引退とか卒業とか
言っても大抵は戻ってくるよね。
「今日は、どこに行きますか?」
「ん…そうだな、ココスコのダンジョン5階にするかな」
俺がアイシャの家に来てから…そろそろ一か月だろうか。
今、俺はまたアイシャの家からほわオンにログインしている。
もしかしたら今日が最後のログインになるかもしれない。
アイシャは「準備してきます」といってアイテムを買いに行った。
俺と少し離れて行動するのも平気になったみたいだ。
もっとも、このほわオンの中でだけの話になるけど。
俺は今のうちにメール画面を呼び出して内容を確認する。
『意味の分からないことばかり言うな!難しい言葉を使ってごまかそうとしても無駄だぞ!』
これが、イルザが2回目に送ってきた内容。
いきなり怒ってる上にちょっと頭が悪そうな文面だった。
しかも内容的には特に得るものなし。
『返事が遅い!!何をやっている!もっと早くしろ!いいか?まずお前の担当領域を言え』
『おい!まともな話ができる人がいないのかとはどういうことだ!おま、おまえ、まさか私のことをバカだと思っているのか!?許さないぞ!!決闘だ!今すぐ来い!』
『そ、そうか、そうだな、場所がわからないんだったな。あと返事が遅いのは怒ってるからじゃないよな?無視するなよ?これ聞いたらちゃんと返事をするんだぞ?絶対だぞ?』
これが3、4、5回目のイルザのメールの文面だった。
俺が返す内容に対してまともな答えがまず返ってこない。
頭を抱えたくなったがある程度のことはわかった。
まずこのメールは俺がログインした直後かログアウト直前にしか俺の元に届かない。
理由は不明だがおかげで何日もかけてやり取りしている。
俺とイルザの手紙に番号をつけて考えてみると
イルザ1→俺1→イルザ2、の後、オレはイルザ2を見れずに、ログアウトしてるからそこから次のログインまで数日あいて、俺2→イルザ3でまたこれがログアウト直前に来てるので返事まで数日あく。
イルザは俺のメールに対してすぐ返事をしてるらしいが、届くタイミングはずっとこの調子なのでたぶん俺のほうに問題がある。
おかげでイルザは毎回イライラしてああいう内容になっている。
あとイルザは俺への返事を文字として書いてるわけではなかった。
俺のメールが音声で聞こえて届いているらしくそれに対し、咄嗟に口にした内容が俺にはメールできているのだ。
これはさらにやり取りするうちにわかったことだ。
この調子で既に俺は10回以上、イルザとやり取りしている。
そのたびにほわオンにログインしているのだ。
勿論、イルザとメールするからほわオンやろうなどと、アイシャに言ってるわけじゃない。
言えるわけがない。
俺はほわオンを定期的にプレイする自然な理由が必要だった。
でもそれは案外簡単に用意できた。
アイシャはあの家から遠くへは絶対に行こうとしない。
現実で出かけてデートをしようと言ってもダメだった。
理由は教えてくれない、何が何でもそれはダメらしい。
だから出かけたいときはほわオンで定期的にデートすることになった。
イルザのことをずっと内緒にしてるのは少し気が引けたが仕方ない。
最悪の展開として、メールのやり取りを知ったアイシャが怒って二度とほわオンをプレイさせてくれない可能性も、ゼロではないと思ったから言うわけにいかなかった。
『わかった、では要点のみ話す。私は火の女神イルザ。半年ほど前に行方をくらませた姉上を探している。探査魔法に姉上と似てるようで少し違うお前の気配が』
これが、イルザにいろいろ注意して返事をするように教えてまともな情報が初めて来たときのメール。
変なとこで切れているのは時間ぎれ、通話可能な時間はおそらく数十秒しかない。
前にもそういうことがあった。
『姉上とは光の女神アイシャだ。お前が共に暮らしているのが本当にそうならば、頼む、姉上に島の結界を解くように頼んでくれ。そうすれば居場所を特定できる』
続きがコレ。
イルザはなんとアイシャのご家族の方でした。
あと人間じゃなくて女神って…女神かぁ…
日本だったら写真アップしてくれとでも言ったかもしれないなぁ…
『無理でした、じゃない!!ウェリケもエストも、オフィーリアも皆心配しているんだ!それにもうあまり時間がない!!このままだと姉上は』
そして前回ログイン直後に来ていたメールがこれ。
いや頼んではみたんだよ?島の見えない壁ちょっとだけ開けて、たまには空気の入れ替えをしたほうが、とか言って。
空気は遮断してないから何も問題ないし、それより俺が島から落ちたら危ないからとかの理由で何があっても絶対にダメ。
それがアイシャの返答。
俺なりの努力はしたんだ。
ところで新しい名前がここに来て出てきたんだがもしかして同じくご家族の方だろうか。
それに時間がないって…何か深刻な事態かもしれない…
だからこそ。
『このままだとアイシャのなんだ?途切れてわからなかった。深刻な事態なら今日、お前のことをアイシャに話して説得する。もしこれ以降、俺の返事がない場合は説得に失敗したと思え』
俺はこう返事した。
それに対するイルザの答えが今日のログイン直後に来ている。
見たときにかなり俺は動揺した。
それで一旦、落ち着くためにアイシャを準備に行かせて遠ざけた。
「ヴォルさーん!お待たせしました!」
アイシャが準備を終えて俺のところに戻ってきた。
「今日たぶん狩りすれば私レベル100になると思うんですよ!そうしたら新しい装備が使えるじゃないですか?だからもう100の装備をついつい買ってきちゃって」
「そうか…」
「100になったら50で、新たに闇魔法を覚えたときのように新しい特技をとることもできるんですよね?楽しみです!あ、でも光か闇のどちらかを伸ばすことを優先したほうがいいでしょうか?」
「いやまあ…そうだな…」
「…何か元気ないですね?ヴォルさん?もしかしてまた体の調子が…?」
俺は決意して伝えることにした。
「なあアイシャ、もう帰ろう、帰ったほうがいいよ」
「やっぱり!じゃあログアウトして…」
「いやそうじゃない、アイシャがアイシャの家に帰るんだ」
「何を言ってるんです?私とヴォルさんの家ですよ…?」
うまく伝えられない。
「イルザ、ウェリケ、エスト、オフィーリア、みんな心配してる、アイシャの家族なんだろ?」
「どういうことです!?なんでヴォルさんがその名前を!?」
「今まで黙っていて悪かった、実はここに来てイルザから連絡があった」
「…っ!イルザ!どこです!?でてきなさい!!」
「イルザはここにはいない、ほわオンのメール機能でやり取りしたんだ。それでアイシャが女神だってことも知った」
アイシャはやっぱり知られたくなかったんだろう。
悲壮な面持ちで俺を見ている。
「…私が絶対に帰らないと言ったらヴォルさんはどうするんですか」
「その時はまあ…どうにもできないな、せめてアイシャと共にいよう」
俺の言葉を聞いてすべてを知ったのかアイシャはその場に泣き崩れた。
『姉上が行方をくらましていることが創造神様にばれた。今まで私たちがごまかしていたがもう限界だった。その場所も特定された、このままだといずれ裁きの神が』
それが、イルザから来た最後のメールの内容だった。