屈辱の距離
距離感は大事
炭の上で竹に巻き付けた魚のすり身が、じりじりと焼けていく。
それをディーナがさっと取り上げ水に入れて冷やし、竹の棒を抜き取る。
俺はそれを受け取り一度全体を見た後、隣で腕を組んで仁王立ちしているタマコに渡す。
「タマコさん、こちらです」
いつになく真剣な顔をしているタマコになんとなくさんづけしてみる。
タマコは俺から受け取ったものを口に入れ、むしゃりと食べた。
目を閉じもぐもぐとゆっくり味わうタマコ。
全部食べ終えるとカッと目を見開いて、ディーナを見つめ一言言った。
「ごうかく」
コングラッチュレーションっ…おめでとうっ…!
俺はパチパチと手を叩きながらディーナに近づいてその肩にポンと手を置いた。
「これでディーナも一人前のちくわ職人だ」
「ありがとうヴォルるん!ついに私、やったのね!」
くうっ、感動で涙が出る。
この10日間、魚の身を石の上でごりごりやってすり身にすることから始め、今や最後の焼きの作業までできるようになるなんて…
赤鉄板を爆破していた頃からは見違えたぞ!ディーナ!
偉そうに合格とか言ってるタマコなんか結局一切作れないのにお前はちくわが作れるまでになったんだ、誇っていいぞ!
などといろいろ言いたいが感極まって言葉がでない。
しかし俺の言いたいことはディーナにもちゃんと伝わったようだ。
俺の手をとって「これからはちくわのことは私に任せて」と力強い言葉を発している。
「あの、そんな茶番やってる暇があったら早く作業してください、今日中にあと50本ちくわ作らなきゃならないんですから」
「ご、ごじゅう…やっぱり私にちくわ職人は無理…いやっ!離してアイラちゃん!もう炭の前にいるのは無理なの!50本も焼く前に熱さで私が干からびて死んじゃう!!」
「じゃあ私のやってるひたすら芋をつぶして水の中で絞る作業と交代しますか」
「それずっとやってると手が冷たくなって痛いから嫌なの」
「熱いのも冷たいのも嫌なんてわがまま言わないで下さい」
「助けてヴォルるん!!アイラちゃんが無理やり私にちくわを!」
「すまん、無理」
ちくわ作りを代わってやりたいところではあるのだが、俺はシロナガを捌き続ける仕事に加え、かまぼことさつま揚げも作らねばならない、なので助けられない。
このままではまずいかも…そろそろなんとかしたほうがいいかもしれない。
でなければ俺の手は一生生臭いままだ、魚屋でもないのに。
最初にちくわをランに渡してから以降、日数の経過と共にランが要求してくるちくわの数はどんどん増えている。
狙い通りと言えばそうなんだが、村の中で練り物ブームが巻き起こり、ちくわの奪い合いに発展するとは少々行き過ぎ感がある。
途中から調子こいてかまぼことさつま揚げも作りはじめたのもいけなかったかもしれない。
ブームが余計加速した、とても俺だけでは要求数を作り切れないのでディーナとアイラに手伝わせることにした。
マーくんとタマコは材料の調達班となり、毎日釣りに出かけた。
せっかく調べてもらった村の周囲のこともほぼ無意味である。
山とかもあるから気になってるのに調査に行く暇がない。
釣りをはじめたマーくんとタマコだが数日後には釣りどころではなくなった。
圧倒的に魚が足らないのだ、タマコはエサ集めの才能はあっても釣りの才能は無きに等しい。
そこで魚も村人に釣ってもらおうということになって釣り竿の量産をマーくんに託した。
渋々ながらも釣り竿を作りはじめたマーくんだが、今やなぜか熟練の職人のような空気を出している。
真剣に竹竿を見つめながら綺麗に磨いたり、強度をもたすために火であぶったり、完成したと思えば「形が悪い、こんなものは釣り竿とは呼べん!」とわけのわからんこだわりを見せて完成品を叩き折ったりしている。
マーくんがそういう訳のわからんことをするせいでタマコも職人ぶるようになって、ちくわの出来を確かめる食通みたいな動きをするようになってしまった。
面白いのでそのまま乗ってしまったが。
まあこれだけだとタマコは何してんだって感じに見えるけれども、ちゃんと役に立つこともしている。
今のタマコは腰にいくつも俺が作った竹の容器をぶらさげているんだが、これには釣りエサが入っている。
釣りをはじめた村人たちに竿と一緒に配って、使い方を教えるためだ。
ランと一緒に海まで行って村人に釣りのレクチャーをするのが今のタマコの役目なのだ。
一度竹の容器の中を見せてもらったが、より蟲毒に近くなっていたので以降見るのはやめた。
代わりにフナムシはその日使わなかった分は逃がしてあげなさいと諭した。
でなければ今頃強力な呪いの触媒が完成していたであろう。
ヤナギあたりに渡すと服装もあいまってマジで何か呪いが発動しそうな雰囲気があるので困る。
雰囲気だけね、実際は俺と一緒にタマコの持つ容器の中を見せてもらったとき、おぞましさに気を失いかけていたからな。
タコとフナムシのせいでヤナギは釣りを自分でする気は微塵もなくなったようだ。
今ではただ、さつま揚げを食べ続ける存在になりつつある。
太るかもしれん。
正直ここまでいくとちくわ作りとかも村人に教えて任せてもいい気がする、だが今はだめなんだ。
なぜならば…
「おい、ちくわ三本くれ」
ディーナにそう話しかけているのは少しいかつい顔をした狐人族のおっさんだ。
これまでの成果なのか、とうとうランとヤナギ以外の村人が俺たちに話しかけてくるようになったのだ。
ずっと遠巻きに俺たちのことを眺めていた村人が直接交渉に来るようになったのはつい昨日のことで、このおっさんが正式な客一号でもある、このおっさんのおかげでぼちぼちと他の村人も俺たちのところへ訪れるようになったばかり。
「は、はい、どうぞ」
「ん…じゃあこれ、代わりにな」
おっさんはディーナからちくわを受け取ると炭の入った箱を置いて行った。
どうやら村の炭焼き職人らしい。
ただなんか知らんが、ディーナにしか話しかけない、ああいうのがタイプなのか?と思ったがたぶん違う。
他の村人もなぜかディーナにだけ話しかけるのだ。
ランかタマコがいればそっちとも話す、でも俺には話しかけてこない、あとマーくんとアイラにも。
なんでだ?なんでディーナだけモテんの?
マーくんとアイラは若干とっつきにくそうな雰囲気あるのはわかるよ?
でも俺そんなことない…ないやろ?
なぜ目を合わせようとしただけで目を逸らす?
屈辱だ…居酒屋、ラーメン屋、定食屋、喫茶店、タコ焼きの屋台…その他もろもろ…数々の客商売をしてきた記憶がある俺にとってこんなに客に避けられる事態なんて屈辱でしかない…
一体俺の何が悪くて避けられているのか、その原因をつきとめるまで練り物作りはやめるわけにはいかないんだ!!
俺に目もくれなかったおっさんの背中を見送り、また魚を捌く作業に戻る。
その後も何人か村人が来たが、やはりディーナにだけ話しかけて欲しいものを貰い、代わりの物を置いて行くとすぐに去って行った。
俺がこんにちわ、とか言うと即逃げてしまうので迂闊に挨拶すらできない。
つらい…
そして気づけば一日が終わり、夕食の支度を無意識にしている俺…
今日は鶏肉と山菜にヒユナを入れた鍋です…
肉も山菜も、ヒユナもそれを入れてる土鍋も全部貰ったものです…
おまけに秘蔵だったはずの魚醬も今ではあるし、どこにあったのか酒まであるんだ…
魚を扱っているのにもはや全く魚を食べなくて済むレベルで食材がある。
「ヴォルさん、やっぱり疲れが出てるんじゃないですか?」
虚ろな目でもそもそと鍋を食べているとアイラにそう言われた。
「そうねえヴォルるんが一番あれこれやってるもんね、そろそろお休みにしてもいいんじゃない?一日くらい何もしなくても食べるものいっぱいあるし」
ディーナが酒の入ったコップ片手に鍋を竹串でつついている。
「それはいかんぞ!わらわはさつま揚げなしでは生きていけぬ!」
「そうですよぉ、私もかまぼこ毎日食べたいし、あ、ヤナギ様、この中にかまぼこいれても美味しいんじゃないですか?」
「それは妙案、ならばさつま揚げもいれようぞ」
平然となぜか一緒に飯を食っている狐巫女二名、こいつらいつの間にかここにきて夕飯を当たり前のように食って帰る生活をしている。
「両方もうないぞ!あ!でも魚のつぶした身だけはあるよ!」
「それを入れればいいだろ、茹でれば同じだ」
竹を縦半分に割って魚のすり身をいれていた器から、マーくんがスプーンですり身をすくって鍋に落としていく…なんか見たことあるその光景…あっ、これつみれ鍋だ…
ヤナギとランが全然違うと抗議しているがマーくんから嫌なら帰れと言われ大人しくなった。
「本当にどうしたんですかヴォルさん、もうちくわ作りやめたいなら私はやめてもいいと思いますよ…」
アイラには俺の無反応ぶりがよほどどうかしているように見えているようだ…
「違うんだ…そうじゃないんだ…」
「じゃあなんなんです?」
「わからないんだっ…!なぜディーナだけが村人に話しかけられるのか…!」
俺の魂の叫びを聞いてアイラは「はあ」と言った。
いまいち事の重大さが理解できていないな。
「何の話ぞ?」
「ええとですね…」
悲しみにうちひしがれる俺に代わって、アイラがヤナギに説明する。
ランも一緒に聞いている、他三名ももうちょい俺の失意に興味持ってくれ?鍋の具材以下か俺の絶望。
「それはそなたが強すぎるせいよ」
説明を聞き終えたヤナギから変なことを言われた。
どうやら狐人族は他者の魔力量がなんとなくわかるらしい。
俺には魔力というものは未ださっぱり感じ取れないので言われてもわかりづらいんだが、ヤナギの話から察するにオーラ的なものが、見えていると思われ。
マーくんとアイラが避けられるのはそれがかなり強いせい。
強者の放つオーラに村人は怯えている、これにはマーくんとアイラもにっこり、じゃねえよ。
俺はどう見えてんの?と言う疑問への回答が納得いかない。
めちゃめちゃオーラ出てんのかと思いきや全くのゼロ、なし、えっ、そこに生き物がいるんですか?というくらい見えないらしい。
「しかし最初にそなたの強さのことは村人たちも見ておる、魔力が全く感じ取れないのに異常な強さを持つ男、これほど不気味な生き物は他にいまいて」
つまり俺は得体の知れなさが原因で一番避けられているのだと知った。
なんだよその「健康診断で君だけなぜかレントゲン映らないんだけど本当に人間?」みたいな理由は!
人間じゃないけどぉ!レントゲン映らなくたって生きてるんだよぉ!
「こうして話をすれば、全然怖がる必要ないってわかるんだけど」
ラン…お前は最初からいいやつだったな…俺が思春期の中学生だったら今の言葉だけで告白しようって決意してたかもしれないよ。
「ねえ、ちょっと待って、その話でいくと私が話しかけられるのって…」
「雑魚だから」
あぶねえ…もし中学生の俺が告白したらこの子遠慮なく「アンタなんか全然興味ないし」とか平然と言ってフってきそう、そうしたら今のディーナのように俺も固まって数日学校を休むしかなくなる。
「元気だせ、な?弱くてもちくわが作れるから平気だよ」
タマコに励まされてるくらい固まってるもんな…あとそれちくわ作れなかったら何もないみたいだからあんまフォローになってないぞ。
しかし…今の理由で避けられているならば俺にはどうにもならんじゃないか。
マーくんとアイラは積極的に親しくなろうという気が元からあんまりないので平然としてるが、俺は二人と違って親しくなりたいんだ。
挨拶代わりに尻尾でふぁさってされるくらいに、いやでも炭焼きのおっさんのふぁさっ、はいらないかもしれん、女の子限定にしとこう、おっさんの尻尾で恍惚としてしまったら取返しがつかない。
考えが逸れたが、とりあえず俺はどうしたらいいのか…
結局、頑張って話しかけるくらいの解決策しか思いつかないまま、その日が終わった。
………
次の日、ぼんやりしていると「なんでちくわ焼いてるんですか?」とアイラに言われ、無意識に昨日のすり身の残りをちくわにして焼いていたことに気づいた。
今日は一日休むんだった…俺の様子があまりにおかしかったのか、最後にはヤナギたちからも休めと言われていたことを今思い出した。
「あの…今日は他の家事も私たちでやっておくので…ヴォルさんはまだ寝ていて下さい」
めちゃめちゃ気をつかわれてる。
さすがにこれ以上心配かけるのもどうかと思い「じゃこれ焼き終えたら寝るわ」と返した。
三本焼いてるのをほったらかしにはできない、勿体ない。
出来上がったものはとりあえず後で誰か食べるかもしれないので魔動車に積んである青鉄庫の中へ入れておくことにした。
『ヴォルガー、おはようございます』
「ああおはよう」
ティアナとは一応毎日少し話はするが、最近全然動かしてない。
「ほったらかしになっててすまんな」
『ノープロブレム、ここならば、ヴォルガーの就寝中も近い距離にいられるので悪くはありません』
あれもしや機械にまで気をつかわれてる?
『ところで一点報告があります』
「え、なに?通信クリスタル反応してた?」
『ノー、通信はありません』
「じゃあなんだ?」
『二日ほど前から竹林のほうで人型の魔力反応を何度か確認しています、一定距離から動かないので特に重要な問題とは判断していませんでしたがこちらの様子をうかがっている可能性も考え、報告しておきます』
竹林から…?村人はそっちからはこないよな…
じゃ誰…あっ、ひょっとして実は俺に話しかけたいけど迷ってる村人とか!
竹林からなら姿を隠してこっちを見られるし!
「今は?反応ある?」
『ここから約300メートル北西、私の探査限界位置に同一個体と思われる反応があります』
…距離とりすぎじゃない?俺と村人との心の距離てそんなあいてんの?
『申し訳ありません、範囲外に移動、見失いました』
うおおおこれ以上距離をあけられてなるものか!
俺はその謎の人物を追いかけることにした。
怖がられるかもしれないがそんなことを気にしていてはだめだ!
関係を進展させるには俺から踏み込んでいくしかない!
竹林の中を走る、300メートルなんてあっという間さ。
はいもう残り100メートル…誰かいる!見てるぞこっち!
謎の人物は一瞬だけ顔がチラっと見えたが女の子だった!
すぐに顔を竹の裏にひっこめて俺から離れて行こうとする。
お、女の子か…追いかけて平気か…?
いや待て、シャイなだけかもしれん、明らかに俺に気づいていたが別に悲鳴を上げたりはしなかったもんな。
というわけで追跡続行、一歩間違えば不審なストーカー、いや別に間違えなくてもストーカーだったわ。
でも相手もストーカーみたいなもんなんだから問題ないよな!?
走って女の子の後を追う。
案外足早いな、追いつかんぞ。
時折岩陰から顔だけだしてこっちを見ている姿を目撃する。
やはり俺のことが気になっている…!あの子ワイに気があるんや!とか勘違いしそうになるな。
「待ってくれ!別に危害を加えるつもりはない!ただ話がしたいだけなんだ!」
必死に話しかけてみるも言葉が聞こえていないのか、全然待ってくれない。
かなり走ったあたりで、やべえこれもしかして悲鳴をあげることもできないほど恐怖を感じて無我夢中で逃げる女の子を追いかけるおっさんという構図になっているんじゃと思い、シャイな女の子という可能性が消えそうになっている事実を俺は握りつぶして頭から追い払って地面に埋めた。
数分後、ようやく女の子がとまってくれた。
木の陰からこっちを見ている、竹じゃないので竹林をいつの間にか出てしまったようだ。
「おーい大丈夫だから!俺こう見えてあの中で一番紳士…おわぁっ!?」
女の子に駆け寄る途中で地面の感触が唐突に消えた。
えっ、なんで?なんで空中?
ここ崖か、あの子どうやってここ超えた?海が見え…あっ、落ちる。
崖から転げ落ちる、ぐわああああそこそこ痛い。
落ちたところは両側と後ろが切り立った崖になっていて目の前には砂浜、海、以上。
痛いので自分に<ヒール>をかけておく。
上を見上げると女の子がいた。
うん、いるにはいる…んだけど…浮いてるな…空に…
俺が追いかけていた女の子は空中でばっさばっさと羽ばたいていた。
少なくとも霊的な存在ではない、俺これ知ってるぞ…
ハーピーだ、顔は人間の顔だけど両腕が翼になってるいわゆる鳥人間的生物。
ほわオンでもいたな、一部モンスターの女の子が好きというマニアな連中には大人気だった。
俺も別に嫌いではないがそこまで片寄った性癖は持っていない。
ばささささーと羽音が増えたかと思うとハーピーの集団が空中に現れた。
そして数匹が空から降りてきて俺を囲むように砂浜に立つ。
「…は、ハロー」
なぜか英語で話しかけてしまった。
「キィーー!」
「キィキィ」
日本語で話しかけたところで無駄だとわかった、これ言葉通じないやつだ、魔物と同類だ。
どうしよう、これは俺はエサ判定されてる?
超ピンチですか?
何かされても防げると思うけど…俺一人しかいない、倒してくれる誰かがいねえ!
慌てた俺は何か使える物をもってないか混乱しつつ探した。
武器があったところで意味ないのに。
だが友情の第一歩として渡そうと思い、ずっと握りしめていたものがあった。
「だめだこれ…俺…」
ちくわしかもってねえ。