がんばれランちゃん
練りものがおしよせる
「あの者らがおかしな真似をせぬよう、そちが見張っておくれ」
ある日突然、ヤナギ様からとんでもないことを言われた可哀想な私。
とんでもないこととは、村を訪れた人族の旅人たちを見張る仕事のこと。
「なんで私なんですかっ!?」
「他に適任がおらぬ、そちも間近で見て気づいたであろう?」
気づいたから嫌なんです…とは言えなかった。
「なに、猫人族のタマコと共に旅をしておるような物好きゆえ、何もしなければ平気であろう」
結局私は見張りの役目を押し付けられた。
仕方ないか…他の村人は怖くて近づくのも嫌だろうし。
人族を見るのは皆きっとこれが初めて、私とヤナギ様だけはサイプラスに行ったことがあるから前にも見たことがあるんだけどね。
でも私だって怖いものは怖いよーーー!
人族を見たことあるとか無いとかってことよりも、若い男と黒髪の少女はどう見ても私よりすごい魔力を持ってるんだものーー!
魔力を感じ取ることに優れた狐人族だからこそ、あの二人が強い魔法を使うって嫌でもわかってしまう。
そしてその二人より得体の知れないのが黒髪の男。
なぜかこの男だけは一切魔力を感じ取れなかった、そばに強い二人がいるせいかなとも思ったんだけど、ヤナギ様が言うにはその男がもっとも強いらしい、無詠唱の土魔法を一瞬で何かよくわからない魔法で防がれたって。
そんな化け物だらけの旅人たちの中で、唯一私が勝てそうな相手は、その得体の知れない男の後ろでおどおどしていた金髪の女くらい。
あの女だけははっきりわかる、とんでもなく…弱い。
生まれたての狐人族の赤ん坊でももうちょっと魔力あるんじゃない?って思うくらい魔力が低い。
あとはタマコだけど、彼女はかつて私たちを助けてくれたことがあるから仲間みたいなもので恐れる必要はどこにもない。
久しぶりに会った私のことなんかまったくこれっぽっちも覚えてなかったのはむかっときたけど。
まあ一度会っただけだし、あの時の戦いには私は参加しなかったから忘れてても仕方ないとは思う。
でも一緒に戦ったヤナギ様のことも最初は忘れてたみたいだから、たぶん馬鹿なだけね、あの子は食べ物のことしか考えてないみたい。
そんな五人を見張ることになった私だけど、今はなぜかヤナギ様と一緒に海へ来ている。
黒髪の男から食べ物と交換して貰った釣り竿を持って。
二日目にしてもう仕事してないけどヤナギ様が海に来いって言い出したんだから仕方ないよね?
「してランよ、これでどうやってアカウオを捕まえる?」
ヤナギ様が釣り竿についた糸をぐいぐい引っ張ったりしながら私に尋ねてきた。
アカウオはヤナギ様の大好物、私も好きだけどね。
昨日久しぶりに食べたのが今のこの状況の原因なのは間違いない。
「ええと、ヴォルガーはその辺で捕まえた小さな生き物をその糸の先にある針へつけてました、あとこれで魚を捕ることを釣る、というらしいですよ」
「ふむ、釣るか、それで釣り竿というのか、小さな生き物がエサなのだな?」
「はい、例えば…あっ、ヤナギ様の足元にいるそれとかです」
ヤナギ様の足元を気持ち悪い虫がかさかさ素早く歩いていた。
「…この黄色と黒の虫か、こやつ、毒があるのではないのか」
「いえタマコもヴォルガーも普通に触ってました、あと毒があったら魚は食べないと思います」
「それもそうよな、ならばこれをエサにしよう、ラン、捕まえておくれ」
えっ、えっ?
「はよう、逃げてしまう」
「あの、わ、私はその虫を捕まえるのが下手なのでヤナギ様がご自分で捕まえたほうが」
「こんな気持ち悪い虫さわりとうない」
私だって気持ち悪いから触りたくないのにーーー!
あっ、そうだ、別にエサはこれじゃなくてもいいんだった。
「ならば貝はどうでしょう、貝もエサになります」
「貝などこの辺におったかえ?」
「私も知らなかったのですが、この岩に張り付いている小さい岩、これが貝なのです」
「なんと、海の生き物はまだまだよく分からんものが多いの」
私もそう思う、移住してきて初めて海を見て、食べ物を探して色々調べたけどこれが貝だとは思ってもみなかった。
ヴォルガーはきっと海の近くに住んでいたことがあるんだわ。
私は気持ち悪い虫なんか目にもくれず岩にはりついた貝に手を伸ばした。
…えっ、取れないんだけど?
タマコとヴォルガーは素手で平然と剥がしてたのにっ!
岩にぴったりくっついて離れない貝、うんうん唸って引っ張ったけどびくともしない。
どうにかひっぺがそうとあれこれ手をつくして、石を持ってガンガン叩いてようやく一つの貝が岩から剥がれた。
「はーっ、はーっ」
「…随分難儀しておるな、ともかく岩から剥がれたのはお手柄ぞ」
褒めてくれるのは嬉しいけどヤナギ様もちょっとくらい手伝ってくれてもいいのにっ!
次に私は貝殻を開いて中身を取り出そうと奮闘している。
あ、開かないっ!なんでっ!?
ヴォルガーは普通にぱかぱか手で開けてたでしょ!?
「それ、手で開くようなものかえ?」
「ふぬぬぬぬ、ヴォルガーは手で開けてたんです!」
頑張ってみたけど全然だめだった、手が痛い。
「よいラン、無理をして怪我をしてはいかぬ、貝は諦めようぞ」
「でもヤナギ様っ、アイラはこの貝の身でアカウオを二匹も釣りあげましたっ」
「わらわにかしてみよ!」
ヤナギ様に貝を取り上げられた、ふう、私では無理みたい。
今のうちにちょっと休憩しよ。
「ぐぐぐぐ、痛っ!」
無理やり開けようとしていたヤナギ様は貝の殻で少し指を切ったようだ、あわわわわ。
「大丈夫ですかヤナギ様…?」
ヤナギ様は無言で指をくわえている、貝は開いてなかった。
「これは手で開けるのは無理ぞ…刃物でこじ開けたほうが良いか…」
「今度来るときは刃物を持ってくるようにしましょう…」
魔法が使える私たち二人は、普段あまり刃物を持ち歩いていない。
今回はそれが仇になってしまった。
「他にエサになるものはないのかえ?」
「ええと…あちらの砂浜でヴォルガーは土を掘り、ミミズを捕まえていましたけど…」
「ミミズか…確かに川の魚もミミズを食う、ランよ、ならばミミズを…」
「でも役に立たないと言っておりました!だめだこいつ使えねー、などと申してすぐに投げ捨てておりました!」
ミミズも嫌っ、だってあのミミズちらっと見たけど足が生えててムカデみたいで気持ち悪かったもの!
「ではエサになるものが無いではないか」
あと一つだけある…でもあれを…ヤナギ様に言っていいのかどうか…
「悩んでおってもアカウオは釣れぬ、ここはひとつ二人で協力し、はじめの虫を捕まえようぞ」
「ええっ!?あれを使うのですか!」
「うむ、まずわらわが土魔法で囲いを作る、ランはその中に閉じ込めた虫を手で…」
「カニです!カニもエサとして使えるみたいです!!」
やだーー!結局触るの私じゃないですかー!!
という気持ちに負けた私はカニのことをヤナギ様に伝えた。
「カニか、カニならば川にも小さいのがおったな」
「ここにもおります、あっ、ほらちょうどすぐそこに!」
いいところに小さなカニがちょこちょこと歩いていた。
「ほほっ、これくらいならば可愛いものよな」
ヤナギ様はそれをひょいと摘まみ上げた、カニならば私と同じく平気みたい。
そしてそれを針にぶすっと刺す、カニは針に刺さった状態でもまだジタバタしていた。
「これで良いのかえ?」
「は、はい、あとはそれを海に落とすだけです」
そう言うしかなかった、だってヤナギ様はこれでようやく釣りができると思ってにこにこしてるんだもの。
今更それではアカウオが釣れないなんてとてもじゃないが言い出せない!
「ランはカニを捕まえぬのか?釣り竿はもう一本あるぞ?」
「私はその、魔物が出てこないか見張っております、二人で海を眺めていてはいざと言う時に不意をつかれますので」
「そうか、では見張りは任せよう、そしてそこで見ておれ、わらわがアカウオを釣る様を!」
帰りたくなってきた。
で、でもアレが釣れるとは限らないよね?
昨日の私が、たまたま運が悪かっただけで、もしかしたらアカウオもカニを食べるかもしれないし。
ヤナギ様は既にアカウオをどうやって食べるかについて話をはじめていた。
昨日は焼いたから今日は刺身にするか、それともやっぱり一番好きな焼き魚にするか。
うう、どうしよう…これならヴォルガーを連れてくればよかった。
最初は得体が知れなくて不気味だったけど、一日一緒にいて特に危険は無いとわかった。
と言うよりもなんだか…人族なのに私の死んだお父さんみたいな感じがした。
タマコがなついてるのもたぶん同じようなものを感じてるからだと思う。
とにかくヴォルガーさえいれば、カニ以外もエサに使えたのに…
い、今からでも遅くないんじゃ?
思えばエサだけとられることも少なくなかったし、カニが無くなったらまたエサ探しをしなきゃいけない。
もしそうなったら私は、ヤナギ様がカニを針につけて海に入れるたびに心臓がどきどきしてアレが釣れないように祈るしかなくなる。
今も本当は祈ってる、エサだけとられますようにって。
よし、一回竿を海からあげて…まだカニがついてたら、あっ、魔物が!って言ってヤナギ様の気を逸らしてる間に海へはたき落とそう、それから急いでヴォルガーを引っ張ってきてカニ以外のエサをつけてもらおう、うん完璧な作戦だわ。
「ヤナギ様、一度竿を上げてみてはどうでしょう、もしかしたらエサだけとられているかもしれません」
「そうかえ?確かに海にいれて少したつのに何も変わった様子がない、エサがついておるか…むっ!」
ヤナギ様が竿を持ち上げようとしたところでぐいっと反応があった。
「ラン!何かに引っ張られておる!!一緒に竿を持ち上げておくれ!!」
「は、はい!!」
ヤナギ様が海に落ちては大変、私は慌てて竿に手をかけた。
二人でうんうん唸って竿を持ち上げる。
この時は必死でアレのことが頭から抜けていた。
「何か見えた!うっすら赤いあの色は…間違いない!アカウオぞ!!」
ヤナギ様が突如物凄い力を発揮して竿を上げた。
ざばーん、海から飛び出るように出てきたのは…やっぱりアレだあああああああああ!
「ひいっ」
私は驚いて腰を抜かした、私が釣ったのより大きい。
「ここ、これはっ、海の化け物ではないかっ!!」
うねうねと気色悪い足がたくさん生えた海の化け物…ヴォルガーがタコと言っていたそれは、海から出てきた勢いのままにヤナギ様の顔めがけて飛び掛かってきた。
「ろ、<ロックバレット>!!」
ヤナギ様が咄嗟に魔法をはなつ、私と同じ反応だ。
違ったのはそいつはもう目の前まできていて、魔法が当たった瞬間に、ぶしゃっと何か黒い水を吐き出したこと。
「ひいいいっ目がっ目が見えぬっ!ラン、助けておくれ!」
「や、ヤナギ様こっちに!」
ヤナギ様の手を引いて海から離れ、二人で尻もちをついた。
タコは…いなくなってた、海に落ちたんだと思う。
あと釣り竿もまた海に落ちていた。
その後、ヤナギ様は服の袖で顔をぬぐうと村の方へ向かって歩き出した。
顔が真っ黒だ…サイプラスにある街で買ったお気に入りの服も汚れてしまったのであれは相当頭にきている。
私は何も言えず、残った釣り竿を持って後ろをついて歩いた。
村に着き、ヴォルガーたちのところへ向かう。
そこでは皆が楽しそうに食事をしていた。
楽しそうなのが余計いけない、ヤナギ様はどんどん不機嫌になっている。
「どういうことぞ!わらわをたばかったのか!」
ヤナギ様の怒りが爆発した、彼らに手をだしたらまずいって言ったのはヤナギ様ですよっ!?
もう私は気が気でなかった。
ひたすら後ろでこのまま戦いにならないだろうかと怯えていた。
「カニをエサにするとタコ…ランが海の化け物と言ってた生物が前にも釣れたんだが」
はああああああ!?
私の方を見ながらヴォルガーがとんでもないこと言ってくれた。
今それ言わなくていいのに何で言うの!?
ヤナギ様がゆっくり後ろを振り向く、黒い…黒いけど怒ってるのはわかる。
私は耐えきれなくなってその場を逃げ出した。
ヤナギ様が追いかけて来る、ひいっ、絶対物凄く怒られる。
タコが釣れると知って私は黙っていたんだから!
恐怖で足がもつれてすっころんだ、はずみで釣り竿を投げ出して、それがヤナギ様の足にあたってヤナギ様も転んだ、私終わり。
まぁ…別に死んだわけじゃないけど…その日は家につくとヤナギ様にお尻を叩かれた。
もう子供じゃないのにヤナギ様は怒るとすぐお尻を叩いてくる。
しかも結構痛い。
痛い尻をさすりながらヤナギ様の服が綺麗になるまで洗濯をして一日を終えた。
翌日、一言文句を言ってやろうと朝からヴォルガーのところへ行くと、変な食べ物をくれた。
ちくわ、とか言うらしい、昨日ほんとは渡そうと思ってたんだけど渡しそびれたんだって。
なにこれ、と思っているとタマコが今にも飛び付いてきそうな顔でヨダレをたらし、私の持つちくわを見ていた。
タマコが反応するってことはこれよっぽど美味しいんだ?
食べてみた、今まで食べたことのない食感だった、肉よりやわらかい。
味もいいし、何個でもぱくぱく食べれそうな気がする、あっという間にちくわは無くなった。
もっと欲しいことを伝えたら、ヴォルガーはまた釣り竿を作って、皆で魚を釣りに行った。
そして私もついていって、あれの材料がシロナガだと知って驚いた。
ヴォルガーはその日からちくわを私との取引に使い始めた。
色んな食材や木炭を渡すかわりに私はちくわを貰う。
ただ、あれ作るのに卵とじゃがいもがいるみたい。
じゃがいもはたくさんあるけど、卵は毎日あるわけじゃ無い。
卵が手に入らないときは、かまぼこ、とかいうのも作ってた、それも美味しかった。
獣の油を上げたら今度はさつま揚げとかいうものもくれた、それも美味しかった、全部美味しいんだけどどうなってるの?
それらの食べ物で他の村人とも取引をしたいと言われた。
ヴォルガーは直接自分で村人たちと話がしたいみたいだったけど…それはまだ早いと思ったので、しばらくは私が間に立つことにした。
だからちくわとかかまぼことかは一旦私が家に持ち帰って、ヤナギ様と食べて、食べ切れない分はヤナギ様から村人に渡していたんだけど…
「ランちゃん!ヤナギ様に言ってくれよぉ、もっとちくわを俺たちにも分けてくれって!」
これで五人目だ、ちくわをくれって言いに来た村人は。
まさか皆がこんなにちくわ好きになるなんて…わかってたけど、うん。
だって最初ヤナギ様がひとりじめしてたくらいだもん。
そりゃあ皆だって一度食べたら、もっと食べたくなるよね、私も食べたいからね。
村人たちはちくわを作ってるのが最初はヴォルガーだと知らなかった。
私とヤナギ様が作ってると思ってた。
それでしつこくちくわをくれって言ってきた村人に、ヤナギ様が「あれを作ってるのは人族の旅人ぞ」と教えると、「人族の食べ物か…じゃあいい」って言いながら帰ってたんだけど、すぐに「もうそれでもいいからくれ」と言い出した。
「卵とってきたのは俺だぜ!?」
「私だって野菜を育ててるのよ!ちくわを貰う権利はあるわ!」
日がたつにつれ収集がつかなくなってきた、村人たちがどんどん押し寄せて来る。
「ちくわがないならかまぼこでもいい!」
「あ、それは私が食べたいのでダメ、かまぼこは絶対ダメ」
「そんなぁ!」
私たちはいつの間にか…ちくわとかまぼこに支配されていた。
家の中では、ヤナギ様が今日もさつま揚げを食べていたのでたぶんさつま揚げにも支配されてると思う。




