2DK(ゲロ付き)
次回へ続きそう
タックスさんに案内された家は玄関のドアを開けてすぐ右手が台所、その向かいに4人掛けのテーブルと椅子が置いてある部屋があって、奥にはさらに二部屋ある、片方は寝室でもう片方は物置のようになっていた。
日本で言ったら2DKってところだろうか、あとトイレはあるが風呂はない。
俺一人で住むには十分広くて結構いい物件だろう。
あえて不満をあげるとしたら床にゲロがまき散らされてる点かな。
俺は特殊な性癖を持っていないので例え美女が出したものであってもゲロはゲロとしてしか見れない。
こんなオプションは断じていらないということだ。
「はあ…まあ床はこれでいいかな」
正体不明の美女がやらかした後を片付けていた俺はまだすっぱい匂いが残っているのを感じつつ、この家に掃除道具と水の入った瓶があったことに感謝した。
服も着替えている、さっきまで着てたやつは桶に水をいれてそこにぶち込んでおいた。
俺の服と家の床に被害をもたらした女は邪魔なので部屋の隅に転がしておいた。
こいつ器用に俺にだけかかるようにゲロ吐きやがって本人は汚れてないのが余計にいらついたからだ。
さっきまでうーんうーんと唸っていたので<キュア・オール>をかけておいた、また吐かれたらたまらんからな。
魔法が効いたのか、唸りは収まって代わりにグースカいびきをかいて寝始めた。
吐いた後でよくすぐ寝れるな、俺なら絶対に口の中が気になって寝れないぞ。
まあそれはさておき、一通り綺麗になったので、一番気になる点を考えてみよう。
なんでこのゲロ女は、Tシャツにジーパン姿なのか。
ひょっとしたらこの世界にもそういう服装があったとしてもおかしくはないが、今までこんな格好のやつは見たことがない。
ナクト村にもいなかったし、さっき少し眺めた街でもいなかった。
こいつひょっとして地球から来た人?
見た目はどう見ても日本人ではないけども、海外の人ならありえる。
俺も確か最初はTシャツにジーパンで…
いや、あれ、よく考えたら変だな。
アイシャの家で最初に目覚めたときは確かに俺もその恰好をしていた。
でも俺は日本から転移してきたわけじゃなくてこの世界で生まれたから日本の服装を持ってるはずがない。
ということは俺が最初に着ていた服はアイシャが寝てる俺に着せたんだろうが、確か元の俺は精神体だけでこっちに来たはずで日本の物は持ち込んでないだろうし、創造神のジジイも異世界の物を持ち込むのは禁止とか言っていた。
まあ創造神本人は全然ルール守ってなかったが…
じゃあやっぱりこの世界で作られた物なんだろうか、それならアイシャも地上から取り寄せるだけでいいし…ただ、俺が着ていたやつに似てるんだよなあ、特にTシャツ。
だって白地の正面に『紳士服』って黒文字で書いてあるわけわかんねえデザインだぞ、こんなの量産するか?
それに書いてる文字の意味わかってたらこの女は着ないだろこんなもん。
何から何まで謎だ、こりゃ本人に聞くしか、いやその前にタックスさんに言わなきゃ…
呼びに来るって言ってたけどどうしようかな、まだ仕事中かもしれんが伝えに行くか。
とか思ってたら、玄関のドアがバーン!と音を立てて派手に開いた。
「すいませんヴォルガーさん!ここに…金髪の若い女性がいませんか!?」
タックスさんだ、よほど急いで来たのかぜぇぜぇ言っている。
俺は息切れするタックスさんの前まで歩いて行って「ああいますよ、ゲロ吐いて寝てます」と伝えた。
するとタックスさんは数秒固まった後「あああ」と顔を両手で抑えて何かに絶望していた。
「誰なんです?タックスさんの奥さんですか?」
「い、いえ、私の妻はとうに亡くなっておりますので…」
「あ、そうですか…失礼しました」
「いえいえまあその妻ではありませんが、ここにいたら邪魔だと思いますので私が連れて行きますね」
タックスさんはそう言って家に上がり込むと、部屋の隅で寝転がる金髪の女を、背負って持っていこうとするので
「で、誰なんです?」
俺は玄関のドアをふざぐように仁王立ちになって尋ねた。
「…ちょっとした知人で家で預かっている人なのですが酒グセが悪くて、こうして酔っちゃあフラフラ出歩くんで、困ったもんですよはははは」
「そうなんですか、詳しく聞いても?」
「いやあ…出来ればこの人のことは忘れてほしいですなあ」
「…わかりました、じゃ一つだけ教えてください、この人の着てる服について」
「服ですか?なぜそんなことを?」
「珍しいので俺も欲しくなったんですよ、どこに売ってるのかなと思いまして」
いや今更別に欲しくはないんだけどね。
「これは…私が知り合いの職人に頼んで特別に作ってもらったものなんですよ、ですから普通には売ってないですなあ」
「それは残念です」
そう言って俺はドアの前から体をどける。
「いやあ迷惑かけて申し訳ないですなあ」
「いえ、何か事情があるようですね、込み入ったことを聞いて申し訳ありません」
「たははは、お気になさらずとも結構ですよ。ではまた夕食の時に…」
タックスさんがドアノブに手をかける。
「あ、そうそう!その服…Tシャツとジーパンって言うんですけど、知ってました?」
外に出ようとしていたタックスさんは俺の言葉を聞いてその場でピタリと止まった。
「おや、わざわざ作らせたなら知ってると思ったんですが…」
「たはは…ヴォルガーさんも人が悪い、どうやら私はこのまま外に出るわけにはいかんようです」
いやあ悪いね、俺もこのままうやむやにされたくはなかったもんで。
………
「ヴォルガーさんは、どこまでご存知なんでしょうか」
タックスさんは椅子に座ると疲れた様子でそう言った。
背負った女は既に降ろしている、壁にもたれて床にベタッとすわりヨダレを垂らしてまだ寝ているが。
「うーんどこまでと言われても何を指してるか見当がつきませんね、これは本当です。ただ、その女の素性と着てる服について教えてくれれば俺も知ってることを話しますよ」
「はあ、仕方ありませんな、姿を見られた以上いずれわかることですしお話しましょう、ただ今から話すことは内密にお願いします」
俺はそれに頷いて了承した。
「信じてもらえるかわかりませんが…彼女は元々王都リンデンに住むただの街娘でした。ですがある日、彼女の夢に光の女神アイシャ様が現れて神託を告げたのです」
「神託ですか、ただの街娘に?」
「はい、なぜ教会の関係者ではなく、彼女なのかはわかりませんが、アイシャ様は服を用意するように彼女に頼んだのです」
ははあ、なるほど、じゃやっぱり俺の服はアイシャが用意したんだ。
俺が目覚めたときに変な疑念を持たないようにそんなことをしたんだな。
「彼女は別に裁縫が得意というわけではありませんでした。むしろ下手です。そこで知り合いだった私を頼ってきたのですよ」
「タックスさんも元は王都で商売をしていたのですか」
「そういうことです、彼女は絵だけは得意でしたので夢で見たという服の絵を描いて私に伝え、私がそれを元に職人と協力して作り上げました」
「よくそんな話を信じましたね」
「たはは、私もそう思いますよ、ただ毎晩夢で催促されると言ってあまりに必死だったものですから」
アイシャは結構、力技でなんとかしようとするところあったからな…
「そして出来上がったものをアイシャ教の神殿に持っていき、女神への供物だと言って捧げました。神官たちには何でこんなものを?と変な顔をされましたが、実際に祭壇へ捧げると服が消えたのです」
「ん?消えたならなんでまだあるんです?」
「…返却されました、これではダメだと、アイシャ様はその場にいた全員に聞こえる声で告げたのです」
おう…なんかゴメン、たぶん元の俺が着てたやつのクオリティに合わせようとしたんだな…
「おかげで私も神官たちも大慌てです。急いで新しいのを作りなおしました。そして何着目かでようやく納得してもらえたのです」
「そ、そうか…大変だったな…じゃあ彼女が着てるのは失敗作ってことか」
「ええ…そうなんですがアイシャ様が頼んだ服ということで一応それも聖衣として扱うことになり、彼女は以降、神殿でそれを着て聖女として扱われるようになったのです」
やべえ…紳士服とか書いてあるのにもう完全にギャグじゃん…
「その服は…字が書いてあるけど、読めるのですか?俺はよくわからないのですが」
「カヌマ語のカンジで書いてありますから読めないことはないんですが『紳』がよくわからないんですよね、『神』という文字に似ているから神に関係すると思われています。『士』という字はなんらかの資格を持つという意味がありますし『服』はそのまま服で…神に仕える資格を持つものの服、ではないかと」
あ、日本語じゃなくてカヌマ語って言うんだ…なんだカヌマ、どっからでてきた。
あとやっぱり漢字に関しては習得が難しいのだろうか。
日本人でも覚えようと思ったらそれなりに苦労するもんな。
この世界に日本の学校レベルの教育機関がないと…義務教育なさそうだなー。
「あの、ひょっとして、その服以降も何か頼まれませんでした?食べ物とか、道具とか…」
「そこまでご存知なのですか!?最初の服以降は少しの間なにもなかったのですが、ある時から突然、食事や、普通の服、裁縫道具に大工道具、果ては野菜の苗とか花の種なども頼まれました」
あーこれは完全に俺がした注文ですね。
「…そして頼まれた物を用意するたびに、色んな褒美を授けてもらったわ…どんな病気や怪我も治る霊薬だとか、誰でも光魔法が使えるようになる杖だとかね…」
いつ目が覚めたのだろうか、例の紳士服Tシャツを着た女が壁にもたれたままそう言った。
「神官たちは私を聖女と称え、なんでもいう事を聞いてくれた…豪華な食事に大きな屋敷、ああ、夢のような生活だったわ…」
何か虚空を見つめてウットリしている、大丈夫かなこいつ。
「だけど今はこの有様…ハハッ、笑えるでしょ?ねぇ?王都から落ちぶれてこんな遠くの街で酒におぼれるだけの私をみじめだなって思ってるんでしょ?うわああああああん!」
急に泣き出した彼女を見て、何か人生に疲れたOLみたいだなと俺は思った。




