エルフ族包囲網
どれを選んでも当たりではあるとは思う
「カルルと結婚するって一体どういうことなの!?」
部屋の隅っこで何かから隠れるようにうずくまって小さくなっていた俺は、扉を蹴破る勢いで入って来たミュセの大声に体をビクっと震わせた。
「ちょっと!私が話しかけてるのになんでベッドに入るのよ!」
「ええいうるさい!俺は今寝なきゃだめなんだ!夜になったら旅にでますので!」
「訳わかんないこと言ってないで説明してよ!」
ゆさゆさ、というよりはどすっという感じで揺すられ、頭からかぶった布団を引きはがされた。
なんて女だ、もっと優しい起こし方があるだろうが、人の腹にダイビングエルボードロップを遠慮なく決めやがって。
「説明しろと言われてもな、何を言えばいいのか…」
布団から出た俺はベッドに腰かけミュセの顔を見上げた。
腕を組んで仁王立ちでこちらを睨みつけている、最近エルフ族ばっかり見てるから何かもうどんな美人も見慣れてきたよ、このまま40何人くらいエルフ族の女を集めて歌でも歌ってもらうか。
平均年齢がめちゃくちゃ高いグループが生まれそう、エルフ族じゃなくて日本人の集団ならゲートボールの大会でもやりそうな感じになるだろうな。
「何かどうでもいい事考えてない?」
「えっ、なぜわかっ…いや、どこから話すべきか考えていた」
「…まあいいわ、それじゃあ…昨日ここを出てった後のことから順番に教えてよ、一体何があったの?」
「そうだな…じゃあ順番に言おう、俺とディムがクライム家を訪ねて行ったところから…」
俺は昨日のことを思い出しながら、ミュセに向かって少しずつ語り始めた。
昨日、俺とディムはマイカクライムなる人物を訪ねて、ウィンドミルの端っこまで歩いて行った。
砦みたいな場所にたどり着き、武装したエルフ族に弓で狙われたりもしたんだが、それはディムが前にでて名乗ることですぐ解決した。
ディムの名前はかなり効果がある様子、向こうの門番らしき者がディム本人だと確認した後は慌てて謝罪しながら丁寧に砦の中へと案内してくれた。
砦の中を歩いていると、俺は少し気になるものを見つけた。
通路の壁にところどころ模様が彫られていたのだ。
例えるならイチョウの葉というか扇みたいな、そんな感じの模様。
つい最近同じようなものをどこかで見たなと思いつつ、それがどこだったか思い出せなくてむずむずしてきたのでディムに模様のことを聞いてみた。
するとそれはクライム一族を表す模様らしく、どこで見たのかなという疑問については、昼に食べたニンジン山盛りお好み焼き店の扉にもあったとディムから言われ、ああそうだ確かにあったな、あの時は全く気にしなかったけどなるほどあれもクライム一族の経営店だったのかと、すっきりすることができた。
さらに面白いのは、なんでもこの模様はルフェン大陸の先住民が使う物のようで、すなわちクライム一族は先住民の血を引く一族であり…
「そんな話どうでもいいから!」
ミュセに怒られた、俺がこの世界の歴史を感じさせる発見をしたことについての感想はどうでもいいらしい。
まあミュセからしたらたぶん当たり前のことで今更それがどうしたってところなので仕方ない。
気を取り直して続きを話す。
俺とディムはそこの砦風のお家で目的のマイカクライムという名のエルフ族の女性に会った。
マイカもエルフ族特有の緑の髪をしていたが、色の濃さはディムなんかとは少し違った。
ディムは夏に生い茂る木の葉のように濃い緑をしているが、マイカは限りなく白に近い黄緑で二人を並べたらスイカの外側と内側の皮の色くらい違いがあった。
ちなみにお嬢様とかミュセはその中間くらいの色で、なんだろ、キウイみたいな感じである。
髪の色の違いに加え、マイカという女に驚いたことはまだ二つあった。
一つは服装が深いスリットの入ったチャイナドレスっぽい物だったこと、赤じゃなくて黒いチャイナドレス。
二つ目は彼女が話す言葉が俺からすると…ちょっと変な関西弁に聞こえるということだ。
今までもこの世界、変な言葉遣いのやついるなと何度か思ったことはあるが、ここまであからさまに大阪出身ですか?と尋ねたくなるような喋り方をするやつは他にいなかった。
俺がマイカの挨拶を聞いて疑問を感じていたのを言葉が通じていないと捉えたのか、マイカは「ウチは先住民の言葉訛りが残る村の出身やねん、聞きなれんと分かりにくいかもしれへんけど、堪忍してや」と言ってさらに「会えて嬉しいわ、ヴォルガーはん」と付け加え、ほほ笑んだ。
「マイカさんとは初めて会ったのよね?」
「ああ、でも俺が名乗る前から俺の名前を知ってた」
「どうして?」
「実はそこにマイカとは別にメグちゃんという人族の子がいて、彼女は俺が良く行くキャ…酒場で何度かあったことがある子だったんだ、マイカはメグちゃんから俺のことを聞いて既に知っていたんだよ」
「ふうん」
キャバクラではメグちゃんに何度か膝枕プラス耳かきのサービスをしてもらったことがあるが今そのことは言う必要がないしメグちゃんはあまりこの後の話に関係ないので、ミュセが何かに気づかない内にさっさと話を進めた。
ディムが今度の評議会のことで話があると言ったので、俺とマイカとディムは、三人だけで話せる部屋に移動した。
そこで俺がアリムさんの墓で石板を読むうんぬんって話をマイカにすると、彼女はあっさり協力してもいいと答えてくれた。
それで二日後の評議会の前に一度、ウルカ、プラム、ディム、マイカの四人で話をしたいということになって、俺としてはこれ談合みたいな感じだけど評議会としてはいいのかなと疑問に思わないでもなかったがまあ今更そんなことを気にしても意味がないので流れに身を任せることにした。
「そうなんだ、ヴォルガーはアリム様のお墓に行くためにここに滞在してたわけね」
「あっ、これ関係者以外言うなって話だったけど…まあいいかもう、とりあえず知らないフリしてくれよ?」
「わかったわ、それで?なんで一日たってから帰ってきたの?」
「いや俺も最初はこっちにすぐ帰ろうと思ったんだよ、だけど…」
マイカが夕飯に招待してくれたりとか、なんなら泊っていけとか、やたらと好意的に接してきた。
俺もディムも断ったんだけど、その度にマイカのやつが「ほな協力するちゅう話はなかったことで」って言うもんだからやむを得ず…
ただ晩飯は豪華で、でかい鳥の丸焼きやら、ウィンドミルでは珍しい魚介類を使ったリゾットみたいなのやら出てきてとても満足できたし、風呂はでかくて広い上に温泉だっていうからこれはもう、入らないわけにはいかないし、風呂上りにはマイカが何かにつけて体を俺に密着させて話しかけてくるから興奮鳴りやまぬし。
「カルルが色々あったっていうのにあんたは別の女とよろしくやってたんだ?」
「おい変な風に言うな、一線は超えてないぞ!…というかお嬢様が色々あったって何?俺がいない間にそっちでも何かあった?」
「そういうことじゃないけど聞いちゃったのよ、少し前にこの屋敷で騒ぎがあったんでしょ?メイドが突然暴れ出したとかって」
「そのことか、それもなーよくわからないんだよなー、なんでメイドが突然狂っちゃったのか、動機もないし、さっぱりわからなくて、その後何もないし」
「セサルさんも、あえてあんたと一緒に街に出て姿を晒してみたけど何事もなくて本当に命を狙われてたのかどうかわからないってそう言ってたわ」
へえ…あ、セサル様が俺と一緒にキャバクラ行ってたのあれ単に遊びに付き合ってくれただけじゃなかったのか…
囮だったわけね、危ないことするなあ。
「たぶん…あんたと一緒にいるのが一番安全だからじゃない」
「そんなに腕を買われても何かあったら責任とれないんで困るな」
「あんたなら大丈夫…いや、そんなことじゃないわ、これ何の話よ?いい加減になんでカルルとあんたの結婚ってことになったのか教えてくれる?」
「それはな…まあなんとなく心当たりはあるんだ、ナティア家の人たちは俺というより、俺の魔法をかなり評価してて、実際に何度か使って見せてるからそれが原因じゃないかと思うんだ」
「なるほどねー、考えられるわ、あんたの魔法普通じゃないもんね、その力を一族に取り込もうと考えるのはおかしなことではないわね…でもまさかエルフ族と人族で結婚までさせてそうするとは思ってなかったわ」
「あのちなみにその話、マイカからもされてます」
「は?その話?」
「マイカも俺と結婚するとか言い出しています」
「はあ!?」
「その話を聞いた直後、お嬢様も俺と結婚すると言い出したんです」
ミュセは俺の話を聞いて、はあーとため息をついた。
「マイカさんもあんたの魔法のことを知ってるの?」
「恐らく…メグちゃんから聞いてるんだと思う」
「酒場で何やってんのよあんたは」
「いやそのちょっと、女性のび、美容と健康を守っていただけで…」
「…ねえそれ本当に酒場の話?」
「分類上は酒場です」
「分類上って何よ、ハッキリ言いなさいよ、どこにあるどの店の話よ」
「あのー大通りをまっすぐ行ってー、二丁目の薬屋の角を曲がって…」
「店の名前を言えって言ってんの!!」
「キャバクラです、『キャバクラなでしこ』っていう」
キャバレーなでしこじゃないんだ、キャバクラがなぜか正式名称なんだ、変だよね。
でもそんなことよりミュセがルビーさんみたいな目つきで俺を見てるので、これはもう、ミュセはキャバクラを知っていたとみて間違いないね。
「さいってー…大体あんた、コムラードじゃメンディーナさんと一緒に住んでたでしょ、彼女は何?飽きたから旅の途中で捨てたの?それで自分は一人でこの街で楽しんでたの?」
「ばっかお前ちげえよ!ディーナたちと色々あってはぐれちゃったんだよ!本当だよ!」
「…ま、それはディムさんからも聞いてるから本当なんだろうけどね」
「知ってんのかよ!じゃあ聞くなよ!」
「そんな状況なのにキャバクラで遊べる神経がどうかしてるって言ってんのよ!」
うるせーばか!俺が毎日ディーナたちの心配をしながら細々と暮らそうが、キャバクラでメンタルケアをしつつ英気を養って暮らそうがどっちにしろディーナたちはなんら変わらないんだよ!
これはえーあの、あれだ、今俺にできることをする!それだけの話!
自分でもちょっと無理があるかなと思う理論を展開しながらミュセとぎゃーぎゃー喚き合った、疲れた。
「はあ、とにかく、あんたはカルルともマイカさんとも結婚するつもりはないのね?」
「そうだよ、二人とも美人で嫌いでもないけどさ、まあなんつーか俺はやっぱりコムラードに帰ってディーナに会いたいし、それにアイラのこともほっとけないから」
マーくんは強い子なので一人でも平気だろうから別にあんまり心配はしてないんだけど。
「アイラちゃんはまだ子供でしょ!?何考えてんの!?」
「そんな意味じゃねーよ!お前ほんと馬鹿だな!」
「あんたほどじゃないわよ!!」
くっそー久しぶりに会ったのにむかつく女だ。
顔以外いいところねーなこいつ、顔良くてもレズだし、最悪だわ。
「ええい、いちいち変な話にするな、とにかく俺は今ここで結婚なんかしたくないんだよ」
「ならちゃんと断りなさいよ」
「それができないんだよ!マイカのやつが突然、この家に来て結婚とか言い出したときに勿論断ろうと思ったさ!でもあいつ何かにつけて評議会のことを持ち出してくるんだよ!」
「言う通りにしないと協力しないってこと?」
「そう!それでお嬢様まで同じようなこと言い出して…結論は評議会の後に出すから今は二人とも協力してくれってディムが仲裁して、なんとかなってはいるんだけど…それってつまり評議会終わったらどっちか選べってことじゃん!?全然問題解決できてないんだよ!だからもう俺にできるのは何もかも放り出して夜中に逃げることだけなんだよ!」
「それはそれは面倒なことになったわね…逃げられるかしら…二つとも大きい家だからサイプラスのどこに行っても見つかると思うわよ」
「は、走ってリンデン王国まで行けば…」
「いや、無理でしょ…いくらあんたの体力がおかしくても…そもそも道わかるの?」
「…わからん、俺はどうすればいいんだああああ!助けてミュセえもん!!」
「えもんって何よ!?また私のこと変な名前で呼んで!」
むかつく女ではあるが他に縋るものが無い、気づけば俺はミュセの前で土下座までしようとしていた。
「話はすべて聞かせてもらったわ!」
「「誰っ!?」」
その時、扉を開けて入って来たのは…プラムであった。
「私に名案があるの!」
何か唐突に来て変なこと言い出したけど…
「ママ…?話は聞いてたって…え?ディムさんたちと会議があったんじゃないの?」
「それは終わったわ、会議中にマイカさんが面白いことを言い出したので実はこっそり会議に参加しつつ、この部屋の話を盗み聞きしていたのよ」
「もうママ!風魔法で精霊に変なことさせないでよ!!」
「ミュセちゃん~そんなに怒らないで?だってママ、会議は途中で飽きちゃったんだもの」
会議に集中しろよ、これが代表で大丈夫かラレイア一族。
あと堂々と盗聴していたと告白するな、この世界の風魔法は犯罪の道具か。
「あの、それで盗聴が趣味の人、名案とはなんぞ?」
「それはね、二人がヴォルガーとの結婚を諦めてくれる方法よ、それと私は盗聴が趣味ではないわ、今日はたまたま、普段は週に一回くらいしかこの魔法は使わないわ」
週一で盗聴はもう趣味で許される範囲ではない。
プラムの異常性に気づかされることになったが、まあ目をつむろう、俺とあんまり関係ないので。
「二人が諦めるって、どうやって?」
「ヴォルガーは二人より先に婚約してる人がいると言えばいいのよ」
「それはメンディーナさんのこと?」
…ディーナと結婚の約束までした覚えはないんだが…
「それは駄目、メンディーナさんを悪く言うつもりはないのだけど、彼女では家の格が違いすぎるわ」
「まああいつ俺と同じで家なき子みたいなもんだからな」
「でもママ、そんなの関係あるの?ヴォルガーもメンディーナさんも人族でリンデン王国の住人なのよ?サイプラスのエルフ族が口をはさめるの?」
ディーナはそうだが、俺はリンデン王国の住人と言っていいのかどうかわからない、住民票もないので。
「ええ、ナティアとクライムならできると思うわ、恐らくメンディーナさんのことを伝えても、ここに招いて側室として迎えることになるんじゃないかしら」
果たしてそこに俺とディーナの意思は存在するのであろうか。
「エルフ族は人族より寿命が長い分、その程度のことは気にしないと思うの、それにカルルちゃんもマイカさんもまだ十分若い、仮に50年たっても今と同じ姿のはずよ」
「はっ…そうか、つまり俺にとってはずううっと若い姿の嫁ができるということに!」
ずっと若くて可愛い嫁…なんてパワーを感じさせるワードなんだ。
何かもう別にそれでもいいんじゃないかという気がしてきた。
異世界なんだから一夫多妻制は当たり前、当たり前と思って良いのだ、誰が何といおうとそれでよいのだ。
「…じゃ結婚すれば?エルフ族より先に老いていくメンディーナさんがどんな気持ちで一生を過ごすかは知らないけど」
いや俺は平等に可愛がる、と言おうかと思ったが、ごめんちょっと40代、50代となったときそう言い切れる自信がない。
いやだって普通若くて可愛い子がいたらそっちに手を出しちゃうだろ、どう考えても。
「ミュセの言う通り、きっとそれは幸せな夫婦生活ではない!」
だから俺はこう言うしかない。
「でも他にこんなやつと結婚するやつなんていないじゃないの、ママはそれをどうする気なの?」
こんなやつって、俺なにか君に恨まれるようなことしたかな?
「別に本当に結婚しなくてもいいのよ、大事なのはカルルちゃんとマイカさんの二人が諦めざるを得ないような相手とヴォルガーが先に婚約してるということにすればいいだけなの」
あ、ああーいわゆるあれか、漫画とかでお見合い断るのに親を納得させるため、恋人のフリをしてくださいとかって頼んだりするあれ、ああいうシチュエーションと同じやつの話だな?
「そんな都合のいい人いる?ヴォルガーの知り合いで、家にそれなりの格があって、ナティアやクライムが横やりを入れにくい相手って…」
「ここにいるじゃない!」
「は?…ママはもう結婚してるでしょ!!」
「だーかーら、ミュセちゃんのこと!」
えっ。
「ミュセちゃんはパパのほうのロレリアの名を継がせたけど、私の娘なんだからラレイア一族と無関係とは言えないわ、もし二人がミュセちゃんのことをないがしろにしてヴォルガーと結婚したら、かなり問題になるの」
「待って待ってママ、ねえそれってまさか、私がこいつの…」
「婚約者のフリをするの!二人はリンデン王国で出会ってるからその時婚約してても全然不自然ではないわ!」
俺がこの貧乳変態ロリレズ女と婚約してるフリだって…?
冗談きついな、何かの罰ゲームかな。
不自然が過ぎませんかね?
俺と同じようなことを考えていたのか、ミュセが眉間にしわを寄せながらこちらを向いて目が合った。
そしてはっきりこう言った。
「死んでも嫌なんだけど!!??」
俺だって嫌だ。
はじめてミュセと意見があったような気がした。




