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医者と魔法

魔法って言葉ずるいよなと思う

 昼頃になって腹が減ったので、休憩はまだかとブロンに聞いたらバイク開発に夢中でそれどころではないらしく一人で行けと言われた。

よって俺は一人で食堂へ来ている。


 食堂内は多くの人族、ドワーフ族で賑わっていた。

ざっと見たところ年の若い者が多いように思う、ふと大学時代を思い出して懐かしくなった。


 若者たちがおばちゃんに食事を注文して受け取っていく様を観察し、俺もそれを見習っておばちゃんに注文して食事を受け取る、ところで金はいつ払えばいい?


 よく分からんまま席に向かおうとしたら別のおばちゃんに止められた。

人の流れの端っこにいた人族のおばちゃんだ。

どうやら金はその人に払うべきだったようだ。

セルフのうどん屋のシステムに似ている。


 料金は3コルと格安だったのだがあいにく銅貨を持ち歩いてなかったので銀貨で支払った。

めんどくさいので最近銀貨と数枚の金貨しか持ち歩いてないのだ。


 釣りとして受け取った銅貨七枚をポケットにしまうと、適当にあいてる席に座った。

若干周りから見られている気はする、おっさんだからだろうか。

いやでも俺より年上っぽい人も他にまったくいないというわけでもないし、考えすぎかもしれない。


 それに今は人目を気にするより、俺は自分の迂闊さを気にしなくてはいけない。


 目の前にある真っ赤でドロリとしたスープに山盛りの香草が積まれた謎の料理。

かなり匂う、目に染みる刺激臭だ、確実に辛いと思う。

なんで俺は『技術局めいぶつ!炎のスープ』なんか頼んでしまったんだろう。


 わかっている、理由は明白だ、俺は知らない食べ物が気になるタイプなんだ。

さらに名物と言われたら手を出さずにはいられない。

このメニューの文字が目に入った以上、頼まないわけにはいかなかったんだ。


「あいつ…地獄スープ頼んでるぞ…」

「うわぁ、ここまで匂ってくる…」


 ヒソヒソと近場の若者からそんな声が聞こえた。

どうやら頼んだ料理が原因で注目を浴びていたようだ。

ついでに俺の近くに座っていた若者たちが俺を避けるように席を立ち、遠くに座りなおした。


 つらい…これが大学ぼっち飯というやつだろうか…


 かつての大学時代の記憶には一人で飯を食ったことはもちろんあった。

しかしそれは急いでたとか、食欲がなかったとかで食事を楽しむ余裕がないからやったくらいで、基本的には俺は友人と食事を共にしていたことが多かった。

一人で食ってた時も周りの人が席をたってあえて俺をポツンと孤立させるようなことはなかった。


 それがまさか、異世界でこんな体験をすることになろうとは。


 まあいいか、貴重な体験ができたと思うことにしよう。

もしこれが三日も続けば、さすがの俺もトイレにこもって泣いてしまうかもしれないが、なあに今日はたまたま頼んだ料理が悪かっただけだ。


 気を取り直して俺はスープに手を付ける。

…フフフ、まあなんだ、思った通りクソ辛い。

もう二度と頼まねえ、周りに人がいなかったら噴き出してるところだ。

しかも山盛りの香草、俺の嫌いなパクチー風のやつで二重の苦しみを文字通り味わっている。


 あああああああああ。


 心を無にして口の中に詰め込んでいく。

頼んだ以上残すのは俺の心が許さない!


「それをそんなにガツガツ食べる人、ここで初めて見たわ」


 無の境地から我に返ると、向かいにサジェスが座っていた。


「あのう、それ辛くないのです?」


 サジェスの隣にいる幼女…確か生物局のフリュニエだったか。

心配そうに俺を見ている、鼻をつまみながら。


「辛い、後不味い」


 俺は正直に答えた。


「何で頼んだの?」

「名物って書いてあったから、これはあれか?技術局ぐるみの嫌がらせなのか?初めてここに来た人が、おっ、名物だって!なんだろ!こりゃあいっちょ食べてみますか!と思って迂闊に注文するとどうなると思う?」

「貴方みたいになるんでしょうね」

「そうだ、そして俺は少し技術局が嫌いになりかけている」

「む、無理して食べなくていいのです」


 そういうわけにはいかない、こんなものでも3コル払ってるんだ!

俺は器を両手で持って残りのスープを口に流し込んだ。


 ぐうっ…吐きそうだ…

これはもう一種の状態異常と言えるのではないだろうか。

<キュア・オール>かけたらなんとかなるかもしれないが、その結果、口から噴き出しそうで怖い。


「全部食べた人はじめてみたのです」


 なにい、これまで完食した者がいなかったのか、そこまでの劇物だったのか。


「これ、口直しにどうぞ」


 サジェスがなんか液体の入った瓶を渡して来た。

スポーツドリンクみたいな色してる、ジュースかな、なんでもいいとにかくありがたい。


 礼を言うべきではあったが喋る余裕がなかったので先にその液体を一気に飲み干した。


「ありがおええええええええっ、まっじいいいい!」


 胃の中で奏でる地獄のワルツがたった今オーケストラとなって盛大なコーラスでああああ。


 しばらく机につっぷして痙攣し…数分語、俺は現世に帰ってきた。

リバースはなんとか抑えることができた。


「なにを飲ませた!」

「別に体に悪いものじゃないわ、口臭を抑える薬よ」

「こう…しゅう…だと」

「あれ食べたらものすごい口が臭くなるから、それじゃ話づらくて困るでしょ」


 困るのはサジェスであって俺は困らないのだが…

まあいい、鼻をつまんで話をされると結構傷つくと知ったので口臭が消えたのは良しとしよう。


「それにしてもあの味はなんとかならなかったのか、苦くて酸っぱくて無駄にまろやかで意識が遠くなりそうな味だった」

「へえ、そんな味なんだ、改善点として覚えておくわね」


 ん、あれ、実験台にされたの俺?


「食事も終わったようだし、それじゃ行きましょうか」

「どこへ?」

「私のお・へ・や」


………


 セクシーな言い方をするので妙な期待をしてしまったがなんのことはない、サジェスに連れてこられた部屋は昨日彼女と二人で話した部屋だった。


 昨日はすぐ窓から飛び出したので室内を見る暇がなかったのだが、薬品棚や2台ベッドがあるところを見るとここはどうにも学校の保健室みたいな感じになっている。

サジェスは用がないときはここに常駐しているようだ。


 椅子を差し出されたので遠慮なくそれに腰かけているが、なんだか女医に診察されにきた患者のような気分になってあまり落ち着かない。

サジェスはそんな俺にはおかまいなしに、部屋の棚からコップを三つ取り出すと、何か液体を注いで俺に渡して来た。


 またなんか変な薬じゃあるまいな。

と疑っていると「それはただのお茶よ」とサジェスが言った、いまいち信じられない。


 しかしベッドにちょこんと腰かけたフリュニエが同じものを飲んでるのを見て、大丈夫そうだなと俺も飲んでみた、お茶だった、麦茶みたいな。


「ブロンから私たちのことは聞いた?」

「それぞれの局の局長だってことくらいしか聞いてない」

「そう、まあそれがわかってればいいわよね」

「それで俺に何の用なんだ?」

「私は特に用事があるというわけではないわ、単に貴方が何者なのか聞きたかっただけ」


 朝にブロンと揉めた後、サジェスたちは午後から誰が最初に俺に会うか順番を決めたらしい。

でもサジェスは大した用件じゃないし、サジェスの知りたいことはフリュニエも知りたかったことなので二人で来たようだ。

まあ俺も何度も自己紹介せずに済むのでそっちのほうがありがたい。


 しかし俺は何者かと聞かれて洗いざらい話すわけにもいかない。

まさか火の女神に呼び出されて来た、と正直に言っても面倒なことになるのは明白だ。

ロリエが神託を受けて俺を探しに来たことは神殿関係者の、それもごく一部の者しか知らないことだった。

 

「俺はリンデン王国のコムラードという街に住んでるごくごく普通の冒険者だ」

「昨日の魔法を見る限り普通ではないでしょ…あとロンフルモンは魔族かもしれないとか言ってたんだけど、それ本当なの?」

「でまかせだよ、なんならロリエに聞いてもらってもいい」


 本当はでまかせではないんだがまあそれはそれ。


「魔族だったらわざわざ私のところの局員を助けたりはしないと思うのです?」

「それもそうね」


 魔族というものを一体どういう認識で見ているのか気になるところではあるが、俺が聞いたように凶悪な種族として認識しているならなんとも呑気なやつらである。

仮に俺がここで「はい魔族です」って言ったらどうなったのか。


「もし俺が魔族だったらどうする気だったの」


 好奇心に勝てなかった。


「フリュニエがいるから何かあっても大丈夫だと思って」


 ベッドに腰かける幼女を見る、にこにことお茶を飲んでいるが彼女がいたらどうだというのか。


「信じられないと思うけど、戦闘能力で言えばここでフリュニエに勝るものはいないわ」


 まじで?そんな強いの?この幼女が?


「恥ずかしいのでそれはあまり言わないで欲しいのです」


 照れてはいるが否定はしないところを見ると事実っぽい。

人は見かけによらないんだな…ドワーフ族だけど。


「ヴォルガーさんはロリエちゃんの知り合いなのです?」

「ん、まあそうかな、今言った魔族がどうとかって疑いが元はロリエの部下が言い出したことで…オーキッドまで来ることになったんだけど、その疑いは無事晴れて、自由の身になったんで昨日はロリエに案内されてここに来たってわけ」


 事実とは異なる部分があるがこれくらいが無難なとこだろう。


「フリュニエはロリエと親しいのか?」

「幼馴染で同い年なのです」


 と、いうことは彼女も26か…本当にドワーフ族の女は訳が分からない。


「昨日は生物局の怪我人を助けてもらって本当にありがとうなのです」

「ああ、たまたまだったけど役に立てて良かったよ、怪我をした人たちはその後問題ない?」

「はい、皆何事もなかったように今日も元気にダンジョンに行きました。ヴォルガーさんに会って直接お礼をしたかったみたいなんですけど…」

「昨日治したときに何度も礼は言われたから別にいいよ」

「私が局の責任者なので代表でお礼を渡しにきたのです」

 

 別にいいといったのにフリュニエが何か入った袋をわたしてきた。

中には金貨が入っていた、それも12枚も。


「え、なにこれ」

「一人一枚の計算で用意したのです…少なすぎたのです?」

「い、いやそんなことはない、こんなに貰っていいのかなと思っただけで」

「どうぞ!遠慮なく受け取ってくださいなのです!」


 よっしゃあ!臨時収入!やっぱ人助けはしとくもんだな!


「私のほうはそんなにお金に余裕はないから、魔力ポーションでも渡そうかと思ってたんだけど…どう、いる?」


 サジェスも礼として魔力ポーションをくれようとしてたのか、でもあれクッソ不味いんだよな。

しかも効果あまり感じられないし。


「いやもう金貨貰ったのでお気持ちだけで」

「そう?まあ貴方、全員に魔法をかけた後でも全く疲れてなかったものね、必要ないか」

「あれくらいなら全然平気だ」

「…それで商売する気ある?」

「魔法で治療して金をとるってことか?アイシャ教の神官でもないし、それはやらないよ」

「ならいいわ」


 サジェスの言いたいことはアイシャ教がどうとかじゃないとはわかっていた。

彼女の仕事は薬品の研究もあるんだろう、言ってみれば魔法で治療するアイシャ教の神官は商売がたきだ。

俺は神官ではないが同じことはできる。

というかやりすぎなところまでいく。

オーキッドは光魔法の使い手が少ないと聞いたのでアイシャ教もそんなに進出してないみたいだ。

その気になれば荒稼ぎはできそうだが、サジェス他、医者たちに良くは思われないだろうな。


 揉めたくはないので結局どこに行っても回復魔法で金稼ぎは難しということだな。


「脅すつもりはなかったのよ?」


 俺の考えてることが伝わったのか、サジェスはそう付け加えた。


「ただねえ、あれほどの治療を目の当たりにすると、さすがにちょっとねえ?ほら、わかるでしょ?」

「なにが?」

「悔しいのよ!こっちはあれこれ必死に考えて治療法を探して、薬も用途にあわせて色々研究してるのよ?それがなによあれ!ほぼ同じ魔法連発して全部治したでしょ?どういうことなのよ」

「サ、サジェス、落ち着いてなのです」


 気持ちはわからなくもない。

魔法って理不尽なところあるからな。

地球の医者だって同じことをやられたら、なにそれふざけんなってなるだろう。


「あーまあ…そのなんだ、サジェスが努力して技術を習得したように、俺も過去に魔法を頑張って習得したということだよ」

「それはっ…!まあ、そうね、貴方もただ遊んで暮らしてたわけじゃないわよね、努力してあそこまでの魔法が使えるようになったのよね…ごめん、ついカッとなって」

「いいんだ」


 むしろ遊んでるうちに身に着けたんだ、本当に申し訳ない。

 

「それに俺一人がどんだけ凄い魔法が使えても、治療できる人数には限りがあるからね、広い目でみたらサジェスの研究してることのほうがより多くの人のためになるだろう」

「へえ、そこまで言われるとは意外だったわ、光魔法を使えるヤツって大抵どこか医者を見下してると思ってたから」

「ははは、そんなことはない、それとも何か、光魔法を使う相手に嫌な思い出でもあるのか?」

「あるわ!聞いてくれる?前にあったアイシャ教の神官なんて…」


 しまった、ヤブヘビだ。

かなり鬱憤がたまっていたのかサジェスは完全に愚痴モードに入ってしまった。


 フリュニエに助けを求めて視線を送ってみたが、苦笑いが返ってきただけだった。


「それであいつら馬鹿みたいな金額をとって…!」


 やれやれ、しばらく我慢してサジェスの愚痴に付き合わねばならないようだ。

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