串は店に返しました
ゴミをそこらへんに捨てることにためらいのある日本人風
この街、コムラードはナクト村と違って石造りの建物が中心だ。
タックスさんの店も、俺が借りてる家もそうだ。
白い、まるでコンクリートみたいな石壁で出来ていて意外と技術あんのか?と不思議に思う。
通りを歩いて見渡すとそういう家のほかに木造も何軒かあるが…まあそっちのほうが古いんだろうな、ぼろい感じが悪い意味で目立つ。
建物を眺めながら通りを歩いているとうまそうな匂いが漂ってきてふらっとひとつの露店に引き寄せられた。
何の肉かは知らんが串焼きを焼いて売っている。
「この串焼きを…3本欲しい」
「あいよ、アンタと、隣の奥さんと息子の分かい?」
「おい親父、俺はこんなでかい息子がいるように見えるのか?それとこの女は断じて奥さんなどではない、馬鹿なことを言うな」
「悪かったよ、そんなに怒るなって、仲良さそうに歩いてたから勘違いしたんだよ」
悪い意味で目立っていたのはどうやら俺たちもそうらしい。
俺は串焼きを3本受け取ると、さっさと露店を離れた。
ちなみに1本2コルだったので銀貨1枚だして釣りの銅貨4枚を受け取った。
「ほら受け取れ」
1本をディーナに渡そうと差し出す。
「ありがとう、アナタ」
「トニー2本食っていいぞ」
ディーナに差し出した手を引っ込める。
「あああ調子に乗りました、許してヴォルるん」
それはまだ調子に乗ってると思うんだが俺は黙って1本ディーナに渡した、もう一本はトニーへ。
「先生おごってくれてありがとうっす!」
「気にするな、安かったしな、それに二人とも金持ってないんだろ?」
「オレっちはいくらかは持ってるっすよ!」
「私は持ってない…タックスおじさんが私はお金をもって歩いちゃダメだって言うから…」
計算できないもんな、タックスさんの気持ちはよくわかるよ。
俺たち3人は道の端によって串焼きを食べ始めた。
牛の串焼きみたいに見えたが焼き鳥みたいな味がする、塩の。
シンプルだが意外と美味い。
肉を噛みしめながら隣にいるディーナを見ると女としてそれでいいのかと思えるほどに口いっぱいに肉をほおばっていた。
「先生どうするっすか?ディーナ姉ちゃんこれからたぶん面倒っすよ」
トニーが肉を食うのに夢中になってるディーナに聞こえないよう俺に小声で言う。
さっき結婚しようとか言われて面倒だなと思ったのにさらに面倒になるのか。
俺はまだこの面倒坂をのぼり始めたばかりだというのか。
「俺は結婚する気はないぞ、ディーナにもそう言ったんだが」
「すぐ忘れるっすよ、いつものパターンなら明日もまた言われると思うっす」
これがいつものパターンなのか。
チョロすぎないかこの女、ああ、だからすぐ男に騙されて捨てられるのか…
「なにか急に旅立ちたくなってきたな」
「先生この街に来たばっかりじゃないっすか!そんなこと言わないでくださいっす!」
「あー美味しかった、ねえ次はどこで何食べる?」
男二人より食うのが早い女よ、金持ってないくせになぜ次の食べ物を食うことが決定したんだ。
「ねぇヴォルるんは次何食べたい?」
ディーナは笑顔で俺にそう尋ねて来た。
こいつのこんな顔を見るのはこれがはじめてだ。
以前の俺なら喜んでためらいなく手を出してたかもしれないな。
「まあ、肉以外の…野菜系で」
俺が答えるのをずっと待ってるようなので適当に答えた。
「わかったわ!私探してくるっ!」
ディーナは通りへ飛び出していった。
「ディーナ姉ちゃん待って!絶対迷子になるっす!」
トニーが慌てて後を追いかけるので仕方なく俺も残ってた串焼きを全部口に入れて後を追った。
…ところでこの残った串はどうしたらいいんだ?
………………
………
俺たちはそれから野菜スープっぽいものを食べたり果物を食べたりしながら歩いた。
野菜はよくわからなかったが果物はリンゴとしか思えないものがリンゴという名前で売ってたので安心して食べた。
全部俺のおごりである。
いろいろ露店を見て気づいたが全部1コルから3コル以内の値段で、3人分ずつ買ってもそれほど財布にダメージはない。
昨夜自分の所持金をちゃんと数えてみたが、金貨5枚に銀貨は195枚あった。
金額に直すと6950コルである。
ジグルドにもらった金貨がでかいがナクト村でも結構稼いでいたようだ。
銀貨は全部持ち歩くと重かったので、150枚は家に置いてきた。
食事の後は今度は家で料理するための食材を買った。
二人になんでわざわざ食材を?と聞かれたが自分で料理する以外ないだろと返すと、料理できるんだと驚かれた。
どうやら料理を商売にしてる男はともかくとして、普通の男が家で料理をするのは珍しいようだ。
調理器具は何点かタックスさんの店にもあったので帰ったらまずそれを見ようと思う。
借りてる家には鍋しか置いてなかったから包丁…いやナイフになるかな、それはまず必要だな。
「後は調味料が欲しいな…」
「先生まだ買うっすか?塩と胡椒と砂糖ならさっき買ったじゃないっすか」
「いやそれ以外のもの無いのかなと」
「それ以外って…何っすか?」
「醤油とか味噌とかない?」
無い気がしたがダメ元で聞いてみた。
「ショウユとミソってなんなんすか…聞いたことないっす」
「残念だ、ディーナはどうだ?知らないか?」
「えっ、ああえっと…しょ、しょうゆね、あれのことね」
「何!知ってるのか!」
「ディーナ姉ちゃん見栄はってるだけっす、何も知らないっすよ」
「トニーやめてっ、私が料理なんか何ひとつできないことをヴォルるんに知られちゃう!」
ぬか喜びさせやがって!ていうか何ひとつできないのかよ!
「いやもう知ったよ、聞いた俺が馬鹿だったよ」
「あああごめんなさい、もう見栄はって嘘つかないから私を捨てないでぇぇぇ」
「拾ったおぼえもないんだが…」
本当にめんどくせえな!?
「…まあいいわ、そろそろ帰ることにする、どのみちこれ以上買い物するならまた袋を買ってこなきゃならんし」
俺はつい日本のコンビニ感覚で買い物に来てしまったので食材を買ったら入れる袋が必要だと気づいてなかった。
このやらかしは二度目である、ナクト村で一度買い物したときも同じ失敗をしていた。
まあナクト村のときは歯を磨くためのブラシとか汗拭く用の布とかの細かいもの以外に旅人が使う荷物袋も買ったので問題なかったんだが。
今日は金が入った小さい袋しかもってなくて、食材を買ったときに店の人に手で持って行くのか?と聞かれ慌ててトニーに金を渡してそこら辺の店で袋を買ってきてもらうハメになった。
次回から忘れないように気を付けよう。
帰り道で、ディーナがせめて荷物くらいは持つとか言ってしつこかったので試しに持たせたらフラついて転びそうになり荷物を放り投げた。
俺はなんとか荷物をキャッチして落とさずに済んだが、こいつに荷物を持たすのは二度とやらないと決めた。
なんでタックスさんがディーナを押し付けて来たのか、今日一日で十分理解できた。