これからのこと3
短くするのはあきらめた
なんだ、俺をつくったのはアイシャって言ったか?
だったらアイシャは俺のマザーか?
ついでに俺は自分の母親と寝たってのか?笑えないぜ。
「ワシもはじめはお主は日本から来ただけだと思っとったんじゃがのう…フォルセのやつがお主をホムンクルス、いわゆる人造生命体だと報告してきてな」
「悪いが冗談はやめてほしいんだが」
「冗談ではない、とは言ってもなかなかお主も信じられまい。やはりここは本人から説明してもらったほうが早いかの」
創造神のジジイが軽く手を振ると、白い部屋の壁が一部ドアのように開いた。
「アイシャ!!」
そこから入ってきた女性を見て俺は声を上げた。
「ヴォルさん…」
アイシャは笑顔をみせたが、すぐにその表情は消えてしまった。
「アイシャ、わかっとると思うが手短にな。あんまり長くなるとフォルセのやつがまたネチネチ小言を言うのでな」
「は、はい、創造神様」
小言が嫌だからってなんだよその理由…
文句を言いたかったが恐らく今の状況はこのジジイの好意によるものなのだろう。
文句を言うわけにはいかない。
「アイシャ、無事でよかった…と言っていいのかな…」
俺がそこからどう話を続けていいか言いあぐねていると
「私が転生刑になることはもう何があっても変わりません」
俺が一番気になるところをアイシャはすっぱりと言い切った。
「そうか…じゃあ俺が、その、この世界でアイシャに造られた…というのは本当のことになるのか」
「はい…本当です…」
はぁ、そうなのか…とだけ思った。
「これから私が貴方に何をしたかお話しします」
そう言ってアイシャは語り始めた。
………
まず全てのキッカケはあの白露水晶とかいう岩を地上で見つけたことらしい。
あれを使うと肉体と精神を分けて移動させることができるようでサイズが大きいほど精神だけで遠くへ行けるんだとか。
これまで大きくても人の頭程度の大きさのものしか無くて、アイシャの家の二階にあった部屋いっぱいの巨大なやつだと地上のすべてはおろか、神の領域まで侵入できると考えたアイシャはそれを人間たちが見つける前に地上から回収した。
試しに使った結果それは世界の壁を飛び越え、なぜか地球のVRMMO、ほわほわオンラインの世界にまで到達した。
アイシャはそこが特殊な異世界の一つだと思っていた。
そこで俺、ヴォルガーと出会い、自分が異世界の女神だと隠して一緒に遊び続けた。
やがてオフ会の話があった日、アイシャは俺をこの世界…いやもう俺じゃないな、俺の元となった人間をこの世界に転移させた。
だけどそうして呼んだ元の俺は肉体が無く、精神体だけだった。
この世界では、生命とは肉体と精神体の二つがあわさって成立すると考えているようで、そのままでは元の俺が戻るべき肉体が無くて死んでしまうと思い、焦ったアイシャはこの世界で一部の人間が研究していたホムンクルス、仮初の肉体を地上から盗んできて用意した。
一時的に元の俺は死ぬことはなくなったけど、日本には精神体のない本来の肉体を残したままなので
とにかく帰らせてくれと元の俺はアイシャを説得した。
アイシャ的には別にそのままでずっといてほしかったらしいが嫌われるかもしれないと思って了承したらしい。
そして俺が帰るとき、元の俺が驚くべきクソったれな提案をしてアイシャはそれに乗ることにした。
「つまりなんだ、元の俺が、今の俺を造れといったわけだ」
「はい、できるとは思ってもみなかったんですが…」
ここからはアイシャも自分でもよくわかってなくて俺の推測が混じるんだが、例の白露水晶、あれを使って元の俺が日本に帰るとき、ほわオンを一旦経由した。
アイシャはそこが俺の元の世界だと思ってたからな。
しかしバグなのかなんなのかその時経由したのが、俺がこっちでも体験していたR-20ってつきそうな
プレイヤーが誰もいない、リアルほわほわオンラインだった。
で、ログインやり直して、元サーバーに戻ったのはいいけど、ヴォルガーのデータがその時2つに分かれたんだ。
日本に戻った方の俺は元サーバーとは別の知らないサーバーに自分のキャラが勝手にログインしてることに気づいた。
アカウントハッキングに似てるな。
まあそれはキャラ増えないけど。
「なんかもう一人俺がそっちの世界とほわオンを行ったり来たりしてるっぽいんだけど見てきてくれない?とでも言ったんだろ」
「そうです!確かにそう言われました、よくわかりますね」
「まあ俺のことなんで…」
日本に帰った元の俺は元サーバーでアイシャと再び出会い、そう伝えた。
そしてアイシャが確認に行くと、別サーバーで虚ろな目をしてふらふら徘徊してる俺がいた。
それがたぶん今の俺。
そのことを元の俺に伝えたら、それ持って帰ってあの体につっこんでみてと言われたらしい。
何考えてんだ俺は、でも言いそうだと自分で思う。
そうして出来上がった俺は記憶があやふやで自分のこともよくわかっておらず、たまに勝手に肉体から精神体だけ抜け出して徘徊しようとする、ちょっと迷惑な幽霊みたいな感じだったので、アイシャが力を与え、精神体が肉体に定着するまで俺を眠らせておいた。
「で、誰にもバレないようにあの家を用意したわけだ」
「はい…そこで貴方が目覚めるのを待ち続けました」
「俺の元の名前に関することだけ記憶がないんだけどなんで?」
「私はヴォルさんのことは本当にヴォルガーが実の名前だとずっと思っていたのです。その、VRゲームというものをよく理解してなくて」
「はあ、それで?」
「それで…元のヴォルさんからも結局、本当の名前を聞かないままで…一番最初に貴方の名前はヴォルガー、という記憶を植え付けちゃったんです」
植えつけちゃいましたか。まあいいけど…
ただ昔のことを思い出すと、例えば、小学生のときのこととか、思い出の中のクラスメイトが『今日ヴォルガーんち行ってマリ〇カートやろうぜ』とか言ってて、それに違和感を感じてない俺がいる反面、俺はどこの国の人だよとつっこむ俺もいてとにかく変な気分になる。
「アイシャは良かったのかそれで…俺はいわばニセモノだろ?」
「偽物なんかじゃありません!」
「あ、そ、そうですか…」
「それより…私のことを憎んでいないのですか?」
「別に憎んではないな、元の俺も言わなかった?たぶん造っても本人あんま気にしないからいいよいいよって」
「い、言いました…本当にわかるんですね…」
よくわかる、俺はその場を取り繕うのに適当なことをすぐ言うし、美人の女の子と付き合えるなら別にいいじゃん、とか思うだろう。
なぜならそうやって33年生きてきたからだ。
「まぁ日本で俺が行方不明で騒ぎになってないならそれでいいや」
「それでいいんですか!?」
「いいけど…?それより俺が目覚めて、転移してきたと勘違いしてアイシャといろいろ話してた時のあれ…演技だったの?」
「はい、女は演技がうまいんですよ?」
アイシャはにっこり笑ってそう言った。
そうかもしれないけど女神なのに…神なのに平然と嘘をつくのか…
「で、でもあんなことされるとは思いませんでしたけど、その、急に顔を近づけて…」
ああ、キスとかね、したね、確かに。その後押し倒したし。
元の俺は…自分の体がないからできなかったのか。
「そういや元の俺と今の俺って姿似てるの?」
「え?最初はもっと違ったんですけど今のヴォルさんの精神体をその体にいれてから時間がたつにつれ、元のヴォルさんの精神体とそっくりな外見になったんです」
アイシャが恥ずかしいことを言いそうだったので話題を変えた。
また適当に思いつきで言った。
しかし俺ってとことん不思議生命体だな。
「あの…ヴォルさん、最後のわがままを言っていいですか?」
次の話題を考えていたらアイシャにそう言われた。
最後の…まあ…そうなるんだよな…どうあっても…
「…なんだ?」
「ヴォルさんのことは、この世界の人間として扱うことが決まりました。もうフォルセも手をだしてこないでしょう」
「そうか、それは安心だな」
「はい、ですのでこれから先、地上で他の人間のように生きてください、そして、私のことはどうか忘れてください」
「…本当にあれだな、最後まで勝手な女だな」
「ごめんなさい」
「まあアイシャのそういうところは良く知ってる、わかったよ。でも俺にもひとつくらいわがままを言わせてくれ」
アイシャが俺の目をじっと見ていた。
「なんですか…?」
「アイシャのことは覚えとくよ、この先ずっと」
アイシャが目に涙をためて俺に飛びついてきた。
そして目を閉じて口を寄せ…
「すまんアイシャ、ちょっとだけ待ってくれ」
アイシャは、え?なんで?という顔をしている。
流れ的にキスをするのはわかったがどうしても気になることがある。
「おい、そこの、いつのまにか電動マッサージチェアに座って肩を揉まれながら缶ビールを飲んでるジジイ」
「ん、なんじゃ?ワシのことは気にせず続けてよい、ちゅーじゃろ?」
「こういう時は二人きりにしてくれよ!?なにくつろいで見てんだよ!」
「フォルセみたいにいちいちうるさいのう…わかったわかった、向こうむいておるから、さっさとせい」
ジジイは椅子ごとそっぽを向いた、あとあの犬と一緒にすんな。
「ふふ…あはは」
「ん、悪いなアイシャ…何がおかしい?」
「だって、ジジイって…創造神様にそんなこという人は初めて見ました」
「あのな、何が偉いか知らんけどあのジジイは…」
俺がいろいろ文句を言ってやろうとしたら
「んっ!?」
アイシャにキスされた。不意打ちだ。
「…ヴォルさん、貴方に出会えてよかった」
「ああ、俺もアイシャに会えてよかった」
そして俺たちは体を離して向き合った。
ああ、もうその時が来たんだな、と思う。
長いようで短い時間が過ぎた後、アイシャが先に言った。
「さようなら、神を惑わす愛しい人」
「…さよなら、愛しい勝手な女神様」
お互い笑顔で交わしたそれが、俺たちの最後の言葉だった。