力こそパワー
幼女×スピード=破壊力
「それであいつらなんて言ったかわかる?」
はは、なんだろう、わかんないですね。
「黒髪の汚らわしいお前は草をむしって薬を作るのが相応しかろう、よ!」
何も言ってないが続きを言われた。
只今俺は、サジェスが過去にアイシャ教の神官に言われて死ぬほど腹が立った台詞シリーズを聞かされている。
これはポーションの材料を集めているときに偶然出会ってしまった時だったかな。
「…あー、それでリンデンを出て、オーキッドに?」
「そう、あんな屑共がのさばってる国なんか未来が無いと思って」
なんかこれまでアイシャ教のいい評判を聞いたことが無いな…
そしてこの愚痴はいつまで続くのだろう。
サジェスの部屋にあった時計を見ると、話を聞き始めてかれこれ2時間以上経過していた。
そうそう、サジェスの部屋には壁かけの丸い12時表記の時計があるけどこれは珍しかった。
この世界で時計を持ってる人はたぶんそんなにいない。
タックスさんの店と、後はラルフォイの部屋くらいでしか見た記憶がないので。
俺も時計買おうかな…腕時計はさすがになさそうだけど、ああでも時計自体が高いから普及してないのかなあ。
カチカチと時を刻む時計の下にはベッドがある。
そのベッドの上にはフリュニエが布団をかぶってすやすやと眠っている。
こいつは俺が目で助けを訴えたのにもかかわらず、サジェスの愚痴がはじまって早々寝やがった。
「ヴォルガーも苦労したんでしょ?せっかく努力して光魔法を身に着けたのに、私と同じ黒髪だからってだけでアイシャ教の神官には疎まれて」
「え?ああーまあ…そんな感じ」
今のところ直接関わったことは無いのでどうなんだろう。
やっぱ実際、アイシャ教の神官に面と向かったら嫌な顔されんのかな。
「もうこっちに住めば?冒険者ギルドもこの街はあるし、技術局でも仕事はあるわよ、うん、引っ越しましょう、絶対そうしたほうがいいわよ」
「え!?い、いやあそれはちょっと」
唐突に移住をすすめられて少々困っていたら、そこに救世主が登場した、フリュニエとかいうエセ幼女ではない、こいつはまだ寝ている。
「サジェス先生!もう皆集まって待ってますよ!何してるんですか!?」
部屋のドアを開けて開口一番そう言った若い男の子。
学生?なのかな。
「あ、いけない!今日は講義があるんだったわね…ごめん!私行かなきゃ、続きはまた今度ね!」
続くのか…まだ…
それだけ言ってサジェスは部屋を飛び出して行った。
部屋に残されたのは俺とベッドで眠るフリュニエだけ。
これは俺も出て行っていいのか…?
しかしフリュニエも一応俺に用事があって来たんだよな。
金貨くれたのが本題じゃないような気がする。
起こして話を聞いた方がいいか。
俺はフリュニエの眠るベッドに近づいた。
「おい起きろ、サジェスが部屋を出て…」
布団を剥がそうと手を伸ばしたところで、今の俺は不審者に見えないだろうかと急に心配になった。
眠る幼女に手を伸ばすおっさん、他人に見られたくないシーンだ。
いや、こいつはドワーフ族だ、そして20代だ、技術局の人たちなら知ってるだろうからたぶんセーフだ。
あと別にやましい考えがあるわけでもなし、ただ起こすだけ。
と思いつつ、フリュニエの可愛らしいほっぺを指でつついてみた。
いやロリコンだからとかじゃないよ?
なんかこいつ口をもごもごさせてて、寝ながらなんか食ってんの?と疑問に思ったからであって。
「あむ」
噛みつかれた。
指を咥えるとかじゃない、手を丸のみにされた。
どうやってそんなにでかい口が開いたんだとすさまじくびっくりして避けれなかった。
ガリッ。
「ぎゃあああああああ!」
激痛を感じた。
俺が激痛を感じる、というのは非常に珍しい。
訓練中のマーくんの打撃だってここまで痛みを感じたことはない。
俺は丈夫なのだ、とか冷静に考えてる場合じゃない、食われる!!
「<ライトボール>!」
思わず寝てるフリュニエの顔面に魔法をたたきつけた。
ダメージは無いだろうが、目を閉じていてもこの至近距離で食らえば相当まぶしいはず。
「まふひっ!」
口が開いた!俺は手を引っこ抜く。
すげえ歯型がついてるし…血もちょっと出てるし…こいつやべえ…
<ヒール>つかって手の傷を癒し、ついでに清潔そうな布巾があったのでそれを使ってフリュニエのヨダレを拭きとる。
使った布巾は…近くにあった箱に同じような布巾が雑につっこまれてたのでそこに投げ込んだ。
後で洗う用とかだろうたぶん。
「ふわー、良く寝たのです、あれ…サジェスがいないのです?」
「サジェスは講義があるとかで今出てったよ」
目を覚ましたフリュニエに事情を説明した。
「それじゃ次は生物局に来てほしいのです!」
やっぱり用事があるんだな。
フリュニエはぴょん、とベッドから降りるとにこにこと俺の方に近づいてきたのですかさず俺は距離を取るように下がった。
「なんで急に後ろに飛んだのです?」
「いやなんでもない…さっきまで座りっぱなしだったので軽い運動をしたくなっただけ」
「なるほど、変わった運動なのです」
フリュニエの後をついてサジェスの部屋から出た。
鍵かけてないけどいいんかな、まあ来た時も開いてたみたいだしいいか別に。
「フリュニエって肉が好き?」
「急にどうしたのです?まあお肉は好きなのです、さっきも夢の中で食べてたのです」
「ああそう…人族の肉って食べたことある?」
「いくらお肉が好きでもそれはないのです!」
良かった、カニバリズムは持ってないようだ。
フリュニエはちょっと怒ったのか、ぽかぽかといった感じで俺を叩いて来た。
第三者がこの光景を見れば、ぽかぽかって感じだろうが、その一撃一撃はズムン、ズムンと腹に響く。
やめてください、死んでしまいます。
………
「ここが生物調査局なのです!」
フリュニエを挑発するのはやめようと心に誓った俺は、彼女と一定距離を保ちつつ後をついて、生物調査局とやらにたどり着いた。
校舎の建物の二階にあたる、このフロア全体が生物調査局らしい。
案内された一室はサジェスの保健室のようにフリュニエのプライベートルームなのか、他に誰もいない。
誰もいないが狼のはく製とか鹿の頭のはく製とか飾ってあって入ってすぐはギョッとした。
「なにこれ」
「それはムーンリングベアの毛皮なのです、結構強い魔物なのです」
俺が尋ねたのは床に敷かれたカーペット代わりの巨大な毛皮のことだ。
ムーンリングベアってなん…ツキノワグマのこと…じゃないよな…
いくらなんでも5メートル近くあるツキノワグマは地球にはいないはず。
「これはフリュニエが倒したの?」
「はい!ハンマーでこう、どかーんと!内臓を叩き潰して!なかなかの死闘だったのです!」
体格差ものすごいんですけど倒したのか、本当にフリュニエがここで最強なのか。
「生物局の局員は皆強いのかな」
「冒険者を兼任してる者が多いので戦える者は結構いるのです、でも皆がそうというわけでもないのですよ?」
どうやら生物調査局、通称生物局は冒険者ギルドと連携して魔物を討伐することが結構あるらしい。
ギルドに依頼を出すこともあるようだ。
依頼内容は主に魔物の要求、死んでてもいいが、なるべく綺麗な死骸で。
「本当は生きたまま調べたいのです」
「それは危険でもあるよな、昨日の騒動を見た限りでは」
「はい…当分生きたままの魔物は研究できなそうなのです」
イルザが塵も残さず焼き尽くしてしまったので俺は姿を見てないんだが、昨日逃げ出した魔物というのはこれまで見たことない、新種の魔物だったのだとか。
どんな姿だったのか尋ねると、フリュニエは一枚の絵を俺に見せてきた。
「こんなやつなのです」
「えーとこれは…なんだろう、前衛的な芸術かな、俺には体から触手の生えた豚のように見える」
「全然違うのです!これは虎のような頭を持ち、体からは蛇が生えていたのです!」
はあ、虎と蛇ですか、なんかそんなような生き物聞いたことがあるような。
それにしても絵下手くそだな、これでわかれというのは無理がある。
「もっと絵が上手いやついないの?」
「それは私が描いた絵が下手ということなのです…?」
「あっ、いやーまあ、えーと…うん、下手」
「うわああああん!」
ドムン、腹に一撃パンチを入れられた。
し、仕方ないんや、どう取り繕ってもそうとしか言えない。
おおおお…まさか<ヒール>を日に三回も自分にかけることになるとは。
「フリュニエは手加減すると言うことを覚えて欲しいんだが」
「ヴォルガーが酷い事ばかり言うのが悪いのです!」
「し、しかしこれはあれだろう、生物局の記録として残すんだろう、さすがに実物と絵が違いすぎるのは資料にならないと思うんだが」
「うぐう、やっぱり…そう思うのです?同じ事をロンフルモンにも言われたことがあるのです…」
その時ロンフルモンは無事だったのだろうか。
というか他のやつは絶対パンチが怖くて言えないだけだろこれ。
俺はロンフルモンに対し、その勇気を心の中で評価した。
「絵がへ…少し苦手という自覚はあるのか」
「…少しは、でも描くのは好きなのです…」
フリュニエのステータスはきっと戦闘能力に偏っているのだろう。
芸術関係が致命的に不足している。
悲しいが好きなことに対し才能があるとは限らないのが世の常なのだ。
「ところで、俺への用件はなにかな」
フリュニエが落ち込んできたので話題を変えた。
絵に関しては俺もそんなにうまくないので力になれることはない。
「あ!そうでした、ヴォルガーは冒険者と聞いたのです、級はどれくらいなのです?」
「一応3級だな」
「それは結構すごいのです!カードを見てもいいのです?」
「あーカードね…はい」
冒険者カードを取り出してフリュニエに見せた。
「あの…3級はわかったのです、でもクラスのところが指で見えないのです?」
「人には知られたくないこともあるんだ」
「わ、わかったのです、もういいのです」
俺はカードをしまった、クラスのところに貼る黒いテープとかが欲しい、あればだが。
「冒険者の俺に用があるってこと?」
「はい、ダンジョン攻略を手伝ってほしいのです」
「ダンジョンとな…それは例の、魔動車が出て来るとかいう?」
「いえ、それとは別なのです、この街の付近には二つダンジョンがあって、一つは魔動車が見つかった遺跡型の『速き鋼の迷宮』、それでもう一つが自然型の『赤き鼓動の迷宮』なのです」
俺に手伝ってほしいというのは『赤き鼓動の迷宮』という場所らしい。
遺跡型とか自然型とかなんのことかわからんかったが、遺跡は過去に誰かが手を加えた形跡がある人工的なダンジョンで自然はその逆、自然発生したダンジョンのことだと教えてもらった。
「昨日逃げた魔物はそこで見つかったのです」
『赤き鼓動の迷宮』は魔物の中でも魔獣とよばれる、いわゆる動物っぽい魔物が多いそうだ。
現在5階層まで踏破できているが、それより先は不明、例のよく分からん魔物が出てきて調査できていない。
そして困ったのがその魔物が魔法を使うようで、その魔法をくらうと幻覚を見て発狂するとか。
昨日サジェスんとこで気が触れてた胸毛のおっさんが被害者だな。
他にも毒を持ってたり、炎を吐いたりと色々手を焼かされてる様子。
そんなとこわざわざ行かなきゃいいのに、と俺は思うんだが、そこの魔物からとれる資源はオーキッドの重要な特産品にもあたり経済を支える一旦を担っていた。
だが5階層の奥地で発見されたやばい魔物は徐々に4階層に迫ってきているらしく、このままだとドンドン上の階層に上がってきていずれは地上に出て来るのでは、というのが現在フリュニエが抱える不安である。
「ヴォルガーは毒も幻覚もすぐ治療できると聞いたのです、是非攻略に手を貸して欲しいのです」
俺の他にギルドに登録しているヒーラーは三人しか今のところこの街にいないらしい。
三名中二名は毒の治療ができるようだが、幻覚にいたっては三名中ゼロ名だ。
つまり治せるの俺だけ。
「それ、一日二日じゃ終わらないやつだよね?」
「それは…はい、ダンジョンに入るとなるとすぐには戻ってこれないのです」
手を貸すのはいいが…その間ディーナとアイラをどうしよう、後はブロンにもバイクのことであれこれ聞きたいからとかで顔を出すように言われてるんだよな…
「ちょっと考えさせてもらっていい?相談しなきゃいけない相手もいるんで」
「勿論構わないのです!」
ダンジョンか…なんか久しぶりにゲームっぽい所を感じるな。
ほわオンみたく、魔法とかアイテムでパッとダンジョンから出れる…とかあればいいのになあ。
念のためフリュニエに聞いたら「そんな便利なものあるわけないのです」と言われた。
俺はもう、イルザに行かせればいいのにと思った、もういないけど。
あいつならすぐパッと帰れるっぽいから。
ただその場合、ダンジョンは崩壊するかもしれないのでやっぱダメかな。