前夜
えっ、今年もう終わるってそれマジ?
各々が自らのすべきことを果たすために行動を開始してから、瞬く間に三日間が過ぎた。
そんな風に言うと皆が一つの目標に向かって散らばりつつも力を合わせてるようでかっこいい感じがするが、実際はちょっと違う。
幻覚治療用のポーション作成のために素材っていうか草?草取りに行ったマーくんたちはともかくとしてディーナとアイラ、あとタマコは単に金目的で労働をしていた。
でもこれはとても重要なことだ、エイトテールキマイラの討伐もこの国、オーキッドにとっては重要かもしれんが目先の金を得るのはそれと同じくらい大切なことだ、断言する。
「赤鉄板?それくらいなら帰りまでに用意しといてやるが、勿論金はとるぞ?」
これは俺がまだイスベルグに嘘を吹き込む前にブロンとした会話の一部。
技術局着いてすぐの話だ。
なんで赤鉄板が必要かって?
それは勿論、借りてる家に元々あったものがぶっ壊れたからである。
なんでぶっ壊れたのか?
ディーナとアイラが料理に挑戦しようとしてぶっ壊したのである。
普通は料理失敗したくらいでは壊さない。
火加減と油の量を間違えて燃え上がるフライパンから逃げ出した後、闇魔法<イロウション>で作り出した手で遠くからフライパンと赤鉄板を操作しようなどという思い切った発想をする人に限り、爆発させて破壊したりするのである。
家が火事にならなくて良かったと思うべきか…
そうなってたら赤鉄板と台所の壁の修理代だけでは済まされなかっただろう。
とにかく家も、家にあるものも借り物なので弁償しなくてはならない。
ウチはそんなにお金に余裕がないのに!
だからこそ借り物の家でテロ行為に及んだ犯人グループの一人であるディーナには、頑張って魔物の絵をたくさん描いて生物局に売り込んで欲しいのだがこいつは初日から「一人で寂しい、あと魔物のはく製が怖い」とか言っていきなり仕事をさぼって俺のいる訓練場に来た。
集中して描けるようにってわざわざ生物局内で一人部屋を用意してもらっていたのに…
この問題には生物局の女性局員を一人、ディーナの傍に着けることで対処することにした。
俺は忙しいので傍にいてやれなかった。
幸いにも快く了承してくれた人がいたので問題はすぐ解決した。
ドワーフ族の女の子だった、俺は忘れてたんだけど、その子は俺が最初に技術局に来て医局に迷い込んだときにツインテールキマイラの毒にやられてベッドでぐったりしてた子だった。
俺が魔法で治療したその女の子は名をキャメリアという、この時初めて知った。
キャメリアちゃんはうっかり人を殺しかねない怪力でも、のじゃのじゃとやたらうるさい口癖もなく至って普通の子だったので安心してディーナを任せられた。
ディーナもすぐ彼女と打ち解けて、それからは真面目に絵を描いた。
一つ問題が片付くと大抵次の問題が発生する。
「これ捕まえたぞーーーー!」
そう叫びながら訓練場に来たのはタマコだ。
泥まみれだった、手にはピンクラビットを持っていた、ぴくぴくしていたのでまだ生きてた。
お前は畑に行ったんじゃないのか、と聞くと畑で捕まえたと教えられた。
捕まえたからダッシュで戻ってきて見せに来たということらしい。
お前の仕事はウサギを捕まえたら終わりじゃなくて畑の見回りなんだよ?
勝手に帰ってきたらダメなんだよ?
と、語り掛ける俺をよそに訓練場にあった短剣でピンクラビットにトドメを刺し、なんかごそごそやり始めた。
何してんだと聞いたら「血抜き」と言った。
なるほど、捕らえた獲物の処理か、それはいい、なぜここでするのか。
「家でやったらまえみたく床が血まみれになるぞ?」
前に家でやったのか。
殺人事件の現場みたいになってたのはそのせいか。
つーかこいつは前はどこから生きたピンクラビットを捕まえて来たんだよ…
いろいろと疑問はつきなかったが
「勝手に帰ってきたらだめだよ?一緒に行ったアイラが困るだろ、今頃心配してタマコのこと捜してるかもしれないし」
「でもこれ、せっかく捕まえたから」
「早く戻らんと後で振り回しの刑になると思うぞ?」
「すぐもどる」
タマコはダッシュで訓練場から出て行った。
どうでもいいが血を垂れ流すウサギを置いて行くな。
俺は放置されたピンクラビットを水場でちゃんと処理し、訓練場の床を掃除した。
ウサギの肉はその日の夕食として我が家の食卓に並んだ。
ただ、食べる前にタマコは土下座しながらアイラに「食べてもいいですか」と聞いていた光景があの後畑で何があったのかを物語っていた。
仕事のなんたるやを理解したディーナとタマコは二日目は真面目に仕事をした。
アイラが疲れた顔で技術局に戻ってきて「畑の世話って大変なんですね」となんか農家に憧れて田舎に来たけど現実の厳しさを知った人みたいな感想を言ってた。
畑仕事も手伝っているらしい。
ディーナもタマコも訓練場に乱入してこなくなったので、俺はイスベルグとの特訓に集中できたのかと言えば案外そうでもない。
別の乱入客があった、ちびっこ司祭ロリエだ。
「昨日も今日も家に行ったのに誰もいないとはどういうことなのじゃーーー!」
うんあの、皆忙しいんで…
一応そのことはロリエにも伝わっていて理解しているはず、なの、だが。
「ダンジョンの件でヴォルガーが忙しいのは知っとるのじゃ!しかしディーナたちまでおらぬとなると家に入れんのじゃ!家に入れんとわちしは一体どこでくつろげばいいのじゃ!」
知らんのでどうぞ神殿へお帰り下さってそこでおくつろぎくださいと言っておいた。
それでも神殿だと息がつまるとかなんとか喚いていたが暇になったら飴いっぱい作るから今は我慢してと言ったらどうにか落ち着いて帰って行った。
この国の偉いさんならもう少し現状に危機感を持てよとも思ったが、神殿に戻るともしかしたらそういう話ばかりでそれはそれで辛いのかもしれないな。
ああ見えて20代後半だもんな、毎回つい外見に騙されて小学生を相手する気分で会話してしまうが。
いやでも、同じドワーフ族でもキャメリアは大人の落ち着きがあったからただ単にロリエの精神年齢が外見通りという説も…いつまでも大人になれないというピーターパン症候群かな?
いやあれの対象は男だけだったか、女の場合はなんというのだろう、良く分からんのでロリエ症候群とでも名付けよう。
異世界で新たな病名が誕生した瞬間であった、発表する気はないので歴史には残らない。
どうでもいい病名を考えた次の日、つまり三日目、この日はマーくんにめちゃくちゃ絡まれた。
草取りに行ってたマーくんたちはその日の午前中に技術局に帰ってきたのだ。
特に問題なくミッションをコンプリートしたらしい。
それで暇だったのか訓練場に来て俺がイスベルグに魔法を教えてることを知ってしまった。
俺とイスベルグが技術局に残って二人で何をしてるかはエイトテールキマイラ討伐に関する作戦の打ち合わせとか準備とかまあそういう名目になっていた。
実際そういうことも含めた訓練なので嘘じゃないのだが…
「我も新魔法を覚えたいのにこっそりこの女だけに教えるとか…汚いぞ」
いやいやだって俺は闇魔法使えないのにどうしろというのか。
「アイラには<イロウション>を教えたではないか!!」
教えたといっても名前だけなのに。
そんな理屈はマーくんには通用しなかった。
「ヴォルガーはあらゆる魔法に精通している…我の目はごまかせん」
変なところで鋭い勘を発揮するのがまた面倒くさい。
確かに俺は自分が使える以外の魔法のことも知っているがそれはゲームの、ほわオンの話なのに。
ほっといても「教えろ教えろ教えろ」としつこいので、俺は教えた。
正直教えたところで使えるかどうか知らん。
ただ、マーくんがいかにも喜ぶような教え方をした。
おかげで最終的に「すごくいい」と納得してマーくんは引き下がってくれた。
こうして三日間、数々の妨害工作を受けながらもイスベルグの特訓をした結果。
ご覧ください。
「ヴォルガァァァァ!!毎日毎日、なぜ邪魔が入る!!!」
イスベルグは以前のように乱暴な口調で自然に話せるようになりました。
少し悲しい気もするが、やっぱね、こっちのほうがらしいよ。
「な・に・が!おかしいのだ!!そのニヤケ顔をやめろ!!」
「はい」
胸倉を掴んでこないので前よりはマイルドかもしれない。
特訓のかいがあったな。
「イスベルグ様!!」
今日はもうマーくんという乱入があったのでこれ以上は無いだろうと思っていたら、夕方頃、訓練場に新たな乱入者が来た。
兵士だった、確か前一緒にダンジョン入った内の一人、イスベルグの部下の人だ。
「報告!ダンジョン内で待機中の部隊から目標の魔物に動きがあったとのことです!」
ついにエイトテールキマイラが動き出したか…
………………
………
兵士の報告後、俺たちは会議室に集まった。
俺、イスベルグ、フリュニエ、ロンフルモン、マーくん、ディム。
それに加え、サジェスとブロンもいる。
「魔物は現在、ダンジョン2層に向かって来ているようだ、地上を目指しているのだろうな」
イスベルグの言い方がやや曖昧なのは、連絡は一度きりだったからだ。
無線や携帯が無いこの世界で、遠距離の通信方法は通信クリスタルのみになる。
それも一度使ったらしばらく使えない。
今現在ダンジョンで待機中の部隊には二つ持たせているらしい。
部隊は2層の広間でバリケードを築いて物理的にエイトテールキマイラの進路を妨害していた。
そのバリケードが火魔法で攻撃されている、というのが兵士がもたらした情報だ。
近づいて監視していると気づかれた場合幻覚魔法で同士討ちにさせられるのでそうするしかなかった。
「バリケードを突破するのにどれくらいかかりそうなのです?」
「火魔法に耐性がある素材で築いているからそうやすやすと破壊はされん、しかしダンジョンの性質上ほおっておいても床に沈んでいずれ完全に消えてなくなる。それを考えたら持つのはあと一日だ」
ダンジョン内で床に沈んでいく物は優先条件が決まっている。
一番沈んでいくのが早いのが「死体と死体が触れているもの」だ。
死体というのが一番注意すべき点だ。
しかし「生きている者」が死体に触れていればその現象は起こらない。
他にも生きている者が意図的に床に置いた物もすぐには沈まない。
ほっといても半日、なんか置いた物の素材による違いがあって長くて丸一日くらい床に残る。
これは俺がダンジョン内で休憩するときとかに、地面に荷物降ろしていいのかどうか悩んでいたところロンフルモンが教えてくれたことだ。
原理とかは不明、ダンジョンさんにも好き嫌いがあるみたいですねと思うしかなかった。
「我々はこれよりダンジョンに向かう、キマイラたちより先に1層の広間を目指し、そこで迎え撃つ」
もう日も暮れて夜になっちゃってるんで明日にしない?
などと言える空気ではなかった、のんびりしてる間にキマイラがダンジョン外に出てきて、自由に動き回り幻覚や毒をばらまくと手の付けようがなくなる可能性大なのだ。
「急ぐのはわかるけど幻覚治療用のポーションはまだできてないわよ、早くても明日の朝までかかるわ」
サジェスはかなり疲れている様子だった。
マーくんたちが取ってきた材料を受け取ってから今までずっと頑張っていたのだろう。
「それは出来次第で構わん、兵士に渡してくれれば魔動車で現地まで運ぶ」
「それじゃポーションは後回しで先にダンジョンに入るってこと?ヴォルガーが優れていると言っても彼一人で何十人も治すのは無理があるんじゃない?一回治せばそれで終わりってわけじゃないのよ、敵が生きている限りその危険は何度もあるんだから」
「そうだ、そのためダンジョンに入るのはここにいるサジェスとブロン以外の六人のみだ」
「おいおいじゃあお前らだけで討伐するってことか!?」
サジェスとブロンが驚くのも無理はない、二人はツインテールキマイラはまだ六匹残っててそれより面倒なエイトテールキマイラもいると知らされているのだ。
「あーそのことについては俺から補足を、この六人なら勝てる見込みがあると分かったうえでの判断だ、特に問題はない、逆に討伐人数が増えると俺が支援できなくなるのでこのくらいがちょうどいいんだ」
俺がそう言うとサジェスとブロンは黙った。
ただ少ししてサジェスから「なんでそんな余裕ある呑気な顔してるわけ?」と聞かれた。
自分なりに真剣な顔で話したつもりだったのに。
「フッ、我がヴォルガーと組む以上敗北はないということがわかっていないようだな」
マーくんが意味ありげに笑って宣言した。
サジェスに「あの子冒険者仲間って聞いてるけどなんなの?なんで腕に変な包帯巻いてるの?色々と大丈夫?」と小声で聞かれた。
すいません一応大丈夫です、変な包帯は彼の趣味です。
「フリュニエたちは帰ってきたばかりで疲れているかもしれんが今回は時間がない、準備ができたら輸送型魔動車の荷台に乗ってくれ、そこで仮眠をとって休息してもらうことになる」
「わかったのです、では早速準備してくるのです、ロンフルモンも急ぐのです!」
「あぁ、今日はベッドで寝たかったんですけどねぇ…仕方ありません、さっさと用意してあの中で寝るとしましょう」
そんな感じで話合いは終わって会議室を出た。
ディムとか一言もしゃべらなかったんすけど…起きてる?起きてた、動いてた。
しかし輸送型魔動車ってあれかぁ、俺がオーキッドに来るとき乗せられた奴だよなぁ。
まぁ中は案外快適だから別にいいんだけど。
魔動車がおいてある魔動技術局まで行くと、ディーナたちがいた。
「ヴォルるん!どうなったの!?」
「ああなんかこれから結局ダンジョン行くことになってさ、ディーナたちは先に家帰っててもいいよ、ティアナには俺からディーナたちのいう事も聞くように言ってあるから道案内もしてくれるし」
「家に帰ったってこんな気持ちじゃ心配でとても寝れないわ!」
「そうですよ…ヴォルさんは私たちの気持ちも少しは考えてください」
「そうだそうだー!家に帰ってもヴォルガーがいないなら、だれがごはんつくるんだ!」
うーん困ったな、特にごはんの件、また台所を爆破されても困るし。
その辺で外食してもらえればいいんだけどなー、夜あいてんの酒場ばっかだからなー、女だけで行かせると変なのに絡まれそうなんだよなあ。
「じゃあ技術局で待っとく?ここの食堂なら夜でもなんか出してくれるらしいからさ」
「…うん、そうする、アイラちゃんとタマちゃんもそれでいい?」
「そう、ですね、家で待つよりはまだマシです」
「ここのごはんよりヴォルガーのごはんのほうがうまいのに」
タマコはごはんからちょっと離れろよとも思ったけど、内心少し嬉しかった。
ディーナとアイラも、クスっと笑って「そうね」と同意していた。
そんな訳で三人には技術局で俺の帰りを待ってもらうことにした。
三人に「じゃあ行ってくるよ」と告げて俺は輸送型魔動車の荷台へと乗り込んだ。
中はランタンみたいな明かりがあって、こんなんあるなら最初のときも用意しといてくれよと思った。
荷台ではディムが壁によりかかって既に寝ているようだった。
マーくんは自分の腕に巻かれた包帯を見て不適な笑いを浮かべている。
フリュニエとロンフルモンはなんか携帯食っぽい物を食べてた。
俺も荷台に乗って腰をおろす。
フリュニエがいろいろ食べ物を出してくれたのでそこから干し肉をとって久々にかじることにした。
これはこれで味わいがあって結構好きなのだ。
「全員いるな、それでは出発する」
最後にイスベルグが乗り込んできて、兵士が荷台のドアを閉めると、俺たちはダンジョンに出発した。




