3年までは誤差
30代からは猛烈に月日が経つのが速いんだ。
「何度も言ってるでしょ!冒険者にすべきだって!」
「いえいえ私の店で働いてくれることになってるんですよ!」
ミュセとタックスさんが言い争っている。
原因はわかっている、俺の就職先のことだ。
皆で楽しい夕飯のはずがなぜこんなことになってしまったんだ。
ミュセは唐突なパーティーのお誘いを俺にした後「食事の時に返事は聞くわ、それまでに考えておいて」と言うだけ言って仲間の元に戻った。
タックスさんから、どういうことか聞かれたが俺もどういうことなのかわからなかった。
ミュセにはてっきり嫌われていると思っていたんだが。
そしてよくわからないまま食事の準備ができて皆が集まると、ジグルドからも、考えておいてくれたか?等と聞かれ、あれ、なんで急にフレンドリーになったんだろうとわけがわからなかった。
とりあえずミュセが言ったことは調和の牙の総意であることだけがわかった。
当然、タックスさんもその場にいて話を聞いていたので「ヴォルガーさんは私の店で働いてくれることになってるので冒険者にはならないですよ」と口を挟んできた。
店に一度行くとは言ったが知らない間になぜか働くことが決まっていた。
するとミュセが「え、冒険者に興味があるって言ってたじゃないの」とか言うので、いや本当は興味あんまりなかったんだけどあの台詞はなんというか言葉のあやみたいなもので、とは言えずまあ、あの少しは、はい、とか適当に答えざるを得なかった。
さらに「ヴォルガーの腕なら商人の手伝いするより冒険者になって私たちと来た方がよっぽど稼げるわよ」と言われ、よっぽど稼げるという部分に心惹かれたがそれなりの危険はあるということなんだろうし、いやそもそもミュセがなんでこんな態度なのかわからないのが不気味で、返事に困っていた。
そして気づいたらいつの間にかタックスさんと言い争っていたのだ。
「あのね、コイツの魔法は王都の宮廷魔導士とか神殿の大神官…ううん、もしかしたらそれ以上なのよ。そんな魔法の使い手を商人の手伝いなんかで街で遊ばせておくのは勿体ないわ」
「手伝いなんかとはなんですか!彼ほど優れた計算能力を持つ人だって滅多にいませんよ!冒険者になってその頭脳が失われたらどうしてくれるんですか!」
フフ、いやそこまで言われると照れるな。
「わぁ、ヴォルガーさんって頭もいいんですねー」
「いやぁなにちょっと勉強したことあるだけさ」
隣に座るモモに尊敬のまなざしで見つめられる、悪い気はしない。
「ほうほう!魔法だけでなくそういった学問もですか!ちなみにどれくらいの期間勉強を?」
「え?あー…まあ大体16年くらい」
反対側からロイに突然尋ねられたので小学校から大学卒業までの期間を答えておいた。
記憶としてはあるが実際は行ってないんだけど。
「16年ですか!魔法もその時に覚えたのですか?」
「いや魔法は別」
魔法覚えたのは遊んでただけだから。
「ふえー16年も勉強して、さらに魔法の修行もして、ヴォルガーさん遊んだこととかあるんですか?」
「なんか俺のこと遊ぶ友達もいなかった、かわいそうな子みたいに思ってない?」
「そ、そんなことは…」
その顔は思ってるということなんだなモモ。
まあいい…確かにあるのは記憶だけなんだからな。
「変なこと考えてるようだが、30年も生きてりゃ遊んだ思い出くらいあるよ」
「…ヴォルガーさんは30歳なのですか?」
「お、おう、そうだよ」
ロイに年を確認されて精神年齢は33歳だがなぜか見栄をはって3年若くした。
問題ない、むしろその精神年齢で答えていいのか疑問なところがある。
俺の自我が生まれてからはまだ2か月も来てないし、肉体はホムンクルスとかで何年モノかよくわからんし。
うん、ややこしいから今後は30歳でいこう。
「えー!わたしよりちょっとだけ年上かなあとは思ってましたけど!」
「ちょっとだけは言い過ぎだろ、モモはどうみても子供じゃないか…」
「子供じゃありません!わたしは18歳です!」
「嘘だ」
「嘘じゃありません!!」
いや嘘だよ、ありえな…胸以外はありえないよ。
中学生くらいにしか見えんぞ、胸以外は。
「ははははは!モモは本当に18歳ですよ、ボクは今25でモモが生まれたときから知ってますから」
「じゃあ本当にそうなのか…なんてこった…モモが18って…」
栄養が全部胸にいっちゃったのか…
「楽しそうなところ悪いけどよ、そろそろあの二人なんとかしちゃくれねえか」
モモの年齢に愕然としていたところジグルドに話しかけられた。
あの二人と言われて争っていたミュセとタックスさんに意識を向ける。
やばい、なんかエスカレートしてて今にもお互い掴みかからんばかりの勢いだ。
「あの二人ともちょっと落ち着いて」
俺は争う二人を慌てて止めに入った。
「いいところに来たわ!ハッキリ言ってやりなさい!冒険者になるって!」
「いやいや私の店で一生働いてくれますよね!」
これは、もう今決断を言わないと終わりそうにないな。
仕方ない…あとタックスさんさりげなく一生とかつけてるんだがそこまでの気はないぞ。
「あー…その、ミュセには悪いんだけどひとまずタックスさんの店でお世話になろうと思ってるから、パーティーには入れない」
「はあ?はああああああああ?」
やっぱミュセ怖いわ。
タックスさんやめてっ!ガッツポーズなんかしてこれ以上ミュセを煽らないでっ!
「そ、それ以外にもパーティーに入れない理由はあるんだ」
「何よ!その理由って!」
ミュセが怖いから。
とは言わなかった、より怖くなるだけなので。
そうじゃなくてちゃんとした理由がある。
「モモと俺は役割がかぶっているからだ」
「そんなの…別にいいじゃない、ヒーラーが二人いたって困ることはないわ」
「困ることはない、だが俺が本気で支援したら、たぶんその、いずれモモは辛いことになるぞ」
「よくわからないわね、モモがなんでそうなるのよ」
…これは、ほわオンでの記憶なんだが…
かつての俺のギルドに、俺のような完全支援型キャラを目指して入ってきた女の子がいた。
俺はそのときやった!これで奴隷のようなゴリラの世話係から解放される!と思った。
だから喜んで歓迎し、いろいろアドバイスをした。
一緒にパーティーを組んで実際に狩り中の支援なども教えた。
しかし、ある日彼女はこんなことを言い出した。
「思ったんですけど、ヴォルガーさんいれば別に私いらなくないですか?」
なぜそんなことを言う!いるよ!いなけりゃ困るよ!
今はまだほとんど俺が支援してるけどいずれ君がこれをやるんだよ!
俺は必死に説得したがそんな願いもむなしく…
「ていうか他の人が攻撃特化で戦ってるの見てたら、なんだかそっちのほうが楽しそうに思えてきました!なのでキャラ作りなおしてきますね!あ、ヴォルガーさん私の育成手伝いお願いしまーす」
結局新しいゴリラが増えただけだった。
そういう悲しい思い出があるのだ。
この世界はゲームではない、安全面を考えたらヒーラーが二人いたっていいだろう。
でもそれは俺じゃまずいんだ。
モモは始めのうちは俺を目標に頑張ってくれるかもしれないが、すぐに気づくだろう、俺との明確な差に。
ただ、その時が来ても俺は何も教えてやれないんだ!
だって根本的に魔法の覚え方から使い方まで何もかも違うから!
そして純粋なモモがもしかしたらゴリラになってしまうのも嫌なんだ!
というようなことを噛み砕いてミュセに伝えたいんだがどうしたらいいだろう。
「ちょっと?モモがなんだって聞いてるのよ」
「ええと、なんだろう、モモには穢れてほしくないというか」
「モモの体を狙ってるの!?何するつもりよ!変態!」
「いやそうじゃない、モモのことはそんな目で見たつもりはない」
「じゃあやっぱり私を狙ってるの!?」
「何がだ!?」
ミュセは「アンタなんかやっぱいらない!近寄らないで!」と叫んで離れていった。
どうやら仲良くなれるような気がしたのは完全に俺の気のせいだったようだ。
ただなぜかそんな彼女を見て、あ、元のミュセに戻ったとほっとしている俺がいた。