それぞれの今6
それぞれの今はこれで最後
オーキッドの誇る魔動技術局。
わしがここの局長になって一体どれほどの歳月がたったか。
局長となって魔動車を初めて見た時はそれは心が躍ったものだ。
寝る間も惜しんでそれがどういう物なのか調べ尽くした。
その結果、バイクという新たな乗り物にも出会えた。
まあこれはわしだけの力ではないがのう。
しかしこれだけ調べても未だに魔動車というものはよくわからん。
特に今年はわからんことだらけだ。
『ノー、そのパーツは基準値を満たしていません、交換を要求します』
「ええいこれも駄目か!まったく注文の多いやつじゃ!」
今わしは喋る魔動車に指示されながら、仕事をしとる。
これは以前ヴォルガーが乗って来た魔動車だ。
今回はディーナが運転してここまで持って来た。
ヴォルガーはどうしたのかと聞いたら、どこにおるかわからんらしい。
なんでもサイプラスで魔王に攫われたとか…
あいつにはバイクの借りがある、わしとしても助けてやりたい。
しかし捜し出そうにもどこを捜せばいいのか分からん状態だという。
ディーナと一緒に来たアイラの嬢ちゃんはイルザ様の力を当てにして神殿へ行ったが、イルザ様からは何の言葉も貰えんかったそうじゃ。
ただそれで気落ちする二人ではなかった。
元々二人、いやマグナも入れて三人がオーキッドに来たのは、わしに魔動車を見せるためだ。
「ティアナちゃんが急に喋り出して技術局に連れて行けって、それでヴォルるんの居場所がわかるって!」
魔動車でここに突っ込んで来て突然そんなことを言われた時、わしは何事かと思ったぞ。
よくよく話を聞いてやると、この魔動車はしばらく何も喋らずコムラードで保管されとったらしいんだが、ヴォルガーが魔王に攫われた後、ディーナたちがあいつを捜すために乗り込もうとしたら急に喋り出したようだ。
詳しいことはディーナたちもわかっとらんかったが、とにかく技術局のわしの元に連れて行けとティアナが延々言うもんだからサイプラスには行かず、ここへ来たということだ。
そして何しに来たのかわしも直接ティアナに聞いたんじゃが…
『魔力センサーのバージョンアップを依頼します、自己判断でのバージョンアップは本社の規定に違反しますが人命優先のためこれが最善策だと判断しました』
「何を言っとるんじゃ…」
相変わらず分かりづらい言葉を使うので、何をしてほしいのか理解するまで難儀したぞ。
「要するにそのセンサーとやらをよりよい物にすればヴォルガーを捜せるという事か?」
『イエス、ミスタブロンなら可能です』
「しかしそんなことを言われてもわしにはそのセンサーとやらがどれなのかすらさっぱり分からんぞ」
『該当箇所についてはこちらが指示します、まず改造に必要な部品を構築するための素材を用意してください、必要な物はMG6000型以上のクリスタル基盤、魔力アンテナ用プリズムライト鉱石…』
「待て待て!どれも聞いたことのない物ばかりじゃ!」
『では他の魔動車から部品を取り出してください』
「他の魔動車を壊せだと!?」
『イエス、必要なことです』
わしが無理だと言っても万事この調子で自分の意見を曲げようとせん。
結局、他の魔動車の一部をバラして何かわからん部品を取り出すことになった。
ヴォルガーの為だと言えば、とりあえず皆納得してくれただけマシだがな。
だがそれだけやっても部品が足らんかった。
代わりに使える物はないのかティアナに尋ねてみたが、この技術局内には無いと言われた。
打つ手なしかと思われたがティアナが次に言い出したのは
『ここにある魔動車が発見されたシェルター内を探索してください、そこに必ずあるはずです』
「シェルター?ダンジョンことか?」
『イエス、現在の呼称ではそうなっています』
つまりこやつは速き鋼の迷宮まで行ってなんだかわからんものをとってこいと言いだしたのだ。
「話は分かったが…あそこの魔物は結構強いからのう…」
「なら我が行こう、ついでにロンフルモンとフリュニエも借りて行くぞ」
わしとティアナのやり取りを聞いておったマグナがダンジョンに行くと名乗りを上げた。
ロンフルモンたちとマグナならば、確かにあのダンジョンでも戦えるだろう。
「戻ってくるまでに我の漆黒号も直しておいてくれ、最近調子が悪い」
「さらっと自分の用事も押し付けよって、まあ構わんが…それにしても短い間にどれだけ乗り回したんじゃ、随分ボロボロになってしまっとるな」
「あちこち行ったからな、それでも壊れず再びオーキッドまでこれたのは作った者の腕が良かったからだろう」
ふん…若造が気を使ったつもりか?
…ま、褒められて悪い気はせんがな。
それからはわしと技術局の者たちは、ティアナの良く分からん指示を毎日聞いて、魔動車の中を改造したり、見たことも無い変な部品を作って日々を過ごした。
勿論、マグナのバイクも直してやったぞい、そっちのほうはわしらが一から作り上げた物だからそう苦労はせんかった。
それにバイクはわしらドワーフ族が乗るためのものを何台か作ったところでもある、構造はよく理解していた。
『今回ばかりは、私が協力してもらっている立場のため、バイクに触ることを許可しましょう』
「バイクはわしらが作ったモンじゃぞ!?なんでティアナの許可がいるんじゃ!!」
『本来ならば全て破壊しているところです』
「バイクが何をしたと言うんじゃ!?」
ティアナはどうもバイクに敵対心を抱いておるようだ。
同じような乗り物同士なんで仲良くできんのかのう。
理不尽なこともあったが作業は少しずつ進んでいった。
マグナたちもダンジョンから何か変なものを拾って帰って来た。
ティアナの指示通りの物を拾ってくるのはなかなか難しかったようで、大半がガラクタというかゴミみたいなもんだった。
恐らく過去の魔道具だとは思うのだが、長い年月の果てにほとんどが原形をとどめておらず、単なる鉄クズにしか見えぬものばかりだ。
「マーくんたち…大丈夫かなぁ」
「平気ですよ、前回なんか今まで誰も到達したことのない階層まで行ったらしいですよ」
「でもロンフルモンさんは杖をつきながらよれよれで帰って来たけど…」
「あの人は少し体力がないだけだってフリュニエさんが言ってましたよ」
ディーナとアイラもほとんどの時間を技術局で過ごし、マグナたちの帰りを待つようになっていた。
神殿に行ってもロリエがおらぬからどうにもならんと言われて追い返されるだけだったようだから仕方あるまい。
もっとも、ロリエがおったところでイルザ様が応えてくれたかはわからんがな…
魔王の噂が広まった後、イルザ様から何か神託があったことは無い。
ロリエが何度呼びかけてもそうだった。
そのことにロリエ自身大分まいっとったな。
サジェスと共に狐人族の女を送ることを許可されたのも、気分転換の意味が大きい。
「よし、今度のはどうじゃ?」
『ノープロブレム、では外部アンテナに私のセンサーを接続してください』
「この言われるまま作ったでかい円盤にティアナの動力部付近にある魔力センサーからコードをつなげばいいのか?」
『イエス、接続後外部アンテナをリンデン王国方面へ向けてください』
「人使いの荒い機械じゃまったく…」
わしは仲間のドワーフ族を呼んでアンテナとやらを持ち上げ、外に向けて向きを変えた。
重さは約2トンを超える巨大な円盤、わしだけで運ぶのはさすがに無理だからな。
これを作るのにもアホみたいな量のミスリルを使った。
ここまでやった以上、なんとしてもヴォルガーを見つけだし、これまでにかかった費用を支払ってもらわんとならん。
最後の調整をしている最中、ふと気になっておったことをマグナに尋ねた。
「のう、今まで聞くのも悪いかと思って黙っとったんじゃが…」
「なんだ?」
「ヴォルガーは魔王に攫われたというのに、お前たち三人はそれほど心配しておらんように見えてな、わしの勘違いならすまんが」
「フッ、そんなことか、あいつがいなくなるのはいつものことだからな、それに魔王ごときであいつがどうにかなるとは俺たちは思っていない」
「そ、そうか…」
マグナは以前にも魔王を一度倒しているらしい。
その話はアイラから聞いた。
だが今度の魔王は人を操る魔法を使うという。
ヴォルガーを助け出すには魔王を倒さねばならないだろう。
しかし操られているヴォルガーがマグナたちの前に立ちふさがった時は…
どうするつもりなんじゃろうか。
わしにはわからんかったが、それをマグナたちに聞くことはできんかった。
別に聞く気がなかったわけではない。
その前にディーナたちが騒ぎ出してしまってな。
『…感度良好、センサーに私の記録している魔力反応がありました』
「ヴォルるんがどこにいるかわかったの!?」
『ノー、ヴォルガーではありませんが、こちらに高速で近づいてくる人物がいます』
なんだ?ヴォルガーではないが誰か技術局のほうへ来てるのか?
皆が技術局の正門に注目していると、砂煙を上げながら誰かが走ってくるのが見えた。
「…ぅおおおおおおおおおいーーーー!あたしが来たぞーーー!!」
あの声は聞きおぼえがあるな、確か以前ヴォルガーたちと共におった…
「あれってタマコじゃないですか!?」
「タマちゃん!?」
「タマコだな」
ああそうだ、確かそんな名の猫人族の女だ。
「みんなーーー!会いたかったーー!」
タマコは物凄い勢いで走ってきて、わしらの目の前で止まろうとして止まれず、そのまま地面を滑りながら医局がある辺りの壁に派手な音を立てながらぶつかってようやく止まった。
死んだか?と一瞬心配したが、すぐに壁からはがれてこちらへ引き返して来たのを見てわしは少し危険を感じてその場から離れ、ティアナの影に隠れた。
「た、タマちゃんちょっとゆっくり!ゆっくり歩いて!」
「おー、そうだった、また止まれなくなっちゃうもんな」
「元気すぎますよタマコは…一体なんでここにいるんです?」
「なんかアイラたち困ってそうだから助けに来たよ!」
「ヴォルガーのことを聞いたのか?どうやってだ」
「ん、ロリエから聞いた!」
そう言ってタマコは正門のほうを指さす。
するとサジェスとロリエが乗って行った魔動車がゆっくりと技術局内に入って来た。
「ティアナ、さっき言っとったのはあのタマコのことか?」
『イエス、タマコは以前ヴォルガー、マグナと共に魔王を討伐しています、戦力になるでしょう』
「あんな子供がか!?」
…しかし頭はあまり良くはなさそうだ、技術局のものには触らせんようにせんといかん。
「このでかいのなんだー?」
そう思った矢先にこれだ、バカでかいアンテナにタマコは早速興味を示していた。
「待て待て、これはヴォルガーを捜すのに使う大切なものだ!勝手に触るんじゃない!」
「はー?」
『ノープロブレム、ブロン、問題は既にクリアしています』
「えーいだからわしに分かるように言え!」
『ヴォルガーを見つけました』
その瞬間、その場にいた者たちが静まった。
魔動車から降りて、ディーナたちと騒ぎ始めていたロリエも、少し疲れた様子でロンフルモンとフリュニエと話していたサジェスも、アンテナに登ろうとしていたタマコも、作業を終えて一休みしていたわしの仲間たちも、皆が静かになった。
「ヴォルガーはどこだ?」
マグナがティアナに向かって問いかけた。
『ヴォルガーの現在位置はここからおよそ1260キロ東、リンデン王国の王都…その地下にいると思われます』
「えっ、えっ、リンデンの王都にいるの?本当に?」
『イエス、私のセンサーに間違いありません』
「「「おおおおおおおおおお!!」」」
歓声が上がった。
本当にこの訳の分からん機械でヴォルガーの居場所を見つけ出したのか。
わしらが作ったこの機械で。
『ミスタブロン』
「ん?なんじゃ?」
『サンキュー…いえ、ありがとうございます』
「おう、これくらいわしらにかかれば朝飯前よ!」
長い事技術局で働いてきたわしだが、機械から礼を言われたのはこれがはじめてのことだった。




