特訓
この時期は毎年異世界転生したくなる奇病にかかるよ、未知のウイルスかも。
俺とイスベルグは一度会議室へ戻った。
新たな魔法うんぬんはともかく、マーくんとディムのことをまず紹介したかったので。
会議室に戻るとそこにはフリュニエとロンフルモン、あとマーくんだけがいた。
ディーナたちはいずこへ。
「三人はたぶん今頃サジェスと一緒に食堂にいるのです」
俺とイスベルグが話している間、ディーナたちはフリュニエと一緒に生物局へ行っていたらしい。
ディーナの描いた魔物の絵をフリュニエ以外の生物局の局員たちにも見せにいったのだ。
そして無事、魔物の絵は買い取ってもらえたらしい、それでさらに生物局には魔物のはく製がいくつかあるからそれを絵にしてもらえないかという追加の仕事注文もあったんだとか。
で、その件を一旦俺に相談しようと会議室へ戻ってきたが、俺はその頃イスベルグとまだ長々と話をしてる最中だったので、えーじゃあどうしよっかーまっとくー?そんなことよりお腹減ったーみたいな会話が繰り広げられて結局食堂に行ったようだ。
お腹減ったとか言い出したのは確実にタマコだろう。
ただフリュニエはここでエイトテールキマイラについて会議があったので食堂には行けなかった。
そこでちょうど暇してたサジェスを捕まえて三人を任せたということである。
サジェスありがとう、昨日の俺の脳内まともな女性選手権に出さなかったことを許して欲しい。
あの時は人のこと勝手に薬の実験台にするやつは論外だと思っていたから。
だって俺の知ってるFBI捜査官もそういうやつは政府の陰謀に関わってて信用できないって言ってたんだ。
昔見た海外ドラマの中の話だけども。
ドラマの思い出はさておきこっちの世界じゃ魔物とかいう未確認生命体は日本の田舎の山で見かけるイノシシよりも遥かに身近な存在なのでじゃあ討伐しましょうという話になってしまう。
「エイトテールキマイラとやらの話はロンフルモンから聞いた、我も討伐を手伝ってやろう」
会議室に戻ってきてイスベルグが対策会議をはじめるやいなや、早速マーくんが上から目線な感じで発言した。
今までのイスベルグならこの時点で何言ってんだお前って感じでキレてたかもしれないが、今回は俺のほうをチラチラとうかがってきたので俺はとりあえず頷いておいた。
「…もう聞いているかもしれないがこの者はマグナクライゼスというリンデン王国を拠点に活動する冒険者だ、彼にはエイトテールキマイラの討伐に加わってもらう」
よし事前に俺が教えた通りイスベルグが説明してくれた。
フリュニエとロンフルモンが口を開けてイスベルグを見つめているがまあ問題なし!
「それともう一人、こちらの彼もマグナと同じく討伐に参加してもらう」
こちらの彼、というのは今まで俺とイスベルグの後について黙って会議室に入った男だ。
フードで顔を隠した怪しい男、エルフ族のディムだ。
彼は今までどこにいたのかよくわからないんだが、呼べば来るようなこと言ってたので試しに会議室入る前に呼んだら出てきた。
いやもう本当に急に出てきた、ぬっと、いつのまにか後ろにいたみたいな、やや怖い。
ディムはフードをとって皆に顔を見せた。
たぶんフリュニエとロンフルモンは今まで誰だコレと思いつつもイスベルグが会議をはじめたのでとりあえず黙っていたのだろうが
「エルフ族!?」「なのです!?」
と驚きを声に出した。
「ディムグライアだ、ディムと呼んでくれ、よろしく頼む」
「ちなみにマグナは2級、ディムは1級の冒険者だ、戦力としては問題ない、二人ともヴォルガー様が連れてきた者なので信用も」
「「様!?」」
おおっと、エルフ族と判明したときよりも驚愕の表情でハモられたな?
ロンフルモンとフリュニエが俺を凝視している、こっちみんな。
「あ、ああ…失礼、二人ともヴォルガー殿が」
「「殿!?」」
イスベルグの馬鹿…!あれほど普通にしてって言ったのに…!
「タイム!!」
俺はここですかさずタイムを要求!
「「「タイム!?」」」
今度は二人に加えイスベルグもハモった。
「たいむとはなんだ?」
マーくんに聞かれて気づいた、どうやら意味が伝わらなかったようだ。
「…ちょっと待ってと言う意味です、ということでイスベルグさんちょっとこっちへ」
俺は手招きしてイスベルグを会議室の隅っこに呼ぶ。
「なんでしょうか」
「いやいや普通にしてって言ったじゃん!めちゃ怪しまれてるよ!俺のことは呼び捨てでいいから!」
「しかし…」
「意義は認めない!ではそういうことで!はい戻って!」
二人分の視線が体に突き刺さるのを感じていたが気にせず俺は席に戻った。
イスベルグも元の位置へ。
「…よしでは今後のことだが…」
「すいませんイスベルグ、質問があります」
ここでロンフルモンが手を挙げた。
「なんだ?」
「ヴォルガーと何かあったんですか?」
きたぁー直球だぁ!これをどうかわすイスベルグ!
「な、何ひょ?」
噛んだぁー!そして声が裏返っているー!もうだめだぁー!
「イスベルグ?」
「ええいうるさい!今後の予定だが…!」
イスベルグは強引に会議を進めた、俺はその間フリュニエとロンフルモンから疑惑の視線を向けられ続けていた。
………………
………
「じゃあ次にダンジョン行くのは三日後なんだ?」
「早ければな」
向かいでもぐもぐとフライドポテトみたいなのをつまむディーナ、それに応える俺。
現在は食堂にいる、会議終了後、俺は逃げるようにここへ来た。
そこで飯を食ってるディーナとアイラとタマコを見つけた。
「タマコ!手づかみはやめなさい!ほらフォークとスプーンを使って」
「アタシの村じゃ肉は手で持って食べるぞ!」
タイムスリップしてきた原始人と現代マナーを教える文明人みたいなやり取りをしてるのはアイラとタマコだ、隣のテーブルで楽しそうにやってる。
サジェスはどこ行ったのかなと思って聞いたらどうやら昼休憩を終えて先に職場に戻ったらしい。
やることがあって彼女は忙しいのだ。
サジェスが忙しいのと三日後の討伐は関係がある。
実は今、医局では幻覚治療用のポーションを開発している、対キマイラ用だ。
それの完成が後三日はかかるというのが先ほどの会議でも伝えられた。
俺がいれば別にそんなものいらんのだが万が一の備えという物は必要になる。
例え万能の回復魔法があっても使えるのは俺一人、カバーするのは限界があるもんな。
最悪俺が倒れたときに治す手段があると無いとではその後の結果は大きく変わる。
「それで幻覚を治すポーションを作るのに材料が足りないらしい、それの調達にフリュニエとロンフルモン、それからマーくんとディムもついていくことになった」
「え、そうなの?危ないところ?」
「らしいよ、魔物がわんさかいる山の中だってさ」
「ヴォルるんは?」
「俺?俺は行けないんだ、イスベルグとやることがあって」
俺はその間、イスベルグと訓練だ。
イスベルグに新魔法を教えるための。
「イスベルグってヴォルさんと二人きりで話があるっていってた人ですよね」
アイラがこちらの話に参加してきた、どうやらタマコに文明の利器を教えることを諦めたようだ。
「そうだよ、ごつい鎧着てただろう、あいつがこの国で剣豪と言われてるやつなんだ」
「へえ、私てっきり剣豪っていうのは男の人かと思ってました」
「ああそれね、俺も思ってたよ最初」
ハハハ、会ってみたら実は女とか意外だよね、とか思ってたら
「仲いいんですか?」
「えっ?いや…別に仲は…よくないかな」
「でも二人きりで長いこと話してたみたいですけど」
「それはまあ…いろいろと事情があって」
「午後からも二人で訓練するんですよね?」
「そうだよ?」
あれ、なんだろう不穏な空気。
「金髪だからですか?」
「何がっ!?」
「ディーナさんも金髪ですし」
「ちょっと言ってることがよくわかんない」
「え?なになに?私の金髪がどうしたの?」
どうもしないよ、何かよくわかんないけど俺は今金髪フェチみたいなレッテルを貼られようとしてないか?
あっ、でもアイシャも金髪だった…俺は金髪フェチだったのか…?
「はあ…」
アイラはなぜかため息をついていた。
いやあ…これはどうしよう…フォローしておく必要がある場面…か?
「俺は黒髪も好きだぞ」
とりあえずそう言っておいた、これが限りなく正解に近いと信じて。
「ヴォルさんは女と見れば誰でもいいんでしたね!!」
アイラはなぜか怒ってタマコのいるほうへ戻って行った。
くっそわかんねぇな…一番複雑な女心を所持しているのが一番幼い子ってどういうことだよ。
「ねーねー髪がどうしたの?」
「ああはい、ディーナの髪は綺麗だねって話だよ」
「やだーもう!えへっ、本当に?うふふふ」
こいつくらい簡単ならいいのに…
しかし少女の好感度を稼いで俺はどうするつもりなんだという気もする。
あまり深く考えるのはやめよう、アイラの機嫌もそのうち治るだろう。
その後俺も飯を食って食堂を後にした。
ちなみにディーナたちに「ここの名物とかいうスープは頼まない方がいいぞ」と教えてやったら「それ最初にきたときロリエちゃんにも言われたよ、凄く不味いって」と返された。
出来ればその事前情報は俺にも伝えてほしかった。
教えられていれば食堂ですれ違う人に「あ、地獄スープ完食してたおかしいやつだ」とひそひそと言われることもなかっただろう。
午後から俺は訓練場に行かねばならないが、ディーナたちはどうするのか聞いたら、ディーナはまず生物局で魔物のはく製を絵にする仕事があるので生物局へ、アイラとタマコはサジェスに手伝いを頼まれたとかで医局に行くらしい。
アイラとタマコが医局で何を、特にタマコ。
医療と結びつく要素が一切ないので疑問だったのだが、なんでもここから少し行ったところに医局の管理する畑があってそこに最近ピンクラビット等の小型の魔物が畑を荒らしに来るらしく柵がどっか壊れてるのかを調べる仕事のようだ。
まあ実際調べて修理するのは医局の人らしいんだけど、魔物がいたらアイラとタマコの出番ということで。
若干不安なとこもあるので心配したら「子供扱いしないでください!それくらいできます!」とアイラに怒られた。
反抗期の娘を持った父親ってこんな感じなのだろうかという、わかりたくない気分を味わうはめになった。
タマコも「その程度の魔物なら何度も狩ったことある」というのでそれ以上口出しするのはやめて二人を見送った。
背中に悲しみを背負って訓練場へ行くとイスベルグが待っていた。
マーくんたちの行方を一応聞いたら早速出かけて行ったらしい、行動が早いな。
「そう言えばフリュニエとディムはうまくやれてんのかな」
「フリュニエは恐らく大丈夫でしょう、エルフ族を見るのも初めてですし…あとはイルザ様の加護もありませんので」
イルザの加護があるとなんなのか意味が分からなかったので聞いたら、イルザの加護を持つドワーフ族と風の女神であるエストの加護を持つエルフ族が一番相性が悪いらしい。
理屈はわからないがこの条件を持つ者が会うと何かむかむかしてきて喧嘩になるようだ。
「神様同士で仲悪いとかあるのかね?」
「…それは私からはなんとも…何分女神様のことなので…」
まあそうか、普通はわからんか、イルザも地上は300年ぶりとか言ってたしな。
「まあいいや、それより訓練をはじめようか」
「はい、よろしくお願いします」
すっかり従順になったイスベルグにまだ違和感を感じるがとりあえずやってみよう。
しかしその前に。
「それで盾は?どうしたの?」
イスベルグは盾を持っていなかった、大剣を相変わらず持っている。
「そのことですが、どうしてもこの剣を捨て、盾を持たねばだめなのですか?」
「だめだ」
俺ははっきりそう言った。
うんいやわかるよ、たぶんその剣に思い入れがあるんだろうということは。
ざっと聞いただけだけど、ゴロウって獣人族の形見なんだよね。
イスベルグにとってよほど大切な人だったのだろう、たぶんタマコでもわかるレベル。
しかし真面目な話、イスベルグにこの剣は向いてないように思える。
彼女は体力や防御力に優れているが力はそれほどでもないのだ。
フリュニエのように怪力なわけではない。
大剣の重さでもって敵を斬っているのだが、若干剣に振り回されているように思えるっていうか普通こんなアホみたいな重くてでかい剣を振るうと腰をいわすか腕の健が切れると思う。
それでも使えているのはイスベルグのセンスの良さとか経験があってのことだろう。
「イスベルグ、今回だけでも構わないから盾を持ってくれないか」
「それは…何か理由あってのことですか?」
「勿論だ、フォルセ…様の加護というのは何かを倒すための加護ではない、守るための加護なのだ」
「守るための…」
想像だけどね、俺の知る限りフォルセは守るどころか絶対殺すマンみたいな感じだったけども。
とりあえずイスベルグに納得してもらわねば先に進めない。
「今回のエイトテールキマイラ討伐には、その守る力をイスベルグが使えるかどうかにかかっている」
「そうなのですか!?」
これはまあ正直、そうです。
イスベルグがタンク役、いわゆる敵を引き付けて壁になる役に徹してくれれば俺は支援に専念できる。
敵に狙われながら魔法を使うのと、自由に魔法を使えるのは結構差があるのだ。
俺も頑丈とはいえ、斬られたり噛みつかれたりしたらちょっと耐える自信がない。
それを防ぐために自分に防御魔法を使ってるといざって時に使いたい相手に使えないのだ。
これまでの戦いから俺は自分の魔法にゲームと同じとある制限が存在することに気が付いた。
それはクールタイムと呼ばれるものだ。
最初に気づいた<ディバイン・オーラ>がなんかそんな感じだったのでもしかして全部あるのかなあと思ったらやっぱりあった。
これはどういうことかというと、例えば<ヒール>といった回復魔法が連続で何度も無制限に撃てるとなると、ゲーム内ならば永遠に<ヒール>しているだけで倒されないプレイヤーができてしまう。
勿論、この世界でいう魔力が無くなれば撃てなくなるのだが、逆に言えば魔力をアイテムで補充する限りできてしまうことになる。
そうなるとゲームとしてはバランスが崩壊する、プレイヤーはまだしも敵が永遠に<ヒール>連打したりしたらクソゲーの烙印は間違いなく押される。
で、そういうバランス崩壊を避けるためにあるのがクールタイムという、一度使ったら次に使うまで何秒か同じ魔法が使えなくなるという時間だ。
俺は自分の覚えている魔法のクールタイムは全て把握している。
無意識にもう、それを考慮して魔法をかけるのが癖になっている。
ま、用はイスベルグが俺の壁になってくれれば楽ってことで…
「そのためにはイスベルグには盾の魔法を覚えてもらわなくてはならない」
「盾の魔法…そのようなものがあるのですか」
「<プロヴァケイション>もそうだぞ」
「えっ?」
そこは俺もえってなるけどそういうものだと理解して欲しい。
「他にはこれ<ディバイン・オーラ>」
俺は自分の周りに障壁を展開した。
「これは…?もしやあの時兵士の攻撃を防いだ?」
「そう、試しにその大剣で斬りかかってみて」
「構わないのですか?」
「うん、あの効果時間3分だからはよして」
イスベルグがためらってるのでさっさと斬るように命じた。
彼女は一応手加減しながらゆるめに剣を俺に向けて振るって…ガキンと弾かれた。
「見えない壁に剣が!」
「そういう魔法ね、まあこれはでもイスベルグ向きじゃないから覚えなくてもいいかな」
「なぜ私には向いていないのですか?」
「これ敵意をもってる相手に勝手に反応するから、接近戦をする人には邪魔になるんだよ、斬ろうと思った相手が勝手に吹っ飛ばされたりして」
「なるほど…」
そう言いつつイスベルグは不思議そうに俺に手を伸ばして来た。
「今度は何も起きません」
「敵意を持ってないからだよ、俺を攻撃しようと思ってなかっただろ」
「はい、しかし高度な魔法ですね…」
一応二節の魔法だからかな、まあ覚えない魔法をこれ以上掘り下げるのはいいか別に。
「で!とりあえずこれとは違う魔法を教える!なので我慢して盾持って!でないと使えないから!」
俺がそう言うとイスベルグは観念して訓練用の盾と片手剣を手にして戻ってきた。
「よし…ではお前に皆を守るための魔法を教える!」
「はい!」
「お前は皆の壁となる、敵からの攻撃を一身に受けることとなるだろう、でも安心しろ、お前のことは俺が必ず守る」
「…はい!」
そうして俺とイスベルグのマンツーマンの特訓がはじまった。
誤字報告感謝!修正も勝手にしてくれるとか便利すぎて震えた。