ふるえるえるふ
ミュセロレリアさん視点の話です。長いです。
あの男が憎い。
馬車の荷台でモモと楽しそうにお喋りしているあの男が。
私は馬車の荷台に座る変態を睨みつけた。
それが私にできる精一杯の抵抗だったから。
アイツは何も気づいてないようで常に周囲を警戒している。
この私がいつどこから睨みつけようとも必ず気づいているのだ。
私の体を狙っている、間違いない。
思えば最初に会ったときからおかしかった。
ナクト村の宿の前ではじっと私のことを見ていた。
あの時から既に私を獲物として見ていたのかもしれない。
酒場ではモモの気を引いて、夜道にこっそり連れ出し、慌ててモモを探しに来た私を魔法で軽くあしらった。
怒りで我を失った私を見てきっと内心では笑っていたに違いないわ。
そして翌日、私が懲らしめてやろうと思っていたことを見抜いていたアイツは、うがいがどうとかわけのわからないことを言ってまた私の冷静さを失わせ、さらにはジグルドも挑発し、私たちパーティーの油断を誘った。
「言っておくが、俺は覚えている全ての魔法を無詠唱で使える」
完全に実力をあなどっていた私たちに対し、とんでもない魔法を見せつけ、トドメとばかりにアイツはそう告げた。
勝てない…そう思わせるのに十分な演出だった。
そして私は恐怖した、ここからきっと私はじわじわいたぶられて殺される、今まで大人しくしていたのもすべてこの時のため…
死を覚悟したときモモだけはなんとか逃がさないと!と思った。
しかし意外なことにアイツはジグルドの言うことを大人しく聞き、何事もなかったように平然と仲間になった。
ロイからニホ人族の話を聞いて、合点がいった。
アイツの目的は痛めつけて殺すことではない、私の体だったんだわ…と。
モモはすっかり騙されてアイツのことを信用してしまっている。
モモに手を出さないのはおそらく私に対する人質のつもりね。
そう…私は自ら命を絶つことすら封じられた。
今後どんな命令であろうとも聞かなければならなくなった。
断ればモモがどうなるかわからないから…
いつ宿の部屋に呼び出されるか怯えながら村で過ごした。
だけど結局呼び出されることはなかった。
何もないまま、私たちのパーティーが村を立つ日が来たのだ。
どういうことなのかわからなかったけど、とにかく逃げるチャンスだと思った。
だけど…アイツが一緒に街まで着いてくることを知って絶望した。
そうか…村ではいい人ぶっていたから本性を隠していたのね。
一緒に村を離れて、邪魔が入らないところで仕掛けるつもりなんだわ。
なんて狡猾な男なの…!
モモにアイツの本性を告げようかとも思った。
しかしもし私が告げ口をしたのが知られてしまったら…
どうなるのか恐ろしくてできなかった。
だから結局何もできないままこうして私は馬車の後方から、アイツを見張ることしかできない。
ああっ、モモ!そんなにアイツに近づいてはダメ!
モモが無邪気にアイツにじゃれついて、二つの至宝が無防備に揺れている。
アイツ!何も気づいてないようで胸を絶対見てるわ!
ああもう!いつまでこんな屈辱と恐怖に耐えればいいの!?
もうこうなったら…刺し違える覚悟でやるしか…
私は短剣を取り出して握りしめた。
いま、今ならアイツはモモの胸に気をとられている。
もしかしたらやれるかもしれない。
その時ジグルドの敵襲を告げる声が聞こえた。
アイツも一瞬で警戒態勢になる。
そんな!もうこんなチャンス二度とあるかわからないのに!
心の中で悔やんだが、こうなった以上、私が何をしようとしていたか気づかれるわけにはいかない…
冷静に、急いでジグルドの援護に行かなくちゃ。
そう考えているとアイツは無造作に馬車の荷台から飛び降りて来た。
心臓が口から飛び出るかと思った。
もしかして気づいていたの!?
一瞬で私の目の前に来たことに対し、私は恐怖で歯をガチガチと鳴らしてしまった。
どんな魔物の前でもこんな無様な態度をとったことはない。
私は悔しさで涙が出そうだったが、精一杯の虚勢をはって前に飛び出した。
いえ、嘘ね…本当はただ単にアイツから逃げ出しただけだわ…
私が行き場のない怒りをオーガにぶつけた後、アイツはまた馬車の荷台へ戻ってきた。
さっきまでは私たちの戦いの様子をただじっと見ていた。
俺はいつでもお前を見ているぞ。
きっとそういうアピールに違いない。
その後はモモが荷台に乗る手助けをするフリをして、胸に触っていたわ。
確証はないけど絶対にそうよ、だって私が同じ立場なら触らないわけがないもの。
男のアイツがそうしないはずはないわ。
そしてアイツは荷台にのると荷物で私の視線をさえぎった。
あの荷物の向こうでは邪悪な笑みを浮かべているのだろう。
きっとこれから私をどう料理するか考えて…
………………
………
野営地に着いてしまった。
もう村からも十分離れている、街はまだ遠い。
助けを呼んでも誰も来てくれるような場所ではない。
モモ…あなただけは何があっても守ってみせるわ…
例え私の身がどうなっても…
「ミュセ、元気ないですけど、どうかしました?」
モモがいつの間にかそばに来ていた。
顔を上げてみるとジグルドとロイも集まって来ていた。
えっ、ということはアイツは今一人?
と思ったらタックスさんと何か話していた。
「モモ!」
私は思わずモモを抱きしめた。
もしかしたら最後になるかもしれない、そう思うと腕に力が入った。
「うー!くるしい!くるしいです!」
「おい何やってるんだ、離してやれ」
ジグルドに言われて名残惜しいが私はモモを解放した。
この感触と匂いを忘れないようにしよう。
それが私の心を支える力になるのだから。
「ミュセがよだれを垂らして遠い目をしてます…疲れておかしくなっちゃったです…」
「あははは、ミュセがおかしいのは元々ですよ、心配いりません」
「そうだな、それよりモモの調子はどうだ?問題ないか?」
「はい!荷台にいても一人じゃないから退屈じゃありませんでしたよ!」
「いや俺は体の調子を聞いたんだが…」
「ぶふっ、それはよかったですねえモモ。彼から何か面白い話でも聞けましたか?」
「魔法の話をいろいろしたんですけど、ヴォルガーさんってあんなに凄い魔法が使えるのに、女神の加護のこととか何も知らなかったんですよ」
モモのことを考えてウットリしていた私の耳に嫌な単語が聞こえて来て、現実に戻された。
「へーえ、彼はじゃあ洗礼で加護を受けたのではなくて、生まれつき加護があるのでしょうねぇ」
「それに、攻撃魔法は一切使えないし、魔物と直接戦ったことも無いって言うんです、自分一人じゃ何もできないんだーって言ってて、変わってますよね」
「なんですって?」
攻撃魔法が一切使えないうえに魔物と戦ったことも無い?
「ああ、そういえばキッツとカイムも確かそんなこと言ってたな」
「だからこそ彼はボクたちと一緒に街へ行くんじゃないですか、忘れてたんですか?」
「えー!そうだったんですか!わたし聞いてませんでした!」
「私も聞いてないわよ?本当なの?」
「あれ、言ってなかったか、すまんすまん」
「すまんじゃないわよ!!」
私は無駄に怯えてたと言うの?
い、いえでも体を狙ってるのはまだあるかもしれないわ…
だってほら私は美しいエルフなわけだし。
「…ねぇモモ、アイツ…」
私の体を狙ってなかった?と聞こうとして、モモになんてことを聞いてるの私は!と思い直してとどまった。
純粋なモモにおかしなことを教えるわけにはいかない。
うーん、なんて聞けばいいかしら…
「アイツの好みの女性のタイプとか聞いてないかしら?」
こんな感じでいいわよね。
「えっ、なんでそんな事…あっ、もしかしてミュセはヴォルガーさんのことが…!」
「えっ?…違う!違うのよモモ!」
「もー隠さなくてもいいですよ!ヴォルガーさんって頼れる大人って感じですもんね!」
「そんなこと微塵も思ってないわ!」
しかしモモは何か妙な勘違いをして、いいですいいです、応援します等と言っている。
私が好きなのはモモだけなのに!
「んー好みのタイプは聞いてないですけど、皆は一度ちゃんとヴォルガーさんと話をした方がいいと思いますよ、特にミュセは早くなんとかしたほうがいいです」
「どういうこと?」
「なぜかヴォルガーさん、みんなに嫌われてるんじゃないかって思いこんでて、特にミュセのことは怖がってましたから…」
私のことを怖がってるですって…?私がアイツを怖がってるのに。
「あぁ、ちょっと森の一件以来なんとなく遠ざけてたからな…」
「はは、そうですねぇ、彼のこと誤解してましたからねぇ」
「もー!なんでみんなヴォルガーさんに意地悪するんですか!ひどいですよ!」
な、なんてことなの…じゃあ今までのことは全て私の勘違いなの?
アイツ…ヴォルガーはただ単に一人じゃ戦えないから私たちに着いてきただけ?
「ならいっそのことおれたちのパーティーに誘ってみるか?」
「え、冗談でしょ!?」
「いや冷静に考えたら彼の実力は素晴らしいですよ、もし街にいる他の冒険者が彼のことを知ったらほおっておかないんじゃないでしょうかねぇ」
「わー!いいですね!わたしは賛成です!」
確かに仲間として見ればヴォルガーの魔法は凄い。
森で一度かけてもらった行動速度があがるという支援魔法ですら、周りのホーンウルフがまるで止まってるんじゃないかと思うくらい遅い動きに見える高レベルなものだった。
それに何より彼がいればモモの安全性は格段に上がるわ。
あの防御魔法はまるでやぶれる気がしなかったもの…
他のパーティーにとられる前にとっておくのも、アリかもしれないわね…
「じゃあミュセが誘って来て下さい!」
「えっ、な、なんで私なの?」
「だってミュセが一番会話しないとダメなんです!それにほら、こういうことがキッカケでうまくいくかもしれないですよ!」
「だから私は別にそういうのじゃなくて…」
「いいからいいから、早く行ってこい」
もう、ジグルドまでなんなのよ!
ロイも絶対モモが勘違いしてるってわかってるくせに面白いから黙ってるわね。
フン、いいわよ、さっさと言って終わらせてきてやるわよ。
そして私はタックスさんと話すヴォルガーの方へ近づいて行った。
………
「…でもなー、冒険者にも興味あるしなー」
近づくとヴォルガーのそんな言葉が聞こえてきた。
ん?何よ、冒険者になりたかったの?じゃあちょうどいいわ。
あぁでも何か今までのことを考えたらやっぱりちょっと声かけにくいかも。
うーんなんて言おうかしら…うーん…
ああもう!考えてもわからないわ!
とりあえず要件だけ伝えればいいわよね!
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
まだ何か二人で話してる最中だったけど待つのも嫌なので私は声をかけた。
「ミュセ…な、なんで…しょうか」
何でそんなひきつった顔…ああ、本当に怖がられてるんだ私…
勘違いとはいえ、さすがにちょっと今まで冷たくしすぎたのかな、と思う。
「ヴォルガーさ、街に着いたら冒険者になって私たちのパーティーに入らない?」
だからだろうか、思ったよりすんなり、そう、言うことができた。