早くてよく効く
本編と何も関係ないけどひなあられの白い奴だけ食べたいなあ
「おはようございます、ヴォルさん」
「…ん、ああ、おはよう」
目を開けるとベッドに腰かけるアイラの姿があった。
どこだっけここ、あ、タマコの…じゃないわ、シンタロウの家だ。
アイラは俺より先に起きていたのか、何事もなく普通に目覚めていたようで安心した。
気になることと言えば俺の隣で寝ていたはずのディーナが、今は遠く、部屋の壁際で寝ていたことくらいだろうか。
あいつあそこまで寝相悪かったかな。
「ところでここはどこなのでしょう」
思ったよりは冷静なアイラに対し状況説明した。
森、バトル、黒い巨人が地面からハーイ、アイラ気絶、その後タマコ家かーらーのー、シンタロウ家レンタルして宿泊、オーケー?
「大体の事情はわかりました」
うんまあ先ほど述べたような説明をしたわけではない、ちゃんと説明して伝えている。
それによってアイラは<イロウション>で俺に攻撃したことを思い出し、気に病んでいた。
「本当に申し訳ありません…」
「まあ特に怪我もなく平気だったんでそう気にするな、ただ<イロウション>はしばらく使わない方がいいと思う」
「そうですね、また制御できなくなったらと思うと…」
アイラの主力である攻撃魔法が封じられることになってしまった。
一応他の魔法もあるんだけどアイラは<イロウション>に比べると<ダークボール>や<ダークランス>のほうが苦手みたいなんだよね。
「私ってなんなんでしょう、イルザ様の言うように光の女神アイシャにとって不要な部分が集まってできた…出来損ないの人間なのでしょうか」
「そんな卑屈にならんでも…大体人間てほぼ大半が出来損ないみたいなもんだから」
「た、大半がですか?」
「ああ、例えばあそこの部屋の壁際でいびきをかいているやつとか、完成された存在に見えるか?」
「見えませんが…でも少なくともディーナさんは無害です、私は…自分でもわからない危険な力を持っています、こんな人間は他にいないでしょう…」
だいぶネガティブになってるなあ、孤独を感じているのだろうか。
古代ローマの…誰だったか忘れたけど「私が孤独であるとき、私は最も孤独ではない」という名言を残した人がいるが、それ引用して励まそうと思ったけどどういう意味だったか忘れちゃったのでやっぱ言うのやめよう。
なんか似たような事考えてる人は世界中にいますよ的なことだったとは思うけど違ったような気もする。
間違うと異世界に間違った名言が残ってしまうのでやはりだめだな。
となると、具体的な解決案を提案するのが一番安心できるだろうか。
「イルザが言ってたんだけどさあ、アイラが自身のことについて知りたいと思うなら水の女神に話を聞くといいらしいよ」
「水の女神…ウェリケ様、ですか?」
「うん、アイラが恐らく誕生する直前になるのかな?光の女神アイシャが俺と別れた後、最後に話をしたのがそのウェリケだと聞いてる」
肝心の水の女神とコンタクトをとる方法がわからんけどね。
アイラは少し黙った後「しばらく考えさせてください」と言ってきた。
そうだな、心身共に疲れてる状態で判断しないほうがいいだろう。
昨日飯食ってないから腹も減ってるに違いない。
「じゃとりあえず、ディーナ起こして、マーくんも呼んでご飯にしよう」
そんな感じで俺たちは猫人族の村で生活をはじめた。
………
「くらえーーっ!」
はい生活をはじめて気になるのがまずおとなりさんがうるさいということだ。
シンタロウ家を一歩外にでればすぐ見える位置にタマコの家がある。
そして表ではタマコとタマコ弟たちが争いを繰り広げていた。
タマコ弟たちはくらえと叫びつつ水鉄砲をタマコに向かって撃っている。
あれは俺がちくわ入れてた竹の容器で作った注射器みたいな水鉄砲だ。
それが作られた経緯を言うと、タマコが竹とんぼをやってたのを目撃した弟たちがそれの制作者である俺に突撃して来た、すぐだった、ほんとすぐ、シンタロウ家で目覚めて朝食とってる最中に。
当然竹とんぼくれと言われたが竹とんぼは割と手間がかかるくせにかなりのスピードで紛失される。
弟たちを見た時一日持つ気がしなかった、なので水鉄砲にした。
「遅すぎるぞ弟たちよ」
「ちくしょう!だめだ…こうなったら、カイ!クウ!トライアングルストリームをしかけるぞ!」
俺が悪ふざけで教えてやった必殺技みたいなのを叫んでる子の名はリクという、残り二人がカイとクウだ。
三人は似てるなと思ってたけど聞けばどうやら三つ子らしい。
ただし名前とは裏腹に全員が陸上でしか活動できない、カイは水中で息はできないしクウも空を飛べないということだ。
リク、カイ、クウの三人がタマコを包囲するように三方から取り囲む、そして一斉に水鉄砲を発射。
「やったか!」「まいったか!」「姉ちゃんあほ」
しかし三人の攻撃はむなしく、いつの間にかタマコはクウの後ろに立って「それはざんぞうだ」とか言っていた、お前残像の意味しってんの?
どさり、とクウが白目を向いてその場に崩れ落ちる。
あほと言ったからやられたのだろう、というか遊びで気絶させるような手刀を放つな。
俺が止めに入ったあたりでタケオさんが来て、その四名を連れて森へ狩りに行った。
彼らの日中の仕事は主に狩りのようだ。
一方家に残されたカヨさんとタマコを除く娘二人は家の仕事を手伝っている。
タマコ妹の二人のうち、大人しくて母親の手伝いを割と真面目にしてる方がナナコ、少し甘えん坊でタマコから悪影響を受けているのか、わんぱくな方がミミコと言う。
この二人も同時に生まれた、つまり双子らしい、似てないけど。
「その子、目が覚めたんやねえ、良かったわぁ全然起きないからどっか体が悪いんかと思うたんよ」
俺の隣を歩いてたアイラを見てカヨさんはそう言った。
「病気とかなら俺が治せるんでその心配はないよ」
「えっ、ヴォルガーさんは光魔法が使えるんかい?」
「ええ、結構自信あるんで、カヨさんたちが怪我とか病気してもすぐ治せるよ」
「へえ!でもウチは皆元気やからねえ、今は大丈夫やわ」
さすがタマコの家族と言ったところか、家族一同健康のようだ。
「あの…昨日はベッドを貸してもらったと聞いたので、お礼を言いに来ました、ありがとうございます」
「ええんよそれくらい、タマコがずっとお世話になっとったのに比べたらなんでもないわ!それよりあんたアイラちゃんて言うんやろ?お腹へっとらん?果物食べ」
カヨさんはどこから取り出したのかりんごをアイラにぐいぐい押し付けていた。
唐突に飴くれる大阪のおばちゃんみたいだな…
アイラはというと若干困りつつもリンゴを強引に三個も持たされていた。
「あとカヨさん、この村でお金使って買い物はできるのかな?」
「お金かあ、一応お金はあるんやけど村では使えんねえ、たまにくる行商人から買い物するときしか使い道ないんよ」
マグノリアで金を使って買い物をするという考えは持たないほうがいいのかもしれない。
行商人へ村にある資源を売って金を受け取り、その金で行商人から物を買う。
どちらか一方の金が不足したときは物々交換、というのがこの国では基本のようだ。
行商人が来ればワンチャンあるか。
「食べ物とかはウチが分けてあげるから!遠慮はせんでええよ!」
カヨさんにはそう言われたがどうしたもんかなと思いつつ、一度シンタロウ家に帰った。
家の裏ではマーくんが熱心に漆黒号を磨いている、俺も魔動車を洗車したほうがいいかもしれん、旅を続けてかなり汚れが目立つ、ティアナも汚いよりは綺麗なほうが嬉しいと思うしな…
洗車はひとまず後にしてマーくんと家の中を掃除していたディーナも呼んで四人で会議をはじめる。
議題は「食べ物くれるって言われたけどあの家のエンゲル係数高そうなので気が引ける」という件についてだ。
エンゲル係数については意味が通じなかったので食料の消費量についてだと言っておいた。
「そうよねー、やっぱり私たちも食料を探しに行く?海ないから森とか?」
「でも魚みたいに釣り竿で簡単にとはいかなそうですよね、木の実などなら私でも採れるでしょうか」
「森は魔物いるらしいからなあ、そこら辺をどうするかと考えたら…」
ちら、と俺たち三人がマーくんを見る。
最後に頼りになるのはやっぱりマーくんなんやなって。
「…言いたいことはわかるが、そもそもここに長居する必要あるか?」
おっとそこついてきたか。
「お前たち気づいてるだろ、この村は狐人族の村とはかなり違うぞ」
マーくんの言うかなり違う、という点は主に村人たちが俺たちに対する態度についてだ。
「我も外でタマコの家の者とは違う猫人族とすれ違ったが、別に何とも言われなかった、カヨに言われて知っているのだろうが、特に警戒もされていない」
俺も井戸で違う村人にあった。
「あんたがカヨの言ってたやつか」程度にしか言われなかった。
この村の人は根本的に俺たちを敵対視したり避けてはいないのだ。
だからマーくんはこう言いたいのだ「仲良くなるとかいう目的で居座るのは認めんぞ」と。
「タマコを村に送り届けるという目的はなされたのだから、あとはもうサイプラスに向かうだけだろう」
まあね、確かにね…
「えーでもすぐ行っちゃったらタマちゃん…寂しくないかしら?」
「家族がいるだろ」
たぶん寂しいのはディーナのほう、今まで一緒にいたからな、俺もその気持ちはわかるよ。
「我は食糧を集めておくのについては賛成はする、干し肉とかは全部タマコに食われたからな、旅の間の食糧が必要になるだろう」
マーくんがそういうので保存食作りのために数日滞在するという結論に落ち着いた。
ふっ、甘いなマーくん、日数を指定しないとまたずるずる引き延ばす自信はあるぜ、意味もなくな!
「ヴォルガーさん、ちょっといいかい」
会議後にカヨさんが俺を訪ねてきた。
何の用事か聞くと、村人の中に魔法で治してもらいたい怪我人がいるので着いてきてほしいらしい。
俺はそれを快く承諾した。
「それでな、悪いんやけど、その間ウチの子の面倒みとってほしいんよ」
カヨさんが俺と家を離れる間、ナナコとミミコのことを頼みたいのか。
あの二人はアイラよりも幼く、精神年齢的に小学校低学年くらいだろう。
特にミミコは目を離すとタマコの真似をして森へいこうとするとかでカヨさんはそれが心配なようだ。
「じゃあディーナとアイラは子供たちのこと、頼むな」
「わかりました」
「任せて!マーくんも一緒に…」
「我は漆黒号を磨くので知らん」
マーくんに無茶ぶりするな、そんな女児だらけのところに絶対一緒にいるわけないだろう。
それから俺はカヨさんと共に村の中を歩いて、怪我人がいる家へと向かった。
「あらあらカヨさんこんにちわ、その人が噂の?んまあ本当に人族!」
「すごいわねえ、どこから来たの?へえオーキッド、遠いところをそれはそれは」
「ほらあんた!畑仕事は置いといてこっち来なさいよ!珍しいものが見れるわよ!」
道中大量の奥様方に絡まれた、ここの人らほんとあれだな、距離近いな。
遠慮なしにすごいべたべた体触られたんだけど。
惜しむらくはボディタッチしてきたのがどれもがおばちゃんと言った感じの人たちでそこに美少女が含まれていなかったことだ。
おばちゃんたちと話をしているとキリがないので、カヨさんに「怪我人は早くみた方が…」と言ってその場を切り抜けた。
ていうかカヨさんも途中から話に夢中だった。
その間に手遅れになったらどうするのか。
「ふう着いたわ、この家よ」
目的の家についてカヨさんが戸をどんどん叩き「入るでー」とずかずか入っていく。
プライバシーとかは無いらしい。
「カヨさん!?なんですか急に?」
家の人が驚いてた、俺を見てもっと驚いてた、まあ驚くでしょう急に人族らしき人が来れば。
でも俺も驚いているのでおあいこということで。
「狐人族じゃないか」
「ああ、ヴォルガーさんそういえば前に見たことあるって言ってたね、人族は区別つかんのかと思うてたわ」
猫と狐の耳と尻尾の違いくらいわかるわ、さすがに。
その家の中にいたのはどう見ても狐人族の女性と、床にうつ伏せで寝ている狐人族の男性だった。
女性はまだ若そうだが、男のほうはそこそこ年がいってるのか茶髪に白髪が大分混じっている。
カヨさんは驚く女性に対し俺のことを話していた。
簡単に言うと君のお父さんを治せる人を連れてきたよ、みたいな。
「信用していいんですか…」
「大丈夫大丈夫!この人な、ええ人やから!」
狐人族の女性は今一つ信用してない様子だったが、カヨさんの押しによりもうそんなことは関係なしに俺は寝ている男性の元へ行かされた。
「あのー一応聞きますけど、体のどこが悪いんですか?」
「森で背中を魔物にひっかかれてな…ん、というより、だ、誰だお前は」
「まあまあまあまあ、じゃ<ヒール>ね、はい一応治ったか確認しますよー」
さっと魔法をかけてまだ魔法の光に混乱が収まらない内に男の背中の布を取る。
上半身は裸で背中にはなんか薬草?らしきものをすり潰して作ったペーストを塗りたくった布があてられていて傷は見えてなかったのだ。
それを臭いので取り外した、薬草ペーストもふき取ってみたが特に傷跡はない。
「まだ痛いですか?」
「何すん…あ、いや痛くない、え、今ので治ったのか?」
「痛くないなら治ってます」
男は布団から飛び起きて自分の体をあちこち確かめていた。
「膝も痛かったのが治ってるんだが、魔法か?」
「あー…ついでに治しときました、魔法で」
また知らん箇所も勝手に治療していた、俺の<ヒール>ほんとどういう判定してるのか、便利でいいけど。
父親が完治したことで娘もようやく俺のことを信用してくれた。
「あんたほんまにすごい魔法使えるんやね」
俺を連れてきたカヨさんも驚いていた。
「早くてよく効く!それが俺の魔法の売りです!」
なんとなくそんなことを言っておいた、決して俺のことを見ている娘が可愛かったからではない。
「ほなウチも腰がちょっと痛いんやけど治せるんか?」
「なんだぁ我慢してたの?それくらい言ってよー、はい<キュア・オール>」
カヨさんの腰に魔法をかける、なぜか腰痛とかには<キュア・オール>の方が効くんだよな。
「あらー!あらあらあら!ほんまやないの!」
「えっ、そんなに凄いんですか?」
「娘さんも気になるところあれば治しましょうか」
「じゃ、じゃあこの手を…」
見れば娘さんの手はあかぎれでところどころ赤くなっていた。
フフフ安心してくださいお嬢さんこんなのすぐですよ。
俺はその手をとって<ヒール>をかける、別に手を触る必要はないがそれはそれ、これはこれ。
「本当だわ!?あっという間に手が元通りになった!」
「おおよかったなあ!おれの世話で大分無理させちまってたからなあ」
「いいのよお父さん!もう私の手もなんともないんだから!」
抱き合う父と娘、ふういいことしたな、お礼に娘さんに尻尾でばしばしやってもらおうかな。
じゃないわ、それより先に確かめたいことがある。
「ところで二人は狐人族だと思うんだけど、この村は狐人族も住んでるのか?」
「ああこの人らはね、最近なにかと物騒やからここに引っ越して来たんよ」
「そうそう、おれたちの村に住んでたやつは全員ここに移住したんだよ」
この親子に限らず、他にも狐人族がこの村に住んでいるようだった。
それらの村人は全員が、かつては近くにあった狐人族の村からの移民らしい。
村から半数が出てって、しばらくは残された者たちだけで生活していたのだが、この猫人族の村からいっそ一緒に村に住まないかと提案されて今こうしているんだとか。
それってあれだよな、半数が出てったってところ、ヤナギから聞いた話と一致するよな。
「ヤナギって狐人族知ってる?」
「勿論知ってるぞ!旅立ったものをまとめてた女だからな!」
「この前会ったんだけどさ」
「なにいいいいいいいい!!」
お父さん落ち着いて、近い、距離が近い。
「あいつらは生きてたのか!無事なのか!」
「海の近くで村作ってちゃんと生活してるよ」
「ああ…!良かった、ヤナギ様と皆は無事に新たな村を作れたのね…!」
娘さん感動して泣いちゃってるけど…
あ、そうだ、知り合いっぽいからあれ渡しとこう。
俺はヤナギから預かった赤い櫛を懐から取り出す。
最近、絶対失くしてはだめなものは上着の内側にポケットを作って大事にしまうことを覚えた俺にぬかりはない、既に一度ぬかったあとなのだ、今後はない。
「これ、狐人族にあったら渡して生きてることを伝えて欲しいって、ヤナギから預かってた」
「それは!?ヤナギ様の櫛!間違いないわ!」
パッと見でわかるんだ、じゃあこれ、はい、と娘のほうに櫛を渡す。
いやー良かったよね、正直大事なもの預かってると紛失の可能性を考えて心配事が増えて困ってたんだよね。
俺は何度も礼を言われながらその家を後にした。
尻尾で顔叩いてもらうの忘れた、しかし父親がいたので「ならおれがしよう」とか言われる可能性もあったのでこれでよかったのかもしれない。
帰り道また数人のおばちゃんに絡まれた。
カヨさんが話をしたそうだったので一人で一足先に戻ることにした。
俺はおばちゃんの長話を何度も聞きたくはないのだ。
だがこの時ちゃんとカヨさんに言うべきであったかもしれない。
おばちゃんのネットワークを甘くみすぎていた。
次の日、俺は猫人族の長老の元へ連れて行かれた。