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いろんな恐怖

メスゴリラ

「グオオオオオォ…」


 弱々しく吠えた後、ドスンと音を立ててツインテールキマイラは倒れた。

さらにイスベルグが蹴り飛ばして本当に死んだかどうか確認している。


「死んだか、不意をつけばこんなものか…」


 たった今、床に沈みゆくキマイラは先ほど発見した食事中だったやつだ。

一匹かつ、気づかれる前にこちらから仕掛けたので特に問題なく倒せた。


「…何度言わせる気だ?」


 問題なく倒したがイスベルグは怒った様子で俺にそう尋ねてきた。


「…なにが」

「無駄な魔力を使うなと言っただろうが、さっきと違い、誰もやられていないのに<ヒール>などするな」

「い、いや…その一応っていうか…」

「まだあと何匹いるかもわからんのだぞ!!」


 むっちゃ怒られた。

そしてイスベルグは来た道を引き返していく。

側道はやはり行き止まりで、キマイラは一匹しかいなかった。

俺は特に何も言い返せなかったので後ろから黙ってついて行く。


「ヴォルガー」


 ふいに、ロンフルモンに肩を叩かれて呼びかけられた。


「何だ?」

「先ほどの戦闘から様子がおかしいですが、一体どうしました?」

「…なんかおかしかったかな」

「気づいてませんか」

「よくわからん、ハッキリ言ってくれ」

「では聞きますが、先ほどの戦闘にあれほどの支援魔法は必要なかったと思うのですが…」


 確かに、戦闘が終わって冷静になったらそうだなと自分でも思う。

レッドキャップを食べているキマイラを見つけたとき、俺はすぐさま皆に支援魔法をかけた。

その前の戦闘で使った魔法に加え<プロテクション>とか<ウェイク・パワー>とかまあ色々。

おかげで一瞬で勝負はついた。


 イスベルグもたぶん<ヒール>のことだけで怒ったわけではないんだろうな。

ロンフルモンはそのことを俺にそれとなく伝えようとしているのだろう。


「まあ、そうかな…つい反射的にやっちゃったけど…」

「私としてはヴォルガーの支援魔法がたくさん受けられるのは喜ばしい限りですがねぇ」


 ハハハ、とロンフルモンは笑いながら言った。

イスベルグは俺たちの会話に興味はないのか、変わらぬ調子で先頭を歩いている。

その後ろをフリュニエがついていって、時折最後尾の俺たちを気にするように振り返る。

あ、ロンフルモンが俺と並んで歩いてたらまずかったかな。


「私の勘違いでしたら申し訳ありませんが」

「え?急に何?」

「ヴォルガーは、人が死ぬところを見たのは初めてですか?」


 …そうなんだよなぁ。

今まで死にそうになってるやつには何度か出会ったことはあった。

幸い、俺の魔法でそういう瀕死のやつらはどうにか死なせずに済んだ。

 

 でも今回は目の前で、床に沈んでいく兵士を見てしまった。

死体が残らなかったことと、あまりに非現実的な光景にちょっと感覚が麻痺していたが新たなツインテールキマイラを見つけたとき、その光景がフラッシュバックして物凄い不安になった。

それでついあらん限りの支援魔を乱発してしまった。

死んだらセーブポイントに帰るわけじゃないんだよなぁ…


 俺は正直にロンフルモンの問いに答えた、その通りだと。


「そうでしたか、ヴォルガーも冒険者ならそういうのは慣れてるかと勘違いしてましたねぇ、しかしヴォルガーの魔法があるなら確かに死ぬということのほうが珍しいのも理解できますねぇ」

「わ、私たちはこれでも結構強いのです!だからそう簡単には死なないのです!」


 俺たちの話を聞いていたのか、フリュニエが話に入ってきた。


「そうそう、私なんて酔っぱらって暴れたフリュニエに何度も殴られたりしたことがありますが、今もこうしてしっかり生きてますからねぇ」

「それじゃあ私が酒癖の悪い乱暴者みたいに聞こえるのです!!」

「実際そうでしょう?」

「もー!!違うのです!!」


 そう言いながら二人はじゃれあって前のほうに行ってしまった。

フリュニエは酔うと殴るのか…本当だったら怖いな。


 でもあの様子を見るにロンフルモンも大げさに言ってる、というか彼なりに俺を励ましてくれたんだろう、きっとそうだ。


 二人の後を追いながら、俺は少し心が軽くなったような気がしていた。


………………


………


 残された兵士たちと合流すると、フリュニエが袋からなにか取り出した。

動物の足、いやさっき側道で殺したツインテールキマイラの足の部分だ。

いつの間にそんなものを回収していたんだ。

まさか食べるために持ってきた?


「二匹と戦ったときは回収し忘れていたのです、せっかくイスベルグが切り落としてくれていたのに…」

「いいからさっさと調べろ、おい、鑑定板をだせ」


 イスベルグの命令で兵士の一人が荷物から黒い板を取り出し、床に置く。

板の端には白い岩がついていて…あれこれ、冒険者ギルドで登録したときにあったやつじゃね?


 何をするんだろう、と黙ってみてたらフリュニエがツインテールキマイラの足を白い岩、白露水晶とか精神クリスタルとかいろいろ呼び方がある物体部分に押し付けた。


「うーんこの大きさならいけると思うのです…あっ、でたのです!」

「見せろ…ふむ、こいつはどうやら本当にツインテールキマイラというらしいな」


 イスベルグが板をのぞき込んでなんかようわからんこと言い出したので気になって俺も覗いた。

黒い板の部分に白字で『ツインテールキマイラの足』と書かれていた。


「これ冒険者登録に使うだけじゃないんだ」

「これは魔物を調べるように調整してあるやつなのです」

「名前だけしかわかりませんがねぇ」 


 魔物の名前って誰が名付けてんのかなと思ったことあるけど、調べたら名前が出て来るシステムだったとは。

いやその出て来る名前も誰がつけてんだよって話になるが…やっぱ創造神かな?


 どうやらこの名前を調べることが第一目標だったらしい。

前回捕まえたときは調べる前に逃げ出して跡形もなく燃えてしまったので無理だったようだ。

今回はその失敗を踏まえ、鑑定板とやらをダンジョンに持ち込むことにしたんだが、本来はまずそういうことはしないそうだ。


 というのもこの鑑定板というアイテム、めちゃくちゃ貴重品らしいので紛失のリスクを考えるとダンジョンに持っていくわけには行かないと、まあそういうことだ。


 なぜ行く前にこのことを俺に教えてくれない…と不満を漏らしたら「貴様のことをまだ完全に信用はしていなかったからだ」とイスベルグに冷たく言われた。


 でも「まだということは今は信用してもらえているのか」と返すと「黙れ」と言われた。

こいつなんで俺にこんなに冷たいんだよ。


「しかしこれでヴォルガーのいうエイトテールキマイラの存在も真実味が増しましたねぇ」

「有難くはない情報だがな、問題はそれがどこにいるかということだ」


 どこにいるかか…というか本当にいるのかな。

実はちょっと自信なくなってきた。


 今日はもともと、ツインテールキマイラの存在を調べに来ている。

前回フリュニエたちが遭遇した一匹が死んでから時間がたってるので、再びダンジョン内に斥候として一匹エイトテールキマイラが放った奴がうろついてる可能性が高いとみて、それを見つけるのが当初の目標だった。

名前まで調べるとは知らんかったけど。


 しかし実際は二匹うろついてたし、三匹目もなんか変なとこで食事をしていた。

姿形は俺がゲームでも見たことあるやつと同じだったけど、行動パターンが異常だ。

側道で俺たちをやり過ごして、後方の兵士を襲ったり、戦闘中に兵士を盾にするような行動をとるとかも明らかに知能が高いように感じる。


 だからゲームみたいにちゃんとボスがいるかどうか正直わからない。

ここのツインテールキマイラが通常の魔物のように発生して、ボスとは関係ない行動をとってる可能性も無いとは言えなくなってきてしまった。


「おい、黙ってないでなんとか言え、貴様の情報を元にここまで来てるんだぞ」


 考え事をしていたらイスベルグに睨まれていた。


「あー…エイトテールキマイラね、いやその、もしかしたらいないかもなんて」

「いないだと?なぜ考えを変えた」

「いやなんかここのツインテールキマイラ、俺が知ってるものより賢いんだよね…普通一匹以外はボスのエイトテールキマイラを守ってるはずなんだけど…関係なしにうろついて不意打ちしてきたし」


 俺がそう答えるとイスベルグはしばらく考え込んでから「エイトテールキマイラの大きさはどれくらいだ」とさらに質問を浴びせてきた。


「ツインテールキマイラの倍くらい、あ、いや、俺が知ってるやつだったらの話だけど」


 なんだかんだ俺の言うことを信用してくれているのか、イスベルグは真剣に考えていた。


「…3階層の広間を偵察してくるべきか」


 え、なんでそういう結論に至ったの!?


「なるほど、そういうことですか」


 ロンフルモンが頷いてるがさっぱりわからん。


「どういうことなのです?」


 フリュニエよくやった、俺だけ話についていけない状況かと思って焦るとこだった。


「イスベルグは先ほど兵士を襲っていた二匹とさらに奥にいた一匹は、私たちが広間に入った後、挟み撃ちにするつもりだったのではと考えているのですよ」


 あ、ああなるほど、そこまでキマイラが賢いという発想がなかったわ。


「しかし私たちが広間に入らず話合いをしている間に後続の兵士と遭遇したので戦闘になってしまったのでしょう、側道の奥にいた一匹は…なんのためにいたのか良く分かりませんがもしかしたらそいつも挟み撃ちにする部隊の一匹だったのかもしれません」


 そう言われるとそんな風な気がしてきた…奥にいたのは、サボリ癖があるのかな?

人間でも命令聞かないやついるもんな。


「じゃ、じゃあ3階層の広間にはエイトテールキマイラが待ち構えているということ…なのです?」

「その可能性を考えて偵察にいくということだ」


 偵察は俺がいったほうがいいよな。

俺ならいざってときに魔法でなんとかなるし。


「じゃあその役目は俺が」

「私も行きましょう、イスベルグとフリュニエはここで兵士たちと残って…」

「いや、私とヴォルガーが行く、残るのはロンフルモンとフリュニエだ」


 え?イスベルグと俺?


「いやあの、イスベルグは偵察に向かないと思うんだけど…その、鎧があれだし」


 こいつ移動するとガチャガチャ鎧の音がうるさいのだ、偵察に全く向いてないだろ。


「脱げば問題なかろう」


 言うやいなや、イスベルグは兵士の一人を呼んで、自らの鎧を脱ぐのを手伝わせた。

いやいや、脱ぐの?ここで?

俺だけじゃなくてロンフルモンもフリュニエも、イスベルグのストリップ劇場を呆然と眺めていた。


 鎧と丈夫そうなインナーを脱ぎ捨てたイスベルグは上半身は黒いタンクトップみたいなの着てて、下半身はハーフパンツ姿で…セクシーさが200%くらいアップしたのはいいんだが、いやまじで?それでいくの?

兵士に片手剣を借りてるところを見ると大剣も預けて行くつもりのようだ。


「途中で魔物と会ったらどうする気なんだよ」

「貴様の魔法があればどうとでもなる」


 ここにきて急にそんな期待よせられても困るよ!


「足が速くなる魔法をかけろ、さっさと行くぞ」


 有無を言わさぬ一貫した態度でイスベルグは俺に命令した。

ロ、ロンフルモン!いいのかこれ!?


「イスベルグは自分の考えを絶対に曲げません、頑張ってください」


 どうやら薄着のイスベルグと二人で行くしかないようだった。

観念して俺は<ウェイク・スピード>を自分とイスベルグにかける。


「行くぞ」


 イスベルグが走り出したのでもうこうなったら仕方ねえ!

俺も行くしかねえ!


 スタタタタタと洞窟内を無言で駆け抜ける俺とイスベルグ。

数分走って気になることが発生したのでイスベルグの隣に並ぶ。


「あの、裸足だけど足の裏痛くないのか」

「昔はいつも裸足だったさ」


 少し笑ったような顔をしてイスベルグがそう言った。 

なにその少女時代…野生児だったのか?

触れてはいけない予感しかしないので追及はしないでおこう。 


 また黙って走ること数分、ひときわ明るい光が前方に見えた。

たぶんあれが3階層の広間の入り口だ、1、2階層も広間は明るかったので同じ構造なんだろう。


 イスベルグが速度を落として岩陰に隠れたので俺もイスベルグの後ろでしゃがんで隠れる。

ここまで魔物にあわずに来れたのはラッキーだったとしか言いようがない。


「…いるな、貴様の言ったことが証明されたわけだ」


 岩陰から広間を覗くイスベルグ。

いや俺からはよく見えないんだけど、ちょ、ちょっと俺にも見せて。


 顔をあげて覗こうとしたら、イスベルグに首を抱えられ、強引に下げられた。


「頭を上げるな、馬鹿か貴様は」


 俺の頭はイスベルグの脇に挟まれた状態になってしまった。

か、顔の横におっぱいが…しかも筋肉でムキムキなのかと思いきや違うしなんか汗臭くなくていい匂いがするし、おいなんだよゴリラのくせになんだよぉ!


 いやイスベルグの横乳を気にしている場合じゃなかった。

この状態でもかろうじて広間の中は見える、そっちを確認しなくては。


「いた…エイトテールキマイラだ」


 広間の中には大型で尾の蛇が八つもうねうねしてるキマイラがいた。

周囲には3…4…5…6、六匹のツインテールキマイラがうろうろしている。

今の戦力で戦うのは…厳しいかも。


「…チッ、うようよと小癪なやつらだ」

「どうするんだ?」

「戻るぞ、撤退だ」


 俺はイスベルグの脇から解放された。

横乳の感触がものすごい後を引くがたぶんそんなことを言ったらこの場で殺される。

なので黙って、再び<ウェイク・スピード>を小声でかけて、俺たちはその場を後にした。


 …くそがっ!行くときはあんまり気にならなかったのにさっきあんなことがあったせいで今は前を走るイスベルグの尻とかを見てしまう!

お、俺はゴリラに欲情しているのか?そんな馬鹿な!


 イスベルグが急に立ち止まって後ろを振り返った。

やべ、尻を凝視していたのを気づかれたのか。


 無言で俺のほうに歩み寄ってきて、そのまま壁にドンと押し付けられた。

俺の顔面の横でイスベルグは壁に手をついている。

壁ドンだこれ、男女の位置が逆だけど。


「聞きたいことがある」

「いやあの、見てません」

「貴様の…いや、見てないとは何のことだ?」

「どうぞ、そちらの話を続けて」


 イスベルグは少し訝しんだ後、どうでもいいと思ったのか話を続けた。


「なぜ私と同じ魔法が使える?」


 同じ魔法…あっ、<プロヴァケイション>のことか。

今までスルーされてたから別にどうでもいいのかと思ってたがやっぱそうはいかないみたい。


「なぜと言われてもなぁ…覚えたから?」

「貴様の加護は光の女神のはずだろう」

「いやうーん、なんていうか俺その加護がどうとかあんまり関係なくて」

「真面目に答えろ、殴られたくなければな」


 えぇ…真面目な回答ですよ…

だって実際その女神の加護とか無いし…


「話すと長くなるのでここでは説明しづらいんだが」

「ならば質問を変えよう…貴様はフォルセ様を知っているのか」


 フォルセ様ってまさか犬の神様のことか。

あいつ地上の人間と関わりあったのか?

女神の話は聞くけどアイツの話今まで一回も出てこなかったから皆知らないと思ってた。


「それは神の一人のことか」

「会ったことがあるのか!!」

「あっハイ」


 すごい勢いで言われたので思わずはいとか言ってしまった。

イスベルグは信じられないといった驚きの表情で俺を見ている。

新鮮な表情ですね、カメラがあったら撮っておきたい一枚だ。


「あのそれがなにか」

「…続きは帰ってからだ、絶対に逃がさんぞ、貴様だけは」


 壁ドンってドキドキするシチュエーションと聞いたことがあるが、たぶん今のドキドキは違うと思う。

なぜなら今の俺は、ニヤリと笑ったイスベルグにもう女性的な物を感じておらず、ゴリラの気配を感じていたからだ。


 怖い。

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