プロジェクトB
~挑戦者たち~
「それで俺は何をすればいいんだ?」
「そう急ぐな、まずはこの中を案内する、勝手に入られちゃ困るところもあるからな」
ブロンがそう言うのでまずは魔動技術局の中を一緒にうろつくことにした。
ガレージと俺は表現しているが、広さはちょっとした工場くらいあってあちこちで何か作業している人族やドワーフ族の姿を見かける。
技術局の敷地内にはこの建物以外にも同じようなものがあと他にも四つある。
俺は今案内されている建物以外には勝手に入らないように言われた。
いわゆる企業秘密的なことだ、何もかも外部の者に見せるわけにはいかないんだと、当たり前のことだった。
「あれは何をしてる?」
「赤鉄を作っているところだ、あそこの炉は近づくなよ、暑いどころじゃ済まんぞ」
ドワーフ族の男がカンカンと鉄を打っているのを遠巻きに眺めた。
あれがあるからこの中は暑いんだな。
近寄る気は当然ない、暑いのもあるが職人気質の人は頑固で作業を邪魔されると凄まじく怒りそうなイメージがある、まあ偏見かもしれないがとにかく邪魔するつもりはない。
だがどうしても気になる物を見つけてしまった。
「ちょっと待って、あれは何だ?」
俺がブロンを止めたのはお世話になったともいう輸送型魔動車の前だ。
「ありゃ魔動車を洗ってるんだよ」
「それは見たらわかる 聞きたいのは使ってる道具のほうだ、あれ高圧洗浄機じゃないのか?」
ドワーフ族のおっさんが扱うバシャバシャと水を噴射して車体を洗っている物体は見る限りそうとしか思えなかった。
「くうう、聞いてくれるな、わしはアレを見るたびに悔しさを感じずにはおられんのだ」
「いやいや聞くよ、何が悔しいの?」
「…あれは元々リンデン王国の鍛冶屋が開発したものだ…それも人族のな!それを知って便利だからってこっちでも真似して作り始めたのだ!鉄と機械を扱うドワーフ族が道具作りで人族にで負けたんだぞ、わかるかこのワシの気持ちが!」
よくわからんが…ドワーフ族には発明家としてのプライドみたいなものがあるのだろうか。
「リンデン王国のどこの誰が考えたか知ってるのか?」
「確かコムラードって街の鍛冶屋だ、なんとかいう商会の者と一緒に考えて作ったらしい」
これはひょっとして…タックスさんが絡んでることかな。
魔動車いつの間にか直してたもんな。
知らない間に街の鍛冶屋と協力して高圧洗浄機を完成させていたのか。
「タックス商会かな」
「そうだ、確かそんな名前だった!詳しいな!?」
「まあ俺そこから来てるんで…」
「何だと!ヴォルガーはタックス商会の商人だったのか!」
違う、ちょっとそこに世話になってるだけで商人ではない。
そのことを説明するついでにブロンには俺が乗ってきた魔動車がタックスさんの物だとも教えた。
元々は壊れていて、直すのに高圧洗浄機がいるかもって話をしたことも。
「じゃああれは最初はヴォルガーが考え出したモンなのか?」
「俺が考えたというか…そういうもんがあると知ってただけで細かい仕組みはさっぱり知らんよ、凄いのは俺のいい加減な話を聞いてそれを形にしたタックスさんと鍛冶屋だろうなあ」
「おい他にも何か便利な道具を知ってるなら今度はわしに言えよ」
別に自分で思いつきたいとかではないんだな…新しい物を作れればとにかくいいんだろうか。
でも便利な道具って言われてもこっちに何があって何がないのかよくわからないので何とも言えない。
「そんな都合よくは知らん、でも何か気づいたり思い出したりしたら言うよ」
「おう!頼むぞ!」
そんなことを言いつつ建物内をぐるっと回って、俺の乗ってきた魔動車を停めてるところまで戻ってきた。
改めて見るとこの魔動車もあちこち旅して結構汚れちゃったなあ。
「俺も洗車したいから後で高圧洗浄機貸してくれないか?」
「それくらい帰るまでにわしらがやっといてやる」
マジかぁ、ブロンはいいやつだなぁ。
「それよりそろそろこの魔動車について聞かせてくれ」
「いいけど何を?」
「うむ、まずこいつはどれくらいの速さで走れるんだ?」
最高速度か、確かメーターには300キロまでの表示があったな。
でもそこまで出るかな、この世界の道じゃ無理だと思うんだが…
あ、そうだ、こういうときこそ聞けばいいのか。
「ティアナ、時速何キロまで出せる?」
『理論上は時速300キロが最高速度です、ですが私が起動してから現在までの地図データを参照した場合、最高速度で走行可能な道は存在しません』
「やっぱそうか、仮にオーキッドの石畳の上なら最高何キロ出せる?」
『およそ230キロで走行可能です、その場合、歩行者ならびに、馬車の安全は保障できません』
「実際に出すつもりはないよ、ともかくわかった、ありがとう」
乗車している俺の安全も保障されない気がするんだがまあ知りたいことはわかった。
「ということらしいぞ?」
「あ、ああそうか…ところでジソクってのはなんだ?それが速さの基準なのか?」
そこからかー!そういえばそこから説明する必要があったかー!
「あー…速さを表したい時これまでどうしてたんだ?」
「馬くらいとか、鳥くらいとか、他には二つの場所をどれくらいの時間で行き来できるだとかだな、わしもそのつもりで聞いた」
「馬とか鳥はともかく最後のがいい線いってるな、仕方ないまずは時速の概念から説明しよう」
「おう!」
ということで時速の話をすることになった。
………
「えーですから、一時間で移動できる距離を現したのが時速です、時速60キロというのは一時間同じ速度で走ると60キロ離れた場所に行けるということです」
俺は何度目かになる台詞を、ドワーフ族のおっさんたちに向けて言った。
ブロンに話をしていたら通りがかった別のドワーフ族のおっさんが何か面白い話してるな、と首をつっこんできたのが始まりで、そこから段々とおっさんが集まりはじめ、気づいたらドワーフ族のおっさん集団に講義をしている感じになってしまった。
「じゃあ魔動車の運転席の前にある数字は時速のこといってんのか?」
集団から質問の声が上がる、むしろ今まで何だと思ってたんだ。
「そうです、魔動車を走らせると針が数字の間を行き来するでしょう、時速の変化を表してるんです」
「魔力の強さを表してるんじゃなかったのか」
「わしはたぶん速さに関係してるとは思っとったぞ」
「抜かせ!足が届かなくて運転できないくせに知った風なことを言いおって!」
「なんだとう!お前だって足届かないだろうが!」
「あーはいはい喧嘩しないで」
悲しい喧嘩をするな、それお前ら全員にあてはまるだろうが。
「おい、今たぶん街中を時速50か60キロくらいで走ってることが多いんだがこれってどうなんだ?」
「どうもなにも危なすぎます、誰か轢かれて死んだりしないんですか?」
「結構死んでるな」
おおおおい!学べよ!轢き殺してんなら!
「人通りの多い街中はもっと速度落としてください、せめて時速30キロくらい」
「30か、遅いがまあ仕方ねえだろなあ」
「その辺の決まりがまだ曖昧だったからなぁ、これ大神官に話して新たに法にしてもらったほうがいいんじゃねえか?」
「そうだな、この前も剣豪に怒られたしのう」
大神官…ノワイエのところが法を新たに作るのか。
剣豪はじゃあ警察みたいな治安維持が仕事の組織か。
まあこの世界の道路交通法はこの世界の住人に定めてもらおう。
「ところでヴォルガーの魔動車には魔物の革で作った帯みてえなのが座席についてるよな、あれなんだ?」
「あー、あれはシートベルトと言って…」
俺はそれから魔動車の安全面についてわかる限りあれこれ話しておいた。
勿論シートベルトの存在理由についてもだ。
やっぱり他の魔動車にはついてないらしい。
話をするうちにわかったがこの魔動車という物体は今ある全部が、ダンジョン産のようだ。
車が出て来るダンジョンってなんだよと思うがともかくそういうのがオーキッドにあるらしい。
タックスさんもどっかのダンジョンで見つけたとか言ってた気がする。
「元々ここは魔道具を研究する単なる『技術局』だったんだがな、ダンジョン行くとなると魔物がでるだろ?だからこっちも対策する必要があるんで魔法技術局と生物調査局ができて、んで人増えたら怪我人も増えたんで医療技術局ができたんだよ」
ダンジョンに関連して技術局の成り立ちまでブロンに教えてもらった。
元々の名残でここは魔動技術局なのに略すときは技術局って言われるみたいだ。
ややこしいので魔動局とかにしてくれればいいのに。
「いつになったらダンジョンからわしらの求めるもんが出て来るのかのう…」
局の話を聞いた後、結構年いってそうなおじいさんドワーフがそんなことをつぶやいた。
すると皆、少ししょんぼりして元気がなくなってしまった。
「ダンジョンで何か探してるものがあるのか?」
もう講義スタイルはやめて普通に皆に尋ねてみた。
「魔動車だよ…わしらでも運転できるような」
ブロンが皆を代表して言った。
そうか…皆運転がしたかったんだな、整備ばっかりしてるけど。
悲しいことに今ある魔動車はどれも人族を想定した作りになっている。
ドワーフ族が運転するにはアクセルペダルまで足が遠いし、ハンドルも回転させにくい位置にある、ついでに椅子に座っても前がよく見えない。
「今あるやつを改造しては?」
「やってみたことはある、だがそうじゃないんだ!わしらはドワーフ族のために作られた魔動車が欲しいんだよ!」
「椅子を高くしたら乗るのが一苦労だったな」
「長ーい靴を作って履いてみたら人族に大笑いされたしな」
「そもそも何もかもが全体的に大きすぎるんじゃ」
苦労してるんだな。
「じゃもうイチから作れば?」
「それができりゃあ苦労せんわ!」
「何ができないの?やっぱエンジン…ああ動力部分か?」
「動力は作れるには作れる、だがわしらが試しに作った動力は赤鉄を五つも使うと爆発してしまう、ダンジョン産の魔動車のように高性能なのは難しいんだ」
さらに試作エンジンは爆発を抑えようとするとかなり大型になるようだ。
そのためそれを搭載する魔動車も巨大化する。
運転席をコンパクトに作っても結局高コストでパワー不足というだめだめな物になるらしい。
なかなかの難問だな。
「四輪は諦めて二輪でどうだろう」
「二輪?荷車みたいなやつか?それじゃカッコ悪いだろうが」
「違う違う、横に車輪を並べるんじゃなくて縦に並べるんだよ、馬に乗る感じが近いな」
「どういうことだ?馬は四本足だぞ」
「あー!誰か紙となんか書くもの貸して!」
面倒なので描いて説明することにした。
ドワーフ族のおっさんが急いで持ってきた紙とペンを借りる。
紙はかなりいいやつだったが、ペンはインクにつけて使うタイプのやつだ。
絵心はあんまりないんだが頑張って描いてみた。
オートバイ、バイクの絵だ。
下手くそで自転車の出来損ないのようにも見えるが概要は伝わるはず。
無駄に遊び心も加えてハンドル部分を曲げて描いてやった。
革ジャン着たおっさんたちにはこれが似合う気がしたので。
「こ、これは…!」
「なんじゃこの乗り物!こんなもん見たことないぞ!」
「しかしなんかビビっときたぞい!」
皆ビビッときたのか、興奮気味に俺の描いたバイクの絵を眺めていた。
「これならそんな大きい動力必要無いと思うんだよね、ついでに足で速度調整せずにこの手で握る部分でするようにすれば足の長さは関係なくなる、視界も馬みたいなもんだから広くとれるだろ」
「おいおいヴォルガー!お前天才かよ!」
フフフ…天才ではない、単なる丸パクリだからな。
しかし天才扱いされたいので黙っておこう。
「こいつはなんていう乗り物なんだ?」
「ハー…いや、バイクだ」
下手な絵なのでさすがに申し訳ない気がしてバイクという一般名称を教えた。
「よおし!おめえら!今日からウチはバイクの開発に入るぞ!」
「「「おーーーっ!!」」」
ブロンの号令の下、おっさんたちのうるせえ掛け声が響き渡った。
うむ、元気づけられて何よりだ。