さらなる問題
男の器-(女の愛情×女の理想)=残金
「ディーナ姉ちゃん、もう昼っすよ」
トニーは机に突っ伏して寝ているディーナの体を揺さぶった。
それでようやく目が覚めたディーナはキョロキョロと辺りを見回して、Tシャツの袖でヨダレをぬぐってぼけーっとしていた。
「あれ…私は何をしてたんだったっけ…」
「先生に計算の仕方を習ってる最中に気絶したんすよ」
習っているというか習う手前の確認作業中でそうなったが。
そしてそのまま俺は気絶したディーナを放置してトニーだけに授業をした。
トニーは足し算引き算はできたが、2-3みたいな答えがマイナスになる計算の概念がよくわかってなくてそれの説明に少々手間取った。
実際はない数なんか必要なんすか?とか言ってたが、商売で考えたらマイナスの答えが出るときは赤字って意味だぞと教えると納得して頑張った結果理解できるようになった。
時計がないからよくわからないが3時間ほどでそこまで達成できたのだから、これなら掛け算とかを覚えるのもそんなに時間かからないかもな、と思う。
だが問題はディーナだ。
こいつはそもそも居候みたいなもんだし、勉強する必要あるのかと思うが、せめてもう少しなんとかならんと買い物も一人で出来ない気がする。
今まで生きてこられたのが奇跡だと思えるレベルだ。
投げ出したい気はあるが二人に教えると最初に言った以上、面倒みてやるつもりだが…
「ディーナはもうちょい手前の段階から教えようと思う、その方法を次回までに考えておくから今日はとりあえずここまでにしよう、腹も減ったし」
「わかったっす!」
「え?お、終わったの…?もう…?」
ただ寝てただけのディーナは状況が理解できていないが、また気絶されても困るので放置。
それとトニーは昼からはタックスさんの手伝いがあるので授業は午前中だけになる。
これは今後もそうなる予定だ。
昼からは俺は今のところ自由だ、そう考えると楽な仕事である。
「ではタックスさんに報告に行くので二人とも店のほうへ戻ってくれ」
「先生はその後どうするっすか?」
「可能なら街に出かけようと思う、いろいろ見てまわりたいからな」
昼飯も外で食いたい。
ずっとタックスさんの世話になるわけにもいかないし。
それに家政婦の…名前なんだっけ、忘れた、とにかくその人の食事はどうも俺の口に合わない。
昨日用意してもらっておいて悪いとは思うが食事に関しては今後自分で用意することにしよう。
トニーはさっと家を出てくれたんだが、なぜかディーナが席を立たない。
何をしてるんだ?と不思議に思って近づいたら
「わ、私はここで留守番しているわ…」
「いや、ここは俺が借りてる家なんだが…ディーナは店の二階に部屋があるんだろ」
「ここにいたいの…」
「いたいのと言われても俺は家に鍵をかけて街へ出かけたいんだ」
そう伝えると、ディーナはしぶしぶ立ち上がってノロノロと歩いて外へ出た。
何が不満なのだ。
………
店の方へ行ってタックスさんにトニーはなかなか覚えがいいですよと言うと大層喜ばれた。
それから街へ出かけたいんだがいいだろうか、と聞くと今後も出かけるときはトニーかタックスさんに一言いってくれればそれでいいと言われた。
ついでに食事も自分の分は自分でなんとするとも言っておいた。
タックスさんに料理ができるのですかと驚かれたが、まあそれなりにはできますよと伝えた。
今日のところは街が見たいので外で食べるが。
タックスさんの店にも食料品は多少あるが保存食が少しあるくらいで、料理にはあまり向いていない。
そもそも何の店なんだと思って店内を見たが、旅に必要そうな道具や、なんだこれはという見てもわからない道具などが中心で今のところ何の店とははっきり言えない。
後でタックスさんが暇なときにでも教えてもらおう。
今は腹が減ってるので早く何か食べに行きたい。
というわけで俺は話を切り上げて街へと出かけた。
「へへっ、先生まずはどこへ行くっすか?」
「はぁはぁ、待って…私はまだこの街全然覚えてないんだから…」
オマケが二人ほど付いてきている。
トニーは一応案内役としてタックスさんが一緒に行くことを許可した。
そしてディーナは何か知らんが端的に言って押し付けられた。
タックスさんはどうにも面倒ごとを俺に任せて自分は仕事に専念しようとしている。
「ああああ、あの人私を見たわっ!きっとリンデンの教会からの追手で私を殺しに…」
さっそく何かやばい事を言い出してディーナは過呼吸になっていた。
「おい、ディーナを外に出していいのか?」
「ああ大丈夫っす、アイシャ教の神官たちは殺人をもっとも重い罪だと考えてるっすからまずそんなことしないっすよ、それにディーナ姉ちゃんの顔を知ってる人もあんまりいないっすから」
「聖女とか言われて有名だったんじゃないのか?」
「教会の偉い人や金持ちの貴族たちの手で噂が広まらないようにディーナ姉ちゃんを隠したんす。事情を知る人が増えたらアイシャ様からの褒美の分け前が減るとでも思ってたんじゃないっすかね」
なるほど、ありうるな、世界が違えど人の欲はどこも同じなのだなぁ。
「おいディーナ心配するな、誰もお前を狙ってない」
ほっとくと恐怖で勝手に死にそうなのでディーナに声をかけた。
「だだ、だってあの角にいる男の人、さっき私をチラチラ見てたの」
「それはほら…服が変わってるし…あとはまあ美人だから気になったんだろ」
この紳士服Tシャツは多少目立つからやめた方がいいと思うな。
「美人って、私が?」
「顔もスタイルもいいほうだろ」
俺はそう思うんだけど美的感覚が違うのか?
「先生ってちょっと趣味変わってるっすね」
「え!?何がそんなにおかしいんだ!?」
「コムラードじゃどうか知らないっすけど、リンデンじゃ背の小さい子のほうが人気だったんすよ」
なんだよこの国の首都はロリコンブームなのか?とんでもねえな。
ていうかディーナはそんなにでかいかな?
「ディーナちょっとちゃんと立ってみろ、ほら背筋を伸ばして」
ディーナは常に猫背でうつむいて歩いていたので今までよくわかってなかったんだが、身長が気になったので姿勢を正しくさせて見てみることにした。
俺に言われるまま素直に背すじを伸ばしたディーナは、確かに俺と同じくらい背がある。
きちんとはかった事がないからハッキリとは言えないが175センチ前後はあるんじゃなかろうか。
俺の記憶の通りの伸長ならそれくらいだ。
女にしてはまあ背が高いほうだな、この世界で見た女で今のところ一番でかい。
もしかして服のサイズが似てそうだからとかいう理由でアイシャはこいつを選んだとかじゃない…よな…
「おかしいでしょ…女なのにトニーより大きいのよ…」
「いやおかしくはないぞ、こうしてちゃんと立てばモデルのようだ」
「モデル…?」
「ああ、ええと、海の向こうの大陸じゃ新しいドレスなんかを職人が作ったら、背の高い美人が着て皆に見せたりしてたんだよ、それが一種の仕事にもなっていた」
これは日本の記憶だがまあいいだろ、真偽を確かめられないし。
「へー、服を着て見せるだけの仕事なんかあるっすか」
「いやほらあるだろ?貴族のお嬢様がパーティーでドレスを自慢したりとか、そういうのと一緒だよ」
「あーなるほどっす、職人の腕をそうやって宣伝するわけっすね」
そうそう、商売に宣伝は大事なんだぞ。
「だからそう落ち込むことはないので早く飯を食いに行かないか」
ディーナを励まそうと思ったんだが後半はもう本音が出てしまった。
「…ね、ねぇ、私が貴族のお嬢様みたいってこと?」
「ははは、そう、そうだよ、とにかくさあ行こうかお嬢様」
「そんな、お嬢様だなんて言われたの生まれてはじめて…」
「トニーこの辺でなんかうまいものない?」
「あ、え、気持ちの切り替え早いっすね先生…オレっちもまだそんなに詳しくないけど向こうの通りに食べ物の露店が並んでるっすよ」
お、露店か、いいねいいね、気になるよ。
「よしそれじゃ早速その通りへいこうじゃあないか」
「あの…ヴォル…ヴォルるん…」
「何ですかお嬢…いや、なんだって?ヴォルるんって俺のことか?」
「そう…ヴォルるん…うふふふふ、可愛いでしょ?」
え、何、急に、怖い。
「ヴォルるんは露店に行きたいの?」
「あ、ああ…そうだよ」
「ヴォルるんはお肉好き?」
「まあ…はい…好きですけど…」
その呼び方で固定しちゃったの?
変更ききませんかね?
「じゃ、じゃあ、私と結婚しよ?」
「まあ…いやなんでだよ!?しないよ!?」
会話の流れが急すぎるだろ!
肉好きだったら結婚って途中どれだけ飛ばしたらその質問になんだよ!?
「あーあ、またディーナ姉ちゃんの病気がはじまったっす…」
トニーの意味深なつぶやきを聞いて、俺は不安が倍増した。