イスベルグ5
イスベルグ編おわり
フォルセ様のことを知るヴォルガーに一度会ってみたい。
しかし、私が名指しで呼び出すとかなり目立つ、周囲の者からは痛くもない腹を探られる面倒なことになりかねん。
ならば、どうやって会ったものかと思案していたところ意外な形でその好機は訪れた。
ダンジョンにこの国にとって脅威となる魔物がいる可能性があるので力を貸してほしい。
フリュニエがそんな話を私の元へ持ってきたのが始まりだ。
先日発見されたという新種の魔物の存在、さらにそれを上回る魔物、そしてその情報をもたらし協力してくれるというヴォルガー。
それらの情報を得て、私は自身が直接ダンジョンに赴くことでヴォルガーと会っても不自然ではなくなると考えた。
フリュニエに力を貸すと約束し、私は技術局でヴォルガーが来るのをいまかいまかと待ち構えていた。
イルザ様に物怖じせず、対等に話していたという男は一体どのような姿をしているのか。
フリュニエとロンフルモンは割と平凡な人族、と言っていたがそんなわけがあるまい。
仮にそう見えたならそれは実力を隠しているのだろう。
強い者ほど己の強さを上手く隠すものだ。
トントン、とドアがノックされロンフルモンがそれに応えた。
来たな、さあどんなやつか見極めて…
普通の村人っぽい男が部屋に入ってきた。
…こいつが?念のため名前を確認したところ間違いないようだった。
ヴォルガーはボケーっとした顔で私のことを見つめていた。
まったく強そうに見えん、これが芝居なら大したものだが…
この私の目を欺こうとは。
生意気な男だ、ここはひとつ難癖をつけて怒らせてみるか。
そう思ってあれこれと言いがかりをつけて高圧的な態度で話してやったのだが、ヴォルガーは何を言われてものらりくらりと特に怒る様子もなく返事を返してくる。
私のことをイスベルグちゃん、とさえ呼ぶ始末で逆に私の頭に血が上り、まあ正直むかついていたので戦って実力をみてやることにした。
憂さ晴らしも兼ねてな。
そして訓練場で私専用の訓練用大剣を手にし、ヴォルガーと相まみえた。
私はゴロウを失った日より彼の大剣を形見として使うと決めた。
これはその鍛錬のために作らせた特注の剣だ。
これを見て恐怖して謝ってくるかと思ったがヴォルガーはあろうことか手ぶらで来て、最終的に盾だけは身に着けたのだが、他に何も持たずそれで私の相手をすると言い出した。
ここまで馬鹿にされては私も黙っておられん。
痛めつけてやるつもりで大剣を振るった、回復魔法が使えるらしいので骨くらい折れてもかまわんだろといった勢いでだ。
しかしヴォルガーは私の攻撃をすべて耐えきった。
信じられんことにこいつは私と同等の体力を持っている。
いつまでたっても根をあげて降参しないのだ。
私はとうとう完全に頭に血が上ってあの魔法を使った。
<プロヴァケイション>…私がシロウを仕留めるときに使った魔法。
フォルセ様が授けてくれた、狙った獲物を私に引き付ける素晴らしい魔法だ。
この魔法は目に見えず防ぎようがない。
食らった相手は私から逃げることができなくなる。
治安維持をする立場として犯罪者の逃亡を防ぐという点ではこれほど便利な魔法はない。
もっとも、今はヴォルガーの顔面に拳を叩きこむために使ったがな!!
私の拳がヴォルガーの顔面に到達すると思った直前、私は何かにぶつかった。
なんだ?光る壁?
それは私とヴォルガーを分断するようにいつの間にか出現していた。
どうやらヴォルガーが使った魔法の効果らしい。
なんだこの壁は、と思って調べているとサジェスの横やりが入って戦いは中断された。
チッ、一発殴りたかったが…これ以上やるのも微妙な空気だ。
これまでの戦いぶりでヴォルガーが私の攻撃を完全にしのぐ姿はフリュニエもロンフルモンも見ている。
どうやら認めざるを得ない、ヴォルガーの実力を。
そうして後日、私は問題の魔物がいるダンジョンに向かった。
ヴォルガーは勿論、フリュニエとロンフルモンもいる。
ダンジョンについてすぐヴォルガーの奇妙な点に気づいた。
どうもこいつ、ダンジョンという物の存在は理解しているのに入るのは初めてのようなのだ。
<ライトボール>を飛ばして妙に天井や周囲を気にしていた。
さらに魔物と遭遇すると事前に言っていたように攻撃には一切参加しなかった。
ただその分やたらと強力な支援魔法を巧みに操って私たちを強化していく。
ロンフルモンが支援魔法を受け異常に興奮していたが、確かに効果を実感したらその反応もわからなくはない。
2層の終わりでブラッドスケールの群れにロンフルモンが魔法を使ったときなど、どう考えてもあり得ん威力が出ていた。
オーキッドの冒険者ギルドに所属する1級冒険者の魔法に匹敵…いやそれを超えているかもしれん。
なんだこいつは…ここまでの能力を持っている者なら噂の一つくらいあるものだが、私の耳にその噂が入ってこないということは少なくともオーキッドではまるで知られていないということだ。
リンデンの王都で諜報活動をしている者からもこんな冒険者がいると聞かされたことは無い。
これまでよっぽど田舎な場所にいたのか…?
ヴォルガーのおかしな点はまだある。
こいつはレッドフォックスやブラッドスケールといった魔物は初めて見るようだったくせに、なぜかオークのことは知っていた。
なぜかは知らんがエルフ族から目の敵にされているオークは、エルフ族がいる地域では根絶やしにされている。
オークが出るダンジョンもエルフ族が行動する範囲には存在しない。
つまりリンデン王国とサイプラスでは一匹たりともいないはずなのだ。
オーキッド以外ではマグノリアまで行けばいるらしいが…人族のこいつがマグノリアに入れるはずもない。
訳の分からんやつだ、やはり一度じっくり話をしたほうがいいか…フォルセ様のこともあるしな。
そう思いつつ先を進んでいると、3層の終わり付近で異常が発生した。
私たちの後方をついてきている兵士たちが悲鳴を上げたのだ。
彼らはここまで出現した魔物程度ならば問題なく倒せる実力を持った者たちだ。
そういう者を選んで私が同行を命じた。
その彼らが悲鳴を上げるということは…
戻ってみると例の話に聞いていた魔物が兵士たちを襲っていた。
獅子の頭を持ち尾は二匹の蛇になっている、ツインテールキマイラだ、それが二体。
4層にいると聞いていたが話が違うではないか。
内心舌打ちをしながらその魔物を仕留めるため、私は前に出た。
報告通り毒霧を使ってきたがヴォルガーの魔法で私の体には全く影響がなかった。
毒に対する完全防御…本当にこいつは防御系の魔法は恐ろしく優れている。
黒髪でなければアイシャ教で聖人として祭り上げられていたかもしれんな。
これならば特に問題なく倒せる、と思っていたがそうはいかなかった。
兵士たちが幻覚の魔法を受けて混乱したのだ。
フリュニエがその兵士たちに足止めされて思うように攻撃できない。
私も二対一では少々厳しい相手だ、動きが思いのほか素早いため大剣と相性が悪い、ロンフルモンも魔法を使っているが仕留めるには至っていない。
そんな時ヴォルガーが盾を構え、魔物二体と兵士全てを自らにひきつけた。
私は驚いて目を見開いた、やつは私と同じく<プロヴァケイション>を使ったのだ。
それも私のように狙った相手一体を止めるだけではない、周囲にいたすべての敵対している相手をひきつけたのだ。
ヴォルガーは引き付けた兵士たちを謎の魔法で弾き飛ばしたものの、魔物から放たれた火の魔法をもろにくらっていた。
死んだ、と直感的に思ったが「今のうちに早く!」とやつの叫ぶ声が聞こえて我に返り、ツインテールキマイラたちを私とフリュニエで倒した。
ヴォルガー…くそ、色々と聞きたいことがまだ山ほどあったのに勝手に死ぬとは。
だがやつがいなければ危うい場面だった…こんなことになるならもっと慎重に行くべきだったか…
「あちあち」
私のそんな後悔をよそに火にかけられた鍋でもうっかり触ったような程度の口調で、ヴォルガーは炎の中から出てきた。
そして皆に回復魔法をかけてまわり、死んで床に沈んでしまった一人の兵士がいた場所を見つめていた。
…ずば抜けた体力のある私でも魔法の直撃はつらいぞ?
死にはせんと思うが少なくともあちあちで済むはずはない。
やつの持っている加護は一体なんなんだ。
光魔法を使うのはアイシャ様の加護だとわかる、しかし<プロヴァケイション>はフォルセ様の加護あっての魔法ではないのか?
とりあえずやつは何もかもがおかしい。
脇道にいた三体目のツインテールキマイラを倒した時も、自らより私たちが負傷することを恐れ過剰に支援魔法や回復魔法をかけてきた。
自分自身はこの程度の魔物なら何をされようが平気とでも言うのか?
馬鹿が、それで万が一のことがあればどうするつもりなのだ。
もはやこの魔物を相手にするにはヴォルガーの存在が必要不可欠となっている。
こいつは確かに大口をたたくだけの力があったのだ。
今ヴォルガーが死んでしまえば、残された我々だけでは相当厳しい戦いになる。
こいつはそれを理解しているのか?
馬鹿みたいにバンバン魔力を惜しみなく放出して魔法を使いおって。
ヴォルガーに無駄な魔法は使うなとよーく言い聞かせた後、件の魔物が確かにツインテールキマイラであると死体の足を使って確かめた。
こうなると癪だがエイトテールキマイラとやらの存在を疑うわけにいかなくなってしまった。
ヴォルガーにより詳しい情報を吐かせ吟味したところ、エイトテールキマイラは3層の広間にいるのではないかと思えてきた。
広間の偵察をすべきと言うとヴォルガーが行くと言い出した、またこいつは危険な真似を。
さっき私に言われた事を理解できていないのか?
止めようかと思ったがロンフルモンもついて行くといいだした。
確かにロンフルモンをヴォルガーが支援する形であれば、安全だろう。
この二人であれば何かあっても逃げ切ることもたやすい。
だが私はそこでいいことを思いついた。
私がヴォルガーと行けば、うまくこいつと二人きりになれる。
偵察には私とヴォルガーで行くと告げると、鎧の音がうるさいと暗に抗議してきたのでだったら脱げばいいだろうと私は自らの鎧を脱いで身軽な姿になった。
そしてヴォルガーがこれ以上ごちゃごちゃ言い出す前に、足が速くなる魔法をかけろと命じ偵察に赴いた。
3層の広間にはヴォルガーの言う通り、ツインテールキマイラを一回り大きくし尾の蛇がわさわさと大量に生えているエイトテールキマイラがいた。
頭を上げて様子をうかがおうとする馬鹿を小脇に抱え、私は中の様子をうかがった。
広間には計七体の魔物がいる、一匹以外は全部ツインテールキマイラだ。
現状の戦力で討伐は不可能だなと、私は判断した。
ヴォルガーに戻るよう指示しその場をそっと離れた。
それ以外は何も言わず走り出したが、やつはちゃんと後ろをついてきているようだ。
妙に視線を感じる、気のせいかもしれんがいるのは間違いない。
もう少しいけば残して来たフリュニエたちがいる地点だ。
その場所の手前で私は足を止め、振り返った。
「聞きたいことがある」
「いやあの、見てません」
「貴様の…いや、見てないとは何のことだ?」
「どうぞ、そちらの話を続けて」
ここなら誰にも聞かれずこいつと話ができる、そう思ってヴォルガーに話しかけた。
突然「見てない」と意味不明な返答をしてきたが、まあいい、時間をかけるわけにもいかないのでそれは置いておくことにした。
私は<プロヴァケイション>とフォルセ様のことについて尋ねた。
<プロヴァケイション>については適当なことを言って言い逃れようとしたのでイラっときて殴りたくなったが、フォルセ様についてはなんとこいつ、会ったことがあると答えた。
イルザ様だけでなくフォルセ様にも会ったことがあるだと。
…ゆ、ゆるせん。
フォルセ様!どうか教えてください!なぜこのようなボンクラに加護を授けたのですか!!
私はこいつと同類ということなのですか!?
イルザ様!なぜこやつをお呼びになってお姿を見せられたのですか!
私にはお声しか、いや私だけでなく、ノワイエ様ですらこれまで姿を拝見したことがなかったというのに!
私の心の問いかけには何も返っては来なかった。
とりあえず私はヴォルガーを連れ皆のところへ戻り、一度ダンジョンから出ることにした。
広間の様子を伝えるとフリュニエたちも無理だと判断し、撤退に異論はなかった。
「あー外の空気がおいしいな」
ダンジョンから出るとヴォルガーは呑気にそのようなことを言っていた。
こっちは兵にあれこれ指示して、今後のことを考えるだけで頭が痛い。
エイトテールキマイラは恐らくレッドキャップを捕食するためにしばらく3層にとどまるのではないか、とロンフルモンが予測していた。
そのためひとまずは2層の広間に兵たちで拠点を築き、3層を監視することにした。
広間から次の階層へは基本的に一本道なため、そこにバリケードを築くことになる。
ただこれも長くはもたないだろう、ダンジョンは異物を吸収する性質があるため普通にバリケードを築いても次第に床へ沈んでいくのだ。
技術局で開発したその吸収をおくらせる魔鋼という素材が必要になるだろう。
また金がかかるな…。
「とりあえず技術局まで戻ったら一回家帰っていい?風呂入りたい」
帰りの魔動車の中でヴォルガーが私にそう言った。
むかついて思わず首を絞めてしまった。
フリュニエとロンフルモンにとめられた。
「わかってるって、なんか話があるんだろ、聞く、聞きますよ、ただその前にねほら、話合うにしても皆疲れてるし一旦休憩が必要だろ?」
言うことが一応正論なのがまたむかつく。
こっちは今すぐにでもフォルセ様のことについて色々聞きたいと言うのに。
ダンジョンで二人きりで話したことは絶対に口外するなと口止めしてあるのでやつも話があるとしか言わなかったが、なぜかどうしてもこいつはどこか私がいないところで喋りそうという気がしてならない。
いっそのことこいつを私の家に泊めれば二人きりでじっくり話せるな。
風呂なら私の家にもあるし文句は言わんだろう、よしそれでいこう、と思って「風呂なら私の…」家にもある、と口走りそうになったところでフリュニエとロンフルモンも聞いていることに気づき、慌てて言うのをやめた。
よく考えたら一人暮らしの女の家に男を呼ぶところだった。
いや何かされてもねじ伏せる自信はあるが、一応その、私も女だし変な勘繰りをされるのは困る。
よりにもよってこんなやつと。
ぐうううフリュニエも一緒に泊めれば問題ないだろうがそうするとフォルセ様の話ができない!
くそっ!こいつが女ならまだマシだったのに!
そう思いつつヴォルガーを見ると、やつは私を見ながら「風呂が何?まさかイスベルグの家に行けば背中もついでに流してくれるのか?なんてね、ははは」とか言っていた。
「ちょ、ただの冗談だったのに…」
つい無意識にヴォルガーの顔をぶっていた。
フリュニエに「さっきからどうしたのです…少しひどいのです」と悲しそうな顔で言われたので、不愉快だがヴォルガーに一言「すまん」と言っておいた。
人生でこれほど言いたくないすまんは初めてだった。
「貴様は明日朝イチで技術局の三階会議室に来い!!わかったな!!」
技術局についたら自分の魔動車に乗ってさっさと帰ろうとするヴォルガーにそう言っておいた。
「はいはいもう怒鳴らなくてもわかってますよイスベルグちゃん」
その発言にむかついてもう一発殴ろうとしたら
「ヴォルガーと随分仲いいですねぇ」
ロンフルモンがそう言ったので、代わりにロンフルモンを殴っておいた。
ヴォルガーはその間に逃げた。




