表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/273

先生ムーヴ

医者のドラマ見てないんだ、タイムスリップするやつくらいしか。

「先生、こいつを見てくれ、どう思う?」

「えー…なんだろう、すごく…大きいです」


 思わず言ってしまったが俺は今別にアブノーマルな状況にあるわけではない。

猫人族のおっさんから畑で採れたという…たぶんオクラ?を見せつけられているだけだ。

サイズがキュウリくらいあるのでオクラと言っていいかどうかわからない。

おっさんはオオクラという野菜だと言っている、チュウクラ、コクラがどこかにあるのだろうか。


「じゃあこれ、治療代な」

「あの無理して毎回持ってきてくれなくてもいいよ」

「いいんだよ先生には毎日世話になってんだからな!」


 そう言っておっさんは笑いつつ家を出て行った。


 家ってのは長老の息子の家のことだ、俺が診療所として借りている。

俺はここで村人たちを魔法で治療する仕事をはじめた、もう、えー…今日で六日目か。

今のおっさんは初日に来てから毎日くる。

初日は確かに怪我をしていた、足の甲が痛いというので見てみたらめっちゃ腫れてた。

ほぼ間違いなく骨折していたので魔法で治してやった。


 それで治って喜ぶおっさんに「何かあればまたいつでもどうぞ」と社交辞令的なことを言って帰したら次の日も特に怪我もしてないのに再びここへ訪れた。

以降毎日くる。


 何をしにかって?

意味のない話をしにくるんだ、嫁への愚痴とかの。

くっそどうでもいいんだけど俺はそれをちゃんと聞いて「それは大変だったね、おっさんは頑張ってるよ」と励まし優しく対応してやっている。

だから毎日来る。


 何もこのおっさんに興味があってそんなことをしてるわけじゃない、ここ大事。

おっさんに限らず、俺は治療に来た人全員に対しそういう感じで優しく対応しているのだ。

おかげでリピーターが多い。

リピーターが多い診療所って普通に考えたらヤブじゃね?

まあ治療っていうか基本的に悩み相談が多いんだけど…


 あれかなー…小さい病院の待合になぜか毎日年寄りが集まってる感じかなー…

だって今もう家の前に無駄に集まって、自分の番が来るまでだべってる奴多いもんなぁ。


 ギィ、と戸が開いて次の人が入ってくる。

長老の息子の家はログハウスみたいな感じであまり大きくはない、部屋は一つだけだ。

だから客、じゃなかった、患者が一人出ると入れ替わりで誰か入ってくる。


「ヴォルるーん迎えに来たよー」


 客でも患者でもなくてディーナだった、迎えに来たということはもうすぐ夕方か。

俺のこの仕事は日が暮れる前に終わり、シンタロウの家に戻るようにしている。

朝起きて、朝食を作り、昼の弁当を用意してここで昼食を食べ、日暮れ前に帰る生活。

ディーナたちはここに来るわけではないのでいちいち弁当は用意していない。

ていうか俺以外の昼飯はカヨさんが面倒見てくれてる。


 楽な仕事ではある、だって治療行為と言っても魔法でポンと治るんだから。

大抵の時間は訪れた人との会話によって費やされているのだ。


「今日も色々貰ってるわねー」

「半分はカヨさんにあげて」


 村人たちには金でもいいと伝えているんだが食べ物を持ってくる者が多い。

やはり食べ切れない量になるのでタマコ家におすそ分けする。

昼飯のこともあるしな。


 食べ物が無ければ毛皮とか、布、糸、弓とか農具を持ってきたやつもいた、さすがに弓は使えないし、畑も耕す暇はないのでそれらは持って帰ってもらったが。 


 貰ったものはディーナが乗ってきた魔動車に積んで持って帰る。

大した距離じゃないんだけど荷物が多くて面倒なので魔動車で運ぶことにしている。


 シンタロウ家まで戻るとアイラとタマコが出迎えてくれた。

何か最近、タマコ家の皆も夕食はシンタロウ家の前に集まって俺たちと一緒に食べる。

アイラとディーナの二人は日中カヨさんと一緒に家事をしたりして過ごすので、すっかりタマコ家の人たちと仲良くなってしまった。

特にミミコとナナコがなついている。


 で、そういうのに一番馴染めなさそうなマーくんはと言うと…


「なんつーの?風を切る、みたいなさぁ」

「わかるぜ!かっけーよな!」

「マーくん!おれもケツに乗せてよ!」


 漆黒号に跨ったまま、リク、カイ、クウの三馬鹿に取り囲まれていた。


「フッ、いいだろう、後ろに乗れ」

「ひゅう!マーくんひゅう!」

「クウふざけんなよてめー!ずりーぞ!」

「ちょマーくん!!次はおれだって!」

「おい喧嘩するな、明日の行きはリク、帰りはカイを乗せてやる」

 

 マーくんは完全に三人のボスみたいになっていた。

あの三人は舎弟ポジションなのだ。


 村人の治療のためにとどまることを決めた時、マーくんが一番問題だった。

その話をしたとき予想通り不機嫌になった。

そこで俺はマーくんに対し切り札を使った。


「借金チャラにする代わりにしばらく村で過ごして」


 これが切り札。

それでマーくんは大人しくなった、だがもう二度と使えない切り札だ。


 村で過ごすとなったからには何かしてないと退屈だというのでマーくんはタマコたちと一緒に狩りに行き始めた。

その時漆黒号に乗って行ったのだが、それがあの三馬鹿の心に響きまくった。

やはり男の子は憧れるのか、バイクに。

俺の子供時代、いや大人時代も含めて暴走族うるせーくらいしか思わなかったのに。


 あの三馬鹿もしきりにマーくんと漆黒号を褒めるものだから、マーくんも三人を気に入ったようで今や四馬鹿になりつつある。


「しかしあのうるさい漆黒号と一緒に行ってよく獲物とれるな」

「あたしらは待ち伏せしてる!マグナが反対から追い立てて来る」


 タケオさんと一緒に今日仕留めたイノシシを捌くタマコ。

はあ、なるほどうるさいのにも使い道はあるんだなあ。


 毎日なにかしら仕留めて帰ってくるタマコたちだが、俺たちとタマコ家で獲物を全て消費するわけではない。

他の村人に届けたりもしている。

普段はそうして野菜を貰ってるみたいだった、今は俺が野菜をやたら貰うので、手に入れた肉とかで余った分は他の村人にあげるだけになってる。


 この村は狐人族と一緒に住み始めたから食料も毛皮もいくらあっても困らないらしい。

タケオさんやタマコから肉などを受け取った村人たちは感謝はすれどいちいちお礼を渡したりはしてこない。

村人同士、みんなが家族みたいな感覚なんだと思う、困ってる人に支援するのが当然みたいな。


 そんな村で俺に対して色々渡してくるのは、まあ俺が要求したのもあるし、村人でないからだとも思えるが、それ以上に怪我の治療とかをかなり重要視しているからだろう。


 マグノリアにはアイシャ教がないため光魔法を使える神官もいない。

長老はごくまれに生まれつき光魔法を使える獣人族が出て来ることがあるとは言っていた。

しかしそれも10年に一人とかそんなレベル、この村には少なくともいない。

なので俺の存在というのはここではもうなんだ、神に等しいのかもしれない、言い過ぎか?


 ああそれと気づいたら先生と呼ばれるようになっていたんだが、これはどうやらオーキッドに行ったことがある村人が、医療技術局と医者のことを知っていたらしく、俺のこともそれだと思って先生と呼び始めたのが定着してしまった。


 前は家庭教師をして先生だったが今度は医者で先生だ、笑える。

魔法唱えてるだけの俺が医者と呼べるのかは甚だ疑問だが、いちいち訂正するのも特に意味ないんでそのままほったらかしだ。

医局にいたサジェスに聞かれたら怒られるかな?


「さあさ、あんたら日が暮れる前に食べなよ!」


 タマコ家からカヨさんが鍋を手に外へ出て来る。

全員で外で一緒に食べるようになったので毎日バーベキューみたいな雰囲気だ。

雨降ったらさすがにやめるだろうけど。


 俺は外で料理をしている。

今日はてんぷらだ、卵も小麦粉も貰ったからな。

この村はハーピーじゃなくてちゃんとニワトリの卵があった。


「オオクラをこんな風にして食べたのは初めてだが結構美味いな」


 タケオさんからもてんぷらは認められた。


「美味しいけど、油をいっぺんにこんなに使うから贅沢すぎて毎日は食えないね!」


 カヨさんすいません、新鮮な野菜を貰ってついついやりたくなってしまいました。


「肉のてんぷらも美味いぞ!!」

「それは一応てんぷらじゃなくてとんかつだけどな」


 イノシシ肉はてんぷらはなんかちょっと違うなと思って、パン粉を作ってとんかつにした。

タマコ以外の子供たちもバクバク食べている。

ナナコはふーふーしながら、ミミコは「あちゅいあちゅい」と言いながら食べている。

…そういえば猫人族は猫舌なんだろうか?

でもタマコも三馬鹿も普通に食べてるしな…よく分からん。


 夕食を終え、それぞれの家に戻り、外の焚火で沸かしていた湯を使って体を拭く。

日は暮れてしまったが俺は<ライトボール>があるので特に不便はない。


 でも普通に寝るのが早い生活を送っているのでそのままマーくんは一人別室へ、俺はなんかもう最初に寝てから習慣になっちゃったんでアイラとディーナと同じ部屋で寝ることにしている。


 まだ寝ないけどね、このまま田舎でのんびりスローライフみたいな感じなら寝るところだけれども!

そんなことをするために村に滞在して村人と仲良くやってる訳でもないんだなあ。


「さてじゃあ、今日までわかったことを伝えよう」


 俺はアイラに向かってそう言った。

ディーナはもう眠いなら無理して聞かなくていいよ、ベッドで横になれ。


 半目を開けて俺の話を聞こうとしているディーナだがどうせそんな状態で聞いても記憶できないので、ベッドに寝かしつける。


 それから改めてアイラと向き合い、話合いを始める。


「えーまず、村人たちだが、おおむね俺のことを信用して受け入れてくれてる」

「そうみたいですね、元々あまり警戒されてませんでしたけど」

「まあな、ただ魔力が見えるっていう狐人族は俺のことを不思議がる人もいたけど、猫人族が全然警戒してないんでそれも無くなった」


 俺がなんのために治療以外に、おっさんの愚痴とか、おばさんの世間話とか、特に聞きたくもない話を我慢してじっと聞いていたのかは村人と会話するためだった。


 どうでもいい話を聞きながら「へーそうですか、それは大変でしたねえ、ところで…」と言った感じで俺が聞きたい話をあの診療所で個別に聞き出した。


 それによってわかったことを少しまとめておこう。


 まずこの村の猫人族の警戒心の低さについてだが、彼らの半数以上が村を出たことが無く人族を見たことが無いためだった。

特に若い世代、子供なんか人族についての話もあまり知らなくて、好奇心が勝って俺たちに近づいてきている。


 一方ある程度年をとった大人たちは、人族について知ってはいた。

オーキッドやサイプラスに行って見たことがあるものもいた。


 猫人族はこのマグノリアでもかなり数が多い種族であって、西側のあちこちに住んでいるらしい。

その中でもここの村人と違って、人族に憎しみなどを抱いているものは南の山脈付近に住んでいる。

それがザミールとかにちょっかいかけてる一族のようだ。


 シンタロウの父親はどうもそこへ行っていたことがあるらしい。

もしかしたらその辺にシンタロウとシンタロウの父親がリンデン王国へ来ることになった原因があるのかもしれない。


 まあそれはわからないんで置いておこう、話を戻す。


 猫人族がマグノリアの西側を制している種族だとしたら、東側を制しているのは犬人族という種族になる。

西が猫、東が犬で別れてるわけだ。

他の種族はその二つに比べたら数がそこまでいるわけじゃないらしい。


「で、ここから割と重要なんだけど、森の中央にあるオフィーリアがいるとされてる場所は猫人族と犬人族から選ばれた守りもりびとと呼ばれる戦士が守っててやっぱ勝手に入れないみたいなんだ」

「強行突破するしかありませんか?」

「後々揉めそうなのはちょっとな…ていうかそれ以前にその守り人らがいる集落の先にも結界なるものがあって、道案内がなければオフィーリアの神殿までたどり着けず森でさまようはめになるんだってさ」

「困りましたね」


 うん困りました、村人と仲良くなって票集めて長老に直訴しよかなーとか思ってたんだけど、犬人族ってのも関わってるとなると…


 それに結局のところ、結界に惑わされないために守り人に案内してもらわなきゃいけない。


「…無理言って、ごめんなさいヴォルさん」

「ああまあそう落ち込まないで、方法がまだいくつかあるから」

「え、そうなんですか?」


 試してみたいこと?かな。

もしかしたら長老とかも認めてくれるかもしれない方法。

その一つが俺の土魔法だ。 


「俺が土魔法を使えるとなると、話が変わってくるかもしれない」

「土魔法に関してはこの村にも何人か使い手がいるようですね、カヨさんも言ってました」

「うん、俺も治療に来た人たちから聞いた、そういう人が守り人に選ばれるって」


 森は中央に近づくほど強い魔物も出て来るらしく、そのために魔法が使える者が重宝される。

タマコのように単純な戦闘能力が高くても守り人にはなれるようだが、最終的にそういう人も神殿へ行きオフィーリアの加護をもらうそうだ、それで一人前の守り人とみなされる。


「でも強い魔物がいるってことはさ、やっぱ出るんじゃないかな、怪我人」

「その可能性は高いですね」

「だから守り人の治療という名目で、オフィーリアの近くまで近づけないか試してみたい」

「長老は許可してくれるでしょうか?」

「んー今の感じなら脈アリかな?長老は治療してないけど、長老の奥さんは俺がヤナギのことを伝えたおかげでかなり信用してくれてるから」


 できることならヤナギにもこの村のことを伝えたいけどね。

ただまたあそこへ戻ってる場合でもない。

ティアナが道覚えたから時間あれば誰か連れてってあげてもいいかもしんないな。


「いつ切り出すかはヴォルさんに任せます、それまで私はディーナさんとマグナさんと待ってます」

「うん、まあ任せてよ」


 アイラが俺に無茶ぶりするのは、俺しか頼れる人がいないからだとはわかってる。

なあに神様くらい割と…会えるから大丈夫さ。

創造神だって俺は会ってるんだぜ。

もう一度会いたいかと言われたらNOと答えるが。


 そこで話を終えて、その日は眠った。


 翌日、治療をはじめてちょうど一週間となる日。

長老に話を切り出すまでもなく、予想外なことが起きた。


 瀕死の猫人族が俺の元へ運ばれて来たのだ。


 そいつは守り人だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ