押し寄せる村人
押し寄せる銀貨。
「うっ、冷たっ…俺がお年寄りなら心臓マヒを起こしかねんぞ」
畑のゴブリンをキッツがかっこよく退治した翌日の朝。
俺は部屋で裸になって体を拭いていた。
昨日より早くに目が覚めて、下に降りたらココアに服を洗ってやるから全部脱いでわたしな、と言われた。
やっぱちょっと匂ってたのかな、ずっと同じ服だし。
替えの服がないことを伝えたら、用意しとくからその間体を拭いて綺麗にしておくように命令された。強制だ。
だからこうして冷たい水で体を拭いてた。
「ヴォルガーさん?着替え持ってきたよー」
ケリーがドアをノックしてそう言った。
今、全裸なんだけどドアを開けて対応していいのだろうか。
まあ大事なところ隠しとけばなんとか…と思いつつシーツで
股間を隠してドアまで行きドアノブに手をかけた。
「部屋の前に置いとくから…」
ガチャ。ドアを開けた。
「わああああっ、なんで開けるのよっ!変態!」
「い、いやだって開けないと服とれないし」
「私が行ってから開けてよ!!」
それもそうだな。あとちゃんと隠してるのに変態はひどくないか。
とにかく借りた服に着替え、俺は部屋を出て下に降りた。
「ん、ちょうどよかったみたいだね。じゃ朝食もってくから席に座って待ってなよ」
「これ誰の服です?」
「ああ、死んだ旦那の服だよ、その一着だけ残してあってね」
微妙に気になったのでココアに聞いてみた。
助かるんだけどそんな旦那の形見みたいなの気軽に渡されても…
もう着ちゃってるからどうしようもないが。
新しい服買って、これは洗って早く返したい。
宿に入ってすぐのテーブルには今日もまた飯を食ってるキッツがいる。
ケリーはいないな。何か仕事中かな。
「おはよう、疾風の戦士キッツよ」
俺がそう言いながらむかいの席に着くとじろりと睨まれた。
「…昨日はどうも、おかげで助かりましたよ。いろいろありすぎて礼を言うのを忘れてました」
「そんな顔で言われても」
「じゃあ変な呼び方しないで下さいよ!ケリーたちには僕がものすごい腕をもってるって誤解されて、説明するの大変だったんですよ!」
「その話、昨日も晩飯のときに聞いたよ」
「覚えてるならおかしな呼び方はやめてください!」
キッツは朝から元気だな。
と、思いながら俺はココアの持ってきた朝食を食べた。
今日のはなんかクリームシチューみたいだった、美味かった。
「おかしい人だとは思ってましたけど回復魔法だけじゃなくて、あんな無茶苦茶な強化魔法も使うなんて…」
キッツが昨日ぐちぐち言ってたことを再び言い出した。
というか俺のことをおかしい人だと思ってやがったのかこいつ。
今日はどうしようかな、昨日多少稼いだ金でまず服買うか…?
でもそういうの売ってるんだろうかこの村。
まあキッツの小言が済んだら聞いてみるか…
俺がキッツの言うことをぼーっとして聞き流していると宿のドアを開けて誰か入って来た。数人いる。
おっさん、おばさん、小さい女の子、おばあちゃん…はあれ、昨日、腰痛を治療したおばあちゃんだな。
「おお、いたいた、この人だよ」
おばあちゃんが俺のほうを向いてそう言ってる。
なんだろ、まさか腰痛再発か?医療ミスで俺は謝罪会見か?
「銀貨1枚で怪我みてくれるってのはアンタか?」
おっさんに唐突に聞かれた。おばあちゃんの息子だろうか。
なんてこった、家族ぐるみでクレームいれに来たのか、どうする?
等と脳内で必死に考えていたら、キッツが
「そうですよ、そこのヴォルガーさんが銀貨1枚で怪我も病気も、まあ大抵のことは治してくれますよ」
おいバカ勝手に紹介するんじゃねえ。
「良かったらウチの子もみてくれねえかなぁ、昨日転んじまってから足が痛いってずっとグズっててよお」
ウチの子、というのはつまりそこのおばさんと手をつないで
今にも泣き出しそうなのを必死に我慢している子、だろうか。
なんだ、クレームじゃなかった。良かった。
おばさんにもどうかお願いしますと言われたので、早速女の子に
<ヒール>をかけた。おおっ、と小さな歓声がわいた。
「えーと、どうかな?まだ痛い?」
女の子になるべく優しい口調で聞いてみる。
「わぁ…もういたくないよ!ありがとう!」
その様子をみて、この女の子の両親だろう人たちも礼を言い銀貨を俺に払うと、何度も頭を下げながら4人で宿を出て行った。
よく考えたら腰痛再発ならおばあちゃんあんな元気に歩いてないわ。
「どうも昨日のことが噂になってるみたいですね」
「じゃ、今日はここにいたら勝手に客が来るかな?」
「だと思いますよ…だってほら、あれもたぶんそうでしょう」
言われて宿の外を見ると、ケリーを先頭にぞろぞろと後ろに村人が連れ立ってこっちに来ている。
あとなぜか俺と目が合ったケリーはちょっと怒っているようにも見える。
…やはり朝のことを謝っておくべきか?
「ちょっとヴォルガーさん!昨日、村で何してたの!?皆が貴方のこと聞いてくるから、洗濯もできないんだけど!」
怒りの原因は朝のことじゃなくて昨日のことのようだ。
そういえばケリーには説明してなかったな。
「はいはい皆さんならんでー、順番に見ますよーああそこ揉めないで、押さない、走らない、騒がない」
「今から何が始まるのよ!?」
予想以上に人が来たのでケリーの相手はキッツに頼んでひとまず村人たちを仕切る俺。
「皆さん治療を受けに来たということですかね?」
一応聞くと皆が、そうそう!銀貨1枚なんだろ!と騒ぎ始めた。
やはりそうなのか。
こんなに銀貨…いや、多くの人々が…
「では宿にはいりきらないから外でお願いします。あ、症状が重い人からみたいんですが…」
俺がそういうと、私を早くみて!とかウチの子が先よ!とか死にそうなんだ俺からにしろ!とか言い始めたので
「なんか騒いでる人は元気そうなんで後でもいいですね」
そう言うと皆静かになった。
死にそうなやつはそもそもここまで歩いてこれないだろ。