アリムの伝言1
ここ全部英語で書かれてるのをヴォルガーが翻訳してると思ってください
私の名前は有村令亜。
ここへ来る前は日本のとある高校で教師をやっていた、担当科目は生物。
こちらの世界で長い時間を過ごしてしまった私は最期を迎える前にかつて私の身に何が起こり、そして今日までどう生きたか書き記そうと思う。
これを読んでいる君は日本人だろう。
だが日本語では書き残せない、私には君が英文を読む力があると信じる他ない。
この世界の神々と私の愛したエルフ族たちから内容を秘匿するにはこうするしかなかった。
では語ろう。
あれは2017年の9月辺りだった、夏休みが明け、学校では二学期がはじまった頃の出来事だ。
私の勤めていた高校ではこの時期、課外授業としていろいろな企業を見学する取り組みがあった。
社会科見学、とも言うだろうか。
私は担当しているクラスが無かったため、本来その行事には参加しないはずだったのだが、その日体調不良で行けなくなった高齢教師の代理で生徒たちと共にバスに乗って出かけることになってしまった。
その時バスに乗らなければこんなことにはなっていなかったのだろう。
目的地に向けて走行中のバスに乗っていたはずだったのに、気が付くと私は石壁に囲まれた小部屋の中で木製の簡素な椅子に腰かけていた。
正面には大理石で作られたようなテーブルがあり、それを挟んで私の向かいには、長い黒髪を持ち整った顔立ちをした妙齢の女が、豪華な装飾の施されたアンティークの椅子に腰かけこちらを見ていた。
女は自らのことを闇の女神だと名乗った。
確かにギリシャ神話に出て来る女神のような白いドレスを身にまとっていたが、一体誰がそれを信じられるというのか。
私は一度席を立とうとしたが、どうやっても椅子から立ち上がることができなかった。
足がまるで石になったかのように動かなくなっていたのだ。
恐怖を感じる私に、闇の女神と名乗る女は一方的に話しかけてきた。
動けない私は話を聞く他なかった。
そして自分がこの、闇の女神によって、地球から異世界に連れてこられたのだと知った。
信じられない事であったが、私はとりあえず彼女に話を合わせて彼女を怒らせないようにすることに務めた。
彼女の話が本当ならば、私には現状どうすることもできないと悟ったのだ。
その時にした話で特に印象深かったのは、闇の女神は私が生物教師をしているという部分に興味を持っていたところだった。
それはどんな仕事かという点から説明が始まり、具体的に何をしているか話すと、まるで授業をしているかのような空気になってしまった。
女神は生物の授業を熱心に聞き始めたのだ、あれこれ質問してくる姿は生徒たちよりもよほど勉強熱心なように感じ取れた。
特に生物の遺伝子について執拗に何度も質問をされた。
話が終わる頃には、私の恐怖心は消え去っていた。
私は女神に元居た場所へ帰らせてくれるのかと尋ねた。
闇の女神はそんな私を見て黙ってほほ笑んだ。
次の瞬間、私は再び先ほどとは違う場所に移動していた。
そこは草原で、周囲には見覚えのある者たちが多数立っていた。
バスに乗っていた生徒と教師数名だ。
人数から見て私の乗っていたバスとは別のもう一台のバスにいたはずの生徒たちもいた。
大型バス二台分の人数だ、100名近くの人間がその草原に集まっていた。
突然の状況変化に戸惑っていると、女生徒の一人から話しかけられた。
さっきまで闇の女神と名乗る人物と会話していたら突然ここに立っていたと。
私と同じ状況だった、他数名の生徒も同じことを言っていた。
だが中には女神から魔法を授かったと言っている者もいた。
女神から魔法を授けると持ち掛けられたり、逆にこちらから魔法を授けてくれと頼んだら貰えたと語る者もいた。
私はあまり詳しくないのだが、小説などで異世界に転移した場合そういった特別な能力…チートだったかな、そういう能力が手に入るのは定番らしい。
嬉しそうに語る生徒を、よくこの状況でそこまでポジティブになれるなと冷めた目で見ていた。
自らの置かれた状況に喜ぶ者、泣きだす者、怒る者、様々な反応で皆がざわつき始めた頃、再び闇の女神が私たちの前に現れた。
空からゆっくりと降りて来る彼女はまさに神のごとしだった。
皆が目を奪われ、注目し黙っていると彼女は私たちに向けてあることを語った。
それは先ほど魔法がどうとか騒いでいた者たちと関係がある内容だった。
闇の女神はその場にいる全員に相応しい魔法を授けたのだが、私たちには致命的な欠点があってそれを使えないらしかった。
地球人は魔法を使うために必要な魔力というエネルギーを自力で生成できないようなのだ。
この世界の人間であれば体内で無意識に生成できるごく自然なことが、私たちの体ではできていないのだと。
ただ厳密にはゼロではないらしい、この世界の人間に比べて魔力を生成する能力が1000分の1くらいだそうだ。
闇の女神は私たちのその欠点を補うために、他の生物から魔力を吸収する魔法をそこにいる全ての者に授けた。
それは<ソウル・イーター>と呼ばれる魔法だった。
この魔法だけは私たちの持つわずかな魔力でも使用可能なため、最初はそれを使って魔力を蓄えるよう女神から説明された。
ここで最悪なことが起きた。
闇の女神はまだ話をしている最中だったのだが、生徒の一人がふざけて<ソウル・イーター>を近くにいた別の生徒へ向けて使ったのだ。
集団の中に突然出現した黒い腕に捕らえられた生徒は、数秒後息絶えた。
黒い腕が煙のようにフッと消えた瞬間、その場に倒れて眠るように死んだ。
呼びかけても全く動かない生徒の反応を見て、何が起きたのか理解した者たちがパニックになった。
最初に死んでしまった生徒と仲の良かった生徒が、復讐のためにふざけて<ソウル・イーター>を使った生徒を<ソウル・イーター>で殺した。
騒ぎを止めるために生徒たちを怒鳴りつけた学年主任の男性教師が、また別の生徒に<ソウル・イーター>で殺された。
そこからは地獄絵図だった。
自分のすぐ傍に立っている者が簡単に人を殺せる道具を所持しているのだ。
その恐怖から自分を守るために混乱した者が<ソウル・イーター>を乱発しはじめた。
私は騒ぎが起こるのを見てすぐにその場から逃げた。
生徒たちを守ろうなどとは微塵も思っていなかった。
教師として私は最低だろう、自覚はある。
そもそも教師になりたくてなったわけではない、夢に破れたから仕方なく教師になっただけだ。
高校に赴任したときから生徒たちと仲良くなりたいと思ったことは一度もなかった。
故に後ろを全く振り返らず、全力で逃げ出した。
息が切れ、もうこれ以上走れなくなる限界まで走った。
そこでようやく振り返ると私に着いてきている者は一人もいなかった。
一人になった私はあてどなく歩き、街道を見つけることができた。
さらにそこを行く、明らかに日本人の服装ではない者たちと出会った。
それはこの世界で言うところの盗賊たちだった。
まだ日本の感覚が抜けていなかった私は、何も考えず助けを求めて彼らに近づいた。
彼らは私を見て、下品な言葉を吐き、当然のように連れ去ろうとした。
何をされそうになっているのか理解した私は<ソウル・イーター>を使った。
ためらいはなかった、皆を見捨てて逃げ、生き延びた時点で何をしても生き残ると決意していた。
思うに、ここで盗賊たちを殺したことが私にとって最大の幸運だっただろう。
最初に殺した盗賊が魔力をよほど持っていたのか、一人目を殺した途端に私の体は急激に身体能力が向上した。
魔力というのは肉体にも影響を与えているとこの時わかった。
<ソウル・イーター>を見て恐怖する盗賊を皆殺しにした後、彼らの使っていた荷馬車から緑色の髪をした、後にエルフ族と知る少年を見つけた。
盗賊に捕まり奴隷として売られるところだったのを偶然助けてしまったようだ。
私はそのエルフ族の少年、テルムトリネアと共に旅をすることになった。
詳細は省くが…色々あってこの世界で静かに暮らせる場所を彼と共に探すことになったのだ。
テルムは私の名前をエルフ族と似ていると言い、アリムと呼び始めた。
私がアリムと呼ばれることになったのはこの時きちんと訂正せずにそのまま呼ばせたからだ。
苗字を中途半端なところで区切られて呼ばれるのには違和感を感じたが慣れれば別に気にすることもなくなった。
テルムのおかげで私はこの世界の多くのことを知ることができた。
私たちが闇の女神によって連れてこられた場所はルグニカ大陸の中央付近だともわかった。
そこから東に走ってテルムと出会った。
大陸東のほうが文明度は低いが治安がいいと聞かされたので、私はそのまま東を目指して旅に出た。
旅の道中で私は魔物と呼ばれる生物からも<ソウル・イーター>で魔力を奪えることに気づいた。
テルムから冒険者という職が旅に向いてるというアドバイスを受け冒険者にもなった。
私はテルムに異世界から来たという事は秘密にしたまま、旅を続けた。
彼は私の魔法を見て、闇の女神様からすごい力を授かっていて羨ましいと言っていたので、つまりあの私たちにとっては邪神とも呼べる存在に尊敬の念を抱いていたのだ。
その様子を見て、私は真実を言い出せなくなってしまった。
旅をするうちに私とテルムは一つの寂れた村にたどり着いた。
その村には男ばかりが住んでいて、皆あまり元気がなかった。
人族と呼ばれる人間とほぼ同一の人種だけで構成されていたが、どの男もこれまで見てきたこの世界の人族に比べると妙に手足が細長かった。
テルムには引き止められたのだが、私は好奇心からこの村の住人に話しかけた。
女たちはどこへ行ったのか尋ねると、元々村にはいないと教えられた。
この村に集められた男たちは皆、街から不必要だと判断され、捨てられた者たちだった。
彼らは自分たちは呪われているのだと語った。
自分たちは子供ができない呪いにかかっているため、街から追い出されたのだと。
会話してさらに気づいたのだが、男性にしては高い声の者が多く、また体毛が少なかったり、女性のように胸が膨らんでいる者さえいた。
私は別に自分の容姿に自信があったわけでもないが、村人たちは私を見てもほとんど興味を示さなかったため、恐らく本当に子どもが作れないとわかっていて、性欲もほとんどないのだろうと推察できた。
私は彼らの言う呪いについて心当たりがあった。
正確には呪いではなく病気だ。
地球ではクラインフェルター症候群と呼ばれる遺伝子病の一種と同じものだろう、症状がほとんど一致している。
原因を簡単に言うと彼らは母親から余分な染色体を引き継いで生まれてしまったために染色体の数に異常が起こり、そのような体になってしまっているのだ。
この世界には光魔法と呼ばれる治療用の魔法が存在している。
だがそれでは治せなかったのだろう、テルムも光魔法はほとんど外傷治療のために使われるものだと言っていた。
私とて病名を知っていたところで治療のしようがない、私にできることは何も無いと村を立ち去ろうとした、その時だった。
忘れかけていたあの邪神の声が頭の中に響いたのだ。
「あなたにはそれを操るための魔法を授けてある」
声と同時に私の中に一つの魔法名とそれの使い方が自然と浮かんできた。
私は<ソウル・イーター>しか使えないと思っていたのだがどうやら違ったようだ。
もう一つちゃんと魔法を授かっていたのだ。
私はその魔法を使って村人たちを正常な肉体へと変化させた。
私の魔法は…説明し難いのだが、遺伝子操作というのが一番近いだろうか。
生物の持つ遺伝子を一部変化させることができる。
自分で使ってまさか本当にできるとは思わなかったので正直驚いた。
村人たちは治ったと聞いて喜んでいたが、私としては本当に治ったかどうかわからないので街に行って確かめてこいと伝えた。
中には私と子作りをして確かめたいという者もいたが、丁寧に断っておいた。
しつこい者には<ソウル・イーター>を見せるとすぐに大人しくなったので特に問題はない。
私とテルムはしばらくその村に滞在して過ごした。
元々ほとんど人の来ない村だったので静かに過ごすにはちょうど良かったのだ。
半年ほどして、ある村人が女を連れて村へ帰って来た。
女は妊娠していた、どうやら私の魔法は本当に効果があったらしい。
それと奇妙なことに私が魔法をかけた男たちは、時間がたつにつれ髪の色が変化してきていた。
皆、薄い金髪だったのが黒い髪になってしまった。
これは私の予想していた結果にはなかったのだが、村人たちはそれが治った証だと喜んでいたのであまり気にする必要もなかった。
テルムは私が村人を治療した様子を見て、聖女のようだ、などと恥ずかしい事を言っていたが、何も私は善意だけで助けたわけではなかった。
私は村人を実験台にしたかったのだ。
遺伝子操作などというバカげたことが本当に魔法の力で可能なのか検証する必要があった。
人体実験ができるならば是非ともやりたいと、真っ先に思ったのだ。
ここまで読んで、私がどういった人物か君にも少しわかってもらえただろうか。
つまるところ、私はそういう人間なのだ。
だが私がこういう人間だとエルフ族に知られたくなかった。
それもあって英語で書き残した、書かないという事も考えたが、誰かに伝えたかったのだ。
話を戻そう。
村に女たちがやってきて、活気が戻ったことで村へ訪れる人々が増えた。
その結果、私はかつて見捨てた者たちと再会してしまった。
私と同じくこの世界へ来た生徒たちだ。
彼らはどうやらこの村に、呪いを解く魔法使いがいると聞いてやってきたようだった。
きっと特別な魔法使いが自分たちと同じ日本から来た者の生き残りだと察したのだろう。
意外な再会を果たした私は、生徒たちから恨まれているだろうと思っていたが、別段特に恨みをぶつけられるようなことは起きなかった。
彼らはもう子供ではなかった、この世界で一年生き、成長していた。
私を訪ねてきた生徒は四名いた。
男二人と女二人だ、その四人でこれまで協力して生き延びてきたのだという。
彼らからは貴重な話を聞くことができた。
他の生き残った者たちの情報についてだ。
この一年で恐らく半数以上の者が死んだ。
今生きている者は数名のグループで固まって活動している者が多いらしく、一人でいる私は珍しいタイプのようだった。
他の教員はどうなったか聞いたが、最初の混乱で私以外死んだと聞かされた、逃げて正解だった。
生き残っている者で特に厄介だと言う者の情報を聞いた。
私の元へ来た四人も、それらから逃げるために東へ移動していた。
私が聞いた注意すべき者は三名。
一人目は武村礼子というある女生徒。
彼女は品行方正で特に問題のある生徒には思えなかったが、今では勇者と呼ばれる殺し屋になってしまったのだとか。
この世界に対して害ある存在だと判断した場合、例え元クラスメイトであっても殺しにくるようだ。
私も人体実験を相変わらず繰り返していたので彼女とは接触しないほうが良いだろうと判断した。
二人目は魔王ゲリベーン。
名前を聞いた時、何なのだそのふざけた名前はと思ったが、どうやらこれが正式名称で、かつ日本から来た生徒の一人らしい。
名前のことは後で記すが、彼は魔力の多い人物をかたっぱしから狙って<ソウル・イーター>を仕掛けて来る危険人物のようだった。
彼自体になんらかの目的があるというよりは、彼の恋人に目的があってそのために動いていた。
彼女の恋人は元クラスメイトで、あの邪神からなんと日本へ帰るための魔法を授かっているらしい。
だがそれを使うためには膨大な魔力が必要で、その魔力を恋人の男が集めて回っていた。
最終的に彼女に<ソウル・イーター>で殺してもらうことになるわけだが、本人はそれで納得しているようだ。
恋人を助けるためだからと言って他人を殺して回るのは勘弁してもらいたかったがね。
まあ彼も狂人と言って間違いない。
しかし悪意の塊と言うべき者が三人目の人物だ。
多くの人の人生が狂ったのは間違いなく彼がいたからだろう。
その者は日本にいるときは全く目立たない、平凡な生徒の一人だった。
私は顔も名前すら憶えていない。
彼を知る者たちからは「ナナシ」と呼ばれていた。
ナナシは非常に嫌らしいとしか言いようのない魔法を授かっていた。
それは<ソウル・イーター>のように殺傷能力があるわけでもない、生物に対し使っても全く傷つかない魔法だ。
彼の使う魔法は<キラキラ・シャイニング・ネーム>という。
効果は他人の名前を変えるというものだ。
この魔法をかけられると本来の名前を思い出せなくなり、他人から名前を聞かれると、変えられた新しい名前を名乗らなくてはならない。
また元々の名前を知る人たちの記憶も書き換えられてしまう。
何かに書き記していたとしてもそれすら消滅する。
魔王ゲリベーンの元の名前が誰もわからないのはそのせいだ。
彼は何の目的があってかわからないが、クラスメイトたちをどんどんおかしな名前に変えていった。
魔法の射程距離がとんでもなく長いようで、彼からかなり離れた場所にいないと問答無用で名前を変えられてしまう。
彼のやった最も非情な行為は「魔王」というのを名前の一部にしてしまったことだ。
魔王ゲリベーン以外にも魔王という名を与えられた者が何人もいた。
彼らは名を聞かれると絶対に魔王〇〇だと名乗らなくてはならなくなってしまった。
私が彼の魔法についてこんなに詳しいのは、私の元を訪れた者の中に名を変えられた者がいたからだ。
四人の中の一人、男の子のほうの一人だが…彼の名は魔王ドールオタと言った。




