それぞれの今4
シンタロウ視点なので3-2というべきかもしれない
「ナツメさん…あの、苦しいです…」
「あっ、ごめんなさい!」
僕が呻き声をあげるとナツメさんはようやく離れてくれた。
ふう…本当はそんな苦しくはなかったんだけど、ナツメさんの胸が顔にあたっちゃって…
ま、まあとにかく僕から離れたナツメさんは少し泣いているようだった。
一体どういうことなのか全く分からない…僕はナツメさんに何があったのか理由を聞いた。
「私はかつて、アバランシュのブラウン公爵の元でホムンクルスの材料となる者を選ぶ仕事をさせられていました」
ナツメさんの話はとても辛いものだった。
ホムンクルスというのが僕にはよくわからなかったけど、聞く限りでは何か人を使った魔法の実験みたいなもののようだった。
「ブラウン公爵はリンデン王国内だけではなく、オーキッドからも奴隷を買っていたのです…私もそうして買われた奴隷の一人でした」
「そうだったんですか…でも、それならどうして僕のことを?僕はブラウン公爵の屋敷へ行ったことなど一度もありません」
「君のお父さんが街でブラウン公爵の部下と取引しているところを見たんです、その時に君のことも見ました」
僕はあの時、父さんが何を考えてアバランシュまで行ったのか全然知らなかった。
絶対に馬車から出るなと言われ、ずっと荷物に紛れて隠れていたんだ。
「私には他者の魔力が目で見えるんです、そのためごく稀にですが、ブラウン公爵を訪ねて来る者がいたら遠くから見て調べる仕事もさせられていました、それで君が馬車内にいることに気がついたんです」
ナツメさんは僕の姿を直接見たわけではなかった、僕の魔力の色みたいなものを記憶していて、それでさっき話を聞いている内に僕のことを思い出し、魔力を見て確信したらしい。
「ごめんなさい…君が隠れていることを私は報告したんです…ごめんなさい…」
「…仕方ないですよ、言わなきゃナツメさんが酷いことされていたんですよね…それより教えてください!僕の父さんは、あの街で一体何をしてたんですか!?」
「君のお父さんは…どこかでブラウン公爵がやっていることを知り、アバランシュに捕らえられている獣人族を数名の仲間と共に助けにきたのです」
全く知らなかった、父さんがそんなことをやろうとしていたなんて。
「なぜ父さんは僕なんかを一緒に連れて行ったんだろう…」
「…後になって知ったのですが、君のお父さんは魔王教に追われていたようです、だから君を守るためには自分の傍に置いておくしかなかったのではないでしょうか」
「魔王教…」
実際に見たことはないけど名前だけなら僕も知っている。
ジグルドさんたちと旅をしたときに少しだけ冒険者ギルドで耳にしたことがあるんだ。
その時は魔王のことも知らなくてよくわかっていなかったけど。
つまり父さんが僕を連れて旅をしていたのは、僕が魔王教に捕まって人質にされないためだったことになる。
「私が君を見つけてしまったことで…君のお父さんと仲間は窮地に立たされました、元の予定ではその取引は奴隷商人のフリをしてブラウン公爵の周囲を偵察するだけだったのでしょう…ですが正体がバレてしまって…見逃してもらうために何か不利な取引をせざるを得なかったようです」
「不利な取引…ですか?」
「内容まではわかりません、ただブラウン公爵の部下たちが後日、酒に酔って君のお父さんのことを話していました、たぶん…君のお父さんは誰かを捜してくるように言われたんだと思います、魔王教に追われているというのもその時に知りました」
…そうか、きっとそれがザミールで攫ったあの子たちのことだ。
リディオン男爵の娘を攫ってくるように父さんは言われたんだ。
それに何の意味があったのかまではわからないけど…
「取引はそれだけですか?僕のことはどうして見逃したんだろう」
「君を捕まえなかったのは、君のお父さんのことを少なからず恐れていたからです、手を出せば全員が無事では済まないと気づいたんでしょう、それに…君たちが戻らなければ、その時いた獣人族の奴隷を皆殺しにするとでも言ったんだと思います」
僕はナツメさんに、アバランシュを出てから僕と父さんに何があったのかを伝えた。
ナインスさんたちに見つかって、襲われて、戦って、僕以外の皆が死ぬところまで。
もしかしたらまだ僕の知らない何かが分かるんじゃないかと思って。
「ああ!本当にごめんなさい…!私のせいで…!」
「そんなに気に病まないで下さい、父さんたちの死はナツメさんのせいじゃないです、それに僕たちを襲った盗賊…ナインスさんたちのことも今では大切な人なんです、僕はもう誰も恨んだりしていません」
「え…どうして…」
今度はナインスさんたちに攫われてからのことを話した。
そこで死のうと思ったけど、僕を一生懸命助けようとしてくれる人がいて、その人のおかげで人族とも話せばわかりあえると知ることができたと。
「仕方なかったとはいえ、僕たちはリディオン男爵の大切な二人の娘を攫ってしまったんです…それに関係なかったアイ…」
「二人の娘?捜してくるように言われたのは二人だったんですか?」
「え?そのはずですけど…」
アイラちゃんは偶然巻き込まれただけだし…
「それがどうかしたんですか?」
「あ、いえ…ブラウン公爵の部下たちはその捜している誰かのことを『運命の子』と呼んでいたので、てっきり一人だと思って…」
「運命の子?どういう意味なんですか?」
「わかりません…ひょっとしたら私が聞いたのは君のお父さんとは関係ないことだったのかも…」
できる限り、あの時のことを思い出そうとしてみたけど、やっぱり運命の子という言葉に聞き覚えはなかった。
リディオン男爵の娘のどっちかがそうだったのかな?
どっちかまでは分からなくて、それで二人とも攫ったとか?
いやでも…攫ってまで必要な子なら、もっと分かりやすい特徴を父さんに伝えてるような…
「あの…もう一つ…君に聞きたいことがあるのですが…」
「あっ、はい、なんですか?」
黙って考え込んでいたらナツメさんがぼそぼそと小声で話しかけてきた。
「君はルスルスで用事を済ませた後、どこへ行くのですか?」
「えっと、ランちゃんのいた村に寄ってから、神樹の森にある故郷へ帰るつもりです」
「…私も、えっと…」
「…?」
「私も、君について行かせてもらえませんか!!」
「ええ!?」
ナツメさんはまっすぐ僕を見つめてそう言った。
だけど、手足がひどく震えている。
「やっぱり…私なんか死んだほうがいいですか…?」
「そんなこと思ってないですよ!?なんなんですか急に!」
「じゃあ君に着いて行ってもいいですか…?」
「ま、まあ構わないですけど…なんで僕に…?」
「少しでも償いをしたいんです…君のお父さんを死なせてしまった償いを…」
それは別にナツメさんのせいではないと言ってるんだけどなあ…
「ナツメさんはえっと…故郷に戻る予定とかはないんですか?」
「最初はそのつもりでここまで来たんです、でも故郷に帰ったところで私の家族は誰もいません、だから君の傍にいたいんです」
「そ、そうなんですか…僕の故郷には狐人族もいるから暮らしやすいとは思いますけど…あ、ランちゃんの村なら狐人族だけしかいないですよ?住みたいって言えばきっと歓迎してくれます」
「私なんかが傍にいては邪魔ですよね…ごめんなさい、君の都合も考えずに勝手なことばかり言って…わかりました、やはり一人で行きます、一人で故郷を目指して…」
「僕の故郷に住んでくれてもいいですよ!だから一人で行こうとしないでください!」
マグノリアを一人旅なんて無茶だよ!
…タマコちゃん以外は。
「本当にいいんですか?」
「はい、明日になったら僕の仲間たちにもナツメさんのことを紹介しましょう」
「ああ!ありがとうございます!シンタロウ様!!」
また抱き着かれた、こ、困ったなあ…なんで様づけで呼ばれたの…?
勢いで返事しちゃったけど、もしも、ナツメさんまで僕の家に住むとか言い出したらどうしようか…
カズラさんとシレネさんに加え、おじさんたちが出てってからはなぜかタマコちゃんまで僕の家で寝泊まりしてるのに…
ナツメさんの抱擁から解放された後、僕はなんて言おうか考えながら、皆が待つ北門へと戻った。
そして結局、言い出す前にマサヨシさんにお酒を飲まされて、酔いつぶれて寝てしまった。
そんなことがあって、一夜明けた翌日。
「だ、だ、誰よその女~~~~!!」
「シンタロウ君!?どういうことですか!説明してください!」
目が覚めたらカズラさんとシレネさんにいきなりそう言われた。
なんだなんだと思ってたら、どうやら僕は誰かにひざまくらされてテントの外で寝ていることに気が付いた。
誰って?昨日会ったばかりの狐人族…ナツメさんだった。
どうやら僕が呼びに行く前に、自分から来ちゃってたみたいだ…
なんで僕のことをひざまくらしていたのかはわからないけど…
「本日よりシンタロウ様にお仕えさせていただきます、ナツメと申します」
「「はあ!?」」
「シンーーー!朝ごはん作ってーーー!」
タマコちゃんが叫んでいるのが見える。
僕は飛び上がると、その場から逃げるようにタマコちゃんのほうへ駆け寄った。
タマコちゃんの傍にはマサヨシさんもいた。
なぜか死んだようにぐったりして地面に寝そべっている…
「マサヨシさん…おはよう、目は開いてるから起きてるよね?」
「…なぜだ」
「ん?」
「なぜシンタロウばかり…!!」
「な、なにが?」
「お前は俺に恋のなんたるかを教える師匠だろ!たまには弟子に譲れよ!一人占め反対!!」
「何言ってるのかわからないよ…」
よく分からないマサヨシさんはそっとしておいて僕は朝ごはんの支度にとりかかった。
ナツメさんが一緒に支度を手伝ってくれた。
結構手際がよかった、おかげで早く皆のご飯が作れたよ。
だというのに、カズラさんもシレネさんも、なぜかマサヨシさんみたいに死んだようになってしまった。
タマコちゃんはいつもと変わらず、元気におかわりをしていた。
「ねえシンタロウー、昨日のサジェスって人が来てるんだけどー」
ランちゃんがサジェスさんを連れて街のほうからやってきた。
どうやらナツメさんのことをサジェスさんからも改めて僕たちに頼みに来たみたいだ。
「本当良かったわ、ナツメさんのこと任せられそうな相手が見つかって」
「昨日会ったばかりの僕で本当にいいんですか…?」
「ええ、昨日本人からシンタロウ君たちについて行きたいって聞かされたときは驚いちゃったけど、一緒に朝食を作るくらい仲がいいなら大丈夫そうね、それにここなら狐人族のランちゃんもいるし安心だわ」
「はいっ、安心してくださいサジェスさん、私はもう平気です!」
ナツメさんが嬉しそうに僕の腕をとって自分の腕と絡ませる。
なんでこの人、こんなに距離が近いんだろう…
「僕…猫人族ですよ?」
最後の確認のために、サジェスさんとナツメさんにそう言った。
昨日、僕は聞いたんだ、ナツメさんを騙して奴隷にしたのが猫人族と人族の冒険者パーティーだって。
「そうね、でも君はあいつの友達なんでしょ、だったら信用するわ」
サジェスさんは誰とは言わなかったけど、それはきっとおじさんのことだろうなとなんとなくわかった。
そうだよね、おじさんならきっと、ナツメさんが困っていたら助けたはずだよ。
今ここにおじさんはいないから、僕が助けるんだ、それでいいよね。
「ところで、昨日の約束なんだけど」
「あ、そうでしたね…どうしましょう、場所変えた方がいいですよね」
「いえ、ちょっとロリエ様が今朝早く呼び出されて今いないのよ、それがいつ終わるかわからなくてね…だから君たちがいつまで街に滞在してるか聞きに来たのよ」
「僕たちはえっと…ランちゃん、いつまでいる予定になってる?」
「んぐんぐ…えーとねー、昨日の内に私たちが持って来た物は全部売れたから、今日は必要なものを買って、帰るための準備をして、あと自由行動かなー、あ、私たちの村の場所を行商人に伝えてない!今日は村に来てくれそうな行商人をさがさなきゃ!」
ランちゃんがパンをかじりながら教えてくれた。
出発は早くても明日以降になりそうだった。
「そう、それじゃまだ時間はあるわね、ロリエ様が戻ってきたらまた改めて…」
「おーーーーい!サジェーーース!!」
「あら?ロリエ様の声だわ、案外早く用事がすんだみたい」
街の北門からとてとてと女の子が走って出てきた。
兵士らしき人が数名、慌ててその女の子の後をついて来てる。
「そんなに急いでどうしたのよ?」
「はーはー…いや実はな、さっきの用事はイスベルグから通信クリスタルでわちし宛に連絡がきておったのじゃ」
「あー…とうとうイスベルグ本人からきちゃったかー…怒られた?」
「怒られたわけではないのじゃ!!ただし、大至急戻ってこいとは言われたのじゃ」
なんだかサジェスさんとロリエさんでよくわからない話をはじめている。
ここで話しても大丈夫なことなんだろうか…たぶん、僕たちの中で気にする人はいないだろうけど…
「大至急?向こうで何かあったの?」
「イルザ様と話がしたいと言ってディーナたちが来ておるらしい、ただしわちしがおらんので少々神殿の者と揉めておるようなのじゃ」
「なんでよ?ディーナさんがいるってことはヴォルガーも来てるんでしょ?あいつがいて駄目ってことはないでしょ」
「いや…それが…ヴォルガーはおらぬらしい、来ているのはディーナとアイラとマグナの三人だけなのじゃ」
え…?おじさん…アイラちゃんたちと一緒じゃなかったの…?
「ヴォルガーなんでいない!」
タマコちゃんがご飯を食べる手を止め、立ち上がった。
「や、やめいタマコ、わちしの頭を掴むのはやめるのじゃ!」
「なんで!!」
「わちしもよう知らぬのじゃ!!詳しいことはわちしらが帰ってから話すと言われておるのじゃ!」
「うーーー!」
「…通信クリスタルでも言わなかったってことはよっぽどのことよね…」
「恐らく…ヴォルガーに何かあったのは間違いないのじゃ」
「あーーーー!!」
タマコちゃんが頭を抱えて地面を転げまわる。
わかるよ、おじさんのことが心配なんだよね。
「タマコちゃん」
「う?」
「行っておいでよ」
「シン…?」
僕はタマコちゃんの手を取って、立ち上がらせた。
「おじさんのこと、助けたいんだよね?」
「うん…でもシンたちが…」
「僕たちのことは大丈夫」
「そーそー、タマコ一人くらいいなくなってもなんとかなるから」
ランちゃんがタマコちゃんの背中を押した。
「おう、シンタロウのことは俺が必ず無事に村まで送るから心配すんな」
「私のほうがマサヨシより頼りになりますし」
「シレネよりカズラ様のほうが頼りになりますし」
マサヨシさんたちもいつの間にか起き上がってタマコちゃんに声をかけていた。
その三人の後ろで馬の面倒を見ている兎人族の人たちも、こっちは任せろ!と腕を曲げて力こぶを作って見せる。
「村についてからはこのナツメがシンタロウ様の家で誠心誠意、住み込みで働かせていただきますから安心してください!」
「は?おいおい、新入りが何調子乗ってんの?」
「これには温厚なシレネさんもびっくり、驚きを隠せませんよ?」
あ、あの…今喧嘩しないで欲しいんだけど…カズラさんとシレネさん…
というかナツメさんはやっぱり僕の家に住むつもりなんだ…
「あたし、行ってきてもいいのか?」
「うん、この中で一番強いのはタマコちゃんだから、弱い僕の分までお願いするよ」
「わかったぞ!!!!」
「勝手に決められても困るんじゃが…まあよい!それではわちしらは早速オーキッドの街へ戻るのじゃ!達者でな!ナツメ!!」
「ロリは走るの遅いからあたしが持つ!行くぞーうおおーー!」
「ぎゃーーーー!」
あっという間にタマコちゃんはロリエさんを担いで街の中へ走り去っていった…
「あーもう!私がいかないと魔動車が動かせないでしょーが!ええと、それじゃ急なお別れで悪いんだけど、元気でねナツメさん!」
「はい!いつかまたお会いしましょう、サジェスさん!」
「ええ!それじゃ!シンタロウ君たちも元気でね!」
サジェスさんも慌ててタマコちゃんの後を追いかけて行った。
おじさん…何があったのかわからないけど、きっと無事だよね。
僕はタマコちゃんと共に行くことはできないけど、僕にできることをするよ。
おじさんが残していったものを決して絶やさない、それが僕の戦いだ。




