これ無理なやつ
急に寒くなって力尽きてた
「絵を描く道具を貸して欲しい、ということなのです?」
イエス、ザッツライト。
そのために今日は生物局に皆で来ました、と俺は用件をパワー型幼女フリュニエに伝えた。
皆とは言ったがその中にロリエはいない、いるのはディーナとアイラと俺だけだ。
ロリエは今朝、家を出るとき当然のように一緒に魔動車に乗り込もうとしたところをどこからともなく現れた警備兵っぽい人に捕獲された。
「勘弁してください」と疲れた様子で警備兵の人が言ってるのを見て、ロリエは本当にフリーダムに生きてるんだなあと感じさせられた。
警備兵の一言を要約すると「そろそろ遊んでばかりいないで神殿に戻って下さい」とかだと思う。
まあそんなわけでロリエは今頃神殿に連行されてノワイエに怒られているかもしれないがそれは俺には関係ないことだ。
「ディーナさんは、あの日逃げ出した魔物を見たのです?」
「ええそうよ、ヴォルるんがどんなやつだったかはっきり知りたいって言うから絵を描いて見せようと思って」
「絵に自信があるのです?」
「まあそれなりにはね、それでどうかしら、私に描かせてもらえない?」
フリュニエは簡単に承諾してくれた。
そして別の部屋に案内され、そこで筆やら絵の具?代わりのなんか色のついた甘い香りのする汁を色々貸してくれた。
少々原材料が気になるところである。
「基本的には植物から抽出してるのです、特に花が中心なのです、それをボトルスライムの粘液とナイトフィッシュの骨を焼いて砕いた物と混ぜて乾燥させて一旦固めるのです。そうして固めたものを使う時に水に溶くのが一般的な絵の具なのです」
ははあなるほど、わからん。
魔物が原材料に含まれているというのはわかった、得体が知れないので口にはいれないほうが良さそうだな。
俺は甘い匂いにつられて絵の具を舐めようとしていたディーナの頭を掴んで食べないよう注意した。
朝飯ちゃんと食ってきたばかりだろうが。
「ふんふん、じゃあ早速描くわよ!」
道具を一通り受け取ったディーナは鼻息あらく紙に向かった。
こうしてみるとここは美術室のようである。
紙も机に寝かせて置いてるわけじゃなくて…あのなんだ…美術室で立てて描くやつ…
名前がわからん確か…イー…イーなんとか…くそ思い出せん。
とにかく美術部員が裸のモデルを囲んで絵を描くときに使うやつを前に置いて椅子に座っている。
別に裸のモデルを例に挙げる必要はなかったな。
「俺も道具借りていい?」
「ヴォルガーさんも魔物の絵を描くのです?」
「いや魔物じゃないんだけど」
俺が描こうとしているのはバイクの絵だ。
ブロンに渡したやつがあまりに適当でなんか申し訳ないので、一応もう少しまともな絵を描いて渡そうと思ったのだ。
ここ来る前、ブロンにそのことを告げると是非そうしてくれと言われたのですぐ生物局に来たのである。
フリュニエにはブロンが作ろうとしてる乗り物の絵を描きたいのだと伝えた。
良くわかってなかったけどとりあえず道具は貸してもらえた。
「せっかくなのでアイラちゃんも一緒に描いてみようなのです」
「えっ、私は別に…絵を描いたことなんてないですし…」
俺とディーナが絵を描き始めてすぐはアイラも黙って俺たちを見ていたが、恐らく暇になったんだろう、途中からフリュニエ作の呪われた魔物図鑑を眺めたりしていた。
そんな様子に気づいたフリュニエがアイラにも絵を描くようにすすめた。
口ではいいですいいです、やらないですみたいなことを言ってはいるが、もしかしたら若干参加したかったのかもしれない。
アイラは道具を渡されると素直に絵を描き始めていた。
ていうか一体何を描く気だろう。
「アイラも魔物の絵を描くのか?」
「いえそれはディーナさんにお任せします、フリュニエさんがすきな絵を描いていいと言ったので私はそれに従って描きたいものを描こうと思います」
「へえ、何を…いや、それは出来てのお楽しみだな、アイラが何を描くか楽しみにしておこう」
「へ、変な期待はやめてください、私ははじめてなんですから…」
その台詞もなんか誤解されそうではある。
アイラは描くところを見られると恥ずかしいようなので俺は描き上がるまでそっとしておくことにした。
そうしてしばらく黙々と絵を描いていると
「できたのです!」
最初に完成を告げたのはフリュニエだった、こいつも結局、一緒になって絵を描き始めたのだ。
最後にやりだして最初に完成とはやりおるわ。
「これが本当の姿なのです!」
フリュニエが俺たちに見ろと言わんばかりに差し出して来た絵はなんというかまあ相変わらず意味不明だった。
「まず本当とはなんなのか説明して欲しい」
「だから!前に捕まえた新種の魔物です!ヴォルガーさんが下手というから描きなおしたのです!」
ディーナに対抗意識を燃やして描きなおしたのか…
前は豚の体から触手が生えた化け物だったのに、今回はトカゲかな?口からゲロを吐いてるオオサンショウウオのような感じだ。
「前と全然違わないか?」
「丁寧に描いたからなのです」
丁寧とかいう以前に造形がまるで違うんだが。
「この生き物はなんでその…もどしてるんですか?」
「もうー!これはブレスです!毒のブレスを吐いてるところなのです!」
アイラにもゲロに見えたそれはどうやら毒のブレス攻撃らしい。
「皆さんの出来はどうなのです?この私が見てあげましょうなのです」
自分のが描きあがって満足なのか、上から目線でフリュニエが俺たちの絵を確認しに来た。
「ヴォルガーさんのこれ、車輪が二つしかないです、乗ったら倒れるのです?」
「ほう、一応俺のつたない絵でもこれが乗り物でどこに乗るかわかってくれたのか、一応これは倒れそうに見えるが実際走らせると倒れない、止まると倒れるけどな」
「これがバイクですか、なるほど一人用の魔動車ということですね?」
「そう!さすがアイラ!鋭い!」
アイラとフリュニエにも伝わったからたぶん前の絵よりはマシ。
これならブロンに渡しても平気だろう。
ちなみに昔やった新聞配達のときに乗っていたカブをイメージして描いている。
ハーレーは実際乗ったことがないのでわからない。
「ふむふむ一人用の魔動車…まあどうでもいいのです、次はアイラちゃんの絵を見てみるのです」
おい、渾身の作をどうでもいいとか言うな。
「わ、私のはいいです、見なくても」
「えー見せてくださいなのです!」
傍目には少女二人がじゃれあっているようだが片方は非力、片方は超パワーなので決着は一瞬だ。
すなわちアイラの抵抗はフリュニエの前では無意味だった。
簡単に絵の前からどかされて、今や両手をフリュニエに拘束されている。
「これは…木の絵だな」
「でも上の部分がないのです、なんで幹の部分ばかりなのです?」
「それはそこしか思い出せなかったからです」
なぜか室内の床から天井に向かって生えている木の絵。
これはもしかしてあれだな。
「これナインスの屋敷にあるやつ?」
「そうです、なんとなくあれのことを思い出したので」
「室内に木が生えてる家があるのです?変わった家なのです」
「ま、まあそういう趣味の人もいるんだよ、うん」
俺の言い訳の結果、ナインスは室内に大木を植えるおかしな人になってしまったが気にしない。
アイラが何か言いたげだったが、俺が目を逸らしたので追及はしてこなかった。
「ていうかディーナは黙々とまだ描いてるができたのか?」
そう言いつつ俺はディーナの絵をのぞき込んだ。
………
思わず言葉を失った、色々言いたいことはある、まずとてつもなく上手い。
「こっ、これは!あの新種の魔物にそっくりなのです!」
「凄いですね、確かに私が見たのもこんな感じだったと思います、誰でも何かしら一つは取り柄があるものなんですね」
「そうそう私にだってひとつくらい…ってちょっと!アイラちゃん!?」
話しかけられて集中が途切れたのか、ディーナはいつも通りのディーナに戻って受け答えをしていた。
「どうかしら?私が覚えてる限りじゃこんな感じだったと思うんだけど」
「うっ、ま、負けたのです…私の絵より、こっちのほうが少し似ているのです」
少し?少しかなあ?
いやそれよりも、ディーナに確認しなくちゃいけないことがある。
「本当にこれを見たのか?」
「うん、離れて見てたけど全体的にはこんな感じで間違いないと思う」
「ヴォルさんはこれが何か知ってるんですか?」
「これは…ツインテールキマイラだ」
ライオンの頭に山羊だか羊だか忘れたけどそれの胴体、そして尻尾の部分がふたまたで蛇になっている生き物。
俺の知る限り、まったく同じものがほわオンにもいた。
「ツインテールキマイラ…はじめて聞く名前の魔物なのです、ヴォルガーさんは以前にもこれを見たことがあるのです?」
「あ、ああ…似たやつを見たことがある、そいつも毒のブレスを吐くし幻覚の魔法を使う、さらに尾の蛇も毒をもってる」
「危険な魔物なんですね」
危険どころではない、ほわオンではこいつの推奨討伐レベルは201以上だった。
レベル201以上の戦闘特化型プレイヤーならソロで狩れるという意味だ。
この世界でそのクラスのプレイヤーに匹敵する人物はまだ見たことが無い。
プラムかマーくんあたりが、もしほわオンプレイヤーなら、良くてレベル150付近だと俺は思っている。
その判断基準もマーくんなら格闘1、剣1、闇魔法2のスキル保持者で、プラムは弓2、風魔法2だなとなんとなくゲームにあてはめて考えてみただけだ。
この世界ではゲームでは表現できない戦闘のセンスとか、いわゆるプレイヤースキルみたいなものが存在する。
だからひょっとしたらマーくんやプラムならソロでも討伐可能かもしれない。
「こいつ、前はどうやって捕まえたんだ?」
「私とロンフルモン、他3名の3級冒険者が共にダンジョンに出向いて戦って、弱ったところを捕獲したのです」
「負傷者は?」
「えっと…冒険者の方が二人幻覚を見て混乱したので私が叩いて気絶させたのです、やりすぎて骨が折れたので負傷者はその二人なのです…」
どれだけ強打したんだ、とは思うが正しい判断だったのかもしれない。
混乱した仲間なんて邪魔でしかないからな。
「ちょっと待って、ダンジョンにはこれがたくさんいるんでしょ?ヴォルるんをそんなところに行かせようとしてるの?」
ディーナの問いかけにフリュニエは返答しなかった。
だが否定しないということは、ディーナの意見を肯定することに他ならなかった。
「たくさんかどうかはまだわからないのです、討伐後に出てこない魔物だったら…」
「そんなの倒してみないとわからないじゃないの!」
「でもヴォルガーさんがいれば討伐が楽に…」
ディーナとフリュニエはちょっとした言い合いになってしまっていた。
「たくさんはいないよ、たぶん多くても10匹ってところだ」
「な、なんでわかるのです?」
「こいつは雑魚だから」
雑魚発言にフリュニエは目を丸くして驚いていた。
実際戦ったことある立場から雑魚とは思ってなかったのだろう。
「5対1で戦って勝てるなら俺が一緒に行けばまず確実に無傷で勝てる」
「わーい!じゃあ一緒に行ってくれるってことでいいのです!?」
「いや…こいつは、と言っただろ、問題はこいつじゃないんだよ」
「どういうことですか?」
ツインテールキマイラはいわゆる取り巻きだ。
タイラントバジリスクが連れていた通常バジリスクのような。
捕まえられた一匹はたぶん斥候だと思う。
ゲーム中でも一匹だけ突出しているツインテールキマイラがいた。
そいつに手を出すとどこからともなくやってくるのだ、残りが。
「もし俺の想像があってたら、こいつらのボス、親玉が存在するぞ、ダンジョンの階層をあがってきてるのは一匹目がやられたことに気が付いたからだ」
ツインテールキマイラのボス…エイトテールキマイラ。
尾の蛇を八本にしてヤマタノオロチみたいにしましたって感じのふざけたやつだ。
ふざけてはいるが推奨討伐レベルは…251以上、それもソロは無理、最低でもトリオ。
俺のような支援特化型と、俺より耐久力がある前衛、それと広範囲の殲滅力を持った後衛がいて、なおかつレベルはカンストの299で装備も廃人装備が揃ってたらいけますよというレベルのボス。
前に倒したタイラントバジリスクとは格が違う。
「えっと…もしその親玉と遭遇しても、ヴォルガーさんがいれば倒せそうなのです?」
フリュニエが心配そうに俺にたずねてきた。
なので俺は力強く、こう答えた。
「無理かな」
嘘偽りない、本音だった。