痛車
ペイントはしてない
なぜか名前が倍以上長くなってしまったタコスを食べた後、ロリエの用意した馬車で移動することしばし、俺たち一行は技術局に到着した。
さて技術と言っても色々あるわけで一体何の技術をあれしているのやらと思いつつ、たどり着いた場所を見渡すとこれがどうにも大学っぽい雰囲気。
校舎のような大きな建物と敷地内にはガレージとおぼしき倉庫が並んでいる、あの中に魔動車が格納されているのだろうか。
「ここはオーキッドで様々な学問を研究する者たちが集まる場所なのじゃ!」
ほうほう、やはり大学的な施設なのか。
「魔動車に関する技術を研究してるのか?」
「それだけではない、動物や魔物を研究する生物調査局、魔法を研究する魔法技術局、ポーション等の薬を開発する医療技術局などもあるのじゃ」
へぇ、なんか聞いた限りじゃかなり進んだテクノロジーを持ってそうだなあ。
どれも気になると言えば気になる、頼んだら見学させてくれねえかな。
「魔法と医療は別なんだな」
「リンデン王国に比べるとオーキッドには光魔法に長けた者の数が少ないのじゃ、故にこの国に住む民にとっては怪我や病気の治療は薬や医者に頼るのが普通なのじゃ」
こっちの国のほうが地球の文明に近いのかもしれないな。
ロリエに案内されながら敷地内をてくてく歩く。
向かう先はガレージらしき倉庫だ。
「なぜあそこまで馬車で行かなかったのだ」
イルザはこの施設に入る前、門のところで馬車を降りたのが気になっているようだ。
「も、申し訳ありませんルイ…殿、ここの中は馬車で移動してはダメな決まりで…」
「不便ではないか?」
「以前に、馬が魔動車の音に驚いて暴走することがあったので馬車で乗り入れるのは禁止になったのです」
「そうか、ならば仕方ないな」
魔動車と馬車が混在して通行してたら危ないもんなあ。
俺もコムラードやアバランシュの街中を魔動車で走るときはかなり気を使った。
大人しく徒歩で移動しながら周りを見ると、ちらほらと学生なのか研究者なのか判断しかねるがうろついている人たちを見かけた。
普通の街人の恰好の他に作業着や白衣らしきものを着ている人まで見る。
それで思ったのがオーキッドはドワーフ族の国と言われていたが、人族が多い気がするということだ。
俺たちを魔動車で連行したのも人族の兵士だったし、街の食堂のおばちゃんも人族だった。
それに加え妙なのがこれまで獣人族を見ていない。
オーキッドは獣人族と共存していると聞いていたのに。
「なあロリエ…」
「あ!あそこにいるのが技術局の局長なのじゃ!おーい!!」
おっと、質問する前に目的の人物が見つかったようだ。
ロリエがぶんぶん手を振って、てけてけ小走りで駆けだしたので後を追う。
「おお?誰かと思えばロリエか、ここに顔を出すなんて珍しいな」
そう言ったのは薄い茶色の髪ともじゃもじゃのヒゲをたくわえた小さいおっさん。
顔だけ見るとこれは間違いなくドワーフ族だと思える風体をしていた。
しかしなんだ、服装が気になるな…
「久しぶりなのじゃブロン!預けていた魔動車の様子を見に来たのじゃ!」
「おう、あれならこの中にあるぞ、そっちにいるのが乗ってきたやつらか」
俺とディーナとアイラはそうだけどな、火の女神はおまけでいるだけ。
そのおまけが「私はロリエの護衛のルイだ、乗ってきたのはこっちの三人だ」と切り出したので俺たちも名を名乗ってブロンに自己紹介した。
魔族のヴォルガーです、とは当たり前だが言わない。
それはもうめんどくさくなるので秘密にすることになっている。
よって俺は至って普通の人族と名乗るのだ。
「ブロンさんの服、なんだか恰好いいわね」
「おっ!でっけぇ嬢ちゃんはなかなか見る目があるじゃねえか!」
でっけぇ嬢ちゃんことディーナが褒めたブロンの服は一風変わっていた。
地球でいうならパンクロッカーとでも言うべきだろうか。
黒い革のジャケットは肩のとこから袖を引きちぎったようにノースリーブでごつい腕が丸だし。
黒い革のパンツもなんかダメージジーンズみたいになっちゃってる。
ついでに何の用途かよくわからないが服のあちこちにチェーンがジャラジャラとついていた。
サングラスかけたらハーレーに跨って荒野を走ってそうなおっさんだ。
「もしやここバイクもあるのか」
「ばいく?それは乗り物か?どんなやつだ?形状は?お前さん魔動車以外にもまだなんかあるのか?」
うおう、一気に質問攻めにされた。
俺は慌てて「とりあえず俺たちの魔動車が故障してるとか聞いたんだけど」と話題を切り替えた。
「おうおう、それな、実は修理したもののよく分からんでな…まあ中で話そう」
ガレージだと俺が勝手に思ってる建物内に入ると、そこにはタックスさんの魔動車が無事に置いてあった。
他にも俺たちをフェールからオーキッドの神殿まで運んだ輸送型魔動車もあった。
そっちのほうでブロンに似た感じの服装をした小さいおっさんたちが数名何か話あっている。
「なんだここは!暑いぞ!」
イルザが言うように確かに少々蒸し暑い。
「ああ慣れねえとちっと辛いかもしれねえな」
「ええい!こんなところにはいられん!ロリエ、私たちは外に出るぞ!」
「あわわ、待ってくださいなのじゃー!」
勝手に暑がってイルザは外に出て行った。
ロリエもそれについて行く。
護衛が護衛対象より行先を優先するのか…
暑いの嫌ならもう火の女神やめたらいいんじゃない?
「ロリエの護衛なのにロリエより偉そうな姉ちゃんだったな」
「その感想は正しい、あいつちょっとおかしいからほっといた方がいいよ」
「そ、そうか…そっちの嬢ちゃんたちも辛かったら外行ってくれてもいいぞ、わしはとりあえずこれを運転してきたというヴォルガーに話が聞ければいいからな」
ということなのでディーナとアイラに「どうする?」って聞いたら二人とも外で待つことを選んだ。
暑さには勝てなかったようだ。
「詳しいことはじゃあ俺が聞いておくから、二人ともロリエたちと一緒にいてくれ」
「分かりました、ではここはヴォルさんにお願いします」
「なんか冷たい飲み物あったら買っておくね!!」
いやぁ敷地内にありますかねえ冷たい物販売してるところ…自販機あるわけじゃないんだから。
とりあえずディーナのいう事にはあまり期待しないでおこう。
それより広いからロリエとはぐれて迷子になるなよと念を押して二人を外へ送り出した。
「お前さんあの二人の親なのか?」
「ちげえよ!?俺はまだ結婚すらしてないわ!そしてアイラはともかくディーナまで子供って俺はどんだけ年老いてるように見えるんだよ!!」
「がははは冗談だ、でもわしの知る人族の男はお前さんくらいだと大抵結婚はしてるんだがな」
「うっ」
それはもうほっといてくれ。
「それで?この魔動車のどこがおかしいって?」
俺の将来について掘り下げられても困るので話を進めることにした。
「それだけどな、まず聞きたいんだがこの魔動車、後ろに下がるときはどうやってたんだ?」
バックか…それは確かに俺も最初迷ったところだ。
タックスさんに言われなきゃ一生わからなかった可能性もある。
「ハンドルを引っ張るんだよ、そうするとバック、ああ後ろに下がるように切り替わる」
ブロンが俺の話を聞いてハンドルを引っ張るとガコッと音がしてハンドルが少し手前に出てきた。
「なんだこの仕様は、こんな魔動車初めて見たぞ」
「え、魔動車って全部こうじゃないのか」
「わしが扱ってる魔動車は全部この、右端のボタンを押したら後ろに下がるようになる」
メーター横に三つ並んでるボタンの右端か。
左はライトで真ん中がエンジン起動だな、そういや右端は壊れてた、使わないから忘れてた。
「もしかしてそこが壊れてると思って直した?」
「そうだ、中を見たら配線が切れててな、新しいのと取り換えたんだがそうするとおかしなことになってな…まあ見てろ」
ブロンはそう言って真ん中のボタンを押してエンジンをかけた。
ペダルに足届かないのにどうする気だ。
「まずこうして起動させるだろ、それから右端のボタンを押す」
はあ、何が起きるのかなと思っていたら
『警告、ドライバーの魔力がCクラス以下です、サポートプログラムを終了します』
なんかそんな声が聞こえてエンジンが止まった。
え、今喋ったの誰?
「何だ今の!?」
「たぶんこの魔動車が喋った、わしも喋る魔動車なんぞはじめてでな、おまけに言ってることがよくわからん」
魔動車が喋ったのか!?
サポートがどうとか言ってたしこれ、ナビついてたのかまさか。
「分かる限り魔力が関係してるようなんだが『どらいばー』に『しーくらす』とか『さぽーとなんちゃら』についてはさっぱりわからん」
「…ドライバーって言うのは今、運転席に座ってるブロンのことだと思う、Cクラスってのは魔力の量を示す基準なんだろう、サポートプログラムは…実際使ってみないと何とも言えないな」
「おお!これの意味がわかったのか!」
「たぶんなんとなくだが…俺とちょっと代わってもらっていいか?俺は結構魔力があるらしいんでもしかしたら違う反応になるかも」
「おうおう!是非ためしてくれ!」
ブロンは楽しそうにぴょんと運転席から降りてきた。
代わりに俺がそこに乗り込んで、また真ん中のボタンを押してエンジンを起動させる。
「早く押してみてくれ!」
「分かってるって、今押すから」
ポチっとな。
「…あああああああぁぁぁ…」
「なんだなんだ!?おいどうした!」
思わず変な呻き声を上げてしまった。
な、なんかわからんが吸われてる…吸われてるんだ、何かを。
体から何かが抜けていくー。
「おい大丈夫か!」
「だ、大丈夫…なんかすげえ気持ち悪い感覚がしたけど…」
『あーあーテステス、聞こえますかマスター』
合成音声っぽい声がまた聞こえた。
これはサポートプログラムとやらが動かせたのか?
「マスターって俺か、この声はこの魔動車のものか」
『イエス、この度は魔動車シの乙型をご購入頂き誠にありがとうございます』
「い、いや買ってないんだけど…」
『では盗難!?私は盗まれたのですか!?泥棒には報復を、これより自爆プログラムを起動します、カウントファイブよりスタート、5、4…』
「ストップ!盗難ではない!持ち主から借りてるだけ!!」
なんだこれナビじゃねえ絶対!
だって俺の知ってるナビは自爆しねえもん!
「こ、こやつ魔動車と会話している…」
「本当だ、なんだこれは」
「わしらも機械は好きだが会話まではせんな、こりゃよほどの変態だぞ」
いつの間にか運転席の外にはブロン以外にも小さいおっさんが群がっていた。
変態って言ったヤツ誰だよ。
『メモリにはタックスという人物の魔力が最初のドライバーとして記録されています、タックスはどこですか?』
「タックスさんのことがわかるのか、残念だがここにはいない」
『タックスから私を盗んだのですか?』
「盗難じゃねえっつってるだろ!俺はヴォルガー!タックスさんがこの魔動車を現在俺に貸してくれてるの!オーケー!?」
『会話記録がありません、ヴォルガーは私のメモリをリセットしましたか?』
「記録がないのはお前は今まで壊れていたからだよたぶん」
『オーノー』
なんなんだよこいつ…まるで人格があるみたいだ。
「さっきから何を話してるんだ?わしらにはさっぱりわからん」
ブロンが口を挟んできた。
うーむ英語混じりの会話になるとブロンにはかなり理解できなくなるみたいだな。
「まあちょっと待って、俺もまだよくわからんから」
とりあえずこいつがなんなのか聞いたほうが良さそうだ。
「質問、お前なんなの?」
『私はお客様の快適なドライブをサポートする学習型AIです』
「さっきなんか俺から吸い取った?」
『ヴォルガーの魔力を動力として起動しました』
さっき吸われた感覚は魔力か…眠くはなってないからまだ余裕はあるみたいだな俺。
「なにができるの?」
『目的地までの自動運転、各地に生息する魔物の危険度を遭遇時にドライバーに知らせる解説システム、最新曲をダウンロードして車内に流すミュージックシステム、愛車と最後を共にしたいお客様のための自爆システムなどがあります』
「すごいじゃないか、自爆はいらないけど」
『ですが現在、本社のデータベースにアクセスできないので各種機能を使うためのデータがありません』
「意味ねえな!?」
『自爆はできます』
「せんでいい」
他にもいろいろ、本社はどことか開発者は誰とか聞いてみたが全部不明、答えるためのデータがないらしい。
こいつ起動する意味あったかな?
「じゃああとは…これから魔動車乗るときお前ずっと喋るの?」
『限定条件付きでイエス、私を起動できるのは魔力Bクラス以上の方のみです、メモリには四名ドライバーが記録されていますが条件を満たしているのはヴォルガーのみです』
「俺が運転するときだけ喋るわけか」
『イエス』
「どうやったらお前の機能オフにできるの?」
『………』
………おい、無視か?
試しに右端のボタンを押す、ついでに真ん中押してエンジンも切った。
「消えたかな」
『ハロー!ヴォルガー!私はいます、何か質問ですか?』
うざっ、なんだこいつ消えねえぞ!
「俺が魔動車から降りたら消えるのか?」
『ノー、先ほどヴォルガーの魔力を使ってバッテリーをフルチャージしました。250年は連続稼働が可能です』
「吸い過ぎだろ!?じゃもう俺以外のやつが運転してもしゃべれるんじゃねえのそれ!」
『ノー、お客様の精神面の安全を考慮して、起動者が運転席にいない場合は会話しないようになっています』
「精神面の安全?どういうことだ?」
『ネトラレ防止システムです、愛情を注いで育てたAIが自分以外の搭乗者と勝手に談笑しない機能です』
またいらねえ機能!
というかそれもうタックスさんじゃなくて俺が会話してる時点で…いや、何を考えているんだ俺は。
車相手に。
『ヴォルガー、提案です』
「なんだよもう…」
『私に名前を付けてください、ヴォルガーが私に愛情を注ぐには名前が必要だと考えます』
なんでもう俺が愛情を注ぐ前提になってるんですかね?
怖いわ…
まあでも名前がないとずっとお前とか言わなきゃならんし、適当になんかつけるか…
「えー…ナビ太郎で…」
『ノー、ヴォルガーは男性なのですから私には女性名が相応しいと思います』
「人格女なの!?そんな設定いるかな!?」
『必要です』
最悪だ、女っぽい名前じゃないと満足しないのか。
「ナビ…」
『ナビ子という名前以外でお願いします』
着実になんか悪い学習してきてんな。
はー、女っぽい名前かぁ…
「…ティアナ」
『ティアナ、私の名前はティアナです、了解しました』
ふっ…昔買おうとして値段みて買えなかった車の名前をつけてしまった…
「こやつ、魔動車に名前をつけよった…」
「本当だ、しかも女っぽい名前だ」
「わしらも機械は好きだが女の名前をつけたりはせんな、こりゃよほどの変態だぞ」
ブロンたちがひそひそと会話していた、丸聞こえだぞ。
それとおい、さっきから俺を変態扱いしてるヤツ誰だよ。