと我に返る。
「わざわざお呼びだてしてすいませんねぇ、僕のほうから伺うべきだったのですが普段あまり表に顔を出さないようにしてるものですから、こうする他なくて、ああどうぞ座って」
室内にあるソファーを笑顔で勧められた、一応ラルフォイが向かいのソファーに座るのを見てから俺も座る。
「いやあ凄い人だとモモさんから聞いていたので少し緊張していたのですが、礼儀正しく落ち着いた人なので安心しました」
「こちらも似たような気持ちですよ」
俺だって意表はつかれたよ。
「良く初対面の人にこんな男がギルドマスターとは思っていなかったと言われるんですよ。こんなひょろい男とは想像していなかったなんて」
「失礼ですが正直、想像とは違ったとちょうど思っていたところです」
「あはは、そうですよね!僕はとても強そうには見えないでしょう?だと言うのにギルドマスターだから実は強いんだろう等と勘違いして絡んでくる人がたまにいるんですよ、それが嫌でなるべく顔を知られないようにこうして引きこもってるんです」
「なら俺みたいなよくわからない人間に見せてしまっていいんですか?」
「でなければ話はできませんからね、同じ黒髪を持つ者同士、仲良くしてもらえません?」
よく喋る男だな、というのが第一印象。
ラルフォイは温和そうな笑みを浮かべて何か色々と俺のことを聞いてきた。
そこは例の遠くから来た魔法が使える旅人という設定を話しておいた。
モモからもそういうことをどうせ聞いているだろうし。
そしてちょいちょい自分の愚痴などを間に挟んで話してくるが、話が面白いので退屈には感じなかった。
そう、こいつは話がうまいのである。
モモはきっと何か乗せられて色々話したんだろうなーと思った。
俺も油断すると余計なことまで喋りそうになってしまう。
「それで、ラルフォイさんはなんで俺に会いたかったんです?」
世間話は切り上げて本題にはいることにした。
「こうして世間話をしたかったから、では納得いかないですよね?でもこれは結構本心ですよ、冒険者で教養があって会話を楽しめる人ってそんなにいないんですよ、かといって話上手な商人相手ではいつの間にか何かを買わされていたりしますし」
「こうして話している限りではとても商人に騙されるような人には思えませんが」
「そんなことはありませんよ、ついこの間も…ああすいませんまた話が逸れるところでしたね、ヴォルガーさんに会いたかった理由、それが本題でした」
「世間話以外の理由で頼みますよ」
苦笑しながらそう告げるとラルフォイは勿論ですと言いこう続けた。
「ヴォルガーさん、冒険者になりましょう!」
…なりませんか?とかなって下さい、じゃなくて、なりましょうってなんだ。
言い間違いかな?
「ならないという選択肢は?」
「残念ですがそれはオススメできません!非常に良くない結果になりますよ」
そう言うラルフォイは笑顔である、非常に良くないのに笑顔か。
「理由を教えてほしいのですが」
「そうですね、簡単に言うとこのままですとヴォルガーさんは街を追い出されるからです」
「え、いや、どういうことです?」
「アイシャ教の教徒ではないからですね」
「黒髪の人間はアイシャ教には入れないと聞いたのですが?」
「ええ、僕も入れませんからそれは確かです、ですがアイシャ教の偉い人たちは教徒でない人物が治療を行うことが非常に気に入らないのです」
いやいや、なんだよそれは。
「待ってくれ、俺は金をとってそんなことはしていない。勿論タダで治療をしてまわってるわけでもない。やってないんだからアイシャ教の人がそんなこと知るわけないだろう」
つい話し方が素になって聞き返してしまった。
「いずれ知られると思いますよ」
「だから今後も勝手なことはしない。していないことをどうやって知られるんだ」
「ああそれは僕が告げ口するからですね」
は?
「ですが!冒険者になって頂ければ勿論そんなことは致しません!それに万が一にも何かあちらが言って来た場合はギルドが後ろ盾になりましょう!ね?だから冒険者になりましょう!」
こ、この野郎…よくもいけしゃあしゃあと言いやがる…
冒険者にならなきゃ街から追い出すっていう脅しじゃねえか。
俺は自分の顔面がひきつるのを感じたが、ラルフォイは相変わらず笑顔であった。




