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たのしいさんすう

数学は苦手です。

 面倒な女ことメンディーナはタックスさんに連れていかれ、その後夕食のときに再会した。

その時には気分は落ち着いていたのか黙って大人しく飯を食っていた。


 彼女とタックスさんの他にもう一人、若い男が一緒に食卓についたがそいつの名前がトニーだった。

タックスさんの息子だと紹介された、確かにどことなく顔が似てるなと思った、髪もこげ茶色で同じだし。

父親のほうはだいぶ毛髪が寂しくなってきているけども。


 この場所に住んでいるのはどうやら俺を含めてこの4人で、あとは通いで家政婦のおばちゃんがいると言われた。

夕食もそのおばちゃんが用意したらしい、食べながらこれならナクト村のココアやケリーが作ったやつの方がうまいなと内心失礼なことを考えた。


 食事中、メンディーナのことを二人とも「ディーナ」と呼んでいたので俺もそれに習うことにした。

そのディーナは俺に対して「さっきはごめんね、吐いちゃって」と謝ってくれたんだが、できればそれは食事が終わった後にでも言ってほしかった。

そのせいで余計に飯をイマイチだと感じたのかもしれない。


 そして翌日。

朝食をトニーが俺の寝泊まりしてる家のほうへ持ってきてくれて、今日から俺が何をすべきかを教えてくれた。


 俺の仕事はこの家でトニーに算数を教えること。

どうやら俺は店の従業員というよりは家庭教師って感じなんだな。


「先生!よろしくお願いするっす!」


 昨日の夕食から微妙に気になっていたがトニーは、体育会系の後輩みたいな喋り方をする。

親父の後を継ぐならいずれこの喋り方もやめさせた方がいいかもしれんな。

でもまあ、喋り方の矯正までは頼まれていないのでひとまずは気にしないでおこう。

しかしこの俺が先生と呼ばれる日が来るとは…


「ああ、こちらこそよろしく、とりあえず授業の前にいくつか質問してもいいかな」

「はい!なんでも聞いてくださいっす!」

「トニー君は15歳だと聞いているんだが、これまではどう勉強していたんだ?」

「オレっちは親父から簡単な読み書きとかを習ったことがあるだけで、学校には行ってなかったんす、だから勉強のほうはあんまり…」


 あ、学校というもの自体はあるのか。


「そうか、ところでトニー君が持ってきてくれたコレは、学校で使う物か?」

「そうっす!親父がこれで教えてもらえってくれたっす!」


 これというのは部屋の壁にぶらさげられた小さめの黒板だ。

チョークもある、おかげでこの部屋がまるで教室のようになってきた。

黒板消しは無かったので雑巾とかで拭いて字を消すことになりそうだな。


 これでトニーがペンとノートを持ってたら完璧だったが、紙はそんなに安くないらしい。

よって彼は手ぶらで俺の授業を聞くことに集中するようである。


「なるほど、じゃ最後にもうひとつ、この人は何でここにいるのかな?」


 俺はトニーの隣に並んで椅子に座っているディーナを指して聞いてみた。

今日は昨日の白Tシャツとは変わって、灰色のTシャツを着ているが相変わらず胸には『紳士服』と書いてある。

下はジーパンだ、これも失敗作のひとつということなのだろう、他の服ないんか。


「ディーナ姉ちゃんは店にいても邪魔になるし、ほっとくと勝手に酒を飲むのだけなので、どうせなら連れて行って一緒に面倒みてもらうように先生に頼めと親父が言ってたっす!だから連れてきたっす!」


 ははは、トニー君は大変正直でよろしい。

しかしもう少しオブラートに包んで言うべきだったな。

早くもクラスメイトが暗い顔になっていじけはじめたぞぉ。


「ふふ…どうせ私はどこにいっても邪魔なだけの女…ゴミと同じなのよ」

「あーはいはい、いじけないで。ディーナもいていいから」

「いいの…?こんなゴミクズがこの場所にいて、一緒に授業を受けてもいいの?」

「ゴミクズなどとは思ってないから、ていうかディーナも生徒扱いでいいのか」

「はい!ディーナ姉ちゃんはオレっち以上の馬鹿なんでお願いするっす!」

「よしわかった、とりあえずトニー君ちょっと静かに」


 面倒なのが二人になったな、しかしまあいいか、これで一日銀貨3枚貰えるうえに、家は無料で貸してくれてるわけだし。


 まあ給料分働くと思って二人に授業をしようか。


「えー、では早速二人に教えたいと思うが、まずは二人がどれくらいの計算ができるのか見てみようと思う」


 俺は黒板にいくつか数式を書いた。

2+6とか9-3とか、アラビア数字で通じるのかな?と書いてる最中に思ったが二人が黙って見てるのでそのままとりあえず10問ほど小学生レベルの問題を書いた。


「この中で何問わからない問題がある?」

「えーと…上の5つはわかるっす、でも下の5つはわからないっす」


 アラビア数字が普通に通用した、トニーは2桁までの足し算と引き算はできるようだ。

わからなかった下の5つは掛け算と割り算だった。


「ふむ、じゃあディーナはどうだ?」


 そう言われたディーナは両手の拳を握りしめてテーブルを見つめガタガタと震えていた。


「何その反応!?」

「先生!これはディーナ姉ちゃんが現実から目を背けるときの反応っす!」


 おい嘘だろ、全部わからないのか?

まさか数字の意味自体を理解してないとかいうレベルなのか?


「ディーナ、まあ落ち着いて、ひょっとして書いてある字が読めないのか?」


 するとディーナは首を横に振った。

一応読めてはいるのか。


「に、たす、ろく、とは読めてるんだな?」


 一番上の2+6について確認してみる。

すると今度はゆっくり頷いた。


「…それを計算するとき頭の中でどういう風に考えてるんだ?」


 ディーナは片方の手の指を2本立て、もう片方の手の指を5本立てて…止まった。

こいつひょっとして…


「3+5ならわかるのか?」

「…8…?」


 今度は指を3本と5本立ててそれを数えていた。


「正解だ、じゃあ10+10は?」


 そう聞くとディーナは広げた両手を見つめブルブル震え出して…白目をむいた。


「先生ダメっす!ディーナ姉ちゃんは二桁以上の計算を考えると気を失うっすよ!」

「どんな体質だよ!?」


 もう教えるのはトニーだけでいいんじゃないだろうか。


 俺は初日から恐ろしい難問を前に頭を抱えるはめになった。

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