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猫バター

あんまり回ると溶けちゃう

 意識不明の猫耳少女を家の中へと運び込んだ俺は、ディーナに頼んで毛布をとってきてもらうとソファーの上にそれを敷いてその上にそっと彼女を寝かせた。

なんか汚らしいので部屋のベッドを使うのが嫌だったのだ。


 見たところ汚い以外で特に気になるところはない。

頭を打ったとティアナが言っていたが出血などはしていないようだ。

ただ内出血だとまずいかもしれんな。

脳卒中が原因で本当に死なれたら困る。


「念のためにこれからこの子に回復魔法をかけてみようと思う、ついでに目が覚めるかもしれないから二人は少し離れてて」


 目覚めた途端どういう行動に出るかわからないので二人を少し遠ざけておいた。


「手足を縛っておいたほうがいいのでは?」

「ええいや…まあ大丈夫でしょ、女の子だし…」


 眠っている少女を縛る、という行為になにかいけないものを感じてしまったのでアイラの忠告はスルーして<ヒール>を使う。

ついでに変な病気持ってたらやだなと思ったので<キュア・オール>もかけた。

自分でやっといてなんだが完全に猫扱いな気がするなこれ。


「ん…んにゃぁ~…」


 効果があったのかそんな声が猫耳少女の口から出てきた。


「す、すごいぞ!」

「どうしたんですかヴォルさん!」

「猫っぽい声で寝ぼけている!」

「………はあ」


 いかにもどうでもいいですねと言った感じでアイラは生返事をした。

でもだってさ、シンタロウは全然そんな猫風の言葉は使わなかったんだぞ。

男にそんな言葉遣いされてもどうだろうと思うところはあるけども。


 俺が感動していると少女は目をパチっと開き、そして俺と目が合った。

目はそんなに猫っぽくはないな。

普通に茶色い瞳なだけだな。


「やあおはよう」

「!?」


 そう声をかけたら少女はソファーから飛び上がるように起きた。

そして「フーーーッ!」と威嚇するような声を上げて俺に飛び掛かってきた。

あっはっはっ本当に猫みたいだ。


 俺はひょいと少女のとびつきを避けた。

少女は床に着地すると同時に反転して、再び俺に飛び掛かってくる。

俺はさっきまで少女が寝ていたソファーにストンと腰を落として座り、こっちに向かって伸ばされた両手を掴んで止めた。


「ヴォルるん大丈夫!?」

「大丈夫、めちゃくちゃ元気あるなこいつ」


 さて掴んで止めたもののどうしよう、と思っていたら少女の背後の床から黒い手が生えてきて、そのまま彼女をわしづかみにした。


「フギャッ!!」

「やはり縛っておくべきでしたね」


 アイラの<イロウション>によって少女はいまや完全に拘束されていた。

なんか唸り声をあげているが拘束から逃れられそうな気配はない。

やがて抵抗を諦めたのか、宙ぶらりんな感じでわしづかみにされたまま、ガクっと頭を垂れた。

あれこれ、やりすぎて殺してないよね?


「ありがとうアイラ…と言いたいとこだけど、ちゃんと手加減してる?これ」

「してますよ、ただ捕まえてるだけです」


 まったく抵抗できないところをみると、俺も<イロウション>を食らってたらこんな感じになってたのかなあ。


「おーい、とりあえずなんだ、君が暴れなければこういうことするつもりはなかったんだが…」

「うるさい!誰だお前!どこだここ!」


 なんだ語尾はニャじゃないのか…


「俺はヴォルガー、ここは俺の…まあ借りてる家、君の名前は?」

「はなせはなせはなせ!!なんだこれ!はなせええ!」


 会話にならんな、シンタロウほど理性的な性格はしてないようだ。


「うーん…大人しく話し合いをする気があるなら解放してやるが」

「うがああああ!」


 ダメかもー。


「ヴォルさん、こういう獣はまずどちらが強者かきちんとわからせる必要があるんです」

「完全に獣扱いか、まあそれで?どうする?」

「こうします」


 アイラは少女を掴んだまま<イロウション>を振り回した。

それはもうぐるんぐるんと。


「ひぎゃああああやめろおおおおお!」

「ひえっ…」


 ディーナはその光景に怯えていた、俺も若干引いている。


「うあああああ…」


 ブンブンと容赦なく振り回される様は新手の拷問のようだった。

遊園地のジェットコースターの10倍くらいつらそう。


「…ううう…」


 悲鳴もあがらなくなってきたんですが…


「…ぶへっ」


 完全にぐったりした辺りでようやく少女は死のアトラクションから解放された。

ゴミを投げ捨てるかのごとく、ぽいっと<イロウション>の手から床に投げ捨てられる。

そして床に這いつくばった彼女の目の前には、仁王立ちのアイラさんがいた。


「貴女の名前はなんですか?」

「ううああ…」

「振り回す時間が短すぎたようですね、ではもう一度、今度はさっきの倍の速さと時間で」

「タマコだ!タマコ!あたしの名前はタマコです!」


 猫耳の少女…タマコは必死に自分の名前を叫んだ。

今の拷問で完全に調教されてしまったようだ。


「タマコ」

「ひいっ!」


 タマコはアイラに名前を呼ばれただけで頭を抱え、縮こまってブルブルと震え出した。

頭の耳はペタンと閉じたようになって、尻尾はヘナヘナと力をなくして床に投げ出されている。


「これから貴女にヴォルさん…貴女が襲い掛かろうとした男性が質問をするのできちんと答えなさい」

「わ、わかった…」


 あ、ここから俺が相手するんですね。


 俺はすっかり怯えてしまったタマコが落ち着くのを待って、話をはじめることにした。

ちなみにアイラさんは「喉がかわきました」とかいってディーナをちらりと見た後、「お水はこちらです!」となぜか敬語で対応をはじめたディーナと一緒に台所に向かって行った。

それを見て我が家のヒエラルキーがどうなってしまうのか俺は心配になった。

 

………………


………


「あたしはあの鉄の乗り物を盗もうと思ってた…」


 アイラの姿が見えなくなって多少落ち着いたのか、タマコは語り始めた。

手始めに魔動車をどうしようとしたのか聞いたところやっぱり盗むつもりだったらしい。


「盗んでどうするつもりだったんだ?」

「あれがあれば、遠くに行けると思った、街中をすごい速さで走ってるのを見たことがある」

「遠く?どこへ行きたいんだ?」

「…わからない、どこまで行けばいいか…」


 わからないって…目的地不明?

盗んだバイクで走り出したい思春期なのか?バイクじゃないけど。


「あたしをどうする?兵士に突き出す?」

「うーんこの街の法を良く知らんのだが、そうするとどうなる?」

「ぬ、ぬすっとは、群れを追い出されるか片腕を切り落とされる、村の掟はそうだった」

「ん、この街に住んでるわけじゃないのか?」

「違う、村から歩いてこの街まで来た」

「村はどこ?」

「北のほう、山のむこう」


 なんかいまいち要領を得ないがタマコは意図的に曖昧な受け答えをしているようには見えなかった。

聞かれたから自分がわかる範囲で答えたといった感じだ。

村の名前を聞いても「村は村、猫人族の住んでいる村」と言うだけなので村に名前自体ないのかもしれない。


「ということはマグノリアから来たのか」

「まぐのあ?」

「いや…マグノリア、まてよ、ひょっとして自分の住んでた国の名前がわからないのか?」

「国?…ああ!そういえば長老が言ってた、あたしたちの国はマグノリアだった」

 

 ちょっとおつむが弱いらしいな。

これが獣人族の標準とかいわないよな?それともシンタロウはかなり頭がいいほうだったのか?

こんなことならシンタロウにもっと獣人族について聞いておけば良かった。


「タマコはなんで村を出てここに来たんだ?」

「それは…ううう…言わない」

「言いたくない?」

「………」


 言いたくないらしい、でもまあ魔動車を盗んでどこか遠くに行こうとしてたってことは目的があるはずだ。

つーかこいつの頭で魔動車が運転できるとは到底思えないんだが…

まあそういう頭があればそもそも盗もうとは思わないか…


「い、言わないとさっきのをやるのか?」

「…いや俺はやらないけど、アイラはどうかな…やるかもしれない」

「アイラ…こわい、殺される」

「とりあえず謝れば殺されはしないと思うよ」


 よほどこたえたんだなあさっきのが。

ロリエの部下がアイラを魔族だとか言い出した気持ちがちょっとだけわかったかもしれない。


「ううう…あたし、どうすればいい?」

「まずそうだな、アイラが戻ってきたら魔動車を盗もうとしたことを謝るのと、俺に襲い掛かったことを謝るべきだな」

「まどう…なんだ?」

「だから鉄の乗り物のことだよ」

「あれ、こわい、誰もいなかったのに、ものすごい声で唸った、あいつ生き物?」

「生き物とはちょっと違うんだが…いやもう生き物でいいや、うんあれ生きてるから、喋ってただろ?」

「喋ってた…あいつにも謝る、そうすれば許してもらえるか?」

「つか俺に謝ればいいよ、あれ基本的に俺のいう事しか聞かないから」


 タマコの尻尾がピーンと立った。

なんだ?驚いている?今の俺の発言で衝撃的なことがあったのか?


「ヴォルガーは、アイラより強い?」

「え?いやどう言えばいいのか…」


 アイラは決して俺には勝てないだろうとは思うが俺も攻撃手段がないので何とも言い難い。


「ヴォルさんは私より強いですよ、タマコを捕まえた魔法も全くききませんから」


 気づくとアイラが部屋の入り口にコップを持って立っていた。

横にはおぼんを持ったディーナがいる。

おぼんの上にはコップが三つ乗ってるので俺たちにも飲み物を持ってきてくれたのか。


 アイラは先ほどのやり取りを聞いていたのか、そんなことを言うと、手に持ったコップから何かを飲んだ、水だと思うけど。

そして当然のようにディーナがさっとおぼんを出してその上にコップが置かれる、まだ続いてんのその支配階級制度。


「ちょうどいいところで戻ってきたな、タマコは色々謝りたいって言ってるからアイラも聞いてくれるか」

「いいでしょう、謝罪するのであれば命までは取りません」


 謝らないと殺す気だったの?冗談ですよね?ね?


 冷や汗をかきつつ、どうなることか見守っているとタマコがすっとその場に立ち上がった。


「…まどうしゃを盗もうとして、すまなかった、あとヴォルガーに襲い掛かったのも、すまなかった」


 よしちゃんと言えた!震えつつも頑張ったなタマコ!


「ふうさてこれであとは…」


 タマコの処遇をどうするかなと言ったところで何も決まってないんだけど唐突にタマコは俺の前で服を脱ぎ始めてしまってこれは一体どういうことでしょうかタマコさん。


「あたしは、ヴォルガーに言われたことに従う、これがその証」


 素っ裸になったタマコは俺の足元に土下座した。


「ヴォルさん?」

「ヴォルるん?」

「い、いや知らん!俺はここまでしろとは言ってない!」

「あたしを、好きにしてくれていい」


 何言ってんの!?何言ってんの!?


「ヴォルるん…まさかその子を奴隷にするつもりなの…?」

「違う!そんな趣味はない!」

「やはり殺した方がよさそうですね」

「お、落ち着け、物騒なことを言って刺激するな、そしてタマコは怯えて裸で俺にしがみつくな」

「なんでもする!ヴォルガーの子を産んでもいい!だから許してくれ!!」

「ああああああああ<イロウション>しまって!」


………………


………


 いろんな奇跡が重なってなんとか殺人事件には発展しなかった。

代償として俺は今クレープを作っている。

普通のじゃなくてクソ面倒なミルクレープのほうだ。

アイラの怒りを鎮めるにはこれしかなかった。

ディーナはお手軽なフレンチトーストで丸め込めたのに…


 騒動の張本人であるタマコはなんでもするとか言うのでとりあえず風呂にはいらせた。

素っ裸になったついでというわけでもないが、あいつぶっちゃけかなり汚かった。

ディーナとアイラをなんとかなだめてタマコの風呂の面倒を見てもらうとこまで持って行けた俺は頑張ったと思う。


 彼女らが風呂に入ってる間、俺は夕食の支度をした。

そして出来上がった夕食をとりあえず並べて風呂上りの女性陣が余計なことを考えないよう食欲でコントロールすることにした。


 食卓に並んだ野菜炒めやサイコロステーキを目にした瞬間、タマコはだらだらヨダレを垂らしていた。

ついでにディーナも腹を鳴らしていた。

俺が「腹が減っただろう、食べなさい」と言うと二人はすぐに食事に飛びついた。

だがアイラは冷静に「今日は私たちが食べたいものを作ってくれるはずでは?」と、市場で言ったことを覚えていたので「勿論、これはそれが出来上がるまでの前菜だよ」とか言ってごまかした。


 で注文されたのがミルクレープとフレンチトースト…

前菜の次がデザートになっているがまあステーキとかあるからあれがメインとも言えるだろう。


「よし…なんとかできたぞ」


 ようやく俺はミルクレープとフレンチトーストを作り終えた。

それらを持って食卓に向かう。


「うまっ、うまっ!」


 食卓ではタマコがガツガツと肉を食っていた。

素手で。


「フォークとナイフの使い方を教えてやれよ…」

「教えたんだけどー、うまく使えなくて、タマちゃん泣いちゃったのよ」


 ディーナはもうタマちゃんとか呼んである程度親交を深めていた。

こいつすぐ誰とでもうちとけるな。

あとタマコは泣くほどフォークとナイフを使うのが嫌なのか。


「そうか…じゃあいいわ、とりあえずはい、ご注文の品だよ」


 俺は皿を二つ食卓に追加した。


「なんだっ!?まだ美味い物がでてくるのか!?今日は祭りなのか?」

「タマコ、とりあえず今置かれた皿に勝手に手を出したらまた振り回しますよ」

「わ、わかった、何もしない、肉は食べていいか?」

「それなら許します」


 そしてまたガツガツ肉を食べるタマコ。

いや…もう俺の分がないんですけど…


「これなに?アイラちゃん」

「ふふふ…これはミルクレープと言ってこの世で一番美味しい食べ物です」

「この世で一番!?」

「そんなに美味しいの?私も少し食べていい?」

「いいですよ、代わりにフレンチトーストもちょっともらいますね」

「あ、あたしは…?どっちもだめなのか…?」

「仕方ありませんね、一切れあげます、さあヴォルさん切り分けてください」


 はいはい今切りますよ。

アイラの皿にドーンと一番でかく、ディーナとタマコにも少しずつ。

フレンチトーストも分けてやった。


「うわっ、美味しいー、アイラちゃんずるーい、いつの間にこんなの作ってもらってたの?」

「すごく甘いぞ!なんだこれ?肉の次に美味しいな」


 ディーナには好評だがタマコの中では肉がいまんとこ最上位なのか。


「これは私がコムラードに行く前にヴォルさんに作ってもらったことがある料理です、それにしてもタマコは馬鹿ですね、同じ獣人族でもシンタロウはこれを食べたときもっと感動していたというのに…」


 その時タマコの耳がピクピクと動いた、肉を食べる手も止まっている。


「シンタロウ?シン?シンを知ってるのか?」

「なんですか急に」

「教えてくれ!シンはどこ!」

「ちょっと!肉を掴んだ手で触らないで下さい!!」


 タマコの様子がおかしいので俺が慌てて間にはいって止めた。


「落ち着け、なんだ一体、タマコはシンタロウを知ってるのか?」

「同じ猫人族の仲間、シン」

「お前もしかしてシンタロウを探してどっか行こうとしてたのか?」

「そう…村にずっと帰ってこない、だから探しに来た」

「言いたくなかったのはそのことか」

「…シンの父親は、人族にひどいことをしているという噂があった、だから言えなかった」


 なるほどな、俺たちが人族だから黙ってたのか。

シンタロウの父親は確かザミールの街でリディオン家の姉妹を攫ったとかって商人のはずだ。

ナインスが殺してしまったのですでにこの世にはいないが噂はあながち間違いではない。


「シンタロウなら今も元気に生きてるはずだ」

「本当か!?」

「ああ、ただここにはいない、リンデン王国にある山の中で暮らしてる」

「それは遠いのか?」

「オーキッドからじゃちょっと…遠いな、歩いて行くのはやめたほうがいい」

「そうか…でも生きてはいるのか…よかった」

「まあそう心配せずとも修行して強くなったらそのうち故郷に帰るとか言ってたぞ」

 

 それがいつになるかは知らんが。


「修行…くく、はっはは!」

「なぜ笑う」

「シンは男なのに村で一番弱かった、だからあたしがいつも守ってやってた!」

「そうなのか、でもシンタロウは頭はかなりいいぞ」

「うっ…あ、あいつは頭だけ!」

「タマコの頭は村でどれくらい賢いほうだ?」

「あたしは…村で一番、馬鹿と言われていた…」


 一番か………タマコの頭を獣人族の賢さの基準に考えない方が良さそうだな。


 しかしそれにしてもシンタロウもこういう子がいるんならちょっとくらい教えてくれてもいいのに。

彼女…なんかなぁ?


 お前の肉ばっかり食う彼女、全裸になって子を産むとか言い出したんだけど…

などとは死んでもシンタロウには言えないな、と俺は残された野菜炒めだけを食べながら思うのだった。

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