決意
まだ、まだ更新気づかれてないはず!
つらい、あまりにも。
俺は今確実に人生で一番辛い目にあってる。
これはこの世界で過ごした俺と、日本で生まれ育った俺二人分の記憶を合わせて考慮した上でも間違いなく今が一番だという確信がある。
ていうか…死ぬかもしれん…
「きひひひひっ、面白いねえお前!!」
地面に横たわる俺を見ながら嫌な笑い声をあげる女。
ついさっきまで俺のことをめちゃめちゃに痛めつけて遊んでいた女でもある。
名前をティモリアという。
「…さすがにこれ以上は無理みたいねぇ」
俺の頭を踏みつけながらそう言うのはアマルティア。
俺をこの訓練場という名の地獄の拷問施設に連れてきた挙句、ティモリアと一緒になって血も涙も感じられないような暴力を振るってきた女だ。
「どうやら本当に自分で解除できないみたいだね…よし、もういいぞ二人とも」
この地獄みたいな拷問にストップをかけてくれたのは魔王。
なにか一瞬助けてくれてありがとう!と思いかけたがコイツの命令でアマルティアとティモリアの二人は俺をぼこぼこにしたので恩を感じる必要は一切ないというか俺がこいつをぼこぼこにしたい。
一体なんだったのか。
突然ここに連れてこられ、アマルティアが自分とそっくりな顔をした双子の姉か妹か知らんがもう一人の女を連れて来たと思ったらいきなり二人で戦闘をしかけてきた。
俺は魔法が使えない上に素手だというのにアマルティアは腕から刃物を生やして斬りつけてくるしティモリア…名前は戦闘中に紹介されて知ったが、ティモリアの方は背中から重火器にしか見えない物騒なものを生やしてビームみたいなの撃ってくるしもう無茶苦茶だよ。
こいつらどう考えても人間ではない。
二人とも体にピッタリした黒いボディースーツで全身を覆いその上から体操服の上着だけ着てるような姿だったので最初に二人並んでるところを見た時に痴女かなと思ってちょっと興奮した俺が馬鹿だったしあの時の気持ちを返せ。
「アマルティア、ティモリア、ヴォルガーから受けたダメージは?」
「ありません…まぁ攻撃らしい攻撃もされてませんので何とも言えませんが」
「ディー様、こいつ本当に勇者?ものすごい丈夫だけど、弱すぎるよ」
なんだ…?ディー様って…魔王のことか?
あと勇者じゃないので本当もうただの勘違いで人が瀕死になるまで痛めつけるのやめてください。
「…支援タイプの勇者か…今までにいなかったな、女神は何を考えてるのか…まあどうでもいいか…いや…どうでもは…違う…それより…なんだ?大事なことはなんだっけ?そうそう…」
何か魔王がブツブツ言ってる…不気味だ。
俺なんで連れてこられたんかな…皆のとこへ帰りたい…ああ…なんか眠くなってきた…
「ディー様、このままだとヴォルガーは生命活動を停止しますがいかがなさいますか?」
「ん…?ああ、そうだった、僕が許可しないといけないんだった、おいヴォルガー」
………なんか言った?
『一度だけ<ヒール>を使うことを許可する』
…<ヒール>…そうだ、魔法さえ使えれば俺は助かるんだ…
「…<ヒー…ル…>…」
鉛どころかひょっとしたら俺はコンクリでも詰められたドラム缶の中にいるのではないだろうかと思うほど重かった体に力が戻る。
意識もはっきりしてきた。
まだ痛みはある、全快には程遠いが折れてた骨は元通りになったみたいだ。
「まぁ、あの状態から一度の魔法でここまで回復を?」
「きひっ!?これでまた戦えるね!!」
「いやもう勘弁してください次は死にます絶対本当すいませんでした」
ティモリアが恐ろしいこと言い出したので反射的に謝ってしまった。
「…支援タイプの勇者か…今までにいなかったな…ん?待てよ、僕さっきも同じこと考えなかった?何度目?いや…ああああああああ…!」
俺がアマルティアとティモリアに怯える一方、魔王もなんかさっきと同じようなこと言って頭をかきむしりだした。
なんか怖いよこいつ…ちょっと別の意味で…
「ディー様、今日はもう休まれては」
「うるさい!僕に指図するな!」
バシッ!!
アマルティアは突然ヒステリックになった魔王に頬をぶたれていた。
「申し訳ありません」
顔色一つ変えずに頭を下げてる…というか魔王が急にキレた意味がわかんねえ…
「僕は部屋に戻る、お前たちは…その…ええと…そうだ、ヴォルガーを空き部屋に入れて監視しておけ!」
「わかりましたわ」
「す、すぐするから怒らないでディー様…」
魔王は二人に命令した後フラフラとした足取りで訓練場を出て行った。
アマルティアは何事もなかったように返事をしている、ティモリアも魔王の様子に少し怯えているが…この様子だと、以前にも同じように突然キレたことがあるような反応だな。
「…フンッ」
「いたっ!?」
急にティモリアに足を蹴られた。
なんなのまじで、八つ当たりですか?
「ティモリア、また痛めつけたい気持ちはわかるけどディー様が行ってしまったのでこいつはもう魔法を使えないわ、うっかり殺してしまってはいけないのでここは我慢しましょう」
「わかってるよ!!!ほら、さっさとこい!今日からお前が飼われる部屋へ案内してやるからねぇ!きひひひひ!」
…文句を言いたいことは山ほどあったがとりあえずサディスト確定の双子に従って俺はとぼとぼと大人しく家畜扱いされることを選んで後についていった。
………………
………
そして数日が経過した。
「うっ…うっ…うおおおおおん!」
俺は与えられた部屋で粗末な布団にくるまり、枕を涙で濡らしていた。
誰かに見られたらみっともない大人だと言われるかもしれない。
だが待って欲しい、理由はちゃんとある。
俺は…俺はあの日から毎日あの双子にいじめられているのだ!
俺の攻撃できない特性が本当かどうか調べたら終わり…ではなかった。
なんやかんや毎日訓練場に連れて行かれてあの双子と戦わされるのだ。
それで自力では動けなくなるほどズタボロにされて…魔王のところまで引きずられていく。
魔王は初日以降、双子のいじめを監視しなくなった。
だから俺が回復魔法を使うためには魔王の元まで行く必要がある。
でも自力で歩けないほど痛めつけられるので双子が雑に足とか持って俺を魔王の元までひきずっていくのだ、その間も滅茶苦茶痛い、優しさとかは一切感じられない運び方。
それでようやく魔法で回復する許可もらえたらその後は少し魔王と話をする。
主に俺がどんな魔法を使えるかについてだ。
俺の話だけでは納得できない部分が出てくると双子を使って魔法の効果を試させる。
これは俺が双子に魔法をかけるわけではない、なにかわからんが俺自身か別の人間を使って試させる。
例えば<ウェイク・スピード>みたいな支援魔法であればそれだけ使うことを許可されて双子と戦闘させられる。
ぶっちゃけこれはまだいいパターン。
最悪だったのは…<サンライト・ヒール>みたいな上位の回復魔法を実験させられたときだ。
…名前もわからない人族の男がどこかから連れてこられたんだ。
そいつは虚ろな目をして魔王のいる部屋に立っていて、何の説明もなくいきなりアマルティアに斬りつけられた。
致命傷だった、胸から血を吹き出し倒れる瞬間、男は悲鳴を上げた。
どう見ても死の恐怖に怯えていた、助けてくれと目が訴えていた。
恐らくだが…魔王が操る魔法を解除したのだと思われる。
驚く俺に向かって<ヒール>以外の回復魔法について魔王はたずねてきた。
ほっといたら死ぬ、と思った俺は正直に<サンライト・ヒール>を教えて許可をもらい…その男に使った。
俺の魔法によって一命をとりとめた男はまた魔王に操作されて…何事もなかったようにどこかへ行ってしまった。
つまり、俺の回復魔法を試すためだけに連れてこられた人だったのだ。
俺のせいで何の罪もないであろう人が目の前で殺されかけるのは…結構心にきた。
しかし同時に、絶対にこいつら許さねえと心の中で誓った。
でも辛いもんは辛いので夜になるとこうして泣けてくるのである。
「…ふう…ちょっと落ち着いた…」
真っ暗な部屋で仰向けになって考える。
この与えられた部屋にいる間だけが一人で考え事ができる唯一の時間だ。
双子に24時間監視されるのかと思いきやそうではなかった。
俺がいる部屋はちょっと普通ではない、いつか見たシルバーガーデンの最下層…あのダンジョンにあった部屋みたいな、変な材質の壁で囲まれた部屋になっている。
ひとつだけあるドアもなんならSFっぽい、ドアノブとかなくて開くときは横にガションてスライドして開く。
ちなみに中からは開けられないし俺の力で破壊することも不可能。
悪魔のような双子のどちらかが俺を部屋から連れ出すときだけ開く。
ああ、食事を入れるために一部だけ開くときもあるな。
まあその食事も変なあんまり美味しくない乾パンみたいなのと水だけなんですけど…
簡単に言えば牢屋にいるんだよね俺は、トイレは地球で見慣れた洋式の水洗のやつが置いてあるのが救いだ、これが無かったらもっと泣いてたかもしれない。
他にも気づいた点がいくつかある。
魔王と双子について。
まず魔王の魔法は俺の考えや記憶までは読めないということだ。
分かるならいちいち俺に聞かないからな。
そして人を操作する魔法には条件があること。
毎回、魔法をかける相手に触れなくてはならないようだ。
この二つのことに関してははまず間違いないだろう。
それと気になるのは…なにか突然情緒不安定になったりすることだ。
会話中に唐突におかしくなる、突然アマルティアたちにキレたり、前日に話したことをまた聞いたりしてくる…怖いときはブツブツ見えない何かに向かって話しかけたりしている。
…ちょっとボケてんのかな?若そうに見えるのに。
それからアマルティアとティモリア。
この瓜二つの双子だが、見た目は美女のくせにサイボーグ兵士みたいな物騒な体をしているので人間ではない…人間であってたまるか。
顔も体つきもお互いそっくりだが一つだけ見た目に違いがある、それぞれ黒髪のサイドテールをしているがお互い髪をまとめているのが左と右でわかれているということ、それだけ。
普通にもっとわかりやすい差別化をしてほしい、喋れば全然違うんだが。
アマルティアは割と冷静な受け答えをする、魔王に対しても敬語を使っている。
ティモリアの方は変な笑い方が癖っぽい、あと考えることが幼稚。
ただどちらも弱い物いじめが大好きという点では共通していてこのままでは俺は女性恐怖症になりかねない。
こいつらに比べたらイスベルグとかナインスとかが可愛く思えてくる。
イルザでもまだマシだな。
このサディスト双子は戦闘方法でも違いがある。
アマルティアは接近戦を得意としているようで腕や足から刃物が生えるというお触り厳禁みたいな危険きわまりない体をしている。
それでネチネチ人をいたぶるのが好きなのだ。
一方ティモリアは遠距離戦がメインのようで距離をとって基本的にはビームを撃ってくる。
まずこのファンタジー世界においてビームとは何事かと言いたくなるが他にどう表現していいかわからない。
だって銃みたいなの生えてくるし。
いや、なんらかの魔法を再現する道具…という可能性もあるか。
何にしろ当たれば死ぬほど痛い。
避けてもなんか爆発するしとにかく最悪。
こんな二人にいじめられてまだ五体満足なのはもはや奇跡。
なにか辛くなってきたな、訓練場の出来事を思い出すのは一旦やめよう。
<ライトボール>すら自由に使えない今の俺。
このクソみたいな場所に閉じ込められた最初の夜は暗闇を見つめてとにかくどうやってここから逃げ出すか考えていた、でも今は違う。
この世界で出会った大切な人たちのことを考える。
きっと今も俺のことを一生懸命捜してくれているのだろう。
その皆が…助けに来るまでじっと耐え忍ぶべきか?
いいやそれも違う。
俺はもう決めている。
俺がやるべきことは…俺の力で魔王をぶちのめすことだ。
俺はこの世界で勇者とか呼ばれている存在ではない。
それどころか何一つ傷つけることはできない訳の分からねえ制約もある。
いつも誰かに肩を貸してもらってなんとかやってきた。
だが、それでも俺一人でやると決めた。
このくそったれ魔王だけは俺が絶対に…倒す。




