アリムの伝言2
地球あついよぉ
魔王ドールオタは他の三人からは「ディー」という名で呼ばれていた。
ナナシの魔法は変更した名前を他人に呼ばせる強制力はないため、そうやってあだ名のようなものをつければある程度ごまかすことはできた。
そして三人も万が一名前が変えられてしまったときに備え、既に偽名を使っていた。
魔王ドールオタではないほうの男子生徒は「ミスト」、女生徒二人は「クレア」「セイラー」と名乗っていた。
かなり後になって知ることになったが彼らの名前はそれぞれ自分の魔法に関連していて、ミストは錬金術師を意味するアルケミストから、クレアは超能力の一種で透視能力のクレアボヤンスから、セイラーはそのまま船乗りを意味する英語からとって名付けていた。
………………
「おい、何をうろうろしてる、もう解読は終わったのか?」
「いや、まだ全然」
黙って石板を読み解いているとクレオがイライラした様子で話しかけてきた。
ぶっちゃけこいつ超邪魔。
あらかじめ集中したいから一回黙ってじっくり読ませてくれと頼んで石板を黙々と読んでいたんだが、5分おきくらいに「まだか?」と聞いてくるので気が散ってしょうがない。
英語そんなに得意じゃないから時間かかるのにさあ!
「やっぱりよくわからないから逃げるつもりだな」
「違うわい、今まで読んでた部分の続きの石板が見つからないんだよ」
まだ読んでいない石板はたくさんある、ただ生徒たちの名前が出てきたところからつながる話が見つからないのだ。
「チッ、盗まれた箇所か、無い物はどうしようもない、とりあえず今まで読めたところはなんと書いてあったんだ」
「それは…」
俺はまだ石板の内容をディムたちに話していない。
ここまで読んだだけでもかなりの部分がこれ言っていいのかなと思えるようなとんでもない話ばかりだったから…あとつっこみどころも多すぎるし…なんだよナナシとかいうやつの<キラキラ・シャイニング・ネーム>って。
キラキラはもう英語ですらないやん。
魔法って英語縛りみたいなルールがあるのかと思ってたのに。
「クレオはん、ちいと時間かかりそやし、ウチらはいっぺん外でよか」
「は?なんでだよ、こんなやつをここへ残して外に出られるわけないだろう」
「ヴォルガーはんのことはディムはんに任せとけばええよ、その間少しばかりウチとお茶でもせえへん?」
「お茶…マイカと僕が…」
「せやせや、でも本音を言えばクレオはんところの果実酒を飲みたい気分なんやけどなーサイプラスで一番美味い飲み物やしなー」
なんかマイカがクレオにちょっかいかけ始めたと思ったら妖艶な笑みを浮かべお茶に誘い始めた。
お茶っていうか酒になってるけど。
「はっはは、そこまでいうならまあいいだろう、マイカに付き合ってやる…おい、ディムはこの男をちゃんと見張っておけよ!それから解読が済んだら知らせに来いよ!」
「ああ、わかった」
偉そうに言ってからクレオはマイカと共に部屋を出て行った。
去り際にマイカが俺のほうをちらりと見ていたので、たぶん邪魔者を連れ出すために一役買ってくれたのだろう。
それにしてもマイカが誘ったらすぐ釣れたのを見ると、クレオはマイカに気があるのかもしれないな。
「うるせえのがどっかいったな、これでようやく落ち着いて読める」
「マイカが上手くやってくれたおかげで助かった」
「やっぱりそうか、ところでクレオは酒屋でもやってんの?」
「あいつはサイプラスで果樹園を多数経営していてそれを誇りに思っている、ああ見えて自分で農作業をすることもあってな、その時はとても真面目なんだが…オレとはどうも相性が悪いようで顔を合わせるたびにああして感情的になることが多い」
へえ、単なるウザイだけのやつじゃないんだなあ。
農家だったのか…普段は麦わら帽子でもかぶって仕事してるんだろうか、全然イメージできん。
似合わなさすぎる。
「ヴォルガー、集中できないならオレも部屋を出ようか」
「え、いいよ別に、ディムは静かだし、それにもしクレオが急に戻ってきたときにディムがここにいなかったらあいつたぶんまたわめくぜ」
「フッ、それもそうだな、ではオレはここで黙って待っていよう」
ということで石板の解読を再開する。
………………
私たちの船団は長い航海の末、ルフェン大陸にたどり着いた。
クレアとセイラーの魔法と女神たちの協力が無ければ実現不可能な航海だった。
この世界の海に対する認識は地球のそれとはかけ離れている。
水中で魔法が使えない人間では、海中を自在に動き回り、魔法も使える魔物にはほとんど勝ち目がない。
人の船と海中の魔物ではガリオン船と原子力潜水艦くらいの戦力差があるだろう。
新大陸を訪れた人々は皆喜びに打ち震えていた。
これでもう人の国を使った魔王と神々の戦争に巻き込まれる心配をしなくて済むのだ。
さらに私たちにとって幸運だったのが、ルフェン大陸の先住民がみな一様に好意的だったことだ。
この大陸には獣人族とエルフ族のみが文明を築いて生活していたのだが、私たちにとても親切にしてくれた。
こちらの船に乗っていた獣人族とエルフ族は勿論のこと、人族とドワーフ族にも分け隔てなく接してくれたのだ。
やがて移住計画に賛同し、船を建造したかつての王族、貴族たちを中心に新たな国家をルフェン大陸に築いていった。
先住民たちはこれまで国家を持たず、小さな集落で魔物の襲撃に怯えつつ生活していたものが大半だっため、安全な暮らしができると知り喜んでいた。
しかし時がたつにつれ、色々な問題が起きてしまった。
まず国を治める者たちが、先住民を奴隷のように扱い始めた。
無知で従順な彼らははじめのうちはそのことに不満を抱いていなかったのだが、国が教育期間を作り、国内の教養が高まったことで先住民たちの意識にも変化が起きた。
多くの土地を開墾しているのは自分たちなのに、食料のほとんどは王族や貴族が所持することに疑念を感じ始めたのだ。
私やミスト、クレア、セイラーはそれまで政治的な部分には関与していなかった。
国より高い地位を与えられてはいたが、正直そう言った部分には関わりたくないという気持ちが強かったため皆静かに暮らしていたのだ。
だが、それが思わぬ悲劇を招いてしまった。
国に協力しないのであれば、危険分子と判断されたのだろう、何者かの手によってクレアとセイラーが殺害された。
私たちは長らく戦いから離れていたため<ソウル・イーター>を使う機会もほとんどなくなっていた。
魔力が少なくなっていたところを狙われたのだ。
私も狙われ危うく命を落とすところだった。
テルムが身を挺して私を守ってくれたおかげで無傷で済んだが、代わりに彼は両腕を失う大怪我をしてしまった。
両腕を失ったテルムは今後自らが足手まといになるのを恐れ、死のうとした。
私はそれを許さなかった。
テルムをなんとしても元の姿に戻すつもりだった。
そこで私はまだ無事だったミストと合流し、ホムンクルスの作成にとりかかった。
ホムンクルスとはルグニカ大陸に残ったディーの提案で私とミストが彼に協力し開発した人体移植用クローンともいえる存在だ。
ミストの魔法はかなり特殊で効果を一言でいうならば「錬金術という概念を誕生させる」魔法だ。
彼が魔法を使うと何らかの道具を作成するためのレシピが生まれる。
一度レシピが完成するとそれ以降は彼以外の者でもレシピ通りにやれば全く同じものが作成できる。
ポーションという訳の分からない治療薬をこの世界に生み出したのも彼だ。
ただミストだけの力で生み出したレシピ通りにホムンクルス作成をすると何か得体の知れない肉の塊が誕生するだけだ。
それに手を加えて人型にしたのがディー、そしてそれの遺伝子を操作してどんな相手にも拒絶反応が起きず移植可能な肉体にしたのが私だ。
こうしてホムンクルスのレシピは完全になった。
残念ながらそのレシピはここには書けない、人道的な理由だと思ってくれればいい。
私がミストに協力を仰いだのは完全なホムンクルスの作り方をきちんと記憶している自信がなかったからだ。
彼は協力をしぶっていたが、テルムのために何とか協力してくれることになった。
ミストに協力を取り付けた後、私はアイシャ教の巫女を拉致した。
ホムンクルスを作る上で必要な物に光魔法があったためだ。
これは国でかなり大きな問題になったが私にとってはどうでもよかった。
私はこの時すでにテルムを治療した後、国を出るつもりだった。
無事テルムの両腕を再生した後、私は自分自身に遺伝子操作の魔法を使い、自らの姿をエルフ族とほぼ同一のものに変化させた。
私は愛する者と同じ時を生きるため、そうしたのだ。
そして当時の国家に不満を持ったエルフ族を中心に大陸東へ移動し、新たな国を作った。
それがサイプラスだ。
ミストも誘ったが彼には断られた。
彼はドワーフ族の友人が多かったため、ドワーフ族を率いて大陸西へ移住し国を作った。
当時エルフ族とドワーフ族は対立していたため別方向で暮らした方がいいだろうと決断したのだ。
この二つの種族がなぜ対立をはじめたのか詳しい原因はわかっていないが、私は恐らくクレアとセイラーの死が原因だとみている。
二人は航海を成功に導いたことでルグニカ大陸出身の者からは英雄のように思われていた。
特にドワーフ族はその思いが強かったように記憶している。
だが先住民たちの一部はこの二人が海の向こうから人族を連れてきたせいで自分たちが奴隷にされ辛い思いをしているのだと、そんな風に思っていた節がある。
このことから二人を殺害したのは先住民のエルフ族だとドワーフ族は考えたのではないかと推測される。
先住民の獣人族が疑われなかったのは…獣人族はエルフ族に比べて知能が低く、まだよく奴隷扱いがどういうことかわかっていない者が大半だったからだろう。
そのようにして私がミストと別れ、サイプラスを築いてから200年以上が経過した。
かつて私がいた国は滅んでなくなり、ルフェン大陸は多くの国家が増えた。
大陸中央部はこのままいけばリンデン王国がもっとも支配域を拡大するだろう。
私はサイプラスを築いてから、いずれ人口の増加と共に訪れるであろう食糧問題を解決すべくある研究を行った。
この大陸の動植物を調査し、私の魔法で遺伝子改良を行い、地球産の作物を再現しようと考えたのだ。
かなりの年月を費やしたが満足できる結果を得られたと思う。
植物はかなり多様な物が再現できた。
沼地に原生していた米を日本の物に近づけることなど特に難しかったよ、もし君がこの世界で米を食べて満足したならば是非とも私に感謝してくれたまえ。
それと家畜のような大人しい動物もこの世界にはもともといなかった。
馬や牛も魔物の遺伝子を改良して変化させできるだけ地球のそれと同じものに近づけたのだ。
それでも地球の馬や牛に比べるとかなり強靭ではあると思う、この辺りの違いは魔力が関係しているせいだ。
味や栄養には特に問題はないので気にすることはない。
私をずっと傍で支えてくれたテルムとも二人子供をもうけた。
私の研究の成果はいずれ子供たちが継いでくれるだろう。
この世界に来て長い時を生きた。
老化の始まったテルムの傍で、きっと地球から来て生き残っているのは私だけだろうと考えていた。
このまま何も無ければ、私もテルムと共に逝こうと、そう思っていた。
なのに再び、あの邪神が私の前に現れたのだ。
何百年も姿を見せなかったのに今更だ。
あいつはこんなことを私に言った。
「変な形でまだ存在を維持してるのが何人かいるけど、きちんと人間として生きてるのは貴女だけになったからご褒美をあげにきたのよ」
この邪神から貰えるご褒美など全くいらなかったが、気になることを言っていたので私以外に生きてるものは本当にいないのかどうかを尋ねた。
「復活方法を残して一時的に死を偽装しているのが数名いるわ、あんな方法でやるとは思ってもみなかったけど…うん、やはり日本人を呼んでよかった、とても面白いわ」
邪神はそれが誰か、どういう方法で復活するのかは答えなかった。
私は代わりに何の目的で私たちをこの世界へ呼んだのか尋ねた。
「私が呼んだ日本人がこの世界で何をするか知りたかったから」
出来ることならその時に邪神を殺したかったのだが私には不可能だった。
なにせ私の放った<ソウル・イーター>を片手で掴んで受け止めたくらいだ。
元よりこの邪神から授かった力だ、効くとも思っていなかったが。
「ふふ、ありがとう…こんなに情報を集めてくれて、あなたの<ソウル・イーター>は回収するつもりではなかったけど、返してくれるのなら有難くもらっておくわね」
私は勘違いしていた。
<ソウル・イーター>は私の力などではない。
これは邪神の一部だったのだ。
クソ女はこうやって私たちに世界中のデータを集めさせていたのだ。
「特に希望が無いなら私はもう行くわ、次のゲームを考えなきゃいけないから」
次のゲーム、と聞いて私は必死に邪神を止めた。
そしてこれから何をするつもりなのか尋ねた。
「もうこの世界では自由に身動きがとれなくなったから、今度はこっちに呼ぶんじゃなくて、私が向こうに行って、あっちからこちらへ送り込もうと思ってるのよ」
邪神は日本へ行くと、そう言っていたのだ。
「日本人は魔力を全く鍛えていないこともわかったから、向こうに行ったらまずあっちで魔力を鍛える方法を考えるつもり、その後こちらの世界に送り込んで…そうだわ、今度送る日本人には<ソウル・イーター>とは逆の魔法を与えましょう、そうすれば貴女が集めてくれた情報を元に新しい魔物を日本から送り込めるかもしれない、きっともっと面白くなるわ」
私はやめろと叫んだ。
「安心して、あなたが生きている内はやらないから、ああ、もう行かなくちゃ、創造神に見つかったら大変だもの、それじゃあね」
そして邪神は私の前から消えた。
このことがきっかけで私はこの石板を残そうと思ったのだ。
例え私が死んだ後でも、私の子孫が、また日本からやって来た者たちに振り回されると考えると耐えられなかった。
これを呼んでいる君は、日本から送り込まれて来た者であっているだろうか。
今どういう気持ちでこの世界にいるのだろうか。
私のように何もわからないままこの世界へきて、苦労しているのだろうか。
私に言えたことではないが…君がこの世界で生きていくつもりならば、どうか、どうかここで生きる者たちに優しくしてほしい。
時に争い、傷つけあうが、きっとここに住む者たちはかつての先住民のように純粋な心を持っているはずなのだ。
私はそう信じている。
だがもし、君が日本に帰りたいと考えているならば、ダンジョンに行くんだ。
あそこにはかつて日本人がいた形跡が残っている。
私や君は、一番目と二番目ではないんだ、きっともう何度も日本人はこの世界に来ている。
ルグニカ大陸とルフェン大陸、遠く離れた二つの大陸で日本語が使われていることから考えてもまず間違いないだろう。
サイプラスの北部にシルバーガーデンという街がある。
そこにあるダンジョンにかつての日本人が開発していた地球に帰る方法が残されている。
その場所への入り口は君ならばわかるはずだ。
ダンジョンの最深部にはゲートクリスタルという装置がある。
それを使えば日本に戻れる…私は試していないので確証はないが、10年かけて調査と解析を行った結果、可能だと判断している。
詳しい使用方法は現地に残して来た。
ただひとつ、事前に確認しなければならないのが君の魔力量だ。
その装置を使用するためには相当量の魔力が必要になる。
自身の魔力量を詳しく調べるための道具を次の石板内部に隠してある。
裏面にALと書いてある石板だ。
石板を破壊して中にある装置を使うと自身の魔力量が数値で表示される。
それはミストが作成した魔力測定器だ。
私たちが過去に、自分の固有魔法を使用した場合に減少する魔力量を調べるために開発した。
この装置を使って魔力の数値が352万を超えていればゲートクリスタルで日本に帰還できる。
足りない場合はすまないが自身で解決策を探してくれ、私にできる精一杯がこれだ。
もう一つ、ダンジョンのことは決して誰かに言ってはいけない。
神にその存在を知られると破壊されることになるだろう。
あれらは過去の人々が神と敵対していた時代の遺物のようなのだ。
最後に、私はこの世界に来て大きく変わった。
姿形だけではなく、心の在り方が。
この石板が果たして意味のあるものになるかどうかわからない。
世話になったエルフ族たちが何もわからないままこれを守ることになるのが心苦しくもある。
エルフ族の皆はここに何が書かれているか知りたがるだろう。
でも私は伝えられない、君も伝えられない。
だからまあなんだ、後は頑張ってなんとかしてくれ、健闘を祈る。




