イスベルグ2
まだ続く!
イルザ様から告げられたフォルセという名の神様について、私はノワイエ様に相談した。
彼女に隠しておくのは不可能だった、私の様子がおかしいことをずっと傍で見ていたのだからな。
相談はしたものの得られた物は何もない。
ノワイエ様は初めて聞く名の神様だと言っただけだ。
この国で一番、神様のことに詳しい彼女が知らないと言う以上、それは誰に聞いても同じ答えが返ってくるということだった。
「ふーんフォルセ様ねえ、女神様以外にも神様っていたんだな」
迷ったが、ゴロウにも話しておいた。
適当な返事をされただけだった、まあ何もわからない神様なので私とて聞かれたらそう言うしかない。
しかし何もわからない神様ということはつまり、私は加護を貰ってはいるが何の魔法が使えるのかさっぱりわからんということになる。
既に知られている女神様の加護と魔法ならば、詠唱の言葉と魔法名が記録されていて、魔法を習得したい者はそれを教わり何度も唱えて練習をする。
それができない私はどうやって魔法を習得すればよいのかと困惑した。
「なに、時がくればおのずと心に魔法の名が浮かぶじゃろう、新たな魔法を身に着ける者はそうやって生まれていくのじゃ」
ノワイエ様がそうおっしゃっていたので、私にもいつかその時が来ると信じ待つことにした。
せっかく加護を授かった、いや授かっていたのに何も変わらないので何とも言えんが…
…これは贅沢な悩みだな。
私と同じように儀式を受けても、加護を授けてもらえない者だっているのだ。
それに比べれば、私はなんと幸運なことか。
フォルセ様がいつか魔法を授けてくれる日まで、自らに恥じることないよう生きていかねばならん。
そう考えて、また鍛錬の日々に戻った。
「イスベルグ…お前ちょっとおかしくなってねえか?」
神殿に行って一週間ほどたった頃だろうか、ゴロウにそう言われた。
…実は自分でもおかしいなと思っていたことがある。
魔法のことはなるべく考えないようにしようとその分鍛錬に打ち込んでいたのだが、今日決定的に自分のおかしな点に気づかされた。
街中で走り込みをしている最中のことだ。
子供が魔動車の前に飛び出すのが見えた。
私はとっさにその子供を突き飛ばして自分が身代わりになった。
私は魔動車に轢かれたのだ。
吹っ飛ばされて地面を転がっていく最中、悲鳴が上がるのが聞こえた。
私のことを見ていた通行人たちだな、となぜか冷静に考えていた。
「イスベルグッ!おい!大丈夫か!しっかりしろ!」
ゴロウが傍で普段聞いたことのないような声で私の名を叫んでいたので、私は心配かけまいと思い慌てて「大丈夫だ」と立ち上がった。
「だ、大丈夫なわけねえだろ…お前…吹っ飛んで家の壁突き破ってんだぞ…」
「む?そうだったのか、そういえばここは道ではないな」
悲鳴を上げていたのはどうやら通行人ではなく、家の住人だったようだ。
家族で食事の最中だったのか男の子と母親が怯えながら抱き合った姿で私を見ている。
ついでにおじいさんがパンにかじりついたまま固まっていた。
「驚かしてすまなかった、家の壁は…なんとか修理してもらえるよう魔動車に乗っていた者に頼んでみる」
私は自分が突き破って侵入した箇所から再び外に出た。
幸い、家の修理は魔動車を運転していた技術局の者が全て負担してくれることになった。
さらに私のことを医療技術局に連れて行くと言ったのだが大したことは無いから必要ないと断った。
まあそんなことがあって家に戻ってきた後、やはり無傷なのは変だなとちょうど自分でも思っていたところだった。
「やはりゴロウも私の体が変だと気づいたか、実は私も変だなと昨日あたりから思っていた」
「おせえよ!俺は五日前にお前が剣の素振りを平気な顔して1万回以上してた時から変だなと思ってたよ!」
「ならなぜその時に言わない」
「声かけたらお前が邪魔するなって言ったんだよ!」
…私はどうやら今日ではなくて数日前からおかしくなっていたようだ。
よくよく考えて思い出してみると、神殿に行った日からかもしれん。
あの日から私の体はほとんど疲れを感じないような気がする。
魔動車に轢かれても無傷ということは体が頑丈になったということだろうか。
原因がよくわからないがフォルセ様の加護が関係しているのかもしれんと思い、私は再びノワイエ様の元を訪れた。
そして自らの体の異常について相談した。
「…なるほど、体が恐ろしく丈夫になったのか、ではそれこそがフォルセ様の加護なのかもしれんのう」
「しかし私は何の魔法も使った覚えがないのですが」
「いや実はお主と似たような力を得た者が他にもおるのじゃ、そやつも体に変化が表れておる」
「私以外にもフォルセ様の加護を授かった者がいるのですか!?」
ノワイエ様はそれは違うとおっしゃられた。
詳しくは言えないがフォルセ様の加護ではないらしい。
私はそれでも気になって、その加護を授かった者に会ってみたいと頼んだ。
誰にも言わぬと誓うなら会わせてもいい、それが私の願いに対するノワイエ様の出した条件だった。
私はそれを承諾した、例えゴロウに聞かれても言わないとも答えた。
後日、呼び出しを受けて神殿へ行くとノワイエ様の私室に通された。
そこでしばらく緊張しながら待っていると、ノワイエ様が一人の少女を連れて部屋に入ってきた。
「わ、私はフリュニエというのです、よろしくなのです」
「この娘がお主と同じようなことになった娘じゃ、こう見えてワシの孫のロリエと同い年でな」
ロリエというノワイエ様の孫娘に会ったことは無いが話はゴロウから聞いたことがある。
確かもう成人の儀を終えて司祭の職についたとか…
ということはこの娘も人族の少女ではなく、ドワーフ族の女なのか。
ノワイエ様の言う「こう見えて」の意味が全くわからん、私からすれば二人とも少女だ。
「この娘は、ドワーフ族でありながらオフィーリア様の加護を授かっておる」
オフィーリア様…というと確か土の女神様だ。
獣人族に加護を与える神だと聞いたことはあるが…ドワーフ族が授かるとどうだというのだ?
「それが何かまずいのですか?」
ノワイエ様が誰にも口外するなと言っていたので何かあるのだろうが、生憎私はゴロウと会うまで読み書きもできないほど学がなかったのだ。
なのでノワイエ様に詳しく話を聞くことにした。
「そうじゃのう…簡単に言うとオフィーリア様は獣人族にとって他の女神様より大切で、特別な神様なんじゃ」
ノワイエ様はなぜ獣人族が大陸北部にマグノリアという国を作って集まったのか、そこから教えてくれた。
この大陸にいる知恵を持って国を作っている四種族は元々は入り乱れて大陸中央に住んでいた。
しかし人族がリンデン王国という国を築き、他種族を支配下におこうとし始めた。
それに反発した者たちがリンデン王国を離れ、西にドワーフ族を中心としたオーキッド、東にエルフ族を中心としたサイプラスを作り上げた。
しかし獣人族は豊かな土地である大陸中央を離れることを嫌がり、リンデン王国の人族と争いを始めた。
その結果がマグノリアという国だ。
獣人族はリンデン王国に負けて、北の荒れ果てた地へ追いやられたのだ。
ドワーフ族もエルフ族も北に行かなかったのは、とても住めるような土地ではなかったからだ。
獣人族は北の地で次々と死に、数を減らしていった。
このまま死に絶えるのをよしとしないものはオーキッドやサイプラスに流れて行った。
その二つにも人族はいるにはいるのだが、リンデン王国の人族でないのならば…と耐える道を選んだ。
だがどうしても人族と同じ地に住むことが耐えられない獣人族は存在した。
それが北の地に残った者たちだ。
荒れ果てた地で死に行く獣人族を哀れに思ったのがオフィーリア様で、北の大地に降り立ち神の力で大地に緑を増やして、北の獣人族を滅亡から救った。
「獣人族はそれ故、オフィーリア様の加護を持つ者を特別神聖視しておる、今までは獣人族の中でだけの話で済んでいたのじゃが…もしドワーフ族にもオフィーリア様の加護を持つものがおると知ったら、どのような反応をするかわからんでのう」
「人族と獣人族の間にそのような経緯があったのですか…申し訳ありません、私は人族として生まれながらまるで知りませんでした」
「なに、お主の幼い時のことはゴロウに聞いておる、それを考えれば仕方のないことじゃ」
ノワイエ様の話でオフィーリア様がどのような女神様かは理解できた。
「それではノワイエ様、フリュニエに宿った私と同じような力とは土魔法のことなのですか?」
「そうじゃ、フリュニエ、良いな?」
「は、はい、ここからは自分で話すのです」
フリュニエは私と向き合うとこっちの目をまっすぐ見つめてきた。
「私がオフィーリア様の加護を授かったと知ったのは半年くらい前なのです、その時は驚きはしましたが特に何も無くて…ただつい最近、魔法を覚えちゃったのです」
「どうやって覚えた?」
「心の中に急に魔法の名前が浮かんできて、なんとなくそれを口にしたら魔法が使えたみたいなのです」
「どのような魔法なのだ?使って見せてもらってもよいか?」
「実はもう使ってるのです、その時からずっと」
フリュニエは一旦部屋の外に出ると、折れた鉄槍をもってすぐに戻ってきた。
折れた槍をどうするつもりなのか聞こうとすると
「えいっ」
軽い掛け声と共に、フリュニエは鉄槍を真っ二つに折った。
元々折れて二つだったものを、同時に握ってへし折り四つにしてみせたのだ。
「なっ!?それを見せてくれ」
フリュニエからただの鉄の棒きれとなってしまった物を受け取り調べてみたが、とても二つ束ねて同時に折れるようなものではなかった。
私の力で試してみたが、一本ですら折れないのだ。
「私の覚えた魔法は<グラウンド・コントラクト>というのです、効果は自分の体が地面に近いほど力が強くなるというものなのです…」
「地面に…?…それは常に怪力ということではないのか?」
「その通りなのですううううう!しかもこれ一回使うとずっと続くみたいなのですううう!」
フリュニエは泣きだしてしまった。
本人は気づいているのかわからぬが、もじもじしている手の中で鉄の棒が丸められて鉄球のようになっているのを私は見てしまった。
「イスベルグさん!!」
「な、なんだ」
「私と同じように体が変になったと聞いたのです!どうか私のこの魔法を止めるのに力を貸してくださいなのです!」
「私は怪力になったわけではない、体が頑丈にはなったが…それと魔法を使った覚えもないので止め方と言われてもさっぱりわからんのだ」
「そんなあああ、ノワイエ様は私の助けになる人と会わせてくれると言ったのに、私をだましたのです!?」
「騙したわけではないのじゃ!同じ悩みを抱える者同士、何か助け合えるのではないかと思ってじゃな」
私は体が頑丈になりはしたが、別に困ってはいないのだがな…
フリュニエは怪力が制御できないようで普通に生活していても何かをすぐ壊してしまうと言っており、悲惨な様子だった。
フリュニエと会っても私の体のことは何一つわからなかったが、彼女とはこれを機にたまにあって話すようになった。
ゴロウは「神殿行って友達ができたのか?よくわかんねえが良かったな」と言っていた。
友達、という言葉を考えると何か恥ずかしさが込み上げてきたが、そう悪いものでもなかった。
「イスベルグーっ!遊びに来たのですー!」
「おい来てるぞ、お前の友達が」
「うるさい、わかっている、いちいち毎回友達というな」
フリュニエは私とゴロウが住む家に遊びに来ることもあった。
「これでエルフ族がいたらこの家は四種族入り乱れる面白い家になっちまうな」
「ノワイエ様がエルフ族は傲慢で、変な野菜ばっかり食べて、近づくとカメカメムシの匂いがすると言ってたのです」
「カメカメムシとは、あの、腐った野菜にたかる臭い匂いを出す小さな虫のことか?」
「なのです、だからエルフ族はいなくてもいいのです」
「…ゴロウ、エルフ族はカメカメムシの匂いがするのか?」
「いや、ずっと前に会ったことあるが…カメカメムシの匂いはしなかったと思うぜ…」
エルフ族が本当にカメカメムシの匂いがするかどうかはわからなかったが、私はそのように日々を楽しく過ごしていた。
無論、そのような日々の中でも剣の鍛錬は怠ってはいない。
相変わらず私の体は丈夫で疲れにくいままだったので鍛えれば鍛えるほど強くなるのが実感できた。
そしてある日とうとう剣の稽古でゴロウから一本とることができた。
「強くなったなぁ…」
「ここまで強くなれたのはゴロウのおかげだ」
「おいばかやめろよ真面目な顔して恥ずかしいこと言うんじゃねえ」
ゴロウが珍しく照れていた。
「はぁ、じゃあついに出るのか?闘技大会」
「ああ、自信がついた、今の私ならば優勝できるだろう」
私はこれまで闘技大会に一切出てこなかった。
一時は腕試しに出てみようかとも考えたが、私の体が普通ではなくなったことでその考えは捨てた。
私の体は普通ではない。
実力を試す程度の覚悟で闘技大会に何度も出ていれば、私が普通でないことに気づくものは必ず出てくるだろう。
闘技大会は魔法の使用は禁止されている。
純粋な肉体の技術だけを競う大会だ。
もし私の頑丈さに気づくものがいて、それが光魔法の<プロテクション>などと言われた場合、私は言い訳ができない。
フォルセ様のことを言うわけにはいかないからな。
だからこそ、出場するときは優勝するつもりでいた。
ゴロウから一本とるというのは、そのための最低条件だったのだ。
「…大きく出たな、そんなに剣豪になりてえのか」
「なりたいとも、フリュニエも怪力を止めるより役立てると言って、生物調査局で働くようになってしまったからな、私だけいつまでもフラフラ遊んではおれん」
「いつ遊んだんだよ、鍛錬ばっかのくせによぉ…」
私が剣豪になったなら、この家でゴロウと二人、今までの様に暮らしていくことはできないだろう。
それはとても寂しい事だ。
本音を言えば剣豪になることと同じくらい、ゴロウとこのままの生活を続けていたい気持ちもある。
しかしそれは捨てねばならん道だ。
私がそうやっていつまでもゴロウに頼り、自らの信念を捨ててまで生きる姿を、加護を授けてくれたフォルセ様には絶対にお見せするわけにはいかない。
神様はいつでも私のことを見守ってくれているのだ。
それこそが私の体に宿る、大いなる力の証明ではないか。
私が剣豪の道を諦めたとき、フォルセ様の加護は消えるだろう。
今の私の中にはなぜかそのような確信めいたものがあった。
「ま、優勝して剣豪になったら酒でもおごってくれや」
「いいとも、ハチミツを塗ったステーキもつけてやる」
「馬鹿野郎、俺はパンにハチミツが塗ってあるのが好きなんだよ、何度いやわかるんだ」
ゴロウとそんな約束をして、私は闘技大会が開催される日を待った。
そして、良く晴れた、オーキッドを象徴するようなまぶしい太陽が昇った日、闘技大会は始まった。




