お嬢様の危機
いろいろな危機
嫌なテンションの女神と夢の中で一緒にアニソンを熱唱した俺は、ウィンドミルを去る前に一度ナティア家に戻った。
さすがに世話になった家に何も言わず発つわけにはいかないからな。
ただ神殿で二度寝してしまったのでナティア家に着いた頃には完全に日が昇り、ランチタイムになってしまっていた。
そこで昼食でも取りながら皆で話をしようということになった。
ルビーさんに案内されつつ、俺は食堂のテーブルにつく。
「ルビーさん、ディムが先にこっち来なかった?」
「はい、午前中に旦那様と会われて二人きりで話をされました、1時間ほどでしょうか、その後は冒険者ギルドに用事があるということでお帰りになられました」
「そうなんだ…」
ディムは忙しそうだなあ、俺が二度寝してる間にあっちこっち行ってなんやかんやしてるらしい。
俺がもうすぐウィンドミルを発つこともあらかじめナティア家の人に伝えてくれていたし。
「ところでミュセがいないみたいだけど、あいつはどこへ?」
「プラム様を迎えに実家のほうへ行っているはずです、その内ここへ戻ってくるかと」
「実家…ああ、プラムの妹がいるところか、街中でも迎えに行かなきゃ迷子になるのかあいつ…」
俺はプラムとミュセと一緒にウィンドミルを発つ予定になってる。
今朝起きたらディムからの手紙が置いてあって、そんなことが書いてあった。
ここから先ディムは一緒には来れないらしい、よく分からないがあちこち飛び回っていたツケがたまっていてしばらくウィンドミルから離れられないとのこと、まあ恐らく仕事があるのだろう。
「あと、向こうでウルカと談笑してるエルフ族の男、気のせいか見覚えがあるんだけど」
「クレオ様です」
「ですよね、あいつは何しに来てるの?」
「…私は存じ上げませんが、恐らく自慢話をされにきたのでしょう、ああして旦那様にずっと自分の果樹園について語っておられます」
うわー、もう会わねえと思ってたのになぁ。
人の家に来てまで自慢したいのか…たぶん昨日、石板の話をしたせいだよな…
アリムさんから受け継いだ果樹園というのがよっぽど嬉しかったのか。
それが真実かどうかは知る由もないけど。
うわっ、どうしよう、様子を見てるとうっかりクレオと目が合ってしまった。
途端にクレオは席を立ち、ずかずかとこちらへ歩み寄ってくる。
「おい、ウルカの家で寝泊まりしていると聞いたからわざわざ足を運んでやったのに、遅いぞ」
「遅いとか言われてもな、別に約束も何もしてないだろ」
「相変わらず生意気なやつだ、だが昨日の功績に免じて特別に許してやろう」
「それはどうも…それで何?俺はこれから昼飯食べるんだけど」
「今日は僕の果樹園で取れた果実を持ってきてやったんだ、僕に感謝しながら味わうといい」
「あ…え…?あ、ああそうなの?それはそれは…ありがとう」
俺が礼を述べるとクレオは高笑いをあげながらさっきまで自分が座っていた席に戻っていった。
やはりあいつも飯を食うらしい。
何かネチネチ言いに来ただけかと思っていたが、食材を持ってきてくれたということは、あいつなりに俺に対しお礼をしたかったということなのだろうか…?
態度がでかいので分かりづらいが、もしそうならば俺はクレオと少し仲良くなれたということか。
別に仲良くしたいと思ったこともなかったので正直微妙な気持ちでいっぱいだ、喜んでいいのかどうかわからない。
やがてウルカちゃんの奥さんとか、セサル様も来て席についた。
最後にお嬢様が来て、なぜか俺の隣の席に座る、今までお嬢様は常にセサル様の隣で俺の向かいになる席に座っていたのに、急にどうした。
なんか食べづらいなと感じてる間に食事が運ばれて来た。
ルビーさんが給仕をしてくれている、これはいつものことなので変わりはない。
「まあ、美味しそうですわ」
目の前に置かれた料理を見てお嬢様が声を上げた。
俺も自分の前の皿を見る、確かに美味しそうだ、サラダなんだけど色とりどりの果実が刻んで混ぜてある、フルーツサラダというところか。
「そうだろうそうだろう!!」
クレオがまた笑っている、どうやらこれがやつのお土産らしい。
笑い声がうるせえことを除けば満点だな。
どれ早速一口、とフォークに野菜とフルーツを突き刺したところでお嬢様から話しかけられた。
「ねえ、本当にもうウィンドミルを離れるんですの?」
お嬢様を見る、なんか…悲しそうな顔をしている、むっちゃ答えづらい。
…おかしいな、確かに結婚を申し込まれはしたけど、俺ってそこまでお嬢様に好かれていたんだろうか?
ミュセ的には、お嬢様は俺と無理やり結婚させられるみたいなそんな話だったはずなんですけど。
「ヴォルガー、せめてもう少しここに…またいつおかしなことが起きるかもわかりません、わたくし不安なのですわ」
それは、まあそうだな…結局メイドがおかしくなってからこの家は何も起きてはいないけど、何も解決はしていない。
あー、エストにそこら辺聞けばよかったなー…人を操る魔法とかあるのかって。
どうでもいい話に疲れすぎて全然頭回ってなかったわ。
頭がはっきりして改めて考えるとあいつに俺がホムンクルスって打ち明けたのも良かったのかどうか物凄い不安になってきた。
「聞いてますの?」
「ああ、聞いてるよ、お嬢様ごめん、俺は…」
やっぱり待ってくれてるであろう仲間のところへ帰りたいから、と言いたかったのだけどそんな泣きそうな顔をされると滅茶苦茶悪いことをしているような気分になるのであのもう、なんで?どうしたらいいの?
ごまかすために俺はサラダを口に入れた。
ああ…オリーブオイルとビネガーが効いてるレタスと紫たまねぎに、これはヒユナかな、それとシャリシャリした食感の果物が非常にマッチしてて大変美味しゅうございますです。
口をもごもごさせながら現実逃避している俺。
これお嬢様から見て今どういう風に見えてるんだろうな。
何かいいかけて突然サラダを食いだす男、意味はわからないよな。
ああ…もう眩暈がしてきたような気すらする、一体なんだって言うんだ…
「な、なにがおかしいんですの」
お嬢様の表情が変わった、悲しそうというより若干引いてるような顔だ。
別になにもおかしいことはないんだけどそう言われるってことは俺は笑っているのか?
そんな意識全然ないんだけど…
そこでふと我に返った。
慌てて口もとに手をやってシャリシャリやってた物体を吐き出す。
おいこれ…何でこれが…
「皆!食事をやめろ!絶対食べるな!」
俺は席を立ち叫んだ。
全員が驚いて俺に注目している。
「このサラダがどうかしたのかい?」
「セサル様、これにはシャブの実が入ってます」
「シャブの実…?聞いたことがないな、果実か?」
セサル様は知らないようだが間違いなく俺のサラダにはシャブの実が入っていた。
「シャブの実だと?まさかマグノリアで採れるあれか!」
ウルカちゃんはシャブの実を知っていたようだ。
「クレオ!どういうつもりだ!これはお前が持って来た果実が入っているのだろう!…おい、クレオ?うおっ!?」
「う、うわあああああ魔物だあああああ!こっちへ来るなああああ!風よ!我が呼び掛けに…」
「何を言っている!?魔物などここにはおらん!落ち着け!」
ウルカちゃんに詰め寄られたクレオが急に騒ぎ出した、魔法まで使おうとしている。
あ、あいつ…食っちゃってるじゃん…
果樹園経営してるくせに真っ先にシャブの実食っちゃってるじゃん!
「はっっ!!」
「ぐへえっ!?」
クレオは背後からルビーさんの鉄拳をくらって意識を失った。
あっという間の出来事だった。
俺はクレオに近づき<キュア・オール>をかけておいた。
「なぜ魔法をかけたのです?」
「ちょっと待ってクレオのサラダを調べるから…あった、やっぱりシャブの実だ」
「そのシャブの実というのはなんなのですか」
「シャブの実はマグノリアでしか育たない特別な果実だ、人が食べると発狂しいずれ死に至る」
俺の代わりにウルカちゃんがそう答えてくれた。
「毒物ということですか!?」
「そう、だから毒を取り除く魔法をクレオにかけた、これで目が覚めたら正常になってると思う」
「…クレオ様の仕業ではなさそうですね」
「自分で食っちゃってるからね」
「厨房を見てきます!!」
ルビーさんが食堂を飛び出して行った、この料理を作った料理人を捕まえるつもりだ。
「わたくしも行きます!!」
「待てカルル!…くそっ!」
ウルカちゃんが止めるのも聞かず、お嬢様も飛び出して行った、なんでや。
「ヴォルガー!父上と母上には僕がそばについている、君はカルルとルビーを追ってくれないか」
「わかった、じゃあこの白目向いてるクレオは任せる」
俺はクレオを床にごろんと転がして二人の後を追った。
お嬢様にはすぐ追いついた。
「なんでお嬢様が行っちゃうんですか、危ないかもしれませんよ」
「…だって許せなかったんですもの!」
「まあ…家族が先に食べてクレオみたいになってた可能性もありますからね…」
そこから先、お嬢様は何も言わなかった、相当怒っている様子。
とりあえず俺はお嬢様と一緒に厨房まで走った。
厨房の扉を開けるとまずルビーさんの背が見えた、そして締め上げられて足をプラプラさせてる料理人のおっさんの顔。
周囲には狼狽えている他の料理人たち…ん…?
「ルビーさん危ない!!」
一人の料理人が大きな寸動をルビーさんのほうへ蹴飛ばした。
湯気のたつスープが鍋から跳ね上がる。
「あっつ!あっつ!魔法で防げばよかった!」
咄嗟にルビーさんをかばってスープを浴びたのだが、予想以上の熱さにびっくりした。
「ヴォルガーー!このおっ!よくもヴォルガーをっ、覚悟!…え…」
寸動を蹴飛ばした料理人はお嬢様が抜いた剣が届く前に、自分の眉間にナイフを突き立て、そのまま仰向けに倒れた。
「ひいいいいいいいっ!?」
「うわあああああっ!!」
料理人たちが悲鳴を上げる。
「な、しまった!」
それに一瞬気をとられたルビーさんが、締め上げていた料理人に蹴飛ばされた。
自由を取り戻した料理人のおっさんはすかさず厨房の裏口を開け、外へと逃げる。
「く、二人いたのですか、逃がすわけには行きません!ヴォルガー!魔法で援護しなさい!」
「わ、わかった」
俺はルビーさんに呼ばれるまで血しぶきを上げて倒れた料理人を見ていた、助けようと思っていた。
こいつとは一緒に炊き込みご飯を作った仲でもあった。
だけど、俺が近づいた時にはもう死んでいた、一体どうして…
訳が分からないが厨房の外にルビーさんと共に飛び出す。
お嬢様も後ろからついてきている。
厨房の裏口は庭がある、料理人の男はそこをものすごい速さで走り抜けていた。
チラっと顔を見たけどあいつも以前からナティア家にいる料理人のはずだ。
「ちょっと失礼、<ウェイク・スピード・サークル>」
俺はルビーさんとお嬢様の手を取って自分の傍に寄せると走りながら魔法をかけた。
魔法によって俺たちの足は急激な加速を生んだ。
だというのに、料理人の男と距離が縮められない。
あの男はそれほどまでに尋常では無い速度で走っていた。
彼は実は魔法とか使えるのか?とルビーさんに聞きたかったが会話する余裕すらない。
無言で相手を追い続ける内に、広いナティア家の庭を抜け、俺たちは街中へと出てしまった。
そして料理人の男が細い路地に入り、角を曲がる。
それを追いかける、曲がった先は二つに道が分かれていた。
「はぁ…はぁ…見失いましたの?」
「たぶんどっちかに行ったと思うんですけど…」
「…私は左へ行きます、ヴォルガーは右へ行きなさい、なんとしても捕まえるのです」
有無を言わさない感じでルビーさんから命令された。
でもこれは問題がある、俺一人だと例え追いついたとしても捕まえられるかどうかわからないのだ。
殴る蹴るができないのは勿論のこと、相手にしがみついて動きを封じるという行動が果たして攻撃とみなされないかどうか判断できない。
「あの一人だと厳しいんでここはひとつ一旦皆で左に」
「何を情けないことを言っているのです!!貴方ならばできるでしょう!!」
「あっ…はい…」
ルビーさんが怖かったので俺は右の通路へと走り出した。
どうしようこっちにいたら…どうやって捕まえれば…
「わ、わたくしが…一緒に行ってあげますわ…」
気づいたらぜぇはぁ言いながらお嬢様が着いてきていた。
ルビーさんと一緒に行かなかったの!?
「召使いは強いくせに、どこか…情けないところがありますから…わたくしが助けて…差し上げますわ…」
大分息あがってるけどお嬢様…
でもまあこれで、なんとかなりそうだ。
申し訳ないがもう少し頑張って走ってもらおう。
狭い路地を走り抜け、人通りの少ない道へと出た。
見晴らしはいいが、辺りは誰もいない、こっちはハズレだったか?
「お嬢様、一旦戻ってルビーさんと合流…は、すぐには無理っぽい…ですね」
お嬢様は下を向いて、両手を膝に着き、汗を垂らしてぜーはー言っていた。
<ウェイク・スピード>ありでの全力疾走はお嬢様にはまだきつかったようだ。
「…召使いが…おんぶ…して…ですわ…」
お嬢様からそんな提案をされるとは予想外。
確かにそれが手っ取り早そうだとは思ったけれども。
「じゃあおんぶしますよ」
俺は背中にお嬢様を背負った。
「あの剣がガツガツ当たって痛いんでそれ俺が持ちます」
「…わかりましたわ…召使いが持ちなさい…」
素直に剣を渡してくれた、ていうか完全に召使い呼びに戻ってるな。
余裕がなくなるとそうなるんだろうか。
俺もあんまり余裕がなかったけどお嬢様を見て逆になんか落ち着いてきたわ。
「それじゃお嬢様」
「ええ…いや、待つのですわ!向こうに誰かいますわ!!」
「向こうってどこです?」
「こっちですわ!!」
お嬢様に頭を掴まれてグイっと右上のあたりに無理やり視線を動かされた。
そこは建物の屋根の上で、確かに言われた通り誰かいる。
黒ずくめの怪しい連中がいっぱい。
そいつらは次々屋根の上から飛び降りてきて、あっという間に俺を囲んだ。
全員が黒いマント姿で顔には布を巻いて覆面をしている。
「な、なんですの貴方たちは…」
「………」
黒ずくめの集団は何も答えないまま、じりじりとこちらに近づいてきている。
どう考えても味方的なやつでは無いと思う。
「召使い…」
お嬢様が俺の背中にぎゅっとしがみついた。
不味いな…期待されてると思うんだけど俺には攻撃手段がない。
お嬢様を支援して俺の代わりに戦ってもらうしかないんだけど…
「逃げますよ」
お嬢様を背負ったまま<ディバイン・オーラ>を唱えて、通り抜けてきた路地とは逆方向へ走り出した。
この状況でお嬢様一人支援して無事に相手を全滅させられるかどうかわからなかった。
俺が走り出すと黒ずくめの連中が一斉に剣を抜いた。
俺は広い道で陣取っている二人の覆面の間を強引に突破した。
背後で<ディバイン・オーラ>が何か弾いたみたいなので間違いなく容赦なく斬りかかられている。
こいつら敵決定。
「ききき、今、わたくし斬られそうでしたわっ!?」
ごめんお嬢様、後ろにいるからお嬢様のほうが遥かに怖かったよね。
「なんで路地から離れますの!?」
「向こうは狭すぎてたぶん挟み撃ちにされます、そうなったらどうしようもないんで」
「召使いが全部倒せばいいじゃないですの!」
「…それが出来ればね、苦労はしないんですけどね」
俺はお嬢様を背負ったまま全力で走った。
人通りが多いところに行けば連中も諦めるかと、そう思ったんだが…
どこへ行っても着いてきている。
人通りの多いところへ行くとむしろなんか向こうの人数が増えた気がする。
どんだけいるんだこいつら。
こいつらひょっとして、お嬢様とセサル様を狙っている輩たちなのかもしれない。
以前に屋敷のメイドがおかしくなった件と関係ありそう。
しかもこいつらタチが悪いことに逃げた料理人くらい足が速い。
<ウェイク・スピード>かけて走ってる俺が振り切れない。
お嬢様背負ってる分、全力ではないけど…それでもおかしいぞ。
俺は道を走り、馬車をジャンプで飛び越え、人の家の屋根を走り回り、また大ジャンプで水路を飛び越えたりして逃げた。
後ろでお嬢様の悲鳴が何度も聞こえたが、すまない、許して。
それくらい全力で逃げないと駄目だったんだ。
かなり走ってようやく誰も着いてきていないことに気が付いた。
適当に走ったので今どこにいるのかさっぱりわからない。
風の女神の神殿にでも逃げ込めないかと期待したのだが、そこまでの道を把握する余裕は無かった。
俺はこの、あんまり人が住んでなさそうなボロ家だらけの場所が、街のどの辺りなのかお嬢様に尋ねてみたのだが返事が返ってこない。
そこで一度お嬢様を背中から降ろしてみた。
「これは…やべえ…とても誰かに見せられる顔じゃない…」
お嬢様の顔は涙と鼻水の跡が、風圧で顔の側面に伸びていて、いつも綺麗に整えられた髪はばっさばさの鳥の巣みたいになっていた。
それと白目向いて口からヨダレを垂らしてる。
考えた末、俺は近くの廃屋に身を隠すことにした。
お嬢様が気が付くまでここでやり過ごそうと思う。
念のため気絶したお嬢様に<ヒール>をかけておいた。
それが原因で体が安心して筋肉が緩んでしまったのかわからないが…お嬢様は気絶したまま………
…漏らした。




