アイシャのぼうけん4
思ったより長引いた。
パーティーを追い出された私はダンジョンの外にある草原で一人、ぼんやり立ち尽くしていました。
「あ、スライム…」
私が知っているスライムとは少し違うようですがそれが草原で跳ねまわっているのが見えました。
敵意はないのか私に近づいてこようとはしません。
「今の私はあのスライムのようなものでしょうか…」
先ほどのダンジョンで<ヒール>が使えず、人族や獣人族に馬鹿にされ、実際ほとんど役たたずだった私。
最初から私の<ライトボール>なんかどうでもよかったんでしょう。
だってゴブリンにトドメをさしていたのは全部、猫の魔法でしたし…
「帰りたい…」
私は街のある方角を見ました、少し歩けばすぐ着くでしょう。
でもあそこも私の知らない場所です。
名前はなんでしたっけ。
まあ…どうでもいいですね…
街にも行きたくなかった私は草原をフラフラしていました。
何も考えたくありませんでした。
考えるとさっきのことを思い出して、辛くて、悔しくて頭がどうにかなりそうだったからです。
うつむいて歩いていると『バシ』と変な音がしました。
顔を上げるとそこにはふわふわ浮かぶ毛玉のような物体がありました。
ぼんやり光っています。
「何…これ…<ライトボール>に似てますけど…」
なんとなく触ってみようとすると毛玉の表面にギョロッと目玉が二つ出てきました。
「生き物!?えっ、きゃあ!」
その毛玉は私の顔めがけて飛んできました。
私は驚いて後ろに転び尻もちをつきました。
「また転ばされた…また…ああああ!」
いろいろと限界でした。
私はその毛玉に向かって<ライトボール>を力のあらん限り撃ち込みました。
「な、なんで死なないの…」
<ライトボール>をぶつけられた毛玉は多少フラフラとしていましたが、先ほどより怒ったのか激しい勢いで私に何度も体当たりしてきます。
バシ、バシ、バシ。
「きゃ!いたっ…くはない?けど、やめなさい!」
毛玉が私にぶつかると妙な音はするけど痛みはありませんでした。
しかしぶつかると思うと思わず目を閉じて手を顔の前にだして身構えてしまいます。
「やめ…やめて!!」
私は頭を抱えてうずくまることしかできませんでした。
唐突に、バシバシという音がやんで、私の視界に『アナタはライトウィスプに倒されました』と文字が浮かびました。
「はっ?」
気が付くと街中でした。ここは確かロブたちと転移してきた場所です。
倒された…?あの毛玉に…?女神であるこの私が…
なぜ倒されたはずの私が街中にいたのかなんてどうでもいいことでした。
私の頭にはもうあの毛玉を殺すことしかなかったからです。
街の出口に向かって走り出し、草原に出るとすぐあの毛玉を見つけました。
「このっ!このっ!!死になさい!!」
<ライトボール>を何度も唱え、ぶつけ、怒った毛玉に反撃されました。
そしてまた気づけば街に戻され…私はそれを繰り返しました。
なんの痛みもないのに倒されたと浮かぶ文字も私の怒りを増長させるだけでした。
「なんで死なないのよ…もう…嫌!!」
私は何度目かの戦闘で自分の情けなさに涙がでそうになりました。
また魔法をぶつけられて怒った毛玉が私の顔めがけて飛んできます。
ぶつかる!!と思った瞬間『カンッ』と今までとは違う、金属がぶつかるような音がして、毛玉は私から跳ね飛ばされました。
「今のは防御の魔法…」
ちゃんと見ていなかったので確信は持てませんがこの現象は覚えがありました。
「<ヒール><プロテクション><ウェイク・マジック><ウェイク・スピード>」
誰かが私に魔法をかけている!?
どこからか聞こえる単語は私もかつては使えた魔法の名前でした。
「<ダブル・スペル><ライト・ブレイク・オーダー><パーフェクション・アイ>」
…何か私の知らない魔法もかけられていますが…と、とにかくこれなら!
「<ライトボール>!!」
私が魔法を使うと今までより大きい光の玉が二つ同時に手からはなたれ、フラフラ飛んでいる毛玉を左右から挟むように同時に命中しました。
毛玉は跡形もなく消し飛びました。
「や、やったわ!ついに憎き毛玉を…!」
私はその場で喜びのあまり飛び跳ねました。
「そうよ!これが私の本当の…ではなくて今の魔法は一体誰です?」
少し冷静になってまわりを見れば、近くの木の根元に誰か座っていました。
今までは毛玉に夢中でまるで気が付きませんでしたが…
他には誰もいません、この人が先ほどの支援魔法を使ったに違いありません。
私はその人物に近づいて声をかけました。
「なんで助けてくれたんですか?」
「…ソロプレイヤーなのか?」
そう返してきた人は黒いローブを着ている、整った顔立ちの男でした。
「質問に質問で返さないでください!!」
「え、ああ悪い、なんかつらそうにみえたから」
やっぱりこの人が私を助けてくれたのです。
「そうですか…ありがとうございます」
「どうも、あと、余計なお世話かもしれないけど<ライトボール>で戦うならスライム狙ったほうがいいよ。さっき倒したライトウィスプは光に対して強いから」
「貴方は光魔法に詳しいのですか?さっきも使ってましたし」
「ああうん、まあ一応、光の支援魔法は全部覚えてる」
なんですって…この人物は私より光魔法を極めているのですか?
人間の身で?ならもしかしたらこの人に聞けば…ヒールも…うう…でもまた馬鹿にされたら…
「…あの、じゃ、じゃあ俺はこれで…」
彼の前でどうしたらいいか悩んでうろうろ行ったり来たりしていると、不審に思われたのか彼はこの場から去ろうと立ち上がりました。
「ま、待ってください!私に<ヒール>の使い方を教えてください!」
もう恥も何もありません、私は必死でした。
この何もわからない場所で再び一人ぼっちになるのが耐えられなかったのです。
「え…まあいいけど、<ヒール>覚えてないってことはもしかしてスキルの取り方を知らないんじゃ…」
「何もわからないんです!お願いします!」
「そ、そうか、大変そうだな、こりゃVRMMO自体初かな…」
それから彼は私にいろいろなことを教えてくれました。
『メニュー』というものの使い方、新しい魔法の覚え方。
話を聞いていくうちに私はようやくわかりました。
ここは私の知っている世界ではなく、異世界だったのです。
それも精神体で構成された『VRMMO』という仮想の世界。
そして…
「じゃ、じゃあ『メニュー』から『ログアウト』を選べば私は元の場所に帰れるのですか!?」
「元の場所って…いやまあいいけど、そういうことだよ」
心の底から安堵しました、私は帰れるのです。
「今日まだレベル上げするなら手伝おうか?」
ホッとしているとそう言われました。
レベルとはこの世界での強さの基準、魔物を倒すと上がる数値。
今の私はそれくらいのことは理解しているのです。
女神ですから当然です。
私はいつでも帰れると思うとこの世界に少し興味が湧きました。
私の世界と似ているようで少し違うこの世界。
私の世界は目の前に文字が浮かぶなどという怪奇現象はおきませんし。
それに、彼ともう少し一緒にいたい。
「お願いしていいですか…?」
「ん、いいよ、俺が支援するからパーティー組もうか」
私の目の前にまた文字が浮かんできました。
『ヴォルガーからパーティー要請がきています』
それが、後に私の世界のすべてとなった人の名前でした。