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それぞれの今1

ようやく日本は台風に許されたと信じる

 私の名前はナツメ、狐人族の女です。


 マグノリアのとある村で生まれた私は、両親の死を機に村を出てオーキッドへと渡りました。

村のことが嫌いだったわけでも、オーキッドで何かしたいことがあったというわけでもありません。

ただ、時折村に訪れる行商人から、別の国の話を聞いてるうちにいつか自分も行ってみたいと思うようになっていただけです。


 親切な犬人族の商人さんの一行に加えてもらってオーキッドにたどり着いた後、まず私は冒険者というものになってお金を稼ぐことにしました。

村ではお金を使ったことがなかったので、どうやってお金を稼げばいいかわからないと商人さんに相談したところ、そのように教えてもらったんです。


 冒険者には簡単になれました。

冒険者ギルドでうろうろしていたら受付の女性が丁寧に色々教えてくれて、私は「はい、はい」って頷いてるだけで色々手続きしてもらえたんです。

その方は人族でした。


 私の両親は、人族のことをあまり信用するなと生前何度も言ってました。

しかし実際に話してみたら、いい人たちばかりだったんです。

だから冒険者になって、人族の冒険者の方からパーティーに入らないかって誘われた時、嬉しくてすぐにご一緒させてくださいって返事をしました。


 私のいたパーティーは人族の男性が一人と、猫人族の女性が二人いました。

女性のほうが多かったから安心したのもあります。

実際、共に行動するようになってから毎日が楽しい日々でした。


 三人はそれなりに冒険者として経験を積んでいて、最初どうして私みたいな新米を誘ったのかわからなかったんですけど、理由をたずねると、私が受付の人に光魔法が使えるって話をしていたのが聞こえたから誘ってくれたのだとわかりました。

なんでも光魔法が使える人は大抵アイシャ教の神官になっちゃうらしくて、冒険者の中では光魔法が使える人は貴重な存在らしいです。

私が使える光魔法は<ヒール>くらいしかなかったのにも関わらず、三人とも私の加入をすごく喜んでくれました。


 パーティーに加わってからひと月ほどたった頃、私は三人とすっかり打ち解けて何でも話せるような関係になっていました。

三人ともオーキッドの生まれだったので、私のつまらないマグノリアでの話も面白いと言って聞いてくれました。

私にとっては何の変哲もないことも三人には新鮮だったんです。

私がオーキッドに来て、何もかもがそうであったように。


 だからつい、もっと仲良くなりたくて、私は自分の秘密を話してしまいました。

狐人族は魔力が目で見えるんだよ、だから魔物が隠れて近づいてきてもわかるのって。


 三人とも凄いって驚いて、褒めてくれました。

期待していた反応がかえってきて、私は嬉しくなりました。


 その話をして数日後でしょうか、私たちのまとめ役だった男の冒険者が、急に別の街を拠点にしようと言い出しました。

それまで私たちはオーキッドの最北端にある街を拠点に活動していたのですが、南に行けばもっと良い仕事があるからそっちで活動しようということでした。


 私は今の生活でも十分だったのですが、猫人族の二人も街を移動することに賛成していたので何も反論せず、大人しく三人について行くことにしました。


 そして、何日か旅を続け、ある街の宿に泊まった時…私は攫われました。

いつも猫人族の二人と同じ部屋で寝ていたのに、夜中に物音がして目覚めると部屋には私しかいなかったのです。

二人はどこへ行ったのだろうと思う間もなく、突然部屋に入って来た男たちによって私は袋のようなものに放り込まれ、気絶させられました。


 気が付くと私は…奴隷になっていました。

私を攫った者たちが笑いながら教えてくれました。

お前は仲間に売られたんだ、あの三人は元々、マグノリアにいる獣人族を捕まえて売る仕事をしてるんだよ、と。

 

 頭が真っ白になって…泣き喚いて、うるさいと殴られて、これからどうなるのかと絶望して、何も考えなくなってただ言われるままにしていたら、私はいつの間にかリンデン王国のアバランシュという街まで連れてこられていました。

そこの領主であるブラウン公爵という人が私のことを買ったんです。


 ブラウン公爵は、一言で言うと狂気に満ちた人物でした。

彼は病で亡くなった自分の息子を、ホムンクルスと呼ばれるものを使って蘇らせようとしていたんです。

亡くなった息子の心臓を拠り所にしてホムンクルスを作れば、それに息子の魂が宿ると本気で信じていました。


 屋敷の地下でそれを作る光景を見せられた時、私の心は完全に折れました。

私もそれを作る材料として連れてこられたのだと考えたとき、ただひたすらに、なんでもするので殺さないで下さいと懇願しました。


 私の願いは奇跡的に受け入れられて…いえ、あの場で殺されていたほうがきっと良かったのでしょう。

なぜなら、私の役目はホムンクルスの血肉になることではなく、私の目で魔力をたくさん持った人をホムンクルスの生贄として選ぶことだったのですから。

私が選んだ人が、喉を切られて、逆さ吊りにされて…死ぬまで血を…


「ナツメさん、顔が真っ青だけど大丈夫?」


 名前を呼ぶ声に顔を上げると、人族の女性が私のことを心配そうに見つめていました。


「慣れない物に乗ったからやっぱり酔ったのかしら?」

「あ、え、ええと…そう、かもしれません」


 彼女はサジェスさん。

オーキッドの街にある医局というところで働いていて、とても優しい人です。 

私がブラウン公爵の屋敷から助け出され、オーキッドに来た後ずっと私の面倒を見てくれました。


「少し横になったら?」

「だ、大丈夫です、こうして座っていれば平気ですので」

「そう?無理しなくていいわよ」


 私は今サジェスさんと共に、かつて私が冒険者として拠点にしていたオーキッド最北端の街『ルスルス』というところにいます。

私が治療を受けて、まともに話せるようになって、ふと故郷に帰りたいとサジェスさんに話したら、なんとここまで魔動車という不思議な乗り物で連れてきてくれたんです。


「それより、本当に良かったのですか?私などのためにサジェスさんがわざわざ魔動車を使う許可までとって…いつも忙しいのに…」

「いいのよ、最近は他の人に任せられることも増えたから、それに私くらいの権限がないと魔動車を使う許可が降りないのよね」

「すみません…」


 私は当初一人でマグノリアへ向かって旅をするつもりでした。

でもサジェスさんがどうしてもそれは駄目だと言って許してくれなかったんです。

せめて護衛を付けるか、商隊に混ざって行くべきだと。


 それに対して私は、もう誰かと共に旅をするのは無理だと返しました。

かつて仲間に騙されて奴隷として売られたことをサジェスさんに打ち明けたのです。


 すると、サジェスさん自身が共に行くと言い出してしまって…

サジェスさんのことは信用しています。

この人は本当に優しい人です。

私がおかしくなっていたとき、何度もこの人に酷いことをしました。

私の治療のために部屋を訪れてくれたのに出て行けと喚き散らして追い返したり、持ってきてくれた食べ物をいらないと言って投げつけたこともあります。

なのにサジェスさんは私を見捨てず、ずっと世話をしてくれました。


「はいはい、謝らなくていいから、とりあえずお茶でも飲んで一息入れましょう、私ちょっと宿の人に頼んでくるわね」

「あっ、あの、それでしたら、私はサジェスさんの入れてくれたお茶のほうが…」

「ん、わかったわ、じゃあお湯だけもらってくるわね」


 つい図々しいお願いをしてしまいましたが、サジェスさんに何も変わった様子はなく、少ししてお湯の入ったポットを持って部屋に帰ってきました。

そして荷物の中からお茶の葉が入った入れ物を取り出して、手際よくお茶を入れてくれました。


「はいどうぞ」

「ありがとうございます」


 何もしなくて悪いなとは思うのだけど、サジェスさんが入れたほうが美味しいんです。

だからお茶を入れてもらうときだけは、黙って大人しく待つことにしています。


「…はぁ、本当に美味しいです」


 一口飲んで自然に心からそう言葉が出ました。


「…ふふ、毎回言うわよねそれ、このお茶よほど気に入ってるのね」

「だって、これは本当に凄いですよ、お茶なのにとってもいいお花の香りがして、それに飲むと気分がすごく落ち着くんです」

「見た目もいいわよね、今は陶器のポットだからわからないけど」

「そうなんです!医局にあったガラスのポットだとまるで水の中に花が咲いてるように見えるのがとっても素敵で…ここにも同じものがあればよかったのに」

「あれ、持ってくればよかったかしら、お土産に一つあげればよかったわね」

「と、とんでもないです、あんな高価なもの頂けません!」


 口ではそう言いつつも、欲しいという気持ちが心の中でぐるぐる行ったり来たりしています。

こんなに何か欲しいと思ったのはきっと、生まれてはじめてです。

その気持ちをごまかすように私は言葉を続けました。


「サジェスさんは本当に凄いです、お薬だけじゃなくて、こんなにも可愛くて美味しいお茶にも詳しいんですから」

「…言ってなかったかしら、それ考えたの私じゃないのよね」

「えっ、そうなんですか?でもこんなに素敵なお茶はサジェスさんのところでしか見たことありません」

「前に、技術局に少しの間顔を出してた旅人がいて…その人に教えてもらったのよ」

「てっきりサジェスさんが考えたものだと思っていました」

「やめてよ、こんな洒落たもの私には全然似合ってないでしょ」

「そんなこと無いと思いますけど…でもきっと、その旅人の方もサジェスさんみたいに素敵な女性だったのでしょうね」


 私がそう言うと、サジェスさんが「ぶふっ」と飲みかけのお茶を吹き出しました。

…あれ、何か変なことを言ったでしょうか。


「残念だけど、そのお茶を考えて作り出したのは男よ」

「えっ?」

「しかも作っておいてやっぱりコーヒーのほうがいいわ、なんて言ってたわね」

「ええっ!?コーヒーってあの…確かロンフルモンさんが一度持ってきてくれた苦いお茶のことですか…?」

「そう、私もまあ嫌いではないけどね、徹夜するとき飲んでたりするから」

「私はちょっと…あれはもう飲めそうにないです…」


 私はこのお花のお茶は毎日でも飲めるけど、コーヒーだけは二度と飲みたくはならないと思います。

コーヒーを広めようとしていたロンフルモンさんには悪いですけど…


「こんなに素敵なお花のお茶が作れるのに、コーヒーのほうが好きだなんて、少し変わった人なんですね…」

「男のくせにやたら花に詳しかったわ、後そう言えば、ナツメさんと同じで光魔法の使い手でもあったわね」

「光魔法の…それで旅人ということは冒険者なんですか?」

「ええ、見た目は全然強そうじゃないんだけど、実際は…なんていうかちょっと異常で、ダンジョンの魔物と戦って全身を炎に包まれて装備が全部燃え尽きても素っ裸で平気な顔してたりとか」

「…えっと、人、ですよね…?」

「一応ね、でもイスベルグに殴られても平気らしいから…うーん、改めて考えたら物凄くおかしい人に思えてきたわ…体が鉄かミスリルで出来てるのかしら…?」

「そんな人はいないと思いますけど…」


 イスベルグさん、というのが誰かわかりませんが、とにかくサジェスさんの話からは全くどんな人か想像できませんでした。

気になってもう少しその人の話を聞いたのですが余計にわからなくなっただけです。

料理上手で子供の面倒をみるのも得意で…魔道具も作れてさらに個人で魔動車を持っていて最終的にマグノリアへ仲間と共に旅立ったそうです。

猫人族の女の子を故郷の村へ送り届けるために。


「人族なのに獣人族のためにマグノリアへ行ったんですか…なんだかサジェスさんと似てますね」 

「やめてよ、私までおかしいみたいじゃないの、それに…私がマグノリアへ行けるかどうかはまだわからないわ」


 そうでした…サジェスさんはオーキッドの重要人物です。

そのため簡単には国外へ出られません。

最初は魔動車でこのルスルスまで送ってもらうだけの約束でした。

でもやっぱりここから私一人で行かせるのは不安だって言って、魔動車ごと国外へ出るための手続きをすることになって…


「…この際正直に言うけど、魔動車ごとは難しいかもしれないわ…基本的に魔動車を国外へ持ち出すのは禁止されているから」

「あの、やっぱりここまでで十分です、この先は私一人でなんとかします、もうこれ以上サジェスさんに迷惑をかけるわけには…」

「魔動車が無理なら馬車でも歩いてでも一緒に…と言いたいところだけど、そうなると私ってただ足手まといなだけなのよねぇ、やっぱりこの辺で信頼できる護衛を見つけるしか…」

「本当にもう、十分すぎるほどよくしてもらいましたから、大丈夫です」

「そう言って一人で行く気でしょー?」

「それは…その、そうですけど…」

「…ねえ、ナツメさん、色々つらいことがあったのは…忘れられないと思うけど、せっかく助かったんだからもう死んでもいいなんて思わないで」


 突然、サジェスさんが落ち着いた声でそう言いました。

私は内心を見透かされたようで息がつまりました。

確かにそう思っていたんです。

この先別に、いつ死んでもいいかなって。


「私はまだナツメさんとお別れしたくないわ、この先何年後になるかわからないけど、自由に私がマグノリアへ行けるようになったら、もう一度ナツメさんと会いたいって思ってるんだから」

「サジェスさん…」

「それで、その時はナツメさんの故郷にある花でお茶を入れてもらって二人でそれを飲みながらお話するの、どう?素敵でしょ?」

「…はい!」


 思わず涙がこぼれそうになって、服の袖で顔をぬぐいました。


「…さて、そのためにそろそろ北門の様子を見に行きましょうか」

「わかりました」


 私とサジェスさんは出かける支度を整え、宿を出ました。

街の北門はすぐ近くにあります。

今頃そこで、この旅に付き合ってくれたもう一人の女性が頑張ってくれているはずです。


 私とサジェスさんと共にここまで来てくれたその人の名前は、ロリエさんと言いました。  

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