股間がヒュッてなるひと
ヒュッてどんなだ。
早急にミュセとの関係を改善せねばなるまい。
倒れ行くオーガを見ながら変な汗が出るのを感じた。
馬車を襲撃してきた魔物はあっさり蹴散らされた。
やはり調和の牙の4人…嘘、4人は言い過ぎた、3人は強い。
「ああっ、もう終わってますー!わたしなにもしてません…」
馬がなんとか落ち着いて止まった馬車の荷台からモモが降り、現場の惨状を見てそう言った。
安心しろモモ!俺も特に何もやってないぞ!仲間だ!
モモがモタついていた時、先に荷台から飛び降りた俺はちゃんと一部始終を見ていた。
まずゴブリンは見たことあるからすぐわかった。
あいつらやたらとこん棒を持っているがこん棒に何かアイデンティティを感じているのだろうか。
ただ単にそれ以上の武器を用意する知恵がないのかもしれんが…
ともかくゴブリンはロイの<アイシクルバレット>という魔法で氷の散弾を撃ち込まれ慌てて散らばった。
そして背後にいた3メートルはゆうにある、ゴブリンをムキムキのマッチョにしたようなでかいやつ、オーガと言うらしいがそいつは魔法に怯んだ様子はなく突っ込んできた。
こいつは似たようなのをほわオンで見たことがある、名前は違って武器を持ってたが。
オーガは素手だったのでなんでこいつは武器用意してないんだろう、これくらい体がでかいとそれこそ丸太くらいしか武器にならんのかな、でも丸太を持ち運ぶのも面倒なんだろうな、いや丸太を作るなら斧がいるから斧を持った方がマシだよな、等とどうでもいいことを考えていた。
俺がくだらないことを考えているとオーガに向かってミュセが短剣を投げた。
それは見事オーガの顔面、右目に突き刺さってオーガは痛みで顔を抑えた。
両手が上がったところにすかさずミュセは二投目を投げて、なんとそれは股間に突き刺さった。
あまりにためらいのない攻撃に俺は股間がヒュッとなった。
もしかしたらジグルドとロイも同じ気持ちだったかもしれない。
だがそれを表に出さ無かったところは凄い。
激痛だっただろうオーガは両ひざを地面につく。
そこへジグルドが大剣を振るって首をはねた。
まさに一瞬の出来事である。
氷の散弾に貫かれずに生き残っていた数匹のゴブリンはそれを見てあっというまに逃げ出した。
特に追撃はしなくていいとジグルドは判断したのだろう、戦闘はそれで終了した。
トドメを刺したのはジグルドだが今ので一番恐ろしいのはミュセだと感じた。
あの短剣がもしや俺に飛んでくることはないよな、という不安が心に生まれた。
特に股間を狙うのはやめてほしい。
顔面だって嫌だけど、いやどこに飛んできても嫌なもんは嫌だったわ。
死体とかどうするんだろうと思ったらジグルドが火魔法で焼き払った。
嫌な臭いがした、さっさとここから立ち去りたい。
タックスさんも「臭いからさっさと行きましょうか」と言ってくれた。
笑って言ってるあたりこの人も動じないな。
行商人はこういうの慣れてるんだろうか。
そして再び馬車の荷台に乗り、後方でブスブスと焦げて灰になっていくオーガとゴブリンの死体が遠ざかるのを眺め…なんで俺はまた乗ってるんだ、つい楽をしたいという気持ちが無意識に馬車の荷台に乗ることを選んでしまったのか!?
降りたついでに歩けばよかった!
モモが「乗るの手伝ってくださいー」とか言うのでついつい抱えて持ち上げ、よいしょとモモを荷台に乗せた後、自分も一緒に乗ってしまった。
ちなみにモモは乗らざるを得ない。
歩幅の関係で徒歩でついていくのが大変だから。
後方でミュセが監視ポジションに着く。
俺は荷物と荷物の間に挟まって身を小さくした。
モモに「狭くないんですか?」と聞かれたが、いいんだ、ここが落ち着くんだ、と言っておいた。
おお…もう…この突き刺さるような視線にいつまで耐えればいいのか…
………………
………
「今日はこの辺りで野営にします」
タックスさんは近くに川が見える場所で馬車を止めた。
まだ日は暮れていないが暗くなる前に準備せねばいろいろと大変だからだろう。
モモは荷台を降りると他メンバーと一緒に何か話始めてしまった。
これからする作業のうちあわせかな?
野営の素人である俺は調和の牙の4人の輪に入っていいのかどうか悩んだ。
悩んだ末、馬の世話をしているタックスさんに話しかけることにした。
「あの俺は何をすれば…」
「ああヴォルガーさん、ゆっくりしてくれていいんですよ、結構揺れたので疲れてるでしょう」
「いやでも皆、何かしてるし」
「たははは、律儀な人ですなぁ、こっちはタダで護衛してもらってるというのに」
一応俺は魔法が使えるので護衛を兼ねるという条件で同行させてもらっている。
金は貰っていない、大体馬車の荷台に乗ってるだけだし、調和の牙ほどうまく戦える自信はなかったので。
「ははあ、じゃあ私と一緒に食事の支度を手伝ってくれますか、荷台から食料を少し降ろすので」
俺が困っていると察してくれたのかそう提案してくれた。
やったぞ!これでぼっちではない!と思ったが何かこれ学生の修学旅行で一人だけ班になじめない子が、引率の先生に相手してもらってるような感じがしたので若干つらくなった。
まあそれはともかくとして俺はタックスさんの仕事を手伝った。
食料を運び出しつつ、この干し肉とか実際いくらで買えるのかなと気になってタックスさんに尋ねると
「これはナクト村で買ったものですからこの量で3コルですかな」
とこの場にいる6人分の量を取り出してそう言った。
今更ながら金の単位はコルというものだったことに気づく。
今まで銀貨が何枚とかいう数え方しかしていなかった…
銅貨で3枚?と聞いたら、そうですと言うので1コルが銅貨1枚のようだ。
「じゃあこんなにあっても大体60コルくらいなんですね、安い」
「あれ、よくわかりましたね?」
そりゃ見たらわかる、今、木箱から取り出した量はおよそ2割だ。
木箱には15コル分が入っていたんだろう。
同じ木箱がほかにも3つあるから15コルの4倍だ。
「…残りは街でこの量を10コルで売る予定ですが、利益はどれくらいかわかります?」
この量というのは今出した6人分のことだ。
けっこう吊り上げるんだな、でも輸送の大変さを考えたらそうでもないのか。
とりあえず単純に15コルの木箱が50コルに化けるわけだから…
「木箱4つを200コルで全部売ったとして、仕入れ値を引いたら利益は140コルです、あ、今食べる分も引くから130コルですね」
「素晴らしい!早くて正確な計算ですな!私の考えていたことと同じです!」
「いやそんな大層なもんじゃ…」
計算できる人珍しいのかな?
いや、ここは異世界なんだ、日本の教育レベルのほうが珍しいという可能性が高いな。
その後も簡単な数学、いや算数かなー、それくらいの問題を出されたが難なく答えておいた。
「こりゃあウチで雇いたいくらいですなぁ!たははは!」
えっ、マジ?街行ったら仕事どうしよう、いっそ冒険者に俺もなるしかないのか?でも冒険者って住所不定無職をかっこよく言っただけというイメージを持ってしまってるしどうしようかなーとか悩んでたのでいっそタックスさんに雇ってもらったほうがまだ安定した生活ができるかもしれない。
「いやぁ、まぁ僕もまだ?街では?何をするか特に予定はないですけども?」
チラッ。
「おおそうなのですか!でしたら是非一度ウチの店にいらしてください!」
「あ、街に店があるんですか」
「ええ、一応、私がいない間を任せてる従業員はいるのですが、どうにもまだ難しい計算ができないようで、あまり大きな値の商品は扱わせられないのですよ」
「なるほど、んっんーそれとは特に関係ないですが俺は計算のやり方を人に教えることもできます」
「特に関係ある人材ですよ!!ねっ、来て下さい!お願いしますよ!」
いやーでもまだ住むところも決めなきゃいけないしなー冒険者に興味もあるしなーとか言ってみたら余ってる建物があるからそこに住んでもいいとまでタックスさんは言い始めた。
「仕方ないなぁ、じゃあまず街についたらタックスさんと一緒に店に行きますよ」
「気に入ったらウチで働いて下さいよ!」
ふっ、やれやれと言った感じで答えておいたが内心は歓喜した。
住むところも確保できるなんて!やったぞ!
そうだ、金がたまったらいずれ物件を買って…
「ねえ、ちょっといいかしら?」
喜んでいたところに股間がヒュッとするような声が聞こえた。
「ミュセ…な、なんで…しょうか」
「ヴォルガーさ、街に着いたら冒険者になって私たちのパーティーに入らない?」
意外な人物から意外なお誘いであった。