アバランシュの狂気2
なんで皆貴族の話とか書けるんだろう、すごいわ
「どういうことだ…」
ブラウン侯爵の屋敷の前では門番だったと思われる兵士が二名、死体となって転がっていた。
最初死んでいるとはわからなかった、どこにも外傷がなかったのだ。
毒かなにかで殺されたのかもしれない、そう判断した。
私の部隊が真っ先にここへたどり着いたはずだった。
しかし私たち以外の何者かがこの門番を殺している。
周囲の警戒に連れてきた三分の二の兵士をあたらせた。
私は残りの兵と共に屋敷内へ急ぐ。
建物に入ろうとしたまさにその時、ガシャンと音を立てて窓から何かが飛び出して来た。
「ま、魔物!?なんで魔物が公爵の屋敷に!?」
兵の一人が動揺して叫んだ、しかしすぐに槍を構え魔物と対峙する。
出てきたのは角の生えた狼…ホーンウルフだ、そこまでの脅威ではない。
だが数が多い、一階にある大半の窓から飛び出して来て我々を囲んでいる。
12、3匹というところか。
「私が先に中へ入って屋敷内の安全を確保する!お前たちは玄関を背に半円を組み、屋敷内に下がりつつ槍で対処しろ!」
命令と共に私は屋敷内に飛び込む、案の定中にも三匹いた。
私に気づき、飛び掛かってきた一匹の胴体を切り払う。
左右からきた二匹のうち右側のものは剣を上に掲げたまましゃがんで飛び付きをかわす。
左側のものは身をかがめて走ってきたので顎に拳を当て、怯んでふらつく頭を踏み潰して殺した。
生き残った一匹は仲間の死体に何も思うところはないのか、再び飛び掛かってきたので正面から顔面に突きをいれて串刺しにしておいた。
そして剣をすぐ抜いて周囲を見る、他には…玄関ホールから二階へと続く階段の先、そこにある部屋の扉がバタンと音をたてて閉まった、誰かが中に入ったようだ。
「追いかけますか?」
私に続いて屋敷に入ってきた兵もその音を聞いていた。
外のホーンウルフはまだ残っているが時期に片付くだろう。
私の部隊にその程度の魔物に殺される間抜けはいない。
「六名は二階へ行ってあの部屋から順に調べてくれ、見つけたのが使用人やメイドであっても油断するなよ、既に屋敷内がこの有様だからな、残ってるものは怪しいやつだけだ」
「隊長はどちらへ?」
「私は二人連れてあの部屋とは逆方向、一階の左側通路から調べる、私たちに行かれては困ると考えてわざと二階の扉の音を聞かせたのかも知れない、それにホーンウルフが出てきたのは全て一階の窓だ、一階のほうが何か隠したいものがある様にも見える」
「了解しました」
私が部隊の中でもっとも腕を買っている直属の部下の兵を二人連れ、一階左側の通路に面した部屋を調べていく。
扉は鍵がかかっているかどうかいちいち調べるのが手間なので全て蹴破っておいた。
三つほど何もない部屋が続いたが、次の部屋で中に人影が見えた。
女がこちらに背を向けてテーブルの向こう側にいる、メイドか…?
「隊長!こやつ人ではありません!」
連れてきた部下の一人が素早く槍を女に突き刺した。
槍が刺さる瞬間、振り向いた女の顔は人の顔ではあったが…口から異様に長い舌が伸びていた。
「なんでラミアがメイド服を着ているんだ…」
女の下半身は蛇の胴体だった、ラミアという魔物だ。
…まいったな、先ほど私がメイドであっても気を付けろと言ったばかりなのに。
兵が槍を繰り出す瞬間までメイドかと思って話しかけるところだった。
槍で胸を一突きにされたラミアは断末魔をあげて既に死んでいる。
しかし殺した本人も不思議がっているようになぜメイド服を着ているのかがわからない。
ブラウン公爵は魔物を雇っているのか?馬鹿馬鹿しい。
言葉も通じないしこいつらは人を食料としか考えていない。
ありえない。
ありえないが…ならこのメイド服を着たラミアはなんなのか。
「こいつまさか…言葉が喋れた…ってことはないですよね」
「そんなラミアがいると聞いたことはない」
訳がわからないが、そのラミアについては一旦考えることをやめ、次の部屋を調べることにした。
だが他の部屋は何もいなかった、ホーンウルフもメイド服を着たおかしなラミアも。
最後の部屋まで調べ、特に変わった様子が無いとわかって反対側の通路へ行くべきかと考えていた時、本棚を調べていた部下が隠し通路を発見した。
地下へと続く階段、こんなものまであるとは。
ここを降りて下を調べるべきか?
しかしまだ分けた部隊とも合流できていない、一度戻るか…いや。
今までの魔物や二階の物音が時間稼ぎの囮だとしたら?
そう考え、ここは急ぎ調べることを優先した。
<ライト>の魔法を階下に投げて様子をうかがう、何も反応はない。
私は部下と共に階段を降りて行った。
そして…そこで見つけてしまった。
地下にあった大量の死体。
人族、ドワーフ族、獣人族…報告になかったエルフ族の死体まである。
腕や足が切り落とされ、欠損しているものもあった。
また地下にあった別の部屋には拷問器具のようなものが大量においてあった。
拷問されて死んだのか?なんのために?
彼らを拷問して何が得られるというのか。
「た、隊長!こっちに来てください!!大変です!」
部下の声が別の部屋から聞こえた。
慌てた様子だったので急いでそちらの部屋に行く。
「こ、これ…なんです…かね…?」
そうして部下が見ていた物に私も目を向ける。
巨大なガラスの水槽か…?濁った水が入っている…ん、今のは…人の顔!?
「人が入っているのか!」
部下が頷く、どうやら同じものを見て慌てていたらしい。
私は水槽を蹴破ろうとしたがとてつもなく硬く、不可能だった。
「何だこの強度は!?」
剣でも槍でも破壊できそうにない。
中の人物が生きているとも思えなかったが万が一ということもある。
私の中にこれ以上死体は見たくないという気持ちもあったのかもしれない。
「ならば…光よ!我が呼び掛けに応じ力となれ!不屈の意思は秩序をもたらす刃とならん!<クリエイト・ライトブレード>!」
私は剣が得意なのに比べ魔法は不得意だ、たった二つしか使えない。
一つは光魔法の初級である、ただ明かりを出すだけの<ライト>。
そしてもう一つが、女神アイシャ様より神託にて授かったこの光の剣を作り出す魔法。
「これならばっ!」
私の振るった光の剣はガラスの水槽をたやすく切り裂いた。
すぐに切れ目から大量の水が流れ出し、その勢いでガラスにヒビが入り、大きく砕けた。
「ちょ、隊長!割るなら俺たちが離れてからにしてくださ…うわあああ!?」
水と共に流れ出して来たのは黒髪で裸の…男とも女ともつかない顔立ちの人族。
それも一人ではない、四人だ。
「息はあるか?」
部下がおそるおそる全裸の人物を確認する。
「…いや、死んでます、どれも息をしていません」
「そうか…」
「というか隊長…こいつら…兄弟、なんですかね…?」
「なぜだ?」
「いやだって、顔がそっくりですよ、どいつも」
確かに言われてよく見れば、どの人物も全くと言っていいほど同じ顔立ちだった。
そしてさらに、顔よりも驚くべきことに私は気づいた。
「こいつら…兄弟以前に男か女かもわからないな…性器らしきものが無い」
「うわっ、本当だ、棒どころか穴もついてねえ!」
下品な言い方をするな、と余裕があれば咎めるところだが、私にそんな余裕はなかった。
私たちの前には人族なのかどうかも怪しい生き物の死体があるのだ。
「っっ!?そこに誰かいます!!」
部下の一人が唐突に叫んだ、槍の先が示す方向には古びた机…その下に隠れるように、何者かが潜んでいた。
「ひっ、こ、殺さないで!言う通りにします!だからやめてお願いしますお願いしますお願いします…」
机の下にいた人物は床に頭をこすりつけながらひたすら懇願していた。
こちらが、そこで何をしているのか、名前はなんだとか、落ち着けと言っても全く聞いてくれない。
声から女だとはわかるが…
「とりあえずそこから出て来てくれ」
私が手を差し伸べると女は「いやあああああああ」と狂ったように叫んで私に飛び掛かってきた。
「あああああ…あ…」
当身を食らわせ女を気絶させる、やむをえまい…
そして改めて女を見ると、その頭には人族には無い耳と、尻からは獣の尻尾が生えていることに気が付いた。
「獣人族、か…」
私は獣人族が好きではない、普段はザミールを守るために討伐すべき対象として見ている。
娘のことがあってからはさらに嫌いになった。
しかし…先ほどみた死体の山…
あれはもう、種族などお構いなしに積まれていた。
死ねば結局、皆同じなのだと言わんばかりに。
そして今、私は獣人族の女を抱きとめている。
彼女はここで何があったか、この同じ顔をした、男でも女でもない死体が何か知っているかもしれない。
私は女を抱きかかえ、屋敷の外へと連れ出した。
その時は不思議と普段の私が抱く獣人族に対する嫌悪感は湧いてこなかった。
むしろ、このような場所を作って何かをしていたブラウン公爵が、自分と同じ人族であることに強い嫌悪感を感じていた。
………………
………
「先ほどから疲れた顔をして何やら考え込んでいるな、今日は正式な会談ではない、別に休んでも構わんぞ?」
馬車の向かいに座るニコラスの声で私は現実へと引き戻された。
「ああ、いや、平気だ、それより正式な会談と言うのは?」
「聞いていなかったか、やれやれ、ならもう一度言おう、明日ここへリンデン王国の代表として第三王子クレスト様が来られる、今度の事件のことでオーキッド側の司祭ロリエ、剣豪イスベルグ、この二人と話をするために」
第三王子がなぜ?初耳だ。
「なぜ第三王子が?という顔だな」
「い、いや…まあ王が来られないのはお体のこともあるのでわかる、しかし事態を軽く見ていないのならばもっとその…」
「クレスト様では不足だと?」
「そうは言っていない!」
口ではそう言ったが、内心は不足だと思ってたのでドキリとする。
クレスト様が悪いという訳ではない、ただなぜ次期国王となることがほぼ決定している第一王子か、もしくは現国王と第一王子を支えるほどの頭脳を持つ第二王子が会談に来ないのかがわからない。
クレスト様は…民に人気はあるが…外交や政治に関して優れているかは…いやニコラスに頼りきりな私も偉そうに言えたものではないので何も言えないが…
「言いたいことはあるが、自分のことを考えると偉そうなことは言えない、とでも思っている顔だな」
「うぐっ…どうして分かるんだ…」
「それなりに長い付き合いだ、君の考えていることくらいわかるさ」
私はニコラスの考えていることなどサッパリ分からない。
なぜ貴族というものは相手の考えが読めるんだ?
妻もなぜか私が考えていることが分かるようだし…はあ。
「では君が納得いくように説明しておこう」
「頼むよ」
「うむ、ではまず…第三王子が来る理由だが、彼の隣にいつもいる女性のことを思い出してみたまえ」
隣?ああ、伴侶、妻となった人のことか、確かクレスト様は貴族でもなんでもない、普通の女性を…あっ。
「クレスト様のお妃様はドワーフ族だ」
「そう、王都の劇団で働いていた人気者の女性だな」
そうだった、あまりに人気があって第三王子に情熱的に口説かれたとかいう女の子だ。
そんなことがあって王都ではいつの間にか背の小さい女性がなぜかもてはやされる様になったと聞いている。
「お妃様も一緒に来るのか?」
「そういうことだ、オーキッドに対して少しでも印象を良くするためにそういう手段をとることになる、実際今オーキッドと友好的な関係を結べているのはクレスト様がドワーフ族の女性を正室に迎え、王がそれを認めたことによる部分が大きい」
「なるほど…ん、でもクレスト様は会談の後王都に戻るのだろう?アバランシュの統治はどうなるんだ?他に代わりの者が来るのか」
「いや、クレスト様がしばらく領主代理となる」
いやさすがにそれは…無理だろう、王子だぞ?ここを王家の直轄地にするのか?
王都と離れすぎていると思うのだが。
「ブラウン公爵は死体で見つかった、だからもう領主を続けるのは無理だ、生きていても無理だったがね」
…確かにブラウン公爵は死体で見つかった。
二階を調べさせた部下が書斎で死んでいるのを見つけたのだ。
顔を知る私が確認したので本人で間違いない。
死因については謎のままだ、門番と同じように何の外傷もなく、ただ座って死んでいた。
それとは直接関係あるかわからないが、あの時聞いた扉を閉める音は、ゴブリンが原因だった。
屋敷の中にゴブリンがいたのだ、普通ならありえない。
さらにそのゴブリンは人が着るような服を着ていたのだ、私が見つけたラミアのように。
部下に襲い掛かってきたそうなので、結局はラミアと同じようにすぐ死んでしまったが。
「おっと、また難しい顔しているな、今はクレスト様の話だ、あの屋敷のことは後程話そう」
「…ああ」
だからなんでわかるんだ?
「それでクレスト様が領主代理になる予定だが、補佐として私が付くことになりそうだ」
「そうか、ニコラスがいるなら平気…ん?いや待ってくれ、ザミールはどうなる?」
「それは君が私に代わって統治する」
…は?
「公爵の席が一つ空いたので順当にいけばいずれ私が後釜におかれるだろう、そして君は子爵になり、ザミールの統治が仕事になる」
「いやいや待ってくれ、急に領地なんか与えられても困る!」
「困ると言われても、既に通信クリスタルを使ってそのように決まったと王都から連絡が来ている、王命に背く気かね?」
「無理だ!?君だって知ってるだろう!僕の両親は畑を耕していたただの農民だぞ!息子の私が領地経営についてなどわかるわけがない!」
「私の元で学んでいただろう」
そ、それはそうだがその一応というか形だけというか…大体は妻のほうが詳しいくらいだし…
「レックス、よく考えてみてくれ、君の娘のことを」
「な、なんだ?ララとルルがどうかしたのか?」
「今はまだ幼いから良いものの、いずれごまかせんようになるぞ?」
「なんのことだ…?」
ニコラスは額に手を当て、やれやれと言うような気分を態度で示した。
そして私の娘を真似る様な口調で恐ろしい事を言い始めた。
「あれ、どうして私のお父さんは、男爵なのに領地がないの?他の男爵位の貴族は皆領地があるのに」
「うわああああああああ!?」
「お父さん、今日学校で言われたの、お前の親父はいつまで居候みたいな貴族なんだ?って、どういう意味?」
「やめてくれえええええ!」
なるべく考えないようにしていたことを遠慮なくニコラスが告げて来る。
「これが嫌なら観念したまえ」
「くう…そうか、やるしかないのか…しかし、私にできるだろうか…」
「問題あるまい、ザミールの民は君のことを大いに信頼している、それに困ったことがあればリアナ嬢の家を頼ればよかろう、それでも不安なら新たに側室をとってはどうかね?クリンジー伯爵の娘が年頃だと聞いている、ちょうどいいだろう」
「いやそれは…」
「クリンジー伯爵は取り立てて目立つような存在ではないが、それこそがコムラードを上手く治めている秘訣とも言える、それを見て育った娘もきっと力になってくれるだろう」
妻一人、娘二人でも精一杯なのに側室なんてとても考えられない。
「側室もダメかね?ふむ…ああそうだ、どうしてもというならザミールを君が治めずに済む方法があるぞ?」
「なんだって?そんな方法があるなら早く言ってくれればいいのに」
ニコラスはこうして私があたふたするのを知っていて肝心なことを教えず、面白がるフシがある、悪い癖だ。
「アバランシュは立て続けに領主が問題を起こしている、オーキッドからすれば次こそ信頼できる人物に治めて欲しいはずだ、そういう点では君も条件にあてはまる、何、なんとか私が手を回せば君はザミールではなくアバランシュの領主になることも…」
「済まなかった、私が悪かった、ザミールをどうか私に任せてくれ」
「ああ、任せたぞ…と、どうやらオーキッド軍の用意したテントに着いたらしい、馬車を降りようか」
ニコラスは悠々と馬車を降りていくが私はとてもそんな気分ではない。
重い気分だったのが、別の重い気分で塗り替えられただけだ。
「ふむ?まだ顔色が優れないようだな、仕方ない、例の獣人族の女性に関することは私がロリエ司祭から聞いておこう、君は明日に備えて休むといい」
「そうさせてもらうよ…」
私は馬車を降りて、私の部下が用意した仮設テントがあるほうへと歩いて行った。




