ナクト村にお別れ
村長の案も捨てがたい。
俺はきっと誰かの力になりたかったんだろうな。
アイシャと別れたあの時、途方もない無力感を感じた。
自分には何もできないのかと…
そりゃあ神様相手にどうこうできるわけがないとか、そもそもアイシャが好き放題した結果そうなったわけで俺に責任はないはず、とか少しも思わなかったわけではない。
ただまあ、そういうのは結局、その時の無力感をごまかすための言い訳にしかならないわけで。
ナクト村に来て、村人たちを治療したのも、俺は無力なんかじゃない、誰かを助けられるんだと認めてもらいたかったから、そんなことをやりはじめたのかもしれない。
そして、クルトの墓の前で、キッツに改めて礼を言われたとき、何か胸につっかえていたものがとれて、ああ、そういうことだったんだ、と理解できた。
俺がキッツを助けたんだ。
それが、ケリーの幸せそうな笑顔を生んで、ケリーの笑顔はココアの笑顔にもつながっていく。
誰かを助けるとはこういうことなのか。
キッツを助けることができて本当に良かった。
そう思ったら涙が出てしまった、ちょっと恥ずかしかった。
同時に、この世界をもっと知って、しっかりと生きていきたい。
そうすれば俺は胸を張ってアイシャに、君の願いは叶えたよと言えるだろう。
そんな想いが俺の中に生まれた。
まあ具体的にしっかり生きるとは何だと聞かれたら俺にもまだわからないが…
とりあえずナクト村から旅立つことに決めた。
街に行ってみたいという自分の欲望にまず従うことにしたのだ。
翌日、世話になった皆に俺の決意を伝えた。
キッツとケリーとカイムはもうわかってたみたいなので主にそれ以外の人へ。
ココアには礼を言って借りてた旦那の服を返した。
サムの奥さんに新しいの作ってもらったので。
あげるつもりだったとか言われたけど、いやーやっぱり貰うのはちょっと。
ひょっとして俺って死んだ旦那に似てる?とか聞いてみたら
全然似てないらしい、旦那のほうがカッコイイって。
笑われたので洗わずにそのまま返してやった。
村長のじいさんはもしかしたら一番俺に村にいてほしかった人かもしれない。
俺がいなくなったらすぐ治せないんだから怪我するなよと、注意しに行ったら必死に引き留められた。
家を用意するから村に残ってくれと言われた。
断るとさらに、村の若い娘も差し出すとか言い始めた。
なんで生贄を捧げるみたいになってんだよ。
しばらくうるさかったが、何事かと様子を見に来た向かいの家のばあさんにビンタされて大人しくなった。
痛そうだったがそれは治療しないでおいた。
村を回って、出会った他の村人たちにも挨拶した。
最後にまだ誰か病気や怪我の人はいないか聞いてみたがいなそうなので一安心した。
なぜか皆、旅立つことを告げるとあれこれ物をくれようとしたんだが、これから旅立つというのに荷物を増やされても困るので気持ちだけ受け取っておいた。
村を回って挨拶した翌日。
俺は今日、コムラードという街に向けて村を旅立つ。
商人のタックスさんと調和の牙の4人が街に帰るので着いて行くことにしたのだ。
タックスさんからは結局物買ってないな。
まあ荷物になるからやめたんだが。
「とうとう行くんですね」
「キッツが言うから!早くでていけばぁ~って言うから!」
「そんな風に言った覚えはないですよ!?」
見送りに来てくれたキッツに冗談を言ってみる。
ケリーとカイムも傍で笑っている。
「お母さんもさー本当は一緒に連れてきたかったんだけど…」
「ん?いや昨日ココアさんには挨拶はしたよ、それに朝は忙しいだろ」
「それが…お母さんいざヴォルガーさんが行くってなると、泣いちゃってて、恥ずかしいから行けないって…」
ええ!?昨日は全然そんな感じじゃなかったぞ!
「え…?冗談じゃなくて?」
「うん、お母さん意外とそういうとこあるから…」
意外…いやケリーも涙もろいとこあるし、母娘で似ていてもおかしくはないな。
「ははは、あのおかみさんがなぁ。見てくりゃよかったな」
そう言うのはカイムだ。
見たら後で怒られるやつだぞそれ。
「おかみさんに怒られ、あ、僕はもうお義母さんと呼ぶべきか」
キッツがさりげなく新婚アピールしてきやがる。
そうだ、最後にこれだけは聞いとこう。
「キッツはさあー、告白されるまで、ケリーのことどう思ってたんだ?」
「ちょっと!恥ずかしいからそんなの今聞かないでよ!!」
今聞くしかないのだ。
「えぇ、まあ妹のようには思ってましたけど…だって僕が村を出たときはまだ子供でしたし…帰ってきて見たら、綺麗になっ…いや、ええと、それよりヴォルガーさんやカイムまでケリーの気持ちに気づいてたって本当ですか?」
「本当も何もお前…見たらすぐわかるぞ」
カイムの言う通りだ。キッツがおかしい。
「だってケリーの髪、それ、キッツの真似してやってるんだろ」
そうなんだ、こいつら後ろから見たら兄妹かよっていう勢いで、おんなじように茶髪を後ろでひとつにくくってるんだ。
「えっ!そうだったのかケリー!」
「っっ~~もうっ!キッツのバカ!!わかるでしょ!!」
ケリーは恥ずかしさか怒りかわからないが顔を真っ赤にして逃げだした。
キッツは本当バカだな。
「まっ、待ってくれ!ごめん!僕が悪かったから!」
慌てて後を追いかけるキッツ。
「おいおい、あいつらヴォルガーさんの見送りに来たの忘れてるのか」
「いやいいよ、笑えたし、これでいい」
「そうか、まあそうだな、何もこれが最後の別れってこともないだろうし」
カイムも遠くに走っていく二人を眺めている。
「コムラードまではあの4人と一緒ならまず心配ないだろう」
「どっちかというとそれが心配ではあるけどな」
モモ以外の3人とはまだ微妙に距離を置かれている気がする。
とりあえずこの道中でなんとか関係を改善したい。
「心配?いやあいつらは相当な腕だぞ、森にも付き合ったなら知ってるだろう?」
「はは、そこのところは心配してない」
「よくわからんが、道中は安全だと思うぞ」
変な顔をされたがまあこれは俺にもよくわからん問題だ。
「ヴォルガーさーん、準備できたのでそろそろ出発しますよー」
タックスさんが呼ぶ声が聞こえる、馬車の準備ができたようだ。
「じゃあ行くよ、元気でな…あ、あと村長があまり馬鹿なことしないように頼んだよ」
「あのじいさんはなんだかんだであの年まで生きてる、なに心配いらんさ、そっちこそ体に…いやヴォルガーさんなら何かあっても自分で治すか、はははは!」
俺だって心配して欲しいときはあるぞ!
とは思ったが、俺は何も言わず、笑って手を挙げて別れを告げた。
遠くでキッツとケリーも気づいたのか、こっちに手を振ってくれている。
そっちにも手を挙げて答えておいた。
さて、それじゃ、行ってみようか。
新たな場所へ。