キッツとクルト
今日はキッツ君視点です。
「えっ、キッツは一緒に来てくれないのか?」
今日は用事があるので共に行けないことを伝えると、ヴォルガーさんは意外そうに聞き返してきた。
「だって今日は他の村人の案内で、まだ治療できてない人の家へ行くんでしょう?僕が一緒にいる必要は特にないと思いますけど」
ヴォルガーさんが村に来て4日目。
この人が来てから毎日が慌ただしい。
最初は荷物をすべて失くして金も無いというから不安だろうと思って一緒にいたけど、もう大丈夫だと思う。
勝手に自分でお金を稼いでしまったし…村人からは信頼されている。
ただ、ほおっておいたら何をしでかすかわからないという点では僕のほうがなぜか不安になる。
「クルトの墓を作ってやりたいんですよ」
それが今日僕がやるべきことで、ヴォルガーさんと共に行けない理由。
ヴォルガーさんは、それなら仕方ないな、とすぐ納得してくれた。
そして、二人で朝食を食べた後、僕は一人で村の墓地へ向かった。
………
「ふぅ…形だけの墓だけど許してくれ」
僕は出来上がった墓の前で座り込んでいた。
おおきめの石を運んできたので結構疲れてしまった。
カイムならひょっとしたら軽々運べるかもしれないな。
冒険者はいつどこで死ぬかわからない。
だから死んでも墓なんか建てられない人のほうが多い。
クルトも生前は墓なんかいらないって言ってたけどやっぱりあったほうがいいと思ったんだ。
クルトはここの村で生まれ育ったこの村の住人なんだから。
墓に向かっていると随分昔のことも思い出す。
「仲間に『さん』づけはよせ」
クルトは寡黙で感情をあまり表に出さない人だった。
だけど僕にそう言ってくれたときのことははっきり覚えている。
昔、僕が子供のころ、村をガルガロという巨大な鳥の魔物が襲った。
この辺じゃ普通はいない、とても珍しい魔物だ。
村人じゃどうしようもないから街まで行って冒険者を呼んできた。
ガルガロはなんとか倒されたけど…たくさん人が死んだ。
最初に襲われて死んだのが、僕の母さんだ。
ケリーの親父さんも、次の日に死んだ。
決死の覚悟で村から出た数名の連絡役のうちの一人だった。
生き残った村人も怪我人だらけで、村としては絶望的な状況だったが、領主が街から神官を何人も雇って派遣してくれたおかげでなんとかなった。
神官を見たのはその時がはじめてだ。
母親と二人暮らしだった僕はその時から一人になってしまった。
宿のおかみさん…ココアさんは僕のために一緒にウチにきて住まないかと言ってくれたけど、僕は断った。
すぐには母さんと二人で暮らした家を捨てる気にはなれなかった。
それから、一人で暮らす僕のことを気にかけてくれたのが近所に住むクルトだった。
それまでほとんど話したこともなかった。
クルトと…それから後に知り合ったカイムも僕より年上で二人とも一人で暮らしていた。
二人は他の村人からは早く嫁を見つけろとよく言われていたのを覚えている。
僕がなぜ結婚しないのか二人に聞いたら街に行って冒険者になるつもりだと教えてくれた。
その時僕も、そうなりたいと思った。
あのガルガロを倒した冒険者のようになると。
普段は宿の手伝いに行ったり、宿の隣のサムさんの畑仕事を手伝ったりしながら生活して、暇があればクルトとカイムに剣術などを習って訓練をした。
剣はお前に向いてないとカイムに言われた時はショックだった。
代わりにクルトが得意な短剣を教えてくれた。
月日がたって、二人が街に行くときが訪れた。
僕も連れて行ってくれと必死に頼んだ。
カイムは僕を冒険者にすることについては乗り気じゃなかった。
剣でも短剣でも、結局のところ僕にはそんなに才能がなかったから。
それでもしつこく頼んでいたらようやく折れてくれた。
一緒にパーティー組んで面倒みてやると言われて嬉しかった。
クルトは相変わらず無表情だったけどあんな言葉で歓迎してくれた。
僕はそれから二人に敬語を使うのをやめたんだ。
街で暮らすようになって冒険者ギルドに通い始めると弓を使う冒険者に出会い、一度だけパーティーを組んだ。
その腕前を見たとき僕は感動した。
ガルガロを倒したのも弓を使う冒険者だった。
僕もあんな風に弓が使えるようになりたいと思った。
その人に頼んで弓の訓練をした。
幸い、剣を扱うより僕はそっちのほうが向いていたんだろう。
カイムとクルトも弓をメインにすることをすすめてくれた。
弓の腕前が上達したことで、僕は二人に近づけたと思った。
だから、僕は調子に乗っていたんだと思う。
久しぶりに帰ってきた村でゴブリンの話を聞いた。
森に入ってしばらくした後、クルトが森の様子がおかしいことに気づいた。
静かすぎるのではないかと。
一旦引き返して、街道に近い部分にそって調査すべきとクルトは言ったが、僕はこの辺りに原因があるからこそ様子がおかしいのでは、と残ることを主張した。
カイムは僕たちの提案を聞いて少し迷っていた。
カイムが結論を出す前に異変は起きた。
ホーンウルフが一匹、姿を現したのだ。
こちらにすぐさま襲い掛かってくる様子ではなかったのに僕は先手をとろうと矢を放った。
それはホーンウルフの肩につきささり致命傷を与えた。
やった、と思ったのも束の間、そいつは遠吠えを上げると逃げ出した。
僕は仕留めようと前にでた。
別のホーンウルフが、僕が二人から離れるのを待っていたとも知らずに。
その後のことはよく覚えていない。
カイムにクルトが死んだことを伝えられた。
そして瀕死の僕を助けたというヴォルガーという旅人のことも…
「ヴォルガーさんは凄いんだ、どんな怪我でもあっという間だよ。おまけにとんでもない強化魔法で僕を支援するし、その時の僕はまるで物語の英雄になった気分だったよ」
クルトの墓にヴォルガーさんのことについて語りかける。
「あの時、ヴォルガーさんにもっと早く会えていれば違ったろうな」
ヴォルガーさんの強さを知るたびに心のどこかでそう思ってしまった。
そんなに強いならもっと早く来てくれればクルトも助けられたんじゃないのかと…
昨晩もそんなことを考えて眠れず、自分のことを嫌悪していた。
外に出て頭を冷やそうと思った。
部屋を出て下に降りると、妙な明かりが見えたのでなんだろうと思い、明るいほうにそっと近づいて行った。
ケリーとヴォルガーさんが何か話しているのが聞こえた。
何をしてるのか声をかけようと思ったが僕の名前が聞こえて思わず身を潜めて立ち聞きしてしまった…
それもあって今日、ヴォルガーさんに顔をあわせづらかった。
………
「…じゃなくて!キッツは強いかどうかってこと!」
「うーん?他の村人より強いんじゃないの?冒険者だし」
僕が強いかどうかだって?
ヴォルガーさんのほうが遥かに強いよ。僕なんか…
「ヴォルガーさん本当は強いんでしょ?凄い魔法使えるし。だからそういう人から見てキッツは本当はどうなのかなって」
自己嫌悪に陥っていたらケリーの言葉で我に返った。
うわああなんてことを聞くんだ!知りたくない!けど知りたい!
「いや俺は強くはない。ゴブリンも倒せない」
「え?嘘でしょ?」
「本当だよ、敵を倒すような魔法は何も使えないんだ」
意外な言葉が出てきた。
そういえば会ったときにそんなことを言ってた気もする。
しかし村に来てからの行動を見る限り、冗談だと思っていた。
「キッツには確かに俺が魔法をかけて強くしたけど、あいつにはそれがどういうものか説明はしてなかったんだ。それでもケリーや俺たちを守ろうとすぐ飛び出したのはやっぱり凄いと思うよ。俺なら逃げる方法を探すからね」
…僕はなんて馬鹿なんだ!
あの人はなんでもできるとあれこれ勝手に期待していた。
ヴォルガーさんは自分にできることをやっていただけなんだ!
自分が今日まで考えていたことが恥ずかしくて涙が出そうだった。
思わず目に手を当て、顔を伏せる。
その間何か僕がハーレム作りそうとか言われた気がしたけどきっと気のせいだ。
僕の自己嫌悪が生んだ幻聴に違いない。
「じゃあ俺はこれで…」
ヴォルガーさんがそう言うのが聞こえたので僕は慌てて部屋に戻った。
こんな顔を見られるわけにはいかなかった。
………
「だから僕も決めたよ、僕にできることをするって」
そう言ってクルトの墓の前から立ち上がる。
「クルト、ごめん…いや、本当にありがとう。また来るよ、今度はカイムや、ヴォルガーさんにケリーも連れてね」




