裁きの神
犬より猫派かな
俺たちは現実に戻ってきた。
異世界の新築一戸建てで実は神様とかいう金髪の美女と同棲生活をしていたとしてもここが俺の現実だ。
言葉にするとまるで現実感ないな。
「いつかは、こうなることはわかっていました」
白露水晶のある部屋から出て、ドアを閉めるとアイシャはそう言った。
「なあ裁きの神とやらが来るとアイシャはどうなる?」
「私がここに隠れ住んでから今日までのことを罪に問われるでしょう」
「やっぱり俺を呼び寄せたことは結構マズイのか?」
「…はい、ただそれ以外にもきっと…」
まあ日本であっても拉致して監禁したら犯罪だけどこの世界だと、しかも神様の基準だとどれくらいの罪なんだろう。
「具体的にはどういう処罰を受ける?」
「それにはワタシがお答えしましょう」
1階に降りる階段のほうから知らない男の声がした。
アイシャはそれを聞くと俺をかばうように俺の前に立った。
「無断で異世界への干渉、さらに異世界人の召喚ならびにそれらの隠蔽工作…合わせて500年の封印刑といったところですか」
階段の奥からそう言いながら顔を出したそいつは人の顔をしていなかった。
頭の部分が黒い犬だった。
ドーベルマンみたいな。
「フォルセ…もう来ていましたか…」
アイシャが厳しい表情で眺めているからにはこいつが裁きの神で間違いないんだろう。
しかし封印刑て…まさか500年も牢屋行きってことか?嘘だろ?
「もっと早く来ていたのですがね、アナタ方が肉体と精神体を分離して何かしていたようなので少し待たせてもらいましたよ」
「な、なあもう少しなんとかアイシャの罰を軽くしてくれないか?俺はここに連れてこられたけど危害を加えられたわけではないし」
「そういう問題ではないのですよ人間、神には神の法がある、そしてワタシはそれを遵守する神、それを…ん…?」
フォルセという犬の顔した神は俺を見て言葉を止めた。
「…ああ、申し訳ない、先ほどのワタシの判断は間違っていました」
「そうか!さすが神様!話がわかる!」
俺はその言葉にもしかしてアイシャへの罰が軽くなるかと期待した。
「女神アイシャは禁忌を犯した罰で転生刑、そちらのアナタは即刻この場で処分が妥当、よってこれより刑を執行します」
「ヴォルさん離れて!!」
何かよくわからんけどさっきより重い処罰になった?と思った瞬間、フォルセの手から凄まじい稲妻がこちらに向かってほとばしった。
ズザァァァァと言う音と共にいつのまにか俺は家の外の地面をアイシャに抱きかかえられて倒れた状態で体ごと滑っていた。
「痛っ、あつっ、は?何が起きた?」
「……!………!」
アイシャが何か言っているが耳がよく聞こえなかった。
もしかして今、俺はあの犬の神様に殺されそうになったのか?
滑る勢いが完全にとまって、家のほうを見た。
かなり離れていてもはっきりわかるほど2階の壁に大穴があいていた。
あそこから吹っ飛ばされたのか?こんな島の端まで。
アイシャがかばってくれなければ確実に俺は死んでた。
「…なさい!この人は人間です!!」
「邪魔をするならアナタから先に処罰しなくてはなりませんが」
アイシャは立ち上がってすぐ傍まで来ていたフォルセを睨む。
「おい!どういうことだ!?最初と全然…」
「黙れ」
フォルセは俺を一瞥すると手のひらをこちらに向けた。
「ああああ!やめて!!」
アイシャの叫びと共に地面から大きな黒い腕が生え、フォルセを捕まえて潰さんとばかりに握りしめた。
「これは…なぜ光の女神であるアイシャが闇魔法を?」
「この人を殺そうとするならその前に私が貴方を殺します!!」
アイシャの周囲に浮かんだ黒い球がいっせいにフォルセに飛んでいく。
さらにアイシャは黒い槍を両手に生み出し、フォルセに向かって投げつける。
これは…ほわオンの魔法と同じ…
「反逆罪も追加です」
フォルセは事も無げに言うと自分を拘束している腕を強引に内側から腕を伸ばし引き裂さいた。
さらに飛んでくる黒い球を口から稲妻を吐き出して打ち消し、消えゆく球の背後から飛来した槍は両手に掴みとった後、握り潰して消滅させた。
「この程度の低級な闇魔法がワタシに通用すると?得意の光魔法はどうしました?」
効いてないとわかっていてもアイシャは闇魔法でフォルセを攻めた。
地面から生える腕は1本だったものが5本になり飛んでいく無数の黒い球は数えきれないほどある。
手に生み出した槍は投げると同時に次を生み出し、時にはそれをもってフォルセに突っ込んでいく。
俺にはもうどうしようもない世界だった。
完全に理解の範疇を超えている、なんだこの神の殺し合いは?
「あっ…がはっ…」
呆気にとられる俺の目の前にアイシャの体が飛んできてドサッと落ちた。
フォルセに殴り飛ばされたんだ、いとも簡単に。
「気は済みましたか?では刑を執行します」
フォルセが歩きながらこちらにゆっくり近づいてくる。
俺はボロボロになったアイシャに駆けよって体を抱きかかえた。
顔は血に濡れて、上げる力は既にないのか両腕はだらんと下げられている。
それを見て俺は言いようのない怒りを感じずにはいられなかった。
「ばかやろう!!」
俺はフォルセに向かって叫んでいた。
フォルセはピクと頭の上の耳を動かしたがただそれだけ。
「神様のくせに女の子にひどいことするんじゃねえ!」
俺はアイシャに無理やりここに連れてこられた。
日本じゃ今頃どうなってるかわからない、1か月も休んでるし会社もクビだ。
それどころか行方不明で警察沙汰で心配かけてる人もいるだろう。
オフ会もドタキャンな上にほわオンに何も言わずログインもしなくなってかいわれも怒り狂ってるかもしれない。
俺の人生はアイシャのせいで無茶苦茶だし今この瞬間、わけもわからず無茶苦茶なまま人生終わろうとしている。
ああ最悪だ、アイシャに関わったせいで最悪だよ!!
それでも、俺は言わずにはいられなかった。
「てめえみてえなクソボケ犬やろうにはアイシャは絶対殺させねえぞ!」
フォルセは手をこちらに向けてなんのためらいもなく鋭い稲妻を放った。
正確に俺の顔だけを狙って飛んでくるのがわかった。
「<ライト・ウォール>!!」
自分でも馬鹿なことしたなとは思う、ゲームの魔法を使おうとするなんて。
でもなんか使える気がしたんだ、よくわかんないけど。
フォルセの稲妻は俺の作り出した光の壁にあたると火花を上げすぐに凄まじい爆音と光が辺りを包んだ。
そして俺は、アイシャを抱えて、既に結界の消えていた島の端から飛び降りた。