表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/273

イスベルグ3

大会スキップしようか迷った

 闘技大会は四日間に分けて開催される。

初日は予選で、まず参加者全員を16の集団に分けて一斉に戦わせる。

各集団で最後まで立っていた一名が本戦参加者となるのだ。


 予選は楽勝だった、私に割り振られた集団は恐らく参加者でも比較的弱い者の集まりだったのだろう。

私が無名で、なおかつ若い女ということでそのような割り振りになったと思われる。

「予選は普段通りの恰好で行け」とゴロウに言われた時はよく分からなかったが、どうやら私の姿と顔が受付にわかりやすい様にすることでこうなることを予測していたのだろう。

釈然としなかったがまあ良い。


 そして選ばれた16名が勝ち抜き戦の一回戦を行う二日目。


「ナンだぁ?こんなやつ予選にいたかぁ?」


 私の試合は第三試合だった。

ニワトリのトサカのような髪型をした人族の男がニヤニヤしながら私のことを見ていた。

向かいに立つこの男が私の対戦相手だ。


「イスベルグ…?あぁ、思い出したぞぉ」


 審判が私と相手の名前を告げたことで、私が誰かわかったらしい。

一方私は、トサカ男の名前を聞いても誰だか知らんがゴロウに比べればカスだなとしか思わなかった。


「てことは、そのごつい鎧の中身はあの若くて綺麗な女か!ヒヒヒヒッ、こいつは楽しめそうだ!」


 私の姿は予選とは大きく違っていた。

頭から足のつま先まで全身をほとんど覆うミスリル製の装備を身に着けている。

武器は両手剣、ゴロウのものほど馬鹿げた大きさではない、人族が普通に使う物だ。


 そんな私を見て舌なめずりをしつついやらしい視線を向けて来るトサカ男に殺意が湧いた。

試合中の事故に見せかけて殺してやりたいが、無暗に相手を殺すと失格になる場合があるので難しいところだ。


 まぁ二度と私にそのような視線を向けられないように、叩きのめしてやるか。

そう考えて、試合開始の合図と共に私は相手に斬り込んだ。


「くく、男との力の差を埋めるのにでかい武器と頑丈な鎧を身に着けてきたのか?女の子なのに頑張るねぇ!」


 トサカ男は曲がった刀身を持つ剣で私の斬撃を受け流した、確か曲刀とかいうやつだったか?


「だがその考えが素人丸出し!これは戦争じゃねえんだぜお嬢ちゃん!一対一の戦いだぞぉ!そんな重装備で来たことをすぐに後悔することになるぜぇ!」


 なにか言っていたが私は気にせず剣を打ち込み続けた。

トサカ男はニヤニヤしながらヒラヒラと身をかわしていたが、段々と息があがってきて、いつしか全身から汗をふきだしながら必死に私の攻撃を避けていた。


「ぜぇ…はぁ…ど、どうなってやがる…てめえ本当にイスベルグか?その鎧の中、別人だろうおい!」


 男がごちゃごちゃうるさいので兜を脱いで顔を見せてやった。


「私はイスベルグだ、これで満足か?ならば死ね」


 私の剣が横なぎにトサカ男を打ち払う。

やつの曲刀は私の剣圧に耐え切れず折れた。

このまま振りぬけばヤツの胴体は切り裂かれ…おっと、殺してはまずかったな。


 私は剣を傾けてヤツの脇腹を強く打ち据えた。


「ぐっ…がはああああああああっ!」


 革鎧程度では防御できんようだな、アバラが何本かへし折れたことだろう。

トサカ男は闘技場の床を転がるようにすべっていった。


「どうした?何を寝ている、女の子が頑張っているんだぞ、男の貴様は当然まだ頑張れるだろう?」


 私は男に近づいて剣の切っ先を向けた。


「まいったああああああああああああ!」


 トサカ男はなんのためらいもなくそう叫んだ…根性なしめ。


 こうして私は一回戦を勝ち抜いた。

それにしても作戦がこうもうまく行くとはな。

私はこの日ために鎧と両手剣を買ってくれたゴロウに深く感謝した。


 この装備は私が闘技大会に出ると決めた数日後にゴロウから渡されたものだ。

「今日からこの装備を身に着けて訓練しろ」と言われ、剣はともかく、鎧はこんなごついものはいらんだろうと最初は思った。


 私の体は頑丈だからこんなものはいらん、と返したら「だからこそいるんだ」と言われた。


「いいか?その鎧を着ていれば何度か攻撃を受けても鎧のおかげで耐えられたのだと見ている者は思うだろう」


 なるほど確かにそうかもしれん、しれんが…


「それにいくら頑丈でも刃物で切断されたらどうなるかわからん、闘技大会は真剣を使うんだ、死人が出ることもある」

「それはわかっている、だが…ここまでの装備がいるか?こんなものを一対一の戦いで着て行ったら馬鹿だと思われるぞ」

「それでいいんだよ、馬鹿だと思われろ」

「なんだとぉ!確かに私は馬鹿かもしれんが自ら馬鹿になりたいと思っているわけでは…!」

「あー落ち着け!それも作戦だから!」


 普通はこのような全身鎧を身に着けた重装歩兵は集団戦でこそ力を発揮する。

数を揃えて相手を押しつぶすために使うのだ。


 逆に言えば、闘技大会のような一対一の戦いにおいては、重い鎧など疲れるだけであまり利点がない。

剣の振りも鈍くなるうえに疲労が増える。


 普通ならば。

普通でないこの私にとってはさしたる問題ではない。

実際、鎧を身に着けて剣を振るってみたら、多少動きは鈍くなるものの重さですぐ疲れることはなかった。


「だが相手はそんなことは知らねぇ、試合開始から激しく切り合えばお前の疲労を狙って打ち合うことを選ぶだろう、そうなればもう勝負は決まったようなもんだ」


 それがゴロウの立てた作戦だった、正直なところそのような姑息な手を使うことに躊躇いがあったのだが「あまり舐めてかかると優勝どころか一回戦負けだぞ」と厳しく言われたので、この作戦に乗ることにした。


「あと、それ作るのにお前の優勝賞金あてにして借金しちまってんだぞ」

「なっ!?そういうことは相談してからやれ!!」


 勝手な男だ、本当に。

だが、借金までして用意してくれたのか…

これはもう、何が何でも優勝しなくてはならんな。


「いや身につけろとは言ったけど、寝るときまで着る必要はねえよ…それじゃ寝れねえだろ…」


 一日中着ていたらゴロウが変な目で私を見ていたこともあったが、ともかく、私はその鎧を身に着け、無事に一回戦を勝ち抜いたというわけだ。


 さらに、二日目の二回戦、三回戦も無事に勝ち抜いた。

一回戦の様子から私の体力が異常だとはわかっていても、私が絶えず攻撃をし続ければ、相手は避けるか反撃するしかない。

闘技場という限定された広さの中では、逃げ回り続けることはできないのだ。

どうあがいても最後には私に追いつめられる形になる。


 そして、とうとう決勝戦の日が訪れ…


「そこまで!!勝者、イズベルグ!!」


 審判の声があがると、観客がわっと一斉に歓声を上げた。


「はーっ…はーっ…ちきしょー…獣人族の俺が、人族の女に根負けするなんてよおおお」


 私の目の前では、闘技場の舞台の床に大の字に寝転がって荒く息を吐く、狼の獣人族の男がいた。

私の決勝戦の相手だった男だ。


「はあ…はあ…まさか、私が息切れするほど、粘るやつがいるとは思わなかったぞ…」


 正直言って、今回ばかりは鎧が無ければ危なかったかもしれない。

試合開始と同時に、この獣人族の男はものすごい速度で私に格闘戦を仕掛けてきた。

何発も体のあちこちに打撃を打ち込まれた。

この私が、闘技場の端に追いつめられるとは思ってもみなかった。


 だがそれでも私が勝った。

剣を飛ばされ、観客席から、今日まで私のことをゴロウと共に応援してくれていたフリュニエの悲鳴が聞こえても、私は倒れずに立ち向かった。


「アンタなら、次の試合も勝てると思うぜ」


 狼の獣人族の男は、最後にそう言って私の前から去って行った。

次の試合、そう、闘技大会で優勝した者だけが今の剣豪に挑戦する権利を得るのだ。

 

「イスベルグー!優勝おめでとうなのです!!」


 疲れた体を、選手の控室で休めているとフリュニエが祝いに駆け付けてきてくれた。


「なに、これからが本当の勝負だ、優勝しただけで喜んではおられん」

「賞金はもう貰えるのです、今くらい素直に喜んでいいと思うのです」

「金のために戦ったわけ…あ、いや、金のためでもあるか、まあこれでゴロウの借金も…そういえば、ゴロウはどうした?」

「あっ、ご、ゴロウはえっとえっと、お腹が痛いってトイレに行ったきりなのです」

「なんだと…次は私と剣豪の試合があるというのに、まさかフリュニエが生物局で作った変な物を食べさせたわけじゃないだろうな?」

「違うのです!今日は何も持ってきてないのです!」


 ならば一日中腹が痛いなどということにはならないだろうが…

私の未来がかかった大事な試合前だぞ?まったく、一言くらい励ましに来てくれてもいいだろう…


 それからフリュニエと少し話をしていると、闘技大会の受付をしていた女が控室を訪れ「表彰式があるのでそろそろお願いします」と言われた。

表彰式の後、いよいよ剣豪に挑戦するかどうかを尋ねられる予定になっている。


 私はフリュニエと別れ、闘技場に戻ろうとした。

しかし、通路を歩いている最中に私は誰かに呼び止められた。


「すまないが表彰式は中止だ、賞金は後日きちんと届ける」


 私を呼び止めたのは人族の年配の男だった。

ゴロウほどではないが大柄で屈強な肉体を持ち、腰には二本の剣を携えている。

この男こそ、今の剣豪と呼ばれる人物だった。


「アガット様?どういうことです?表彰式が中止とは、その後の試合はどうなるのですか?」

「試合も中止だ、それどころではなくなったのでな」


 私はアガット様についてくるよう指示された。

彼に案内されてついて行った場所は闘技場の一角にある選手などは使わない部屋だ。

そこにはノワイエ様ともう一人、ドワーフ族の男がいた。


「時間が無いので手短に話そう、数時間前にリンデン王国のアバランシュと言う街で反乱が起きた、そこはオーキッドにあるフェールという街のすぐ隣にある」


 アガット様が急にそんなことを言い出して何が何だか私にはわからなかった。


「そしてフェールには恐らく大量の難民が流れ込んでいる、早急に対処しなければならない、難民は放置すればいずれ暴徒と化すだろう」


 つまりアガット様はこれよりすぐにフェールに発たねばならなくなったということらしい。


「本当は、国境にある橋を封鎖すりゃそんなことにはならなかったんだがよ」


 ドワーフ族の男がそう言った、彼は続けて私に「俺は魔動技術局のブロンだ」と名乗った。


 よくわかっていない様子の私に、ブロンはフェールとアバランシュは川にかかる大橋で行き来しており、そこの通行さえ規制すればなんとかなるのだと言った。


「問題はその橋が封鎖できなかったということだ、国境を守る警備隊が惨殺されたのだ」

「リンデン王国の民がそのようなことを!?それでは戦争ではありませんか!」

「違うのじゃイスベルグ、心して聞け」


 ノワイエ様がなぜか私の手をとって落ち着かせるようにゆっくりと語った。


「警備隊を殺したのは、リンデン王国の者ではない、シロウという獣人族の男じゃ」

「シロウ…?」

「シロウというのはかつて闘技大会を汚した剣豪、イルザ様の怒りを買い、お主の住んでいた街を滅ぼした原因の男じゃ」

「なんと…そのような者が生きていたのですか」

「そうじゃ、何年も身を隠し潜んでいたが…いや、それより重要なことは…シロウが…ゴロウの兄だと言う事なのじゃ」


 ゴロウの兄、そんな話は今までゴロウから一度も聞いたことが無かった。


「ゴロウはどうやら闘技大会の最中に、いち早くその情報を掴んだようなのじゃ、そして街を出てフェールに向かったのじゃ」

「しかも技術局から魔動車を奪い取ってな」


 ノワイエ様の言葉もそうだが、ブロンが付け足した一言が私により衝撃を与えた。


「なっ!?ゴロウがそのようなことを!?何かの間違いでは!!」

「残念だが事実だ、運転していた技術局の者を脅して運転方法を聞き出し、その後フェールに向かったのが確認された、よって私は軍を率いてこれよりフェールに向かい、事の解決にあたる」

「私も、私も一緒に行きます!」

「いや、しかし君はまだ剣豪になったわけではない、ただの民間人だ、同行させるわけには」

「アガット、連れて行ってやるのじゃ、どうせ置いて行ってもこの娘なら走ってでもついて行くのじゃ、わかっとるじゃろ、これまでの試合を見ていたのじゃから」

「…まあそうだな、ゴロウの関係者でもある、わかった、私と同じ魔動車で同行することを許可しよう」


 ハッキリ言って、私はアバランシュどころかフェールと言う街もしらない。

反乱とか難民とかよりも、ただここでついていかねば、もう二度とゴロウに会えないような気がしてならなかった。


 アガット様について闘技場から出る。

闘技場の方では観客がざわつきどよめく声が聞こえた、恐らく誰かが事情を説明しているのだ。

そういえばフリュニエがさっき私の元へ一人で来たということは、もうすでにそのときゴロウはいなかったのかもしれない。

あの子は優しいから、きっと私のために嘘をついたのだろう…


 私は全身鎧と両手剣を持ったまま、アガット様と共に案内された魔動車の後部へ乗り込んだ。

数台の魔動車は先行して現地に向かうようだ。

私はどうか途中でゴロウの乗る魔動車に追いつけるようにと、ずっと祈っていた。 


 何時間たったころだろうか、私は不安を紛らわすためアガット様に質問を投げかけていた。


「アガット様は、ゴロウのことをご存知なのですか」

「ああ、知っている、彼とは古い付き合いだ、君が彼に助けられて一緒に住んでいることも知っているよ」

「そうなのですか…では、ゴロウがなぜ私を助けてくれたのかご存知ですか?」


 これは私がこれまでずっと気になっていたことだ。

獣人族のゴロウが、なぜ人族の私を助け、共に暮らすことを許してくれたのか私はずっとわからなかった。

ゴロウに聞こうと思ったこともあるが、聞けなかった。

聞けば、今の関係が変わるような気がして怖かったのだ。


 アガット様はしばし沈黙した後、私に教えてくれた。


「シロウはかつて獣人族でありながら、頭もよく、人族からも一目おかれる剣豪だった。ゴロウはそのような兄を尊敬し、いつも自慢していた…しかし闘技大会の日、シロウは八百長という卑劣な行いに手を染め、その結果街は炎に包まれた」


 ゴロウは兄を尊敬していたのか…

剣豪なんかどうでもいいと言ってたくせに…


「ここからは推測だが、ゴロウは兄がなぜそのような行いをしたのか問いただすため、燃える街中をシロウを追って駆けていた、しかしその途中で君を見つけたのだろう、そこで兄を追うか、君を助けるか悩んで、君を助ける道を選んだのだ」


 そうか…自らの兄の行いで、私が死ぬのを見過ごせなかったということか…


「では、ゴロウはやはり兄に会うためフェールへ…」

「そうだ、そして彼は獣人族の誇りを汚したシロウを殺すつもりだ、だから君に黙って行ったのだ」


 私はそこまで聞いてまた黙って祈り続けた。

やがて一日、二日と時間が経過し…私の心はどんどん焦りと不安でいっぱいになっていた。


「見つけました!盗まれた魔動車です!」


 その報告を運転する兵から聞いた瞬間、私は魔動車から飛び降りていた。

まだ完全に止まっていない状態だったので転がり落ちるような勢いになってしまった。

だがそんなことは私にとって問題ではない。

すぐに立ち上がって、盗まれたゴロウが乗っているはずの魔動車に駆け寄った。


 しかしそこにゴロウはいなかった。

その魔動車は横転して、あちこちが壊れていた。

さらに運転席と呼ばれる場所には、血の跡が残っていた。


「血痕が続いている、森に入ったのか」


 私は急いで森に続く血痕を追った。


「待てイスベルグ!私も行く!残りの兵は半数をフェールへ!もう半数はここを拠点に街道を封鎖しろ!」


 アガット様が私の後をついてくる、森に入ると血痕はわからなくなってしまった。

だがあちこちで激しい戦闘がおこなわれたような形跡がある。

木々はなぎ倒され、巻き添えをくらったのか、魔物の死骸も残されていた。


「ゴロウーーーっ!どこだ!どこにいる!返事をしてくれ!!」

「イスベルグ来い!こっちだ!剣の音がした!」


 無我夢中で森の中をかける。

兜は邪魔になって途中で脱ぎ捨てた。

今はこのゴロウがくれた大切な鎧もとてつもなく重く感じられた。


 ガァァン!バキバキ!と近くで木が倒れるような音がした。


 そして…


「ああああああ!嘘だぁぁぁぁ!!」


 私は…血だまりで倒れる、ゴロウの姿を見つけてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ