さらりとバラす
10月なのに暑いってなんだよぉ!
「はいお待たせ、ドンドンタココだよ!」
恰幅のいいおばちゃんが、ドン、とテーブルに大きめの皿を置いていった。
皿にはドンドンタココとかいう名前の料理が人数分乗っている。
俺はそれを一つ手にとって眺めた。
クレープのような生地に包まれたその物体は中にレタス、トマト、炒めたひき肉などが入っている。
とりあえず一口食べてみた。
「これタコスだな」
チリペッパーやクミン、コショウといったスパイスで味付けされたひき肉にトマトサルサというトマトとタマネギを刻んで作ったソースを合わせて一緒に食べる。
地球で俺が知る一般的なタコスとほぼ同一だった。
「なんじゃ!ヴォルガーは食べたことがあったのか?」
「ああまあ…元の世界で」
ロリエに聞かれたので正直に答えた。
「これヴォルるんの世界じゃタコスっていうんだ?へぇー」
ディーナはタコスをしげしげと眺めて口にいれ、もぐもぐと食べている。
食う勢いが激しいので気に入ったのだろう。
「…辛いです」
アイラは一口食べた後、しかめっ面をして慌てて水を飲んでいた。
確かに子供には少々スパイシーな食べ物かもしれない。
俺はテーブルにある水さしからアイラのコップに水のおかわりを注いでやった。
「あ…ありがとうございます」
アイラは微妙にもじもじしながら小声で礼を言った。
昨日は色々あったが、どうやら俺はそんなに嫌われてはいないらしい。
というかディーナもロリエも普通に接してくれるので本当良かった。
「美味いが確かに辛い!おい、私にも水のおかわり!」
俺は辛いのがあまり得意ではなさそうな火の女神のコップにも水を注いでやった。
なんでまだいるんですかねえ…
神殿で色々あった翌日、俺たちはオーキッドでロリエ行きつけの食堂にやってきていた。
魔族だなんだと疑われたけど、いやまあ実際は俺はその魔族とやらに該当するらしいんだが、イルザが「魔族というのは異世界人のことだぞ」とあっさりノワイエ、ロリエ、ディーナの三人にもバラしやがったので危険人物のカテゴリからは何とか外された。
異世界人って何?という疑問が当然三者には生まれたので、今度はそれについて説明するはめになったが…ディーナはともかく、ロリエと初対面のノワイエにまで俺の正体をばらすことになるとは思ってもみなかった。
仕方ないので俺は地球の日本という国からやってきた人族、と説明した。
アイシャと同棲していた部分は省いた、ややこしくなるので。
んでついでに俺は光魔法が使えるが、誰かに危害を加えたりしようとは思ってもないし、できないことも証明した。
<ライトボール>しか攻撃に使える魔法はないし、それもロリエがペチンとためしに手ではたいただけで消えるほどの威力で、じゃあ素手でかかってこいとかイルザがしつこく言うので仕方なくイルザに殴り掛かったら痛くも痒くもないパンチを受け止められ挙句大笑いされたことでようやく大神官であるノワイエも俺が危険人物ではないと納得した。
さらにディーナに「えっ…ヴォルるん実は私より弱かったの…?」と言われ俺は傷ついた。
腹いせに「はあっ!」とか言って本気のチョップをディーナの頭にくらわしてやったが「ほ、本当だ…赤ちゃんに触られたくらいの感触だわ」と悲しい事実を再確認するはめになった。
またイルザに大笑いされた。
イルザの笑い声にイラつきを感じつつも必死に堪えて俺は、このことは人に知られたくないのでどうか内緒にしてくれるようその場の全員にお願いした。
…まあそういうこともあって翌日には無事、荷物も返してくれて解放され、ついでにロリエがお詫びに街を案内してやると言うのでこうして街の食堂で飯を食ってるわけだ。
「しかしなんじゃのーまさかイルザ様が護衛として同行してくださるとはわちしはなんとすごい体験をしておるのじゃ!」
「ははは私のことはルイと呼べと言ったはずだぞ!」
「そうだったのじゃ!申し訳なかったのじゃルイ様」
「様もいらん!私はただの人族の冒険者だからな!」
何がルイだよ…頼んでもないのに勝手についてきやがって…
何を考えてかは知らないが、今日俺たちが街に行くことを知ったイルザは、ロリエの護衛という名目で半ば無理やり俺たちに同行している。
ロリエの護衛は本当はちゃんといたんだ、でも最強レベルの神様が護衛でついて行ってやるとか言い出したので誰も文句は言えなかったのだ。
「何だヴォルガーその目は、何か文句があるのか?」
「いえいえ、なにも、ただあの派手な鎧はどうしたのかなと思っただけで」
「あれは目立つから置いて来た」
イルザは今普通の、そこら辺歩いてる冒険者が来てるような軽装とあまり変わらない恰好をしている。
「つかなんでついてきたの?神様の仕事しろよ」
「こうして地上を見守るのも神の仕事だぞ」
「…そんなほいほいうろついていいの?フォルセに怒られるんじゃないのか?」
「オーキッドは私の担当領域だから問題ない!前は姉上の担当領域に降りようとしたから怒られただけだ!」
神様ごとに担当してる範囲があるのか。
「ヴォルるんよく女神様と気軽に話せるね…」
こそこそと隣のディーナが俺にだけ聞こえるように告げて来る。
俺とて別に好き好んで話しているわけではない。
「ねえ、私も聞いてもいい?」
「なにを?イルザに用件なら直接言えよ」
「ううん、イルザ様じゃなくて…ヴォルるんの元いた世界ってどんなところなのかなって」
「おっ、ヴォルガーの世界の話をするのか?私も聞きたいのじゃ!」
ええ…外であんま話したくないんだけど…
「私も聞きたいぞ、早く言え」
はいまた神様が権力を振りかざすー。
仕方ねえ…まあこの店なら騒がしいし、誰も特にこっちに注目…はロリエのせいでしてるがあえて関わらないよう他の客は見て見ぬフリをしてるから少しくらいは話をしてもいいか。
「うーんそうだなあ…あ、こっちの世界に来てずっと気になってることがあるんだが」
俺がそう切り出すとアイラまでも俺に注目していた。
なんだかんだ昨日の一件から意識されているような気はする。
ま、それは置いといて。
「この世界の言葉って俺の世界の言葉と同じなんだよな」
「あ、そういえばヴォルるん最初からカヌマ語喋ってたね!」
「うん、それ俺の故郷じゃ日本語って言うんだけど、つーか英語も混じってるし」
「ニホンゴ?エイゴ?お前の国は言葉が二つあるのか?」
あれ…イルザがそう聞くってことは神様もよく分からないのか…
「んーと例えばさあ、今俺たちがこうして飯を食ってる『テーブル』だけど、『机』とも言うだろ、それテーブルが英語で机が日本語なんだ、でもこっちだと両方カヌマ語としてなぜか認識している、おかしくないか?」
「何がおかしいのじゃ?」
「いやいやなんで一つの物に対して二つ名前があるんだよ、変だろ」
皆首をかしげていた。
あれ、これ俺がおかしいみたいじゃない?
「それの何が変なのか理解できん、別に二つ名前があってもいいだろ」
なんてこった、イルザまで疑問に思っていない。
「ヴォルさんの世界では二つ名前があるのはおかしいことなのですか?」
「い、いや…俺のいた国はその…ちょっと変わってて平然と色んな国の言葉を取り入れたりするから別におかしくはないんだけど…」
「たくさん国があって、たくさん言葉もあるんですか?どれくらいです?」
「確か…世界で6000いくらかの言語があるとか聞いたことはあるんだが」
「「「ろくせん!?」」」
全員にビックリされた。
「ヴォルるんの世界…言葉を覚えようとするだけで、死ぬわね」
「死なないよ!?全部覚えるわけないだろ!普通は自分の住んでる国の言葉だけ覚えるんだよ!」
「そ、それもそうね…」
「お前の世界ヤバイな」
俺からしたら金髪やら赤髪やらカラフルな髪で色んな顔立ちがあるのに全員ヤバイとか言っててそれが通じてることがヤバイわ、神含め。
「そもそもこっちの世界、魔法の名前あれ全部俺の世界じゃ英語に当たるんだぞ、意味わかってんの?」
「それって<ダークボール>とかも意味があるということですか?」
「そうだよ、ダークは闇って意味でボールは球、丸い球のことだよ」
「なんとじゃあもしかして<ファイアボール>はファイアが火でボールは球だから…火の玉が飛んでいく魔法なのか?」
「知らずに使ってたのかよ!?」
「わ、私は当然<ファイア>が火を意味することは知っていたぞ?なんせ火の神だからな」
ボールのほうは知らなかったのか…?
どうなってんだ…
「これって昔からこうなのか?」
「そうだぞ、それこそ魔族…ルグニカ大陸に日本人が現れる前からこの世界の言葉はこうだ」
意味わかんねえな、日本人が来て暴れる前からあったのか。
もう創造神辺りに聞かなきゃわからないことかもしれない。
でもアイラのこともあるし…創造神にはなるべく関わりたくない。
「ねー魔法のことはいいよーだって私は使えないから…聞いてもつまんないし…」
魔法の使えないディーナが若干いじけていたので話題を変えることにした。
俺ももう言葉に関することはいいやと思った、通じてるんならそれでいいやと。
「えーじゃあ俺のいた国は普通は魔法とか使えなくて、代わりに色んな便利な道具が…あっ!それで思い出したけど俺たちが乗ってきた魔動車どうなった!?」
いかん、忘れかけていた。
通信クリスタルとかは帰してもらったけど魔動車はまだだ。
タックスさんの大切な魔動車、返してもらわなきゃ。
「あれなら今は技術局にあると思うのじゃ」
「返してくれよ!?」
「い、いや勿論返すつもりだったのじゃ、ただ技術局の局長が故障してる箇所があるというのでどうせなら直して返そうと思って預けてあるのじゃ」
故障?普通に走ってたはずだけどな。
「どこが故障してるんだ?」
「それはわちしにもよくわからんのじゃ、なんならこれから技術局に行ってみるか?」
確かに行って直接見た方が早そうだ。
俺たちはロリエの意見に従って技術局とやらに行くことにした。
「外は暑いからあまり歩きたくないぞ」
「ば、馬車を用意して行こうと思いますのじゃ!!」
暑がりなイルザの不満により、俺たちはロリエの用意した馬車で技術局へと向かうことになった。
火の女神は一体、何を司っているのか俺はわからなくなってきていた。




