魔王の旅路
かんがえるのをやめた
「<オーバー・ライト・スピード>!!」
ヴォルガーがそう唱えた瞬間、世界に異変が起きた。
「な…なんだ…?何をしたんだ…?」
何もかもが、止まっている。
僕の人形たちも魔法が切れたように動かない。
光の女神に向かっていったアマルティアは空中で静止している。
ティモリアもランチャーを構え、顔に凄惨な笑みを張り付けたまま固まっていた。
先ほどまであれほど鳴り響いていた戦闘音も今は一切聞こえない。
「まさか…時間が止まったのか!?」
「大体そんな感じだ、正確には物凄くゆっくり動いてはいるけどな」
声の方へ振り向く。
ヴォルガーはいつそこへいったのかわからないが、僕の真後ろにいた。
魔法を使う前はすぐ隣にいたはずなのに。
「お前…これはどういうことだ!?」
一気に僕の頭の中にありえない可能性が入り込んで来る。
ヴォルガーを散々痛めつけて聞き出した魔法の中にこんなものはなかった。
今まで隠していたのか?
い、いや、それ以前に僕が命じたのは<ウェイク・スピード>であって、こんな魔法ではない。
<ライアー・アンド・ドールズ>の魔法が効いている以上、ヴォルガーは命令された以外の魔法を使えば死ぬ!
勝手に命令にない魔法を使えるわけがないんだ!
しかもなぜかこいつ、言われた魔法とは違うが、僕にちゃんと魔法をかけて支援行動をしている!
敵対の意思はないのか?
わけがわからない!
「これは<ウェイク・スピード>よりも上位の魔法だ、本来はプレイヤーのアタックスピードを限界まで高めて連続攻撃させたりとか…二節以下のスキルのクールタイムを失くすといった効果があるんだけどな、現実で使うと時間に影響してしまうらしい」
…何の話をしている?アタックスピード…クールタイム…?
「まあ普通に考えて人間の体が一秒間に何十回も剣を振ったりはできない、そうなるとそれを実現するためには…自分が速くなるんじゃなくて周りを遅くするしかなくなる」
「おい…じゃあこれは、僕とお前だけが、この世界で自由に動ける存在になるのか?」
「そうだ、止まってる相手になら鼻くそほじりながらでも<ソウル・イーター>を当てれるだろ」
確かに、こんな状況ならもう外しようがない。
僕は歩きながら光の女神に近づいて魔法を使うだけだ。
<ライアー・アンド・ドールズ>だって簡単にかけられる。
…ヴォルガーはやはり僕の味方…なのか…?
それならなぜこの土壇場でこの魔法を使う?
もっと早く僕に教えても良かった…こいつ自身はどうやったって攻撃できないんだから…
「ただしそれは、お前がここから出られたらの話だ」
何のことかと聞き返すより早く、ヴォルガーは盾を構え何かを叫んだ。
「<パーフェクト・ライト・ウォール>!」
また別の魔法!?こいつ…もう完全に僕の<ライアー・アンド・ドールズ>を解除している!
一体どうやって!?
僕はもう一度<ライアー・アンド・ドールズ>をかけるためにヴォルガーに一足飛びに近づいた。
いや、近づいたつもりだった。
だけど…実際の僕はその場から一歩も動いていない!
「こ、今度は何をした!?」
「周りをよく見ろ間抜け」
ヴォルガーは貧相な盾を構えたままつっ立っているだけだ。
そして僕とヴォルガーだけを光の障壁のようなものが覆っている。
その障壁は正方形を描くように僕たちから少し離れた位置の地面から発生し、上に行くほど横幅が狭まっている。
恐らく…僕たちはピラミッドのような形の障壁内部にいることになる。
「これは俺が持つ最大の防御魔法、この障壁内には一切の攻撃が届かない」
「防御魔法!?馬鹿な!意味がないだろう!?」
僕の言葉などお構いなしにヴォルガーはその先を話す。
「ただし、中にいる者も行動できなくなる」
言葉通りなら僕が動けないのはそのせいだ。
しかしそれならヴォルガー自身も身動きが取れない。
…この状態に何の意味があるんだ?
お互いに何も手出しできず、ただ限りなく遅く流れる時間の中、立っているだけ。
「くっ、もういい!<ソウル・イーター>!!…魔法が使えない!?」
「おい人の話聞いてた?この中に一切の攻撃が届かないってことはこの中にいるやつは絶対傷つかないって解釈もできるんだぜ…つまりそういう危ない行為は全部NGだ」
「おい!さっさとこの魔法を解け!!何の意味もないだろう!!」
「いや、意味はあるさ…馬鹿だからまだ気づいてないようだが、俺が最初に使った<オーバー・ライト・スピード>は自分にかけるために唱えたものだ、俺は遅くなった時の中で自分自身に最大限の支援魔法をかけ、次に魔法効果を高めた<オーバー・ライト・スピード>をお前にかけた」
「な、なんのためにだ…?」
「<オーバー・ライト・スピード>は強力な魔法ゆえに単体指定でしか使えない、それにクールタイムも長い、だから最初にかけた分の効果は…もうすぐ切れる」
…最初の分、つまりヴォルガーが自身にかけた魔法が切れる…
そうなると…こいつは…元の時間の流れに戻って…
「今すぐこの障壁を解け!!」
「残念、これは一回使うと俺の魔力が切れるまでずっとこのままだ」
「ふざけるなよ!そもそもなぜ僕が命じていない魔法が使える!」
「そりゃあお前の魔法はとっくに切れてるからだよ」
「ありえない!どうやって解除した!?」
心のどこかで僕は一体何を聞いているのだろうと思いつつも、そう叫ばずにはいられなかった。
するとヴォルガーは、何か気まずそうに僕から目線を逸らした後、フッと鼻で笑ってから語り始めた。
「お前が俺に与えた命令は、許可なしに魔法を使うと自害する、だろ?別に魔法が使えなくなったわけじゃない」
「そうだ、だからお前は死んでなければおかしいんだ!」
「でも俺って攻撃とか一切できないじゃん」
「ああ…?」
「あのルールってさ…自分自身にも適用されるみたいなんだわ」
え…?あ…?
「ここに来てから一度寝ぼけて夜中に<ライトボール>を使ったことがあるんだが、その時勝手に俺の手が動いて自分の首をへし折ろうとした、だけどそれが攻撃行動とみなされたみたいでなんか障壁が勝手に出て防いだんだよね、それでうわあ俺何やってんの!?とびっくりして目が覚めて<キュア・オール>かけたら解除できた、そんだけだよ」
「な、なんだよそれ…じゃあアマルティアたちとの戦闘訓練で魔法を一切使わなかったのは…」
「使えないフリをしてただけだ、今この時のために」
そんな…そんな馬鹿なことがあっていいのか…?
「おい、最後になりそうだから言っておくぜ、正直なところお前のことは99%嫌いだが、1%くらいは感謝している」
「感謝…?」
「お前がこの世界に来ていなければ、きっと俺は生まれてすらいない」
ヴォルガーが何を言っているのかわからなかった。
「お前が闇の女神からもらった力を間違った方向に使った結果が俺だ、だから最初は話せば何かしら分かり合える部分が少しでもあるかと思っていた…でも、この場所を見て、お前と話して、その可能性は無いってわかってしまった」
「………なんなんだ、なんだよお前…レイコが送り込んできた勇者なんだろ?」
「違う」
「嘘をつくな!!そんな力を持ってるやつは勇者しかありえないんだ!」
「はぁ、結局のところ、またそれか」
また?またってなんだよ。
「俺がお前と絶対分かり合えないと悟ったのは…お前は自分にとって都合の悪いことは全部嘘で片付けるからだよ」
「何を言ってる!嘘つきはお前だ!」
「お前の待ってる闇の女神はもうこの世界にはいないよ」
「嘘をつくなあああああああ!あの人は必ず僕に会いに来る!!」
「嘘じゃねえよ…お前はずっと地下で何百年も暮らしてるからわかってなかったんだろうけど…サイプラスに残ってるアリムの石板てやつには、そう書かれてるんだ」
「黙れ黙れ!いい加減なことを!」
「アリムって言うのは有村令亜という日本人のことだよ、かつての闇の女神が最後に会いに行ったのが彼女だ」
「そんなわけがない!」
「そうなんだよ、まあ英語で書いてあるからえーと…高校一年だったっけ?お前がこっち来たの、高一の学力じゃ翻訳は難しいかもしれないから仮に読んでても分かんなかったかもしれないけど」
「なん…何だよお前ぇ!誰なんだよぉ!」
「ヴォルガーだよ、元は日本人だけど」
「お前みたいなやつ、いなかっただろおおおおおお嘘つくなあああああああ!」
もはや頭では理解できても、それを認められなかった。
有村令亜の名前や、僕が高校一年のときにこっちの世界に来たなんて、日本人でなければその言葉の意味を理解できないはずなのに、ヴォルガーが日本人だということを受け入れられなかった。
「自分が最後の一人になったのに、かつての闇の女神が来ないのはレイコがいるからだ、じゃあレイコを殺そう…でもレイコが僕の元に来ないのは勇者がいるからだ、じゃあ勇者を捕まえよう…勇者を捕らえても来ないのは他の女神がいるからだ、じゃあ他の女神を全部捕まえよう…」
「そうだ!僕の考えは正しい!」
「正しくねえよ、無茶苦茶だろ、そんでこっちにいる女神全部捕まえても来なければルグニカ大陸に戻るつもりだったんだろ」
「それのなにがおかしい!?」
「あっちにいってもレイコが出てこなければどうするつもりだった?」
「そんなわけあるか!もう他に神はいないんだぞ!」
「いやいるよ…少なくとも俺の知ってる限り犬みてえな神と創造神って一番偉いやつが、たぶん知らないだけで他にもいると思うけど」
こいつの言葉に耳を貸したくなかった。
でも腕が動かない、耳をふさげない。
「ともかく…お前はもうどうしようもない、自分の意見に従えないものは必要としていない、だからこそ自分の周りには何も言わない人形だけが残ってる…アマルティアやティモリアのことが苦手なのもあいつらが意志を持ってるからだろ、自分で作っておきながら、自由な意思を持ってる存在が気に食わないんだ」
「やめろ!僕を見るな!知った風なことを言うな!」
「<ライアー・アンド・ドールズ>…嘘つきと人形たち…まさにお前のことを現してる魔法だよな」
「黙れよおおおおおおお!」
僕の喚く姿を、ヴォルガーがじっと見つめていた。
「そろそろ時間だ…後は一人で好きなだけ叫んでバカンスを楽しんでくれ、じゃあな」
「ま、待て!僕を置いていくな!僕を一人にするな!!頼む!!魔法を解いて…」
ヴォルガーはただこちらを見ているだけ、何も言わない。
「魔法を解けといってるだろ!!聞こえないのか!!」
ヴォルガーは何も言わない。
「ヴォルガアアアアアアアアアアアア!!!」
僕が何を叫んでも、ヴォルガーは微動だにしなかった。
まばたきすらしていない…まさか本当に…魔法の効果が切れたのか…?
「ちくしょおおおおおおおおお!いつ解けるんだよおおおおおお!何とか言えよおおおお!」
すべてが止まった世界の中で、僕はたった一人取り残された。
「ああああああああああ!」
そしていつしか…絶対に死ねない永遠の牢獄から出られないことを悟り…僕の心は死んだ。




