じゃあ行こ
闇魔法は風評被害をうけています
兎人族に襲撃された地点からしばらく先へ進み、俺はもう一度魔動車を止めた。
血の匂いに他の生物が寄ってこないか、それとあいつらが人数増やして仕返しにやってこないか心配だったがまあこれくらい離れれば平気だろう。
仕返しに関してはあの有様ならまず無いとは思うが。
ていうかとうとう殺人行為に関与してしまった…仕方なかったとはいえなにかもう完全にアウトローな世界の住人になってしまった感がある。
別にそれについて特に感慨深いものはないが…いつか俺も「とりあえず殺す」みたいな発想を持ってしまわないかという点だけは心配だ。
俺は神でも獣でもなく生涯人間でありたいのだ。
そっと後部座席を見る、アイラはディーナの膝枕の上ですやすやと眠っていた。
<ヒール>とか<キュア・オール>を一応かけてはみたものの変化はない、これが正常な状態なんだろう。
「じゃあタマコ、ここからは一人で行けるか?」
「うん、待ってて、すぐ戻るから!」
俺がここで魔動車を止めたのはタマコの村付近まで来たとわかったからだった。
この先は一旦タマコに先に村へ行って俺たちが行っても平気なのかどうか確かめてもらうことにした。
いきなり行って狐人族の時のように誤解されてまた揉めるのはゴメンである。
「行く前にあれやって!」
「ん?あれってなんだ?」
「びゅんびゅんできるやつ」
タマコの意味不明な要求、ああ魔法かけろってことかな。
俺は<ウェイク・スピード>をタマコにかけてやった。
「いってきまぁぁぁぁ…」
最後のほう聞こえないくらいの速さでタマコは走り出していった、そこまで急がんでいい。
残された俺たちはと言うと、魔動車の後ろに集まってちょっと会議だ。
アイラは寝てるので俺とディーナとマーくんの三人で。
「これからどうする?」
「タマコの村で休めるならそこでアイラを休ませたいと思ってるけど」
「結局アイラの様子はどうなんだ?」
「中で寝てるわ、それ以外はおかしなことはないと思う」
マーくんとタマコはアイラが倒れた原因を詳しくは知らない。
あれを見ていたのは俺とディーナだけだった。
タマコは「アイラは疲れて寝ちゃったんだよ」って説明で納得してたけどマーくんはそうもいかない。
あの時何があったのかざっと説明した。
「<イロウション>を使ったら黒い巨人が出てきただと?」
「正確には地面から出かけていたのを俺が止めて消滅させた」
「で、直後に魔力切れで倒れたのか」
俺はさらに<イロウション>についてわかる限りのことを説明した。
本来は闇の腕だけを地面から生やして操作する魔法だと。
「今まではあんなことなかったわよね?どうして急に腕以外も出てきたのかしら」
「思い当たる節と言えば、俺が強化魔法をかけたことくらいだな」
「それ以前に<イロウション>とは何なのだ?ヴォルガーはどこでその魔法を知った?」
ディーナがちらちらと俺を見る、うんまあ何を言わんとするかはわかる、マーくんにもいつかは教えなければならないことだもんな。
「ええっと…信じてもらえるかわかんないんだけど…」
俺は自分がこことは違う世界から光の女神アイシャの力によってこの世界へと来たことをマーくんに伝えた。
ただし女神と同棲してた部分は省く。
「なるほどな、道理で我も知らないような魔法を使うわけだ」
「あ、それで納得するんだ?」
「あのマーくん!!ヴォルるんは別の世界から来た人で魔族ってイルザ様は言ったけどええと、悪い人じゃないから!安心して!」
「魔族?」
ディーナよ、なぜ余計なことを言う。
「まあとりあえずそんな感じ、今の話は内緒で今後ともヨロシク」
「待て、魔族の話はどうした?」
「まぞ…く…?うっ、頭が」
「魔族というと、ルグニカ大陸にいたという種族だろ」
ごまかしは通じなかった、結局マーくんにも過去に俺と同じ世界から来た人たちが魔族とか言われてたらしいんすよハハハとか言わざるを得なかった。
もうなんやかんやぶちまけたので開き直って俺はかねてより聞きたかったことをマーくんに尋ねることにした。
「魔族に関して普通の人はどれくらい知ってるもんなのかな」
「そうだな、各教会に世話になったことがある者なら大抵知っている、女神の加護は魔族を倒すために人々に授けられた力だと神官たちは説いてるからな」
「私は王都の神殿にいたけど全然知らなかったわ!」
おい、威張るな元聖女、ていうかそれ言っていいのか。
見ろ、マーくんが何言ってんだコイツ?って顔してるぞ。
俺のことバラしたしディーナのこともついでにバラすか。
「マーくん、実はディーナはこう見えてアイシャ教で聖女とか呼ばれてた事があるんだ」
「………いや、さすがに我とて何が真実で何が嘘かくらいかはわかるぞ?」
それはつまり俺の異世界人説は真実で、ディーナ聖女説は嘘だと思ってるわけですね?
「そんなことを言ってるようではまだまだだなマーくん…」
「おいまさか、ありえんだろう?これが?これだぞ?」
「ねぇ、あの、ねぇ?そんなにおかしい?」
おかしいかなー…だってマーくんも「ヴォルガーが異世界人とかよりもそれのほうが信じられん」と言って太鼓判を押してくれているわけだし…
「光の女神は何を考えてこいつを神の声を聞くものとして選んだんだ…相当いかれているな」
「ひどくない!?」
「まあまあ、そうだついでに女神のことも聞いとこうかな」
この世界の宗教あんま関わりたくないから積極的に調べようとしなかったんだけど既に手遅れ感が出てきている気がしなくもないのでこの際だからアイシャ以外のことについても知っておこう。
ディーナとマーくんから聞き出した情報によると、この大陸の人々に知られている神は、光の女神アイシャ、火の女神イルザ、水の女神ウェリケ、土の女神オフィーリア、風の女神エストの五名になるらしい。
これは俺も聞いたことがあるので知っている。
で、各地に教会があるのがこのうちアイシャ、イルザ、エストの三つだけになる。
リンデン王国がアイシャ教、オーキッドがイルザ教、サイプラス共和国がエスト教を中心に信仰しているがそれぞれの宗教の教会に関してはオーキッドにはエスト教の教会が、サイプラスにはイルザ教の教会が無く、三宗教全ての教会があるのはリンデン王国のみになるらしい。
では残されたウェリケとオフィーリアはどうしたということになるが、オフィーリアは主に獣人族から信仰の対象となってはいるけれど、教会とかは別段作ったりはしてない様子。
ウェリケの方はというと…これがよくわからない。
「ロイとモモから少しだけ聞いたことがある、それによると水の女神は気まぐれでどんな種族にも加護を授けたりするが、こちらから祈りを捧げて呼びかけても一切反応はしないらしい、用があるときは加護を授けた者を適当に選んで一方的に話しかけて来るそうだ」
「じゃあ神殿とかもなし?」
「それはあるらしいぞ、ロイたちは故郷の山奥にあると言っていた」
…イルザのアホは、アイラのことが知りたければウェリケに聞けみたいなことを言ってた気がする。
しかし連絡が取れない相手をどう探せというのか、通信クリスタルが無事だったらそこんとこちゃんと説明しろよと文句を言いたいが今となってはイルザとも連絡不可能だ。
いやさあ、別に水の女神がどこにいようがどうでもよかったんだよ?
アイラの<イロウション>があんなことにならなければたぶん一生そう思っていた。
ただ…黒い変なのでてきちゃった以上、ウェリケから話を聞かなきゃいけないのかもしれない…
アイラは自分のこと、自分であんまりわかってないからな。
まあアイラのことはアイラが目覚めてからでもいいや。
もう一つ、マーくんに聞いておくべき謎なことがある。
「あとさあ、アイラやマーくんに闇魔法を授けているであろう闇の女神様は何て名前なんだ?」
二人も闇魔法の使い手が身近にいるのに俺は闇の女神についてほとんど知らなかった。
過去に日本人を大量召喚しちゃったのが昔の闇の女神で、今は別の闇の女神がいるくらいかな、俺が知ってるの。
「わからん」
俺の問いに対するマーくんの答えはシンプルなものだった。
名前どころか声も姿も不明、ウェリケ以上に謎の存在であるという。
「わからんて…じゃどうやって闇魔法使えるって自分で気づいたんだ」
「頭の中に<ダークボール>の詠唱が突然浮かんだ、以降たまに新たな闇魔法の詠唱が唐突に頭に浮かぶことがある、おい言っておくがこれは我がおかしいわけではないぞ、闇魔法が使える者は全員そうなのだ」
闇魔法が使える人は全員おかしいということか…
俺は心に浮かんだ言葉をそっと胸にしまっておくことにした。
「アイラちゃんもマーくんも、普通じゃないもんね…闇魔法が使える人は皆がおかしいわけね」
だからなぜ余計なことを言うのだディーナよ。
マーくんにギロリと睨まれ、自らの迂闊な発言に気づいたディーナは光の速さで土下座をしていた。
土下座までの流れるような一連の動き、まるで無駄が無い。
いや無駄な技術を無駄に習得しているという観点から言えば無駄の極みである。
ディーナが頭を地面につけて二分ほどたったころだろうか。
遠くから「おーい」と叫ぶ声が聞こえてきた。
タマコが戻ってきたようだ。
「ただいまーっ!」
「タマちゃんおかえりー」
さりげなく土下座の体勢から復帰してタマコに駆け寄るディーナ。
「じゃあ行こ」
そう言って魔動車に乗り込もうとするタマコ、待て待て。
「その前にだな、ちゃんと村に着いて両親には会えたのか?」
「会ったよ!お父さんとお母さんいた、でもシンはいなかった」
シンタロウはさすがにまだここまで来てなかったか。
「それで、俺たちのことはちゃんと話してくれた?」
「うん、友達連れてくるって言った」
「その友達は人族って教えた?」
「教えたよ!」
一応言うべきことはちゃんと言ったのか…しかしなんだろう、この不安。
「じゃあ行こ」
「もうちょい待って!それでお父さんお母さんは何て言ったの?人族連れて来るって教えたら」
「え?聞いてない、教えたから走って戻ってきた」
「はははそっかー聞いてないかー」
ちゃんと返事を聞いてから戻ってこいと教えるべきだったようだ。
これでは歓迎してくれるかどうかさっぱりわからない。
このまま進んでいいのか、それとももう一度タマコだけ向かわせるべきか。
「おい誰か来るぞ」
悩んでいたらマーくんがそんなことを言った。
タマコが走ってきた方向から二人ほどこちらへ向かってくるのが見える。
「タマコぉ!待たんかーー!」
男と女のようだ。
必死に走ってきたのかすごい形相をしている。
「あれお前の両親じゃないの?」
「本当だ、お父さんとお母さんだ」
面倒な予感がしたのでタマコを両親の元へ行かせる。
俺は少し離れてついて行く。
マーくんとディーナにはとりあえず魔動車の傍で待ってもらうことにした。
「はあーはあー、おえっ」
「ふうふう、あんた大丈夫かい?」
全力疾走だったのか息も絶え絶えなタマコのご両親。
「まったく、急に帰ってきたと思ったらまたすぐ飛び出して行って、どうなっとんね?」
呼吸が苦しい父親に代わり、母親らしき人物がタマコに話しかけていた。
ご両親の頭には当然ながら猫耳がついているな。
「友達、これ」
タマコが俺のことをこれ呼ばわりして指さしたので、まあもう出て行って俺が説明するしかないよなあ。
「あ、どうも、はじめまして」
「はあ、あんたがタマコのともだ…ほんまに人族やないの!」
あれーちゃんと説明したんですよね?タマコさん?
お母さんびっくりしてバックステップ決めちゃってるんですけど?
「…ふうー、母さんは下がっててくれ、人族を連れて来ると聞いて何の冗談かと思ったが、本当のことだっとは」
「ええーとなんか驚かせてすいません、タマ…娘さんにはきちんと話すように伝えてから村へ行かせたのですが」
「あたしちゃんと話したよ?」
タマコが俺を見る、俺は父親の方を見る、父親は首を振る、子育て大変ですね。
とりあえず俺は敵意はないですよということをアピールするために両手をあげて、タマコの両親が落ち着くのを待った。
少しして息が整った二人は、俺との会話に応じてくれた。
これはタマコを先に行かせたことに少しでも意味があって良かったと思っておこう。
「じゃああんた方は、オーキッドでタマコを見つけて、そっからはるばるここまで連れてきてくれたのか」
「ええ、後ろにあるアレに乗ってここまで来ました」
「はあーあっちの国にはえらい乗り物があるんやねえ、向こうにいる二人もあんたの仲間かい?」
「そうです、もうひとり子供がいるんですが、その子は今あの中に乗って寝てます」
それからお互いに名前を教えあった。
タマコの両親は父親がタケオ、母親がカヨと名乗った。
俺のほうは自分以外に後ろにいるマーくんたちのことも教えておいた。
「ヴォルガーさんはしかしあれやねえ、随分丁寧な喋り方をするんやなぁ、人族は乱暴者ばっかりで兎人族と大して変わらんと聞いとったのに」
「そういえばなんで変な喋り方してる?いつもと違う」
一応初対面だからね、あとお母さん、兎人族と一緒はさすがにあんまりです。
「話づらいなら普通にこんな感じで話すけど?」
俺がそう言うと両親共にそうしてくれと言うので敬語はやめることにした。
「兎人族と言えば少し前に会ったな」
「ええ!?あいつらこんなところまで来たのか!」
「ああいや、森の入り口付近で」
「あたしらが倒したからもういない!逃げてった!」
「タマコ!あんたはまた無茶なことばっかしてどんだけ親に心配かけさせよるん!」
死体とかそのままで来たけど良かったのかどうかを聞いたら、別にそれはどうでもいいらしい、魔物が今頃食べてるだろうとのことだ。
それよりなんか追っ払ったことについて感謝された。
兎人族は全方位に喧嘩売って嫌われてんだな。
「娘も連れてきてくれた上に兎どもも追い払ってくれたんじゃあ何もせんわけにはいかんなあ」
「そうやねえ、人族やけど悪い人たちやなさそうやし」
「じゃあ行こ」
本日三度目となるタマコのじゃあ行こが出たところで俺たちは村へと案内されることになった。
村の住民たちにはタマコの両親からちゃんと説明してくれるらしいので一安心だ。
あとタマコは魔動車には乗らせず、両親と共に歩いて行かせることにした。
タマコとタマコの両親も乗せるとなるとさすがに少し狭くて厳しいものがある。
まあ乗れるスペースがあったとしてもあの二人は乗らなかったとは思うが。
後ろからゆっくりついてくと言って、魔動車を動かしたらものすごいびっくりしてたので。
「あははは、怖くないのに」
開けておいた窓からタマコの笑い声が聞こえて来る。
お前…両親を笑い者にしてるけど自分は最初びびって車体の下で頭うってのびてただろが…
どうやらタマコはそのことについて、微塵も覚えていないようであった。